1537. 旅の百三十九日目 ~魂の魔法・親方とバイラの下準備
☆前回までの流れ
ミニヤ・キナの村で宿泊した夜。村の夜に、埋葬した馬車の家族の歌が流れました。各自思うところは切なく。
今回は、朝の一場面。親方は親方の、バイラはバイラの、弔い前の一仕事。
魂のまま、彼らが会いに来たわけではなく――
夜明け過ぎ、早い朝に微睡むタンクラッドは、夕べのコルステインの説明をぼんやりと思う。
肉体まで持って。まるでそこに居るかのように、食事もし、話し、空気に匂いがあり、歌声を渡すそれは。
『魔法。ある。魔法。使う。する。魂。体。見てる』
コルステインの説明。タンクラッドの理解が正しければ、馬車の家族に魔法を使う者がいて、その魔法が、彼らの最後の目的を果たさせたのだ。
彼ら自身がそれを目的としていたか、知る由ない。だが、彼らの・・・例えば民族に受け継がれた『重要さ』が、もしかすると死に際の彼らの魔法で発動し、果たすべき存在の意味を叶えたのかも知れない。
「凄いことだよな」
ボソッと呟いたタンクラッドは、すっと切れ長の目を開ける。朝の光は少しずつ窓から流れ込み、乾いた空気に僅かなひんやりとした温度が混じる。
朝になり、歌はもう聴こえてこない。だが恐らく、俺たちがここに来たことで、あの歌も今夜まで続くことはないだろう。
タンクラッドは体を起こし、水差しから水を注いで一口飲むと、ドルドレンに話す順序を思う。
いきなり話せばまた泣く。どっちみち泣くだろうが、あまり彼が泣かないようにしたい。
「イーアンも泣くしな。ドルドレンも。あいつは本当に泣きやすい。勇者なのに、なんであんなに涙もろいのか。分からないでもないが、本当に・・・困った優しさだ」
少し笑って髪をかき上げ、机に置いた紐で、伸びた髪を後ろ一つに結ぶと、親方はまた考え始めた。
思うに――
第四部を歌う馬車の家族は、イーアンとドルドレンの話から察するに。
魔物に殺される時、死の間際で、自分たちの魔法にかかった。意図的にかけたのか、そうした使命があって、かかったのか。それは分からないにしても。
その魔法は、彼らの『馬車歌』が途切れる選択肢を逃れるもの。
一人残らず、魔物に殺されてしまった彼らは、全員が魔法によって動き出す。彼ら自身も『勇者の一行』がどこにいるか、そんなことは知らなかっただろうが、引き寄せられるように町へ戻ったのだ。
「バイラはどうも、パンギの正門で見かけていたらしいし・・・もし、馬車の家族が使命の一つとして『勇者や龍の女に伝える意識があった』、として。
占い師の家族という話だから、彼らはあの日、俺たちが町に入るのを知っただろうし、使命として『歌を伝えること』を全員が重要視したならば、滞在を伸ばしたはずだ」
しかし、それはなかった。彼らは入れ違いに出発し、俺たちは町に入った。
つまり、彼らは『使命として理解』していたわけではない。そして、勇者一行に出会おうと、そんな占いも出ていなかった、と推測できる。
この状態で生存していれば、出会いに意識が向くわけないのだから、俺たちと出会うのはまだ先だったかも知れないし、歌も別の機会まで・・・運命の操る、最適な時期まで聴くことはなかったかも知れない。
だが、彼らを襲った悲劇は、あっという間に全員の命を奪った。
魔法で再び動き出した彼らは、一時的に蘇った時間で『何をするべきか』恐らく知らなかった。それは、彼らの血が呼び動かす運命にあり、故に、彼らがパンギの町に戻ったとすれば。
「町に、出会って伝えるべき勇者がいる。彼らの動きは操られるように、勇者を訪ねたんだ。
一時的に蘇った姿で、怪我をした体が龍気で回復した話は、もう想像の域を超える。これは後回しだ、『魔法の影響』としておく部分。考える必要はないだろう。
