1533. 別行動:ヨーマイテスの不安・シャンガマックの命
☆前回までの流れ
前回は、馬車歌を通したズィーリーの時代が垣間見える話でした。
今回は同じ日、シャンガマックとヨーマイテスが、精霊ファニバスクワンの学びに、再び向かう話。息子の体の変化を怖れる獅子に、シャンガマックは・・・
不安な夜を過ごしたヨーマイテス、気にはなるがぐっすり眠ったシャンガマックの朝。
ファニバスクワンの学びに選んだ滝まで戻らず、異空間遺跡を出たすぐの場所で夜を過ごしたため、ここから移動しなければならない。
到着が遅くなると見越した獅子は、それはそれ、として、ゆっくり出発することにする。
朝食―― いつも日が昇る前のことだが、この場所は多少ゆっくりしていても、日が差さないので、獅子は疲れている息子(※と思っている)を長めに寝かせ、普段より遅く起こして食事にした。
「俺は寝過ぎた?」
起きたシャンガマックは欠伸をして、周囲を見渡し、何度か目を擦って『寝すぎた』と自分に呟く。
「いいや。疲れている。寝て回復するなら、その方が良いだろ」
父の返事に、騎士は苦笑する。『回復』の意味は、昨日の続きだなと分かる(※昨日=1530話後半参照)。どこか具合が悪いと思われていそうな様子に、シャンガマックも少し考えて答えた。
「ヨーマイテス。そんなに気にしないでも。昨日は・・・ええと。遺跡から出た後だ、疲れていないんだ。ヨーマイテスが」
「『疲れていない』だと?お前、体が変だぞ。一日動いて、その上、あの場所で」
待って待って、と急いで獅子を止めるシャンガマックは、困って首を横に振りながら『変じゃない。先に言っておく』はっきりそう伝え、焼いてもらった魚を持って、父の側に行き、まずは父の口に入れようとした。
「お前が先に」
「良いから食べてくれ。俺も食べる」
獅子の心配が行き過ぎている気がして、シャンガマックは獅子の口を開けさせ、小さな切り身を大きな舌の上に、ちょんと乗せる。
じーっと見ている獅子の目の前で、自分の食べるところが見えるようにしっかり魚をパクっと食べ『ね?』と確認。目の据わる獅子。
「バカにしているだろう(※感覚が後ろ向き)」
「もう。していないよ!ヨーマイテスが心配しているから、一つ一つ見せる」
はぁ、と溜息をついたシャンガマックは、一層眉根を寄せた獅子の横に座って、鬣を撫でる。
「昨日。で、良いのかな。ヨーマイテスはすごく心配した」
「今もだ」
「分かるよ。でも聞いてくれ。俺は何ともない。と言っても、見た目じゃ分からないのは俺も同じだから、ファニバスクワンに、俺に変化がないか見てもらおう」
それなら納得しそうかなと、碧の瞳を見つめるシャンガマックに、獅子はちらと目を合わせて『それでも良いが』と唸るように答える。
毛を撫でながら、もう一切れ獅子に食べさせ、モグモグしている隙に『ちゃんと聞くから。俺が変じゃないか、精霊なら何か気が付くかもしれない』きっと平気だよ、と安心するように言い、シャンガマックも魚を食べる。
「ただ。俺たちの留守が、一日ではないなら。ファニバスクワンは、待ちくたびれているかも知れない。一日だと思って、数日経過したから」
「精霊なんて、時間は曖昧だ。明日の意味も、人間のような規則的な感覚じゃない」
そうか、と父の言葉に頷き、騎士はまた獅子に食べさせ、交互に自分も食べることを続けた。
獅子の口数は少なく、代わりに観察するような視線が緩むことはなかったが、シャンガマックは出来るだけ話を逸らして、父の不安を薄れさせようと努めた。
朝の一幕はこんな感じで上がり、獅子は背中に騎士を乗せて出発。
滝壺のある場所限定でもないので、大きな清い水辺で、一番近いところへ向かい、退廃した遺跡に囲まれた湖へ。
湖だが水は流動し、巨岩の列から水が落ち、溢れる水に細い川が何本も生まれる。
「遺跡・・・基部があるだけか。他は、この前の湖に様子が似ているね」
「お前が俺を、カワウソにした湖か」
「そんな言い方しないでくれ。俺たちがケンカし」
「忘れろ(※それは思い出したくない)」
背中で笑う騎士に、ムスッとした獅子は『呼ぶのか。まだ俺といるか』とぶっきら棒に吐く。シャンガマックは背中を下りてお礼を言い、獅子の不機嫌な顔に『笑ってごめん』と謝った。
「ファニバスクワンを呼ぶよ。聞けそうなら、早速さっきのことを訊いてみる。安心は早い方が良いものな」
どことなく・・・機嫌が悪いだけではなく、悲しそうな獅子の目。心から心配してくれるのが伝わるので、シャンガマックは獅子の大きな頭を抱き締めて『大丈夫だよ』と、また言った。
