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魔物資源活用機構  作者: Ichen
同行者の底流
1533/2965

1533. 別行動:ヨーマイテスの不安・シャンガマックの命

☆前回までの流れ

前回は、馬車歌を通したズィーリーの時代が垣間見える話でした。

今回は同じ日、シャンガマックとヨーマイテスが、精霊ファニバスクワンの学びに、再び向かう話。息子の体の変化を怖れる獅子に、シャンガマックは・・・

 

 不安な夜を過ごしたヨーマイテス、気にはなるがぐっすり眠ったシャンガマックの朝。



 ファニバスクワンの学びに選んだ滝まで戻らず、異空間遺跡を出たすぐの場所で夜を過ごしたため、ここから移動しなければならない。

 到着が遅くなると見越した獅子は、それはそれ、として、ゆっくり出発することにする。


 朝食―― いつも日が昇る前のことだが、この場所は多少ゆっくりしていても、日が差さないので、獅子は疲れている息子(※と思っている)を長めに寝かせ、普段より遅く起こして食事にした。



「俺は寝過ぎた?」


 起きたシャンガマックは欠伸をして、周囲を見渡し、何度か目を擦って『寝すぎた』と自分に呟く。


「いいや。疲れている。寝て回復するなら、その方が良いだろ」


 父の返事に、騎士は苦笑する。『回復』の意味は、昨日の続きだなと分かる(※昨日=1530話後半参照)。()()()()()()()()と思われていそうな様子に、シャンガマックも少し考えて答えた。



「ヨーマイテス。そんなに気にしないでも。昨日は・・・ええと。遺跡から()()()だ、疲れていないんだ。ヨーマイテスが」


「『疲れていない』だと?お前、体が変だぞ。一日動いて、その上、あの場所で」


 待って待って、と急いで獅子を止めるシャンガマックは、困って首を横に振りながら『変じゃない。先に言っておく』はっきりそう伝え、焼いてもらった魚を持って、父の側に行き、まずは父の口に入れようとした。


「お前が先に」


「良いから食べてくれ。俺も食べる」


 獅子の心配が行き過ぎている気がして、シャンガマックは獅子の口を開けさせ、小さな切り身を大きな舌の上に、ちょんと乗せる。


 じーっと見ている獅子の目の前で、自分の食べるところが()()()()()()しっかり魚をパクっと食べ『ね?』と確認。目の据わる獅子。


「バカにしているだろう(※感覚が後ろ向き)」


「もう。していないよ!ヨーマイテスが心配しているから、一つ一つ見せる」


 はぁ、と溜息をついたシャンガマックは、一層眉根を寄せた獅子の横に座って、(たてがみ)を撫でる。


「昨日。で、良いのかな。ヨーマイテスはすごく心配した」


「今もだ」


「分かるよ。でも聞いてくれ。俺は何ともない。と言っても、見た目じゃ分からないのは俺も同じだから、ファニバスクワンに、俺に変化がないか見てもらおう」


 それなら納得しそうかなと、碧の瞳を見つめるシャンガマックに、獅子はちらと目を合わせて『それでも良いが』と唸るように答える。


 毛を撫でながら、もう一切れ獅子に食べさせ、モグモグしている隙に『ちゃんと聞くから。俺が変じゃないか、精霊なら何か気が付くかもしれない』きっと平気だよ、と安心するように言い、シャンガマックも魚を食べる。


「ただ。俺たちの留守が、一日ではないなら。ファニバスクワンは、待ちくたびれているかも知れない。一日だと思って、数日経過したから」


「精霊なんて、時間は曖昧だ。()()の意味も、人間のような規則的な感覚じゃない」


 そうか、と父の言葉に頷き、騎士はまた獅子に食べさせ、交互に自分も食べることを続けた。


 獅子の口数は少なく、代わりに観察するような視線が緩むことはなかったが、シャンガマックは出来るだけ話を逸らして、父の不安を薄れさせようと努めた。



 朝の一幕はこんな感じで上がり、獅子は背中に騎士を乗せて出発。


 滝壺のある場所限定でもないので、大きな清い水辺で、一番近いところへ向かい、退廃した遺跡に囲まれた湖へ。

 湖だが水は流動し、巨岩の列から水が落ち、溢れる水に細い川が何本も生まれる。


「遺跡・・・基部があるだけか。他は、この前の湖に様子が似ているね」


「お前が俺を、()()()()()()()湖か」


「そんな言い方しないでくれ。俺たちがケンカし」


「忘れろ(※それは思い出したくない)」


 背中で笑う騎士に、ムスッとした獅子は『呼ぶのか。まだ俺といるか』とぶっきら棒に吐く。シャンガマックは背中を下りてお礼を言い、獅子の不機嫌な顔に『笑ってごめん』と謝った。


「ファニバスクワンを呼ぶよ。聞けそうなら、早速さっきのことを訊いてみる。()()は早い方が良いものな」


 どことなく・・・機嫌が悪いだけではなく、悲しそうな獅子の目。心から心配してくれるのが伝わるので、シャンガマックは獅子の大きな頭を抱き締めて『大丈夫だよ』と、また言った。