大事なのはそこじゃない。彼らが動き回り、何をしようとしたか・・・歌を伝えるだけなら、ここまで来させない。
『ここに呼ばれたのは自分が弔うため』とドルドレンは話していたが、それもあるだろうにしても。
きっと、コルステインの教えてくれた『魔法の道具』を引き取るのが、最終目的だ。そうじゃなきゃ、先日の予言を教えた時、『占いの石』を見せない。
『特別に見ても良い』とイーアンは言われたんだ。イーアンとドルドレンが見て、どうやっても過去の旅路にしか思えない絵が映った石を見せた。これを見た時点で、魔法がかった道具を、呼び寄せた一つにしている。
コルステインは、『手に入れても問題ない』と言っていた。四部を持つ馬車の家族に掛かった使命は、その魔法の道具を引き渡して、完了―― 」
だろうな、と頷く親方は、立ち上がってシャツを羽織り、首を回す。少し話を短くまとめ直し、『よし』と呟くと、部屋を出て一階へ下りた。
*****
旅人はドルドレンたちだけで、朝食は宿で出た。朝と夜は食事が付くが、昼は近くの食事処で、と宿の人は何軒かある店の場所を教えた。
客人の一人に、龍の女がいると分かった宿の人は『昨日は頭にかぶっていたから(※フード)気が付かなかった』と言い、会えた喜びを伝えた後、『あっちの食事処のおかみさんが、昨日、あなたと話したのかも』と窓の外を見た。
「お昼に行けば、ちょっと量が多く出るかも知れないですよ。『龍の女が来たら良いのに』と話していたもの」
今日はこれから焼却予定の馬車を見に行く、旅人たち。おばさんは、皆に元気を出すようには言えないけれど、少しでも心が楽になるよう、気を遣う。
それが伝わるので、ドルドレンもイーアンも、横に来て窓の向こうを指差すおばさんの気遣いを、有難く受け入れる。
ドルドレンがおばさんに教えてもらっている間に、ギールッフの皆とミレイオたちは、違うことを話し合っていた。
「タンクラッドと、バイラは」
イェライドがミレイオに訊き、ミレイオは首を傾げて、横のフォラヴに『何か聞いてる?』と振る。
フォラヴが知らないと分かると、ザッカリア。ザッカリアは、隣に座るバーウィーを見上げ、バーウィーも子供の顔を見た。
「ザッカリアは俺と一緒に眠ったから、何も。夜、歌がちょっとな」
言われて少し恥ずかしそうなザッカリアに、ミレイオはちょっと微笑み『そうなの』と軽く流してやった。
オーリンも少し笑って、大皿の肉を切ると『食えよ。怖がると腹が減るんだ』とザッカリアの皿に置いてあげた。お礼を言うザッカリアに頷き、オーリンは明け方のことを思い出して話す。
「俺は、バイラの横の部屋なんだよ。朝方、ドアの軋む音は聞いたんだ。その後も、誰かの部屋の扉が開いた気がしたから、そっちはタンクラッドだったんだろう。
二人は、偶然かもだが、一緒かも知れないな。部屋に戻ってこなかったようだし」
オーリンの話に、ミレイオも少し思い出す。シュンディーンに肉を食べさせながら『そう言えば』と、夜のことを伝えた。
「ザッカリア。怖かったら耳塞いで。昨日の歌のことだから」
パッと、レモン色の大きな瞳が更に大きくなったので、横のフィリッカが笑って、ザッカリアの耳に手を当ててやる。
「良いよ。彼に聞こえない。で?何か気がついたか」
フィリッカに促され、ミレイオは自分が感じたことを丁寧に、分かりやすい表現で教えた。
それは、『魂の用事』。私が感じたってだけなのよと前置きしたが、皆はその話を聞いて、ちょっと考え込む。
「本当にそうかは、全然分からないわよ。でも、あの歌の思いって言うかさ。何かこう・・・弔って終わりって感じじゃないのよね。何か頼みが別にあるような。だから話したり、そんな時間が今日ありそうで」
