153. 試作・角製飛び道具と角製の剣
ドルドレンが工房へ戻ってきた時には、工房には誰もいなかった。鍵は開いているので、近くにいるのだろうと思うと、夕暮れの外で声がした。
工房の窓の外を見ると、何やら部下が戦っていた。
イーアンがドルドレンに気が付き、『試作の状態を試しています』と伝えた。
運動神経が普通ではないロゼールは、試作使い代表のようで、使い勝手良く呼び出されている様子。意外な相手はアティクだった。
「アティクは大丈夫なのか」
ドルドレンはアティクの武器が分からず、若干心配が生じた。ロゼールはどうも反った剣を使うようだが、アティクは不思議な形をした翼を持っている。
ダビが言うには『現時点では、アティク以外に経験者がいない』と言う。そんな武器をなぜイーアンが作ったのか?イーアンはなぜそんな武器を知っているのか。疑問はあるが、前の世界ではあったのかもしれないと思うことにする。
見ていて、とイーアンの指がアティクに向いて、アティクが離れた場所にいるロゼールに武器を投げた。
翼を互い違いに付けた武器は、黒い円盤のように旋回しながらロゼールに向かって飛ぶ。ロゼールは避けたが、武器が戻って来たので、振り返りながら再び避けていた。アティクは戻ってきた武器を、変わった形の受け具を使って止めた。
ロゼールではなく、木の枝を落とす目的でそれを投げてもらうと、やはり黒い円盤状に飛んだ武器は枝を通りすがりに落とし、戻ってきた。
イーアンの話では、翼の骨組みに当たる部分に、デナハ・バスの黒い角が入っていて、それが飛ぶ刃の状態を作っているという。
しかしこの武器をそのまま使うと、一歩間違えれば受け手が大怪我をする場合もある。だから受け具を作ったので、よほどおかしなことでもしなければ危険ではない、と説明された。見ればアティクの両腕にはその受け具が装着されている。手袋とも違い、鎧の上から装着する形をしていた。
「受け具も魔物の体ですよ」
ダビが受け具を見せる。よく見ると開いた形の同じ角だった。内側の溝に金属が付いている。金属は耐久性の向上と装着台との繋ぎになっているらしい。
言っていることがよく分からないが、これはダビの評価ではかなり上物のようだった。
ロゼールが見せてくれた剣は、同じ魔物の角で出来ているが、翼に付いている金属部品の別仕立てらしく、完全に剣として使われるようになっていた。
イーアンの話しによれば、角だけでどれくらい耐久性があるのか心配だったので、支えとして金属を背に当ててあるという。
「この角を取る時。ドルドレンが剣の柄頭で叩いて折ってくれたでしょう?
角の構造によってですが、打撃を受ける場所と角度で、壊れる可能性があると知りました。
魔物が角を刃として使う角度は、大変に強力で強い硬度を持っているのは見て分かりましたから、その使い方を生かして、気になる点においては全面的に補強しようと思いました」
金属製の剣だけではダメなの?と思ったが、この場合は、刃が魔物の材料で賄われているため、支えの金属はとても安い素材を使用できる。それで安価な製作が可能であるという。
角の切れ味は大層良いらしいが、硬度の限界は分からないから・・・としたことで、安価な金属で補強したようだった。
「剣は、安いものでもそれなりにします。
あまり安いと身を守るにも心配ですが、魔物の角は剣と同じかそれ以上の鋭さを持ち、また、ある程度の硬さにも耐えますから、補強して使うと、安く剣が出来る上に戦闘にも充分な威力があります」
それとね、とイーアンは続ける。その角の刃に縦溝があるので、そこに毒を入れたと。これで切れば毒が体に入りやすく、また拭われないので、一日一度の毒を流すだけで効果はあるのでは。
「恐ろしいことを考えるものだ」
