1536. ミニヤ・キナ村の夜に
☆前回までの流れ
草原に馬車を進め、次の村を目指した一行でしたが、進み難さに疑問。しかし、先に村を確認したイーアンが戻って伝えたのは『彼らは既に殺されていた』事実。念が姿を取って呼んだのかと知ったドルドレンたちは、悲しみながら村に入りました。
今日はその夜の話・・・
この夜。ドルドレンたち9名と、ギールッフの職人7名は、村人に教えてもらった田舎の宿そのもの、といった風合いの宿に泊まる。
どっしりとした大きな農家が、庭を囲む敷地ごと、宿に変わったようで、どこもかしこも広々していた。厩も大きく、馬車が20台くらいは入れそうだった。
皆は馬車と馬を預け、広い建物の壁を伝って、素朴な扉を開けて中へ通される。入ってすぐ、大きな食堂があり、入り口沿いにカウンターと、奥に続く廊下が見えた。
総長とギールッフの彼らは、宿泊代金を支払い、風呂の案内と、各部屋の鍵を受け取って、早々『食事が出来ます』の声に、先に食事を摂ることにした。
席に案内した宿の人は、大勢なのにどうしてか、沈んだ暗い旅人たちに不思議に思った。
彼らに水や酒を提供し、料理を運びながら、彼らの静かな会話を聞いているうちに、その理由が分かった宿のおばさんは、会話に口を挟む。
「お客さん。あの、すみませんねぇ。塀の外の馬車、見たんですか?」
クロークのフードを被ったイーアンに気が付かないおばさんは、血の付いた馬車に、お客が辛い印象を持った前提で質問した。
「見たが」
答えた、沈鬱な表情の外国人。整った顔に、悲壮感が溢れている。おばさんは、彼らも旅で魔物が不安だろうと、丁寧に説明する。
「お客さんたちも魔物の被害には遭っていると思うんですよ。
あの馬車もね、馬車の民のものですが、彼らも気の毒に犠牲になってしまって。全員やられてしまったようで・・・・・
可哀相だから、村でね。明日には馬車を焼却しようと決まっています。だから、血が付いているのを見て、もし不安を持たれても少し待って頂いたら」
「違う。違う、そうではない。不安など思わない。逆だ、俺たちは彼らを知っている。だか」
ら、が言えないまま、ドルドレンは涙が落ちる。宿の人もビックリして『ああ、すみません!』と謝り、急いで厨房に戻った。
「ドルドレン」
横に座るミレイオが、ドルドレンに手拭き布を渡して涙を拭かせる。ドルドレンも『すまない』と呟いて、『今日は無理かも』と何度も泣くだろうことを伝えた。
「仕方ないわよ。どうしよう、あんた。部屋で食べる?私たちしか客がいないから、泣きながら食べても平気だと思うけど・・・でも、無理して皆といなくても」
ね、イーアン、とミレイオは、ドルドレンの反対側に座るイーアンを促す。イーアンもそうしようと思い、ドルドレンを立たせて『一緒に部屋で』と言いかけた時、おばさんが戻って来た。
「ごめんなさい。知り合いだったんですね。これ、お詫びです。もし良かったら、これも食べて」
上で食べようとした矢先、おばさんが両手に持った料理を食卓に置いたので、イーアンとドルドレンは浮かせた腰をまた座らせる。
おばさんは、他の料理を運んできた旦那さんに『この方たちの知り合いだったんですよ』と教え、旦那さんは、見て分かる外国人と、テイワグナ人の旅人を交互に見た。
「そうか。縁とはどこかで繋がるもんですね。遠くから来たんでしょう?旅すると知り合う人も増えるけれど、このご時世だと」
喋り始めた主人は、溜息をつき言葉を切ってから、皆に『一応ね。伝えておきます』と前置きした。何かと思って見上げた視線を受け止め、彼は続きを伝える。
「『馬車歌』が聴こえます。夜になると、彼らの歌が」
ハッとした皆の顔に、主人は少し両手を持ち上げ、何も言わないで聞いてくれと手ぶりで示す。
「気の毒にと引き取った私たちも、歌が聴こえ、最初の夜は驚いたのです。でもきっと、何かを求めているんだと思うんですよ。
歌声はしても、別に化けて出るとかそういうことはなくて。どのくらいの、お知り合いか存じ上げないけれど」
主人が言うには『もし、彼らのことで知っているなら、魂を鎮めるために何が良いか教えて欲しい』と言うことだった。
優しい村人に、ドルドレンは頷く。そして自分は、ハイザンジェルから来た馬車の民で、彼らの馬車を明日見に行こうと考えている・・・と話した。
宿の夫婦は驚き『本当に?ハイザンジェル』と目を丸くし、国は違うけれど、きっと何か分かるかもと、馬車の焼却前に是非、見てほしいと頼んだ。ドルドレンも皆も了解し、宿の夫婦は礼を言って下がる。