「話すって。死人の魂・・・と」
ボソッと呟くオーリンに、ちらりと見たミレイオの明るい金色の瞳。『死人なんて言い方、良くないわよ』と注意し、黙るオーリンに構わず、赤ん坊に肉を食べさせる。
「あんたもそう思ったんだよね?だから、一生懸命、何か返事していたもんね」
「んん(※肯定)」
ほらね、とシュンディーンも同意見であることを皆に教え、皆もサブパメントゥの二人がそう思ったなら、と顔を見合わせる。『ってことは。タンクラッドはコルステインから、何か聞いたんだな』とガーレニー。
「私とこの子が気が付いたくらいだもの。コルステインならもっと、はっきり分かったんじゃない?タンクラッドは何か教わって、『先に準備』して・・・かな」
そう答えるミレイオは、『やれやれ』と少し笑い、一皿にひょいひょいと肉や焼き生地を集め『これ、あいつの』と、包む分を確保。それを見たフォラヴも『ではバイラも』と空き皿に、バイラの朝食分を取り分けた。
朝食の時間は終わり頃。別皿二枚を包んでもらう間でも、二人はまだ戻ってこなかった。
*****
「そろそろ戻るか。もう、食事は終わっちまったな」
「タンクラッドさんも付き合わせてしまいました。馬車の荷の、乾し肉食べましょう」
一緒に戻る二人は、それぞれ馬で宿へ向かう。腹の鳴る剣職人に苦笑いしたバイラは、もう一度謝るが、剣職人は腹をちょっと叩いて『俺は毎回こんなだよ』と気にしないよう伝える。
「まだ総長たちが出るには、少し時間がありますよ。私たちが戻るくらいで、彼らも動き出すと思います」
「染料は?もらう感じじゃない。貴重な染料だから金が掛かるだろう。どれくらいの見当を付けているんだ」
染料を用意してもらうように頼んだバイラに、親方は金額を訊ねる。
宿で染料工房の場所を教えてもらった朝。そこを訪ね、値段を教えてもらったバイラは、事情を話して交渉した様子。親方は外で待っていたので、内容は知らない。
バイラは少し黙ってから、指を数本立てて『このくらいです』と困ったように笑った。
「支払ったのか」
「いえ。まだですよ。用意だけ頼みました。実際にどれくらい要るのか、判断するのは総長だと思ったので。彼が現場で判断したら、私がその量を買いに、改めて向かおうと思います」
そう言うとバイラは、後にした染色職人の家を振り向いた。
「村の人も・・・気の毒がっていましたね。歌が毎晩聞こえることを、きっと何か・・・魂が求めている、と言っていたし」
「そうだな」
「タンクラッドさんはもう。見て来たんですよね?馬車を」
剣職人は、バイラに静かに首を振ってから、小さな溜息をついて、表情を変えずに『悲惨だ』と呟く。
「中に入ったんですか」
「外から見た。扉が開いている。中もめちゃくちゃだ。一台ずつ見たが、全部同じような襲われ方をしたんだろう」
そして、イーアンが話していた『占い師の女性の持ち物』についても、親方は話した。バイラの表情が強張り、タンクラッドは彼に『多分、彼女の袋だろうな』と小さいな声で伝える。
「イーアンが。直にその袋を見ている。それだろうと思う。他の馬車にも似たような袋はあったが、特徴はそれしか一致しなかった。
袋の口は閉じていて、中身は見えなかったが・・・感覚で、俺はあの中に『道具』があると判断している」
「コルステインが言っていた『魔法の道具』ですね?」
そうだ、と答えたタンクラッド。ふーっと息を吐き出し、朝の光に目を少し細めて続けた。
「何だかな。変な感じだったぞ。袋を守っている・・・あれは動物か。そんな印象がずっと脳裏にあった」
二人の前に宿屋の塀が見えてきて、話はそこで終わった。
宿の横の厩では、思った通り、皆が外に出て、いろいろと準備をしている所だった。




