1522. インクパーナ地下神殿 ~タンクラッド呼び出し・結界の不安
☆前回までの流れ
インクパーナ地下の龍気暴発を防ぐため、イーアンは地下神殿へ。膨大な龍気の被害に、一人だけ対処出来るタンクラッド――時の剣も呼ばれましたが、タンクラッドは疲労困憊。今回は対応の最中の話。(一日お休みしたので、少々長いです。お時間のある時にどうぞ)
サブパメントゥで呼びかけたミレイオに、呆気なく反応した青い炎。事情を聞くなり、炎はちらっと揺れ、霧に変わって文字通り霧散。
「お願いね。頼むよ、もう始まっているみたいなのよ」
残ったミレイオは呟く。サブパメントゥの闇の中、そう移動もしないうちにコルステインに会えたので、伝えた場所で待機することにした。
*****
ごった返す町の避難所の端の方。ドルドレンたちは、フォラヴとタンクラッドを寝かせた場所から動かず、彼らの容体を見守っていた。
疲れ切っているが、少しずつ会話できるようになったフォラヴの話から、彼がどうも妖精版『結界』に似たものを使った・・・という話に、オーリンもドルドレンも『だから?』と顔を見合わせる。
「呼んだ聖獣が帰って行った。お前か。お前の力に」
「ああ、申し訳ありませんでした。あの子と私は種が違うから。だからでしょう」
オーリンに謝るフォラヴに、ドルドレンは首を振って『いい、いい。そんなことは良いのだ』とすぐに言い、部下の目元にかかる白金の髪をずらしてやる。
微笑む妖精の騎士に微笑み返し、それにしてもと、呟く総長。
「本当に・・・シャンガマックと言い、お前と言い。何とも恐ろしい力を育てていると、俺は毎回驚かされる。ほんの半年前まで、お前たちは俺の部下で、俺に敵わなかったのに」
「今でも敵いません。あなたは、どんなに疲労困憊で傷だらけでも立ち上がって、魔物を倒しました。
私はあなたの褒めてくれた『恐ろしい力』を使い切ったら、こんなに無防備。いつでもやられます」
冗談がきわどいフォラヴに、総長とオーリンは笑う。フォラヴもちょっと笑って『少し疲れが』と、もう一度口にしたので、総長は彼に眠るように勧めた。
目を瞑ってすぐ、寝息を立て始めるフォラヴに、実のところ、『銀粉』が再び現れた経緯も訊きたかったドルドレン。
バイラやザッカリアの話で『誰もいないのに、魔族も種も片付けられた』その出来事は、フォラヴにしか聞けない内容と思う。だが・・・今は寝かせてやらないと、と後に回す。
タンクラッドを世話するザッカリアは、彼が瞼も開けず、気が付かないままなので、心配が続く。
龍のソスルコと混ざったザッカリア。
ショレイヤとガルホブラフが戻る時、一緒に空へ上がった。上がってしまうと、なかなか地上に戻れないのは承知だったが、『早く戻りたい』の心配が募った胸の内。
非力でも何か、町の人たちの力になりたい――
自分に出来ることは限られるけれど、とにかく一つでも、誰かを助ける役に立ちたい。そう思う強い気持ちは、どこへ届いたか。それとも偶然、タイミングが良かったのか。
イヌァエル・テレンへ入り、龍の島へ向かう途中、ルガルバンダが来て『おお。お前も』と意外そうに言うと、ザッカリア混合龍の頭を撫で、静かに頷き、彼をすぐに誘導してくれた。
ルガルバンダは、戻って来たガルホブラフたちの様子を見に来たつもりだったが、ザッカリアもいると知り、勇敢に努力する彼が、人の姿に戻れるように手配してやった。
そして帰り道には、違う龍を用意してやったことで、ザッカリアが心配するより、ずっと早く地上へ戻れた次第。
とは言え。急いで戻れたことによる安堵も、一瞬で吹き飛ぶ。
時間が動き始めた町の中で、時間の止まる前に生じた火に勢いが付いたり、鎮火したり・・・が起こっていた。
燃え上がると、これが二次被害となって、町のあらゆる場所が再び煙と熱に