1531. テイワグナ馬車歌 ~四部を持つ家族
☆前回までの流れ
前回は、別行動中だったミレイオと赤ちゃん、そしてシャンガマックの舞台が挟まりました。今回はミレイオがシュンディーンと戻ったところ。
時間は昼。暗さばかりの地下から出て来た二人は、パンギの町を出た仲間と久々に合流します。
ミレイオとシュンディーンが戻った場所は、真昼間の草原。眩しさに『うわぁ』と二人で目を瞑り、ミレイオをは急いで赤ちゃんに布を被せる。
「ごめん。眩しいね!」
「んんん~(※ツライ)」
あんた、目がデカいから!と笑いながら、ミレイオも片目を瞑って、もう片目を薄っすら開け、仲間の気配のある方向に顔を向ける。
「あれか。って。おい(素)何あれ。何であんないるのよ」
何だろう、と両目を開けて、薄目でじーっと道を見つめる。
どう見ても・・・私たちの馬車は、前後に馬車5~6台付き・・・・・
ただ、前の数台とは、距離がある。かなーり離れてそうだが、付かず離れず。
そして、前の馬車は不安定。6台に見えたり5台に見えたり・・・道は真っ直ぐ平行だから、先の2台が並んだりズレたりしているのか。
晴れた空の下で目が眩んだミレイオは、何度か瞬きして『よく見えないわ。やぁね、ぼんやりしてる』と呟くと、派手な自分たちの馬車の後ろに続く列に視線をずらす。
後の馬車数台は、まるで仲間内の如き、近距離を保つ様子。うちの馬車の連れです、と言ってもありな近距離加減。どっかで見た馬車だわねぇと思いつつ。
「ここで疑問に思ってても意味ないわね。同じ速度だから、知り合いにでもなったのかしら」
急な眩しさに、少しぼやける視界の中。遠目に見えている馬車の行列に訝しみながら、ミレイオは草原をザクザク歩いて近づく。
遮るもののない草原。どこからともなく、人間(※じゃないけど)が出て来たらコワイかしらねぇ、と思ったのも束の間。
「あ。ミレイオ!ミレイオ~!こっちですよ~」
全然、心配いらなかった(※相手イーアン)。
御者台で手をぶんぶん振る女龍は、中年とは思えない若々しいはしゃぎぶり(※頭の中身は子供で新鮮イーアン)。
アハハと笑いながら、片腕に赤ちゃんを支えたミレイオは、空いている方の手を上げて『ただいま』と挨拶。
イーアンの喜び方は、他の皆にも伝染して、後ろの馬車も。なぜか。その後ろの数台も『ミレイオ』と次々に名を叫ぶ。
「何よ、あれ。あの人たち誰よ」
何で私の名前知ってるのかと悩みながら近くへ行き、ようやく納得。『ああ、そうだった』ギールッフの職人たちの馬車。
「忘れていたわよ。というかね、あんたたちも動いたのね。帰り道でしょ?」
側まで行って少し大きめの声で訊ねると、寝台馬車の後ろのバーウィーが『仕事があるから』と卒ない答えを戻す。
まあ、そうだよねと笑って、手招きした寝台馬車の御者・タンクラッドの横に乗り込むミレイオ。
「やっと戻ったな。どうだ、怪我なんかないだろうが」
「ないわね。やたらヒマ疲れだけど。あんたは?大丈夫そうね」
まぁまぁだ、と少し笑ったタンクラッドは、シュンディーンに腕を伸ばす。ミレイオが手綱を持ってやって、タンクラッドに赤ちゃんを渡すと、赤ちゃんはがっちりタンクラッドに貼り付いた。
「ハハハ。お帰り。お前も頑張ったな。よし、ミレイオちょっと手綱持っててくれ。肉貰ってくるか」
美味しいとこどりの親方に、ええ?と眉を寄せるミレイオだが、お父さん気分なのか。
タンクラッドはひょいと荷馬車の荷台へ入り、笑顔を向けるオーリンに肉を取ってもらい、荷台で赤ん坊に即、食べさせる。
オーリンも戻って来た赤ん坊に笑いかけて、欲し肉を何枚か手に『食ってなかったもんな』と甘やかしにかかる(※父親にありがちな『余計な甘やかし』)。
