1527. 旅の百三十一日目 ~日付変更後深夜・7日の空白に
☆前回までの流れ
町を壊された夜に、ヨライデでかわされた、魔物の王と魔屑の会話。前回では、次の予兆を示す内容でした。今回は、夜更けのパンギに舞台が戻り、馬車の家族を連れ戻ったイーアン・一般の視線でパヴェル・そして結界と似た空間で町を守ったフォラヴの話。
夜更けに戻ったイーアンは、馬車の旅人と一緒だった。
到着してからドルドレンを呼び、やって来た彼に、イーアンが怪我や死者の事情を話す前に、ドルドレンは彼らが『馬車の家族』とすぐに理解する。
それはまずは置いて、ドルドレンは『死者』の言葉に反応し、弔いの言葉をかけながら、今夜は町で休むように、市場の階層手前で馬車を停めてもらった。道を上がることは出来ないくらい、道は乱雑だった。
イーアンは、馬車の家族とまだ気が付いておらず、そこに留意していない分、とにかく怪我人の世話と、皆さんの食事の手配に動いていたが、彼らの会話で『7日前は』の一言が耳に入る。
ふと、日にちが気になり、何のことかと訊いてみれば――
彼らはパンギの町の滞在後、町を出て3日ほど進んだ南方面の道はずれで、魔物に襲われ、家族が重傷を負って逃げた。医者に診せるため、町に引き返す。
――『町に向かった方が良い、って思ったんだよ。もしかするとね、あんたたちに会う意味があったのかも知れないよ』――
説明したおばさんは、そう言って・・・イーアンに微笑み、龍の女の肩を撫でて話を続ける。
だが、戻る道で驚いた。被害に遭った地点から3日目。目と鼻の先に町があるのにも関わらず。
町は水色の光に丸ごと覆われ、その光は丘を何個も包んでおり、『あの中へ入れない』ことを、同じように道から見守る地域の住人に聞いた。
待つしかない、その時間。若さで持ち堪えていた家族も、危険に晒されていた。パンギより近い位置に町がなく、集落や村も離れていることから、どうにも出来ずに立ち往生。
今日の夕方前。水色の光が消え始めたので、怪我人を気遣いながら馬車を動かして、何度も止まっては進むことを繰り返していたところに、イーアンが来た、と言う話だった。
怪我人はイーアンが治せたことにより、馬車の人々は死者の世話をして夜を終えた。
まだ『弔うには足りない』状態で、条件が整うまでは、動ける者が死者を毎晩拭き、布に包み直しているらしかった。
亡くなった家族を布で包み、2台の馬車に乗せ、最後の祈りが済んだ時、ようやくイーアンたちの用意した食事を受け取れた。
この時。彼らは礼を言って受け取ったが、イーアンたちの前では食べず、少し考えているようだった。
疲れている彼らに気を遣わせてはいけないと思ったイーアンは、ドルドレンと一緒に、皆に翌朝の約束をして、市場の避難所へ歩いて戻った。
避難所へ向かう道では、イーアンもドルドレンも話が山のよう。報告すべき必要がある順から、お互い伝え合い、幾らかの質問を通して、全体を理解した。
ドルドレンにも伝えたが、彼が驚いたのは空間亀裂でもインクパーナでも空でもなく、『時間』の話。
聞いたばかりの『7日間経過』に、信じられないと言った顔を向けたので、イーアンも頷いて『私もです』と答える。
「本当に?7日?俺は今日、一日中動き回っていたが。やけに長い一日だとは思っていた。何かおかしなことが生じていると、それだけは感じていたけれど。
イーアンが空へ上がって、タンクラッドを連れ帰ったのが午後だ。町は混乱の最中だったが、魔物や魔族はザッカリアたちが片付け終わっていて」
「魔族」
目を丸くしたイーアンに、そうだった、とドルドレンは額に手を当て『さっき言い忘れた。俺も見ていないのだ』と先に言い、後半は魔族も襲った様子と、しかしそれは不思議なことに『また銀粉が』倒したらしい話を添えた。
「魔族に関しては、フォラヴに聞かねばならないが・・・彼も倒れていたし、目覚めてからは救助活動だ。