「もしお前が」


「ヨーマイテス。大丈夫だ。とにかく呼ぼう」


 腕を解いて、獅子のフカフカの耳を撫でてから、シャンガマックは水際に歩き、腰袋の石を取り出すと、思いっきり湖に向かって投げる。


 水面を遊ぶように勢い良く飛んだ石は、何度か飛沫を上げながら、数十m先に沈む。


 後ろで見ていた獅子は、『この前の滝壺。お前、それやらなかったな』ぼそっと思い出したことを言う。さっと振り向いた息子の驚いた顔(※のんびりさんだから忘れてる)。


「言われてみれば。そうだよね。俺も()()()が減っていないと思って」


「もしかしたら、お前が来たらもう、分かるんじゃないのか」


 そうなのかなぁ?と首を傾げる褐色の騎士。次の返事が父から戻る前に、湖が光を放ち、虹色に澄んだ光の花がフワーッと大きく花弁を広げて浮かび上がる。


「ヨーマイテス、早くカワウソに」


 来たよ、と急がせる息子に、獅子は舌打ち。メキメキと・・・小さく変わって胴長動物に変身。


 花弁から伸びた光の糸は、あっという間に騎士に被さる。

 シャンガマックは急いでカワウソを抱っこして、『俺はこの姿が嫌だ』『何だって毎回これで』とぼやく父に苦笑しながら、水の中へ引っ張り込まれた。




 *****




「ヨーマイテス」


 カワウソが横倒れになったまま、ずっと沈んでいるので、シャンガマックは焚火の側で体を撫でる。


「ヨーマイテス。元気を出してくれ」


「無理言うな」


「食べようよ。ほら。口を開けて・・・獅子になって」


「獅子になる()()()()()。この、ちっぽけな胴長で良い」


 動こうともしないヨーマイテスに、困るシャンガマック。スフレトゥリ・クラトリも呼び出してあり、夕空の暮れる景色の中、青白い炎が魚を焼く横で、騎士も獅子も夕食が進まない。



 その理由。一日、教えを受けた終わりに、二人が聞いた言葉――



 水に呼び込まれたすぐ、ファニバスクワンは何かを急いでいるのか、さっさと指導に入り、シャンガマックは聞きたかったことを質問する暇がなかった。


 詰め込むように教えるファニバスクワンを相手に、シャンガマックもついて行くだけで精一杯。


 繰り返して確認、学んで質問、すぐに実行、間違えて修正して実行、繰り返して応用・・・新しいことが矢継ぎ早で、応用も()()というより、一部同じだけの、ほぼ違う魔法。


 ファニバスクワンに『先ほどの』と言われる度、思い出すのに頑張った時間。


 間違えても、精霊は怒りもしないし、嫌がりもしないが、騎士が分かっていないと判断すると、重要な点だけ丁寧に伝え、すぐに次へ進んでしまうため、この日の学びは自信のない不安定な状態で終わった。



 そして終わった後。ファニバスクワンは『明日。今日の魔法の続き』と、また更に内容が増えるような言い方をしたので、シャンガマックは慌てて『今日の補習を』とお願いした。


 それから、ずっと朝から聞きたかった質問を・・・と口を開きかけた騎士より先に、精霊は『お前のこと』と呟き、止まる。


 なんだろうか、と黙った騎士。ファニバスクワンは魚のような顔を寄せて、じっと大きな目で見つめると、騎士に『聞きなさい』と静かに言った。



「シャンガマック。ナシャウニットの力を加護に持つ男よ。サブパメントゥの父を持つ人間。お前は『大地の魔法使い』として生きるだろう。その足を、この世界・・・()()()()()()()()()()


「え」


「お前は『時の向こう』へ何度渡ったか。ナシャウニットの加護が揺らぐ場所へ」


「な。何て?ナシャウニットの加護が?」


 ギョッとして、両腕の金の腕輪を見る騎士。下がったその顎を、鰭の手でゆっくり持ち上げる精霊は、騎士の戸惑う瞳を自分に向けさせて頷く。


「お前は、時の勇者たちと動く。最後まで・・・旅が終わる時まで一緒。

 だがそれは、お前が()()()()()()の話。『条件は確実に果たされる』()()()()()()


「ファニバスクワン・・・その。意味が。俺がまるで」


「『時の向こう』お前に行く理由があるのか。私に関わりのないことだが、ナシャウニットの加護を受けたシャンガマックよ。

 そして、お前が私の息子・シュンディーンの名付け親であり、『時の勇者を支える一人』であることから、私はお前に忠告する。

 人の体を持つお前には、儚い命が与えられている。命は時間と共に最期へ向かう。時を吸い尽くす向こうへ、お前の足がこれからも進むなら。お前の見える体はそのままに、お前の命の時間は吸われるだろう」