そんな様子を見ていると、戻って早々、御者を押し付けられたミレイオだが、何だか微笑ましい。
「あいつらも、あの子が好きなのよね。皆の赤ちゃんなのよ・・・これからも」
ニッコリ笑って、ミレイオは『私が肉をあげたかったのに』とぼやきながら見つめた。タンクラッドもオーリンも、シュンディーンがムシャムシャ食べるのを喜んで、ほら食え、ほら食えと急かしていた。
前の御者台では、イーアンが後ろを見ようとして体を乗り出し、ドルドレンに『危ないから』と注意される。
「挨拶したいの」
「はい。でもミレイオ、御者になったかも」
また止まるまで待ちなさい、と伴侶に引っ張られ、イーアンは渋々いうことを聞く(※馬車から落ちる人)。それでも後ろを見てしまうイーアンに、ドルドレンは何となく見当がついて微妙。
「イーアン。ヴィメテカか」
さっと振り向いたイーアンは、うん、と頷く。
ドルドレンとしては、他の男の心配をされ続けている態度を、これほど正直に見せつけられてはと言ったところだが。
多分、それを言えばイーアンは『男、って言ったって。精霊ですよ』とか何とか言うのだ(※当)。
イーアンはそういう部分が、何だかいつも鈍い。カッコ良い美しいことと、『男対象』が、別の認識だから・・・と思っていたら。
そんな伴侶の胸中を察した、イーアン(※いい加減学ぶ)。
「ヴィメテカの無事、自分で確認出来ていません。別に男の人なんて思っていません」
「知っている」
『お友達ですよ。かなりハイレベルなお友達』イーアンはビシッと言い切る。
ハイレベルって何?と思うが、そこはさておき。ドルドレンは『もうすぐ昼だから、馬車を寄せる』と、奥さんのうずうず(※微妙)を待たせることにした。
そして昼。少し遅い昼だが、前の馬車の様子を見つつ、とりあえず昼休憩に入る。
ミレイオも戻り、イーアンとミレイオでお昼を作り、ギールッフの職人たちの食材も貰って、簡単でも賑やかな昼食時。
これからのことや、ミレイオたちが留守の間の出来事を話し合う、雑多な情報交換の間で、ドルドレンも、一人静かに食べるバイラに『情報』を尋ねていた。
「あの馬車の家族が、サイザードの話していた内容を持つ家族か」
「そうだと思います。時期的に重なるので」
うむ、と確認したドルドレン。馬車の家族に追いつこうとした矢先、『もう少し、話しかけないで待って下さい』とバイラに頼まれて、待ち続けている現時点。
「もう、さすがに見えない・・・が。まだ、話しかけに行かない方が良いのか」
「すみません。でも大丈夫だと思います。私たちが町にいた間に、表の数日間で雨が降ったようだし、乾き切っていない轍が入ります。これを見れば、どこか曲がってもすぐ分かりますから」
「そうだが。しかし1時間近く置くと」
「総長、もし見失うようなことがあれば、私が探しに出ますから」
困った顔で言い難そうに、言いたくなさそうな言葉を絞り出したバイラに、ドルドレンも悩む。彼の背中をちょっと撫でて『俺が探しに行くから』と言うと、彼は首を強く振って拒否した。
「いや、私の責任ですから」
「責任・・・というほどのことではないのだ。『もうじきテイワグナの魔物が終わる』と、予言も授かった、今。テイワグナの馬車歌に、どれほどの情報があるか確認出来ないとしても、それは運命で」
いえいえ、ダメです、私の責任だから私が!と強く言うバイラに、本当は行きたくない板挟み感が漂う。
「無理しなくて良いのだ。あの馬車の家族に、その、バイラの気にする相手が乗っているかも知れないのなら」
「イーアンがさっき、教えてくれました。います。俺が見たあの人、いや、私が見た」
いいよいいよ、とドルドレンは止めて、素に戻ったバイラの背中を撫でる(※バイラの素=自分呼び『俺』)。