アティクが無表情でイーアンに呟いた。イーアンは嬉しそうだった。誉められている、と捉えているらしかった。
複雑な顔で見つめる周囲の反応はさて置き、試作の武器を使えたので今日の作業は終了。ロゼールとアティクを帰らせ、ダビには清書をお願いして、イーアンは自分でも記録を取った。
明日の遠征で、ロゼールに使わせた試作剣は使うらしい。イーアンが使うわけではないことを確認し『それなら宜しい』と安堵したドルドレン。
工房の暖炉の火を消し、風呂を済ませて夕食を広間で取った。ドルドレンは脇腹の痛み(&頭痛も)が引いていたので夕食を普通に食べて、イーアンと部屋へ戻った。
今夜はどうするのかな~とドキドキしながら、ドルドレンは待っていた。部屋で酒を飲もう、と言うと『明日は遠征ですから飲みません』何ともつれない答えが戻る。ドルドレンは飲んで、と注がれたので、とりあえず飲んだ。
飲みながらイーアンを引き寄せて膝に座らせ、今日の寂しさを払拭するために、わしわし触らせてもらう。顔中キスしたら少し嫌がられた。『ワンちゃんじゃないんだから』と言われ、どうもこれは嫌われかねないと判断した。
「イーアン。もう蝋燭消そう」
言いながら既に消しに入るドルドレン。
イーアンは微笑んでいるので、よしっ大丈夫っと決定し、頂きますとばかりにベッドへ倒した。脇腹に微妙な痛みがあったが、そんなものに負けるわけにいかないので、覚られないように励む。
ああ、幸せ。もうこれが一生続いたら幸せなのに。心地よい温もりと満足な快感に溺れる夜だった。
翌朝。イーアンの起床は早かった。
冬だからそんなに早く日は上がらないが、それでも日が出る前に起き出した。もうちょっと一緒に・・・と裸の愛妻(※未婚)を抱き寄せる。ちょっとの間は抱き合ってくれたが、1分後には『鞘を作らないと』なんて言いながら腕をすり抜け、いそいそ着替えてしまった。
「鞘はすぐ作れないものでは」
ドルドレンが不機嫌な顔で言うと『そうです。仮でも時間はかかるので急ぎます』とイーアンに肯定された。肯定するような内容ではなかったはずだが、受け入れられてしまったのでそれ以上は言えなくなった。
さっさと工房へ行ってしまったので、置いてきぼりをくらったドルドレンはのろのろと支度をした。イーアンのいない部屋で寝てるなんて味気ない。自分も工房へ向かう。
朝食前に工房へ入ったイーアンは、昨日の内にダビに木型を作ってもらっていたらしく、それを合わせながら革を巻いていた。巻いた革に印を付けてから外し、縫い穴を打って糸を用意し、型に被せつつ縫い始めた。
調子を見ながら縫い進め、残り3分の1程度の場所で一旦針を置いた。革を木型の上部に引っ張り上げてから、胴体の大体の位置にアタリを付け、そこに切り込みを作った。そしてまた縫い進めた。
縁の余分を落として、中に巻き込む分を濡らしてから押し込んで形にした。その後は膠で接着してしまうという。夜の間に膠をふやかしたらしく、容器を暖炉近くで温めていた。
革紐を長く切り出して編み始め、端をまとめて鞘の本体に当てながら様子を見ていた。
「そろそろ朝食ですね」
イーアンが時計を見たとき、まだ朝食には少し早い時間だった。ポドリックたちに会うのだろう、と思い、ドルドレンはイーアンと一緒に食堂へ向かった。
広間へ出ると、朝食を終えたポドリックたちが鎧を着けているところだった。朝の挨拶を交わしながら、ポドリックに声をかけると、彼はいつものように挨拶をする。
「これから出発だが、早ければ夕方か・・・それより前には着くだろう。場所はドルドレンに教えてあるから、そこを目指してくれ」
イーアンは自分もそのぐらいの時間に行くことを伝え、彼らを送り出して、二人は朝食を摂った。