「もしお前が」
「ヨーマイテス。大丈夫だ。とにかく呼ぼう」
腕を解いて、獅子のフカフカの耳を撫でてから、シャンガマックは水際に歩き、腰袋の石を取り出すと、思いっきり湖に向かって投げる。
水面を遊ぶように勢い良く飛んだ石は、何度か飛沫を上げながら、数十m先に沈む。
後ろで見ていた獅子は、『この前の滝壺。お前、それやらなかったな』ぼそっと思い出したことを言う。さっと振り向いた息子の驚いた顔(※のんびりさんだから忘れてる)。
「言われてみれば。そうだよね。俺も石の数が減っていないと思って」
「もしかしたら、お前が来たらもう、分かるんじゃないのか」
そうなのかなぁ?と首を傾げる褐色の騎士。次の返事が父から戻る前に、湖が光を放ち、虹色に澄んだ光の花がフワーッと大きく花弁を広げて浮かび上がる。
「ヨーマイテス、早くカワウソに」
来たよ、と急がせる息子に、獅子は舌打ち。メキメキと・・・小さく変わって胴長動物に変身。
花弁から伸びた光の糸は、あっという間に騎士に被さる。
シャンガマックは急いでカワウソを抱っこして、『俺はこの姿が嫌だ』『何だって毎回これで』とぼやく父に苦笑しながら、水の中へ引っ張り込まれた。
*****
「ヨーマイテス」
カワウソが横倒れになったまま、ずっと沈んでいるので、シャンガマックは焚火の側で体を撫でる。
「ヨーマイテス。元気を出してくれ」
「無理言うな」
「食べようよ。ほら。口を開けて・・・獅子になって」
「獅子になる気力がない。この、ちっぽけな胴長で良い」
動こうともしないヨーマイテスに、困るシャンガマック。スフレトゥリ・クラトリも呼び出してあり、夕空の暮れる景色の中、青白い炎が魚を焼く横で、騎士も獅子も夕食が進まない。
その理由。一日、教えを受けた終わりに、二人が聞いた言葉――
水に呼び込まれたすぐ、ファニバスクワンは何かを急いでいるのか、さっさと指導に入り、シャンガマックは聞きたかったことを質問する暇がなかった。
詰め込むように教えるファニバスクワンを相手に、シャンガマックもついて行くだけで精一杯。
繰り返して確認、学んで質問、すぐに実行、間違えて修正して実行、繰り返して応用・・・新しいことが矢継ぎ早で、応用も応用というより、一部同じだけの、ほぼ違う魔法。
ファニバスクワンに『先ほどの』と言われる度、思い出すのに頑張った時間。
間違えても、精霊は怒りもしないし、嫌がりもしないが、騎士が分かっていないと判断すると、重要な点だけ丁寧に伝え、すぐに次へ進んでしまうため、この日の学びは自信のない不安定な状態で終わった。
そして終わった後。ファニバスクワンは『明日。今日の魔法の続き』と、また更に内容が増えるような言い方をしたので、シャンガマックは慌てて『今日の補習を』とお願いした。
それから、ずっと朝から聞きたかった質問を・・・と口を開きかけた騎士より先に、精霊は『お前のこと』と呟き、止まる。
なんだろうか、と黙った騎士。ファニバスクワンは魚のような顔を寄せて、じっと大きな目で見つめると、騎士に『聞きなさい』と静かに言った。
「シャンガマック。ナシャウニットの力を加護に持つ男よ。サブパメントゥの父を持つ人間。お前は『大地の魔法使い』として生きるだろう。その足を、この世界・・・大地から離さなければ」
「え」
「お前は『時の向こう』へ何度渡ったか。ナシャウニットの加護が揺らぐ場所へ」
「な。何て?ナシャウニットの加護が?」
ギョッとして、両腕の金の腕輪を見る騎士。下がったその顎を、鰭の手でゆっくり持ち上げる精霊は、騎士の戸惑う瞳を自分に向けさせて頷く。
「お前は、時の勇者たちと動く。最後まで・・・旅が終わる時まで一緒。
だがそれは、お前が生きていればの話。『条件は確実に果たされる』わけではない」
「ファニバスクワン・・・その。意味が。俺がまるで」
「『時の向こう』お前に行く理由があるのか。私に関わりのないことだが、ナシャウニットの加護を受けたシャンガマックよ。
そして、お前が私の息子・シュンディーンの名付け親であり、『時の勇者を支える一人』であることから、私はお前に忠告する。
人の体を持つお前には、儚い命が与えられている。命は時間と共に最期へ向かう。時を吸い尽くす向こうへ、お前の足がこれからも進むなら。お前の見える体はそのままに、お前の命の時間は吸われるだろう」
ゾッとした顔をした褐色の騎士に、精霊は静かな声で、憐れみをかけるように囁いた。
「シャンガマック。お前の肉体は、大いなる力に守られている。お前の中を流れる血も、気力を生む精神も、豊かで堂々とした誠実な心も、人を遥かに凌ぐ存在に引き上げられた。