苦し気な警護団員にはとりあえず、『もしも見失うことがあれば、自分で探しに行く』と念を押し、総長は昼食時間を切り上げ、出発の準備に入った。
そして馬車は、午後の道を進む。
ギールッフの職人たちも、昼の情報交換で『前にいた馬車は、俺たちがすれ違った馬車の民』と言っていたし、それがサイザードの世話した相手と同じである可能性から、ドルドレンは彼ら馬車の家族が、『四部』の歌を持つと予想している。
四部は、ズィーリーとギデオンの話。のはず――
それはハイザンジェル、自分たちの馬車歌と重なる内容だ、と見当を付けている分、知っておいた方が良い内容があるのでは、と気持ちが急ぐ。
まるきり同じ内容、というわけもないだろう。現に、一部を持つジャスールの馬車歌は、ハイザンジェル馬車歌に、一切出てこない時代だった。
これを思うと、四部も変更があっておかしくない。その変更がもしかすると、『何かの鍵』になる場合も・・・・・
イーアンは、フォラヴに呼ばれ、彼と話しがあるとかで、御者台にはドルドレンだけ。
前を進む黒馬の警護団は、気のせいか、どんどん速度が落ちているように見える。ドルドレンは思い切って、彼を呼ぶと、馬を下げたバイラに『進む足が重いのであれば』と提案した。
「馬は俺が見ても良い。バイラは荷台へ移動しても」
「いいえ、そんな。馬まで預けて逃げるなんて、男として」
「男としても何も。嫌な記憶に苛まれているのは、誰だって辛い。男女関係ないだろう」
でも、だけど、と戸惑い溢れるバイラに『バイラ!』と少し強めに名を呼び、黙らせると、『俺が行くから』とドルドレンはちゃんと言う。
「俺が、俺の。分かるだろう、俺の用事だ。俺は馬車の民だから」
「そうです、だから私の私情で手間取らせては」
「良いのだ、と何度も伝えている。気にしてはいけない。偶々、バイラに嫌な思いをさせた相手がいる、それだけだ。バイラは下がっていなさい。馬車も急がせている。きっともうすぐ見えて」
来るだろう、と言いかけたドルドレンは、歌と煙の臭いに気が付く。
聞き馴染んだ馬車歌の雰囲気。晴れた空気に薄い壁を張るような、白く流れる煙。
ずーっと前方、道を少しそれた場所に停められた、馬車の列。
その視線を追ったバイラは、目を閉じる(※諦め)。ドルドレンも気の毒に思うが、仕方ない。
目と鼻の先にいる、目当ての相手を素通りすることは、さすがにしたくない。きっと馬車の家族も昼食にしているのだろう、と伝え、少しの間、皆にここで停まっているように頼んだ。
しかしバイラは『通り過ぎてから、止まって待った方が(※安全策)』と慌てたので、ドルドレンは『構わない』と了承した(※結局離れたい意思は分かる)。
このすぐ後、バイラがそーっと馬を下げて、ギールッフの職人たちの馬車まで下がったのを確認したドルドレン。バイラは、全体に事情を伝えて回り、そのまま身を隠す。
馬車の家族が食事をしている横を通過し、その時に確信する。風に乗る、伸びやかな歌の言葉。
「この歌。ズィーリーの時代だ。間違いない」
うん、と頷いたドルドレンは、通り過ぎた後にオーリンを呼び、やってきたオーリンに手綱を預ける。
困ったように笑うオーリンは、ちょっと後ろの馬車に顔を向け『バイラが馬車影に』と教えたので、ドルドレンは『早く。先へ』と自分に構わずに進むよう伝えた。
もっと先へ離れて良い、と頼んだ後で、荷台からイーアンが飛んでくる。
「おお、イーアン」
「はい。私が出た方が手っ取り早いでしょう」
ニッコリ笑った龍の女に、ドルドレンも手を伸ばして、飛ぶ女龍の手を引く。こっちを見た馬車の家族の、数人が立ち上がって『ああ!イーアン』と喜んだ顔に挨拶に行く。