遠征組が出て行った広間は、人も少なく、二人が食事をする音が響く。食べながらドルドレンが話す、遠征先の場所や報告情報を聞いていたイーアンは、少し黙ってドルドレンをじっと見つめた。
気がついたドルドレンは手を止め、『どうした』と訊ねる。
子供みたいな顔をするイーアンに、可愛いなぁと思った。賢そうな鳶色の目がきらっとしていて、ちょっと垂れ目で、黒い髪がくるくるしている。うん、俺の奥さんは表情が実に可愛いのだ、と満足する。イーアンが口を開いた。
「以前も倒した魔物は、どう倒しましたか。それはどのようなものですか」
げふっと咽た。迂闊に可愛いと思っていたら、質問が怖い方向だった。
そうだそうだ、とドルドレンは頷く。彼女は倒すのに全力を投じるのだから、この質問は必須。ええっとね、と思い出しながら、記憶の中にある姿を説明する。
丁度今から1年位前で、同じ冬の頃だった。
湿地の大きな地域で被害報告が出た。秋の終わり頃から報告は出てはいたが、その時は痕跡がはっきりせず、近隣民家を魔物が襲った報告はなかった。
徐々に、湿地帯近くで放牧していた家畜に被害が出て、最初はなぜか死体が転がっていたという。外傷はなく、毒でも盛られたようにしか思えなかったらしいが、冬になるとそれは出てきた。
足跡、と呼んで良いのか難しい。そうした『跡』が地面に付いているので、その辺りを見て回った。範囲が広く、一箇所に群れで固まっているとすれば、相当、縄張りが広いと思える。
魔物は、大きな蛇のようで蛇ではなく、口があるわけでもない。ただ妙に毛が生えていて、湿地の木々の合間を縫って進み、数人の騎士がそれに巻かれ連れて行かれそうになったが、切り落とすとそれきりだった。
要は切り落とせば良いだけだが、毛がべたべたしていて・・・・・
「こう。なんと言うかな。その粘液が体に付くとする。それを取ろうと、手なら・・・手を引くだろう?すると粘液が空気を含むらしく、異様に強い粘りになるのだ。粘液の見た目が、透明から白に変わる。
で、強い粘りにまた戻されてしまう。そしてもう一回手を引っ張ると、もっと粘りは強くなっている」
ドルドレンは身振りで、その粘りが厄介である事を教え、続きを話した。
そうしたことで、剣で切ればとにかく脱出はできるものの、牛や羊は脱出できずに捕らわれてしまい、奥へと連れて行かれる。
奥はどこなのか。それははっきりしなかったが、被害報告にあったその魔物は、遠征に出た全員で捜索しながら一つ残らず切り落とし、退治は済んだ。以降、特に同じ報告はなかった。
「家畜がどこへ運ばれたのかは」
「誰も知らない。我々が切り落とした蛇モドキの胴体は、あっという間に藪の中へ戻ってしまった。引っ込んだ先を調べても何もなかった」
「その。粘液とは。拭いて落としたのですか?痛いとか腫れるとか、そうした症状はありましたか」
「遠征時は鎧を着て、手袋もしているから、そこまでの症状に当たった騎士はいなかった。鎧は拭いた」
「今年も・・・今回も、同じような流れで報告が出ていましたか」
「そうだな。秋の終わりから『魔物の仕業では』とした、家畜の死亡発見報告が少しずつ出てきた。しかし、明らかに魔物被害と言い切れる状況ではなかった。つまり、昨年同様、家畜が死体で転がっているのだ。
ついこの前。『足跡として』その蛇モドキの痕跡が地面にあったようだ。相変わらず範囲は広く、限定していないが、大まかな地域は一緒だ」
イーアンは『ふーん』と唸る。
朝食を終え、広間に人も増えてきた。二人は食器を片付けて工房へ戻り、イーアンは作業の続きを行い、鞘を完成させた。
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