暗くなるまでは一緒に行動したが、夜間は手分けして、俺は今、呼ばれるまですぐ上にいた。フォラヴにはザッカリアを任せている。彼らはその上の層で手伝い、今夜はそこで休むと連絡があった」
タンクラッドとオーリンは市場の避難所らしいよ、とバイラに聞いた伝言も添え、バイラは警護団の緊急テントにいると教えた。
「ミレイオとシュンディーンは」
訊ねるドルドレンに、イーアンは首を振って『男龍は彼らが精霊と共に消えたと』と伝え、きっと心配はないと答えた。
一応これで、全員の確認は出来たが、まだドルドレンには伝えることがある。だが、それを伝える前に、避難所から離れた道にオーリンが見え、彼もこちらを確認してすぐに来た。
「オーリン、無事で」
「俺は大丈夫だ。イーアンも元に戻ったか。さっきから龍気が近い気がして、もう町に入ったかと探した。総長、イーアン、職人たちの馬車に魔族の種がある」
「何?」
それをさっき知ったから、慌ててイーアンたちを探し回ったとオーリンは言う。
「唯一、完全に対処出来るフォラヴは、どこにいるか分からない。イーアンの方が近かったから」
「魔族の種がどうして馬車に?」
訊ね返すドルドレン。事情を何も知らないイーアンは『私たちの馬車?』と確認。二人は彼女を振り返って『ギールッフの』と同時に言った。イーアンの顔が青ざめる。
「何ですって、さっきの魔族の話。彼らの馬車に。早くしないと!」
イーアンはオーリンの腕を掴んで走り出す。合わせてオーリンとドルドレンも走り、瓦礫だらけの道を急いだ3人は、市場の避難所に入った。
*****
町の魔物退治が終わった頃から、徐々に動き始めていた貴族の救援活動。
時間交代で人員を送り、町の中の作業に人手を補い、救援物資も運び続け、屋敷にある食糧及び『援助』の荷物も、各避難所へ届け終わった真夜中。
最下層のパヴェルの屋敷も、もちろん時空変換の中に在ったため、彼らも暫くの間は『長すぎる一日』の認識しかなかった。
それが違うことを知ったのは、雇った護衛の魔物退治後に聞かされた情報による。
――『リヒャルドさん。外に物資が』
魔物が出たと知ったすぐ、全員にアオファの鱗を持たせ、護衛に守られ続けた屋敷の中。
まだ続くのか、終わらないのか、とハラハラしながら待っていた、パヴェルや召使たちに伝えられた最初の連絡は、屋敷に一番近い道に置かれた物資のこと。
何のことかと詳しく訊ねると、護衛の何人かが敷地外に出た際に見たらしく、『あの青っぽい光が消えた後です。魔物が本当に終わったか、確認しようと外へ出たら』すぐ近くに荷箱がある、とか。
護衛が言うには、それは物資であり、添えた手紙に内容物と出所が書かれていたと渡した。
これにより、日付を見て・・・誰もが目を疑い、魔物が消えたとしっかり確かめてから、急いで荷箱を運び込ませると、どの荷箱も、行商や交代運送からで、それらは数日前に既に置かれていたと分かった。
信じられない思いだったが、すべきことは『時間が』と話し合うことではなく。
とにかく町に配って!とパヴェルに命じられ、救援物資をまとめた後、屋敷の皆で緊急事態に対処の手伝いを始めた・・・・・
「どう?リヒャルド。君も休みなさい」
「大旦那様も、もう休まれて下さい。私は後少し、3回目交代の人が全員戻ってから」
日付の変わった夜に、パヴェルは屋敷の正門にいる執事に声をかけ、状況を聞く。
リヒャルドには、屋敷の人員をほぼ出させた管理を任せ、パヴェルは救援物資を請う手紙を書き、早馬に連絡をさせ、それが終わり次第、町長を探し出して、被災した町の対処に臨んだ。
総長たちの無事も、報告だけは入って来るので、彼らは問題ないと安心。
兎にも角にも、死傷者の多い壊された町へ乗り出したパヴェルは、物資の誘導や水の確保、消火活動、被災者保護に、忙しく動き回った一日だった。
「館の食料は?君たちが食べる分はある?」
「あります。私たちの食料は10日分。削っていますが、大旦那様の食事に影響はありません」
「私のことなんか良いんだよ!私だって、他の貴族に比べれば胃腸は強いんだから!」