しかし、命に手を出すことはしない。お前の命は、時間の中。延ばすことは出来るが、今の私はそれをしない。
お前が今後も、『お前に必要と思えない場所』に通うなら、私は忠告に留めて見守る」
教えたことを早くに覚え、旅の役に立ちなさい。息子にも、息子のような相手にも、お前の力を使えるように生きなさい――
ファニバスクワンの言葉。頭を思い切り殴られたような、シャンガマックはフラッと揺れて、慌てて足に力を入れた。
それで今日。こんなに詰め込んだ教え方をしたのか、と理解した。俺の寿命が・・・真っ白になった意識でそこまで思ってから、ハッとして顔を上げる。
聴こえる距離ではないのに、カワウソが壺の中でこちらを見ていた。その碧の目が震える体に宝石のように光り、彼が恐れているとすぐに知った。
シャンガマックは取り乱す気持ちを抑え込み、どうにか、精霊にお礼と明日の約束を伝え、飛ぶように壺に向かい、硬直するカワウソを引っ張り出して『帰ろう、帰るよ』と水底を後にした。
――そして、夕食時に、話は続く。
焼けた魚を、のろのろと炎から遠ざけて、シャンガマックは溜息を落とす。ナイフで魚を切って口に入れるが、味がよく分からなかった。
横に倒れるように寝そべるカワウソは、自分を見つめて何も言わないが、その顔の悲しそうなことと言ったら、可哀相でならない。手に持った魚の身を小さく切ってやり、食べさせようとしても、口も開けない。
「ヨーマイテス。食べよう。一緒に」
「お前だけ食べて良い。少しでも、体に力がある方が良い」
「そんなこと言うな。頼むよ、『自分のせいだ』と思っているだろう。違うよ」
「俺のせい以外にない。お前を失いたくない俺が、お前が死ぬように仕向けていた」
「ヨーマイテス!何て言い方をするんだ。違うよ、俺はそう思っていないよ」
シャンガマックは魚を置いて、横たわるカワウソを抱き上げると、ぎゅーっと抱き締めた。
「仕向けたとか、そんな言葉。二度と言わないでくれ。俺は思っていない」
「事実だ」
抱き締めた体を起こし、カワウソの顔を見ると、目が潤んでいる。もう一度しっかり抱き締めてから、背中を撫でてやって、シャンガマックはちゃんと伝えた。
「これから先、行かないように出来れば。俺があの場所へ入らなかったら良いだけのことだよ。それで、ここから命の時間が削れることはないんだ。そう言っていた」
「だがお前の、命。どれくらい削れたか、知る術もない。精霊の言い方だと、お前が旅の最後まで生きられないような」
騎士はカワウソの口に手を当てて塞ぐ。見つめる碧の瞳に涙が浮かんでいるのを、ぼやける視界で自分も見つめ返し、シャンガマックは目を閉じて涙の粒を落とした。
「大丈夫だ。生きるから。そんなに早く、ヨーマイテスから離れやしない。旅だって、総長たちを支えるんだ。俺はそんなに簡単に死なない」
息子の震える声に、堪らなくなったヨーマイテスは、ぐっと体を逸らして息子の腕から下り、人の姿に変わる。
それから自分が息子を抱え上げて抱き締め『お前がいないなんて』そこまでしか言えずに泣いた。
二人は何も言葉を交わせなくなって、暫く抱き合って泣いた。
ヨーマイテスの中では、老バニザットはこれを知っていたのかどうか―― 知っていて、子孫のバニザットを連れて行くことも了解していたのかどうか、が何度も過った。
しかし、八つ当たりにも思える矛先。
老バニザットは、積極的に子孫を使うようには言わなかった。『ミレイオ』と、指定している場所の方がずっと多かった。
ヨーマイテスは全く・・・そこまで考えていなかった。まさか、息子の命が削れ続けていたとは。
どうにかしたい。どうにか。奪った時間を取り返したい。
必死に考える苦しくて辛い胸中に、精霊の一言一言が繰り返された。
そしてふと、ヨーマイテスは気が付く。ゆっくりと顔を息子に向け、苦し気な彼の頬に手を添える。
「ファニバスクワンは言った・・・あれは、そうだ。恐らく、そうだ。
お前が、もうあの遺跡に行かないなら。行かないだけじゃない、約束して、頼めば・・・きっと。『お前の命の時間を戻せる』と、ファニバスクワンは言ったんだ」
――お前の命は、時間の中。延ばすことは出来るが、今の私はそれをしない。
お前が今後も、『お前に必要と思えない場所』に通うなら、私は忠告に留めて見守る――
涙に濡れたお互いの目が合う。胸に瞬時に湧いた希望と、その可能性を疑う不安の渦に、二人の数秒は流れた。
お読み頂き有難うございます。