皆は顔を見合わせ、それから食事を始める。それぞれ近い隣・向かい合う相手に『馬車の民』のことを話しながら、夕食の時間を過ごした。
それから、風呂を済ませ、皆は各部屋に入る。
お休みの挨拶の後、誰もが気にしてはいたものの、口には出さなかった『歌』は、間もなくして窓を伝う――
ザッカリアは怖くなり、フォラヴに頼ろうと扉を開けたところで、バーウィーの部屋の戸が開くのを見て駆けた。
バーウィーは『お前が怖いんじゃないかと』と心配し、見に行こうとしたところ。お礼を言ったザッカリアは、彼の部屋に入れてもらった。
「本当に聴こえる」
「そうだな。お前はまだ、こういったことに敏感な年だから」
「バーウィーは怖くないの」
ベッドに入れてもらって、横に寝そべる職人に訊ねると、斧職人はちょっと笑って『テイワグナ人だから』と言った。精霊や魂、龍は、テイワグナの人間には身近、と教えるバーウィー。
「バイラもそう・・・言っていた」
「だろうね。テイワグナの人間なら、大体の者はそれほど怖れない。魂の声なのか、精霊の声なのか、判断しにくいだろう?だから、そのまま受け入れる。襲われるなんてことはないと、皆が信じている」
「そうなんだ・・・どうしてハイザンジェルはないんだろうな」
どうしてだろうな、と答えた斧職人は、子供の肩まで掛け布を引き上げてやり、灯りを付けたまま眠るから、と安心させた。
ザッカリアは、怖がることを少し恥ずかしく思ったが、バーウィーはちっとも、そう思っていなさそうだったので、ホッとして眠ることが出来た。
子供が寝たのを確認したバーウィーは、灯りを消し、自分も眠ることにする。
窓の外で、ずっと・・・昨日の昼に街道で聴いた、馬車の民の歌と同じ歌声が流れるのを、そっと祈りながら。
*****
同じテイワグナ人でも、バイラは眠りにくい夜。
歌が聴こえることで、どうしても若い時の出来事とあの女性を思い出す。祈りながらも、ずっと思い出す気持ちが続くことには、何か意味があるのだろうか、と考え続けた。
「総長が明日。馬車を見に行くだろう。俺も一緒に行くか」
バイラは呟き、駐在所に行く前に、総長に同行し、弔うまではその場にいよう・・・と決めた。弔うために、染料を手に入れるだろうから、それは宿に聞いて。
「先に準備した方が良いか。総長とイーアンは心が辛いものな。俺が出来るだけ、手間を少なくすれば」
二人は何回も泣いていた。イーアンは助けた相手だっただけに、『私は龍なのに』と涙を落としていた。人間味のある龍の女に、バイラも胸が絞られるような同情を持った。
総長の涙の深さは、想像も出来ない。情の厚い人だから、彼の仲間思いの態度や、馬車の家族という特殊な民族感を考えれば、他の人間が感じるよりも、遥かに大きな悲しみの中に違いない、と思う。
「うん。やっぱり俺が。思いつくことは手配しておこう。
タンクラッドさんの言った、『マカウェ』のことも頭から離れないが・・・この場合は、マカウェが魔物絡みだったのと、訳が違う。鎮魂のために動けるだけ動いてみよう」
部屋の灯りを落とし、バイラも眠る。窓の外に流れる歌は、静かでのんびりして、真夜中なのに、明るい草原を思わせるような声だった。
*****
勿論、この時間。ドルドレンもイーアンも寝付きにくく、歌を聴きながら涙の中に沈んでいた。
ひたすら祈るしか出来ないイーアン。ハイザンジェル馬車の家族の、弔いの言葉を繰り返すドルドレン。
二人は目を閉じて、頭の中でそれを繰り返しながら、時々お互いの涙を拭いては鼻をかんで、またベッドに横になっては泣いて。
途中、ドルドレンがぽつりと話してくれた、ハイザンジェルの話が、二人を少し穏やかにさせた。
――ハイザンジェルの馬車の家族は、誰かが亡くなると北へ行く。解けない雪の谷へ連れて行き、一番綺麗な布に巻いて、ゆっくり静かに、天地に戻るようにする。
不思議なことに、年月が経った後に同じ場所へ行っても、骨も布も遺っていない。岩に立てかけた車輪はいつまでもあるのに―― ・・・・・と。ドルドレンはそっと教えた。
イーアンはそれを聞いて『彼らも行く先があったのかしら』と呟き、ドルドレンはイーアンを抱き寄せて『どうなのか』と答える。
二人はその後、少し黙っていたが『明日、教えてくれる声が聞こえるかも』と祈ってから、どちらともなく眠りに入った。
*****
コルステインと一緒のタンクラッド。コルステインが何も反応しないので、少しこの歌について、彼女がどう思うか、見解を訊ねた寝る前。