10日の間に、貴族の同志が恐らく物資を送ってくれるだろうから、とパヴェルは言い、館に従事する人々の食料はとりあえず残し、他は全部、町へ渡すようにと改めて伝えた。
リヒャルドもパヴェルも、知らない間に流れていた7日間で、外から心配してくれた心優しい人々の救助の手に、この時間差を感謝せずにいられなかった。
それは、町の被害状況の報告を掻き集めた時、飲食料を扱う店や地域に集中した、あまりにも大きな打撃に、愕然としたことから。
「持つでしょうか。町の食料」
「分からない。でも・・・理由は知らないが、『私たちの一日が、外の一週間』であったのは、不幸中の幸いだったと感謝するべきだよ。他の町や知人、親戚に頼もうにも、ここからでは往復が」
首を振ってそこで終えた言葉に、リヒャルドも頷く。彼らも疲労に頭が回らなく、最後の交代人員が戻ったところで、明日に備え、被災の日を終えた。
*****
フォラヴは眠るザッカリアの横で、体を休めていたが。とんでもない被害が起こったことと、自分が至らないことで、心がへし折れそうだった。
自分を助けた妖精『センダラ』と名乗った相手は、思うに魔族を倒した(※1519話最後参照)。
話しか聞いていないが、魔族が町を襲い、種を飛ばして動き回っていたのに、何かが倒して魔族の被害は終わった。
勿論。その手前で、魔族の種を受け、魔族に蝕まれた人はいた・・・と思う。だが。
「センダラは。躊躇しない。人間の姿でも、魔族の種がついたと分れば」
すっと瞼を閉じ、辛そうに息を吸い込むフォラヴ。彼女なら何も心を止めることなく、消す。
きっと・・・消したんだ、と思った。だから『魔族の種持ち』の報告が、どこからも聞こえてこなかったのだろう。
――『甘い』
耳に残った、鈴のような澄んだ声。怒りを含んだ冷たさが、思い出す度にフォラヴの鼓膜を突き刺す。
「私には。私には、出来ない」
閉じた瞼を伝って、目尻を落ちる涙。『出来ない』と感じてしまうが、出来なければ――
魔族は溢れ返り、被害はもっと恐ろしい状態に移行したかも知れない。それを想像するのは難くなく、くたびれた思考に追い打ちをかける恐怖が湧いた。
町の夜は騒がしいまま。暗さが増す深夜に、少しだけ人の声が減ったけれど、救助活動は続いている。きな臭い空気の中で、誰かの涙声や、親しい人を探す声は途切れない。
自分は未熟だと激しい悔やみに苛まれるフォラヴは、疲れ切っているにも拘らず寝付けず。
横でぐったりと死んだように眠るザッカリアのお腹に手を置いて、彼が自分の精一杯を限界まで努力する様子を思う。
「あなたくらい。私も自分をもっと、引き出せたなら」
羨む自分が情けない。被害を引き起こしたのは自分ではないのに、自分のせいでこれほど町が壊れたと感じてしまう。
時間の動きを狂わせる、妖精の『時空変換』。それも今思えば、正しい選択肢だったのかどうか。
人の噂で、一週間の日が流れたと聞こえて、そんなにズレてしまうような魔法を使ったことに、冷静に考えると戸惑う。
魔法のかかった一帯だけ時間が緩やか・・・フォラヴにも『時間が曖昧になる』くらいの認識しかなかった魔法で、自分は妖精の世界へ移動するのもあって、あまり気にならなかった。
だが、魔法が解けた後の町は。火事が消えるところもあったけれど、いきなり猛火を吹き出すような場所もあった話。その時、その場所にいた人たちは。
自分が殺したも同然では、とフォラヴの後悔が膨れ上がる。自分が未熟だから。
それを思い知らされた一つに、センダラが・・・まるで。過去のアレハミィのような、彼女の強さの登場が理由にある。
彼女は、自分より遥かに正確に、僅かな時間で一番最悪の事態を片付けてしまった。
白い頬に溢れる涙は、枕代りにした腕を濡らす。非力さ。至らなさ。ここに居るのが、自分ではなく、彼女だったら。町は、人々は、こんな惨事にならなかったのか――
妖精の騎士の胸は苦しく締め付けられ、眠れない夜を過ごした。
お読み頂き有難うございます。