 ゾッとした顔をした褐色の騎士に、精霊は静かな声で、憐れみをかけるように囁いた。



「シャンガマック。お前の肉体は、大いなる力に守られている。お前の中を流れる血も、気力を生む精神も、豊かで堂々とした誠実な心も、人を遥かに凌ぐ存在に引き上げられた。


 しかし、命に手を出すことはしない。お前の命は、時間の中。延ばすことは出来るが、今の私は()()()()()()

 お前が今後も、『お前に必要と思えない場所』に通うなら、私は忠告に留めて見守る」



 教えたことを早くに覚え、旅の役に立ちなさい。息子にも、息子のような相手にも、お前の力を使えるように生きなさい――



 ファニバスクワンの言葉。頭を思い切り殴られたような、シャンガマックはフラッと揺れて、慌てて足に力を入れた。


 それで今日。こんなに詰め込んだ教え方をしたのか、と理解した。()()寿()()が・・・真っ白になった意識でそこまで思ってから、ハッとして顔を上げる。


 聴こえる距離ではないのに、カワウソが壺の中でこちらを見ていた。その碧の目が震える体に宝石のように光り、彼が恐れているとすぐに知った。


 シャンガマックは取り乱す気持ちを抑え込み、どうにか、精霊にお礼と明日の約束を伝え、飛ぶように壺に向かい、硬直するカワウソを引っ張り出して『帰ろう、帰るよ』と水底を後にした。




 ――そして、夕食時に、話は続く。



 焼けた魚を、のろのろと炎から遠ざけて、シャンガマックは溜息を落とす。ナイフで魚を切って口に入れるが、味がよく分からなかった。


 横に倒れるように寝そべるカワウソは、自分を見つめて何も言わないが、その顔の悲しそうなことと言ったら、可哀相でならない。手に持った魚の身を小さく切ってやり、食べさせようとしても、口も開けない。



「ヨーマイテス。食べよう。一緒に」


「お前だけ食べて良い。少しでも、体に力がある方が良い」


「そんなこと言うな。頼むよ、『自分のせいだ』と思っているだろう。違うよ」


()()()()以外にない。お前を失いたくない俺が、お前が死ぬように仕向けていた」


「ヨーマイテス!何て言い方をするんだ。違うよ、俺はそう思っていないよ」


 シャンガマックは魚を置いて、横たわるカワウソを抱き上げると、ぎゅーっと抱き締めた。


「仕向けたとか、そんな言葉。二度と言わないでくれ。俺は思っていない」


「事実だ」


 抱き締めた体を起こし、カワウソの顔を見ると、目が潤んでいる。もう一度しっかり抱き締めてから、背中を撫でてやって、シャンガマックはちゃんと伝えた。



「これから先、行かないように出来れば。俺が()()()()へ入らなかったら良いだけのことだよ。それで、ここから命の時間が削れることはないんだ。そう言っていた」


「だがお前の、命。どれくらい削れたか、知る術もない。精霊の言い方だと、お前が旅の最後まで生きられないような」


 騎士はカワウソの口に手を当てて塞ぐ。見つめる碧の瞳に涙が浮かんでいるのを、ぼやける視界で自分も見つめ返し、シャンガマックは目を閉じて涙の粒を落とした。


「大丈夫だ。生きるから。そんなに早く、ヨーマイテスから離れやしない。旅だって、総長たちを支えるんだ。俺はそんなに簡単に死なない」



 息子の震える声に、堪らなくなったヨーマイテスは、ぐっと体を逸らして息子の腕から下り、人の姿に変わる。

 それから自分が息子を抱え上げて抱き締め『お前がいないなんて』そこまでしか言えずに泣いた。


 二人は何も言葉を交わせなくなって、暫く抱き合って泣いた。



 ヨーマイテスの中では、老バニザットはこれを知っていたのかどうか―― 知っていて、子孫のバニザットを連れて行くことも了解していたのかどうか、が何度も過った。


 しかし、八つ当たりにも思える矛先。


 老バニザットは、積極的に子孫を使うようには()()()()()()。『ミレイオ』と、指定している場所の方がずっと多かった。


 ヨーマイテスは全く・・・そこまで考えていなかった。まさか、息子の命が削れ続けていたとは。


 どうにかしたい。どうにか。奪った時間を取り返したい。

 必死に考える苦しくて辛い胸中に、精霊の一言一言が繰り返された。



 そしてふと、ヨーマイテスは気が付く。ゆっくりと顔を息子に向け、苦し気な彼の頬に手を添える。


「ファニバスクワンは言った・・・あれは、そうだ。恐らく、そうだ。

 お前が、もうあの遺跡に行かないなら。行かないだけじゃない、約束して、頼めば・・・きっと。『お前の命の時間を戻せる』と、ファニバスクワンは言ったんだ」



 ――お前の命は、時間の中。延ばすことは出来るが、今の私は()()()()()()

 お前が今後も、『お前に必要と思えない場所』に通うなら、私は忠告に留めて見守る――



 涙に濡れたお互いの目が合う。胸に瞬時に湧いた希望と、その可能性を疑う不安の渦に、二人の数秒は流れた。

お読み頂き有難うございます。

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