「イーアン!よく見付けてくれて」
「行っちゃうんですもの!具合はどうですか。医者は」
早速、笑顔でお互いを抱き締め合って会話が始まる。夜の最後に顔を見せたドルドレンも、ちゃんと覚えていてもらっていて、食事中の皆が二人を迎えてくれた。
皆、顔色は良くないが、疲れや服の汚れでそう感じるだけ。助かった家族の話をする笑顔は優しく、来客を家族の輪の中に座らせる。
彼らは亡くなった家族を載せているため、『埋葬のために急いでいる』と、町を離れた理由を話したが、他にも何かある様子で、一度黙った。だがすぐにまた、別の理由も伝えられる。
彼ら家族の中には、イーアンと近い年齢の女性が3人ほど居り、二人は子供に食事をさせながら会話し、一人はドルドレンたちを見つめ、食事を続けていた。
イーアンがその視線に気が付き『旦那さんは大丈夫ですか』と訊ねる。
怪我した男性の一人は、『彼女の夫』と記憶していたイーアン。女性はニッコリ笑ってゆっくり立ち、イーアンと握手をした。
「大丈夫。有難う。あの人は先に食べて、今は昼寝を」
「そうでしたか。大きな怪我だったから」
「イーアン、有難うね。本当に有難う」
ドルドレンは二人を見て思う。この女性が多分・・・バイラの怖れていた(?)人のような。でも話から、彼女は結婚したと分かるので、後でバイラに伝えることにした。
「町を出た理由は、まだあるの。お告げがあったのよ。夢に」
ふと、その女性がイーアンに囁いた。イーアンは目を大きく開いて『お告げ』と繰り返した。女性は頷いて、自分の馬車に戻ってから、大きな袋を持って来て、中から透明の石を取り出した。
女性の手に乗った、大きさ20㎝程度のよく磨かれた・・・何かの頭蓋骨みたいにも見える、透明の石。額にも似た平らな部分を指差して、『ここ見て』と彼女は言った。彼女の指示に従って、イーアンが覗き込む。
「イーアンには教えてあげる。優しくしてくれたからね」
「いえ、優しくなんて。助けるのは当然・・・あ。あ、え?これは」
「見えた?あんたは彼女の亭主?あんたも見て良いわ」
急に顔を向けた女性に、イーアンの後ろにいたドルドレンは了解し、イーアンの背中から同じように覗き込む。そこに・・・『何だと』ドルドレンの灰色の瞳が丸くなった。
ちょっと振り向いたイーアンも驚いていて『これ、過去ですよ』と小声で驚きを伝え、ドルドレンも首を振った。
「こんなことが。あなたは、過去を見るのか」
驚きの内容に、女性を見たドルドレン。女性は少し首を傾げて『過去?』と答えた。
「どうして過去だと思うの。これから起こることよ。私が夢で見た後、これを見るたびに同じ絵が浮かぶのよ。きっと目的地にたどり着くまで、このままなの」
占い師?とイーアンは訊ね、彼女は頷くと『私たちは全員、占い師』と言う。
「イーアンを見た時、もし角が無くても、私はすぐに見抜いたと思うわ。『あなたが龍』なんだと」
彼女は微笑み、他の家族を見回した。他の家族も二人の側に来て、神妙そうな顔つきで取り囲む。
「あんな恐ろしい日の後に出会って、本当に残念だった。今朝も、挨拶をする時間を待てなかった。
俺たちは逃げなくてはいけない。夢でキオロが見た内容は、俺たちに一刻も猶予を与えなかった」
キオロと呼ばれた女性は、家族と自分を見た女龍に頷く。
「次に大きな地震が来る。そうすると魔物も出るの。その場所から離れないといけない」
ごくっと唾を飲んだドルドレン。何度か瞬きしたイーアン。
透明な頭蓋骨のような石の内側に・・・過去―― 思うに。どう見ても、ズィーリーたちの旅の一場面が見え、そこに、揺れる風景と飛び交う龍、魔物の絵があった。
お読み頂き有難うございます。