青い大きな瞳は、外を見て『体。ない。でも。待つ』と教え、それから親方の額に、鉤爪の先をちょんと当てる。その意味は何だろう、と親方が見上げると、コルステインは『ここ』と言う。
『頭?ちがうな、あー・・・と。魂か』
『そう。体。ない。魂。まだ。そこ。待つ』
『馬車の・・・家族がな。いたんだよ。分かるか?ドルドレンみたいに、馬車で動く民族なんだ』
ピンと来ないコルステインは、首を傾げて先を促す。タンクラッドは、出来るだけ分かりやすく、短く区切って説明してやり、コルステインも何度か確認して理解した。
『魔物。死ぬ。人間。そこ。ある。魂。そう?』
『そうだ。でも、彼らは俺たちに、大切な話を伝えようとしたのか、魂のまま会いに来て。今も』
『うん?そう?違う。ない?』
『ん。何だ、違うと思うのか?それはどうして』
え?って顔をしたコルステインに、親方は暗がりの中で、もう少し話を長引かせる。彼女には何か別の形で受け取っているものがあるのか。教えてくれないか、と聞くと、コルステインは暫く考えていた。
上手く言葉に出来ないようで、言いかけては黙り、うーんと唸っては、時折、タンクラッドの体に掛けている大きな黒い翼をバサササ・・・と動かし、落ち着かない。
じーっと待っていた親方は、『言葉にしなくて良いから、頭に直接入って教えてくれ』と頼み、コルステインも手っ取り早くそれを了解した。
そして、親方の頭に入って説明し、出たコルステインを、親方は目を見開いて見つめる。
「そこに?まだあるってのか」
『何。頭。言う。する』
うっかり口にした親方は、驚いた内容をもう一度、頭の中で伝え直し、コルステインに頷かれる。
『魔物じゃないんだな?だよな、魔物だったら、お前がこんな悠長ではいない』
『魔物。違う。魂。魔法。ある。あっち』
黒い鉤爪がひゅっと窓の外へ向く。流れる歌声は、コルステインには聞こえない。だがその歌声の思いは届いている。
タンクラッドは寝そべった頭を少し起こし、窓の外へ顔を向けて『それじゃ。それ、引き取った方が良いだろな』と呟く。コルステインに、魔法の物を自分たちが手に入れるのは、問題ないかと聞くと、コルステインは首を傾げる。
『悪い。ない。小さい。ちょっと。魔法。平気』
『そうか。その魔法の道具をな。明日、俺たちが手に入れるとするだろ?それで何か起こることはないんだな?ええと、イーアン・・・龍や、フォラヴのような』
言いかけた親方の顔に、顔を寄せてコルステインは丁寧に瞬き。さっきからそう言ってる、と態度で示すコルステインに、ちょっと笑って頬を撫でる親方は『それが確認したかった』と答えた。
『お前。寝る。夜。眠い』
『分かった。寝るよ、有難う』
おやすみ、と挨拶し、タンクラッドは静かに寝息を立て始める。
眠り始めたタンクラッドに、コルステインは翼をかけ直してやってから、外を見て、この前の戦闘の時に自分が手伝えなかったことを思い出す。
それはコルステインからすると、とても歯痒く、守ってやりたかったのに守れなかった寂しさがあった。
今の話を聞いても、昔の出来事が記憶に蘇る。
――昔、ギデオンたちが旅をしていた時。ギデオンが仲良くなった、馬車の人間たちがいた。
彼らはコルステインを見ても怖がらなかった。
ギデオンは『凄いだろう?強いんだ。こんなに美しい。夜や嵐の暗さで、この美しいコルステインが俺たちを守ってくれるぞ』と自慢したので、その人間たちは、歌って喜びと尊敬を伝えてくれた。
コルステインもとても嬉しかった。だから、お前たちも守ってあげると、約束した。
でも。彼らは。ギデオンも彼らを守れなかった。
その時間は昼で、ギデオンと一緒に少し旅をしていた彼らは、魔物に殺され、消えてしまった。
ギデオンはとても悲しんで、夜に訪れたコルステインが謝った顔に『次は守ってやってくれ、もし生まれ変わったら』と泣きながら言った―――
思い出す。縋りついたギデオンの、涙が流れ続けた顔。
一人で馬車を動かした彼の側には、時々、違う人間がいたが、その人間もすぐにいなくなった。ギデオンは旅の仲間といるのが嫌だったみたいで、コルステインが一番、彼の側にいた。
だから知っている。ギデオンが、独りぼっちで、馬車の人間たちと一緒が、嬉しかった時のこと。
コルステインはそこで思い出すのを止めた。
窓の外に流れる歌。その声が分からなくても、歌う魂の気持ちは分かる。
魂は帰るが、彼らの気持ちの魔法は、持って来ることが出来るだろうと知っている。
タンクラッドたちが、馬車の人間の魔法を、旅に一緒に連れて行けると良いな、と大きなサブパメントゥは思った。
お読み頂き有難うございます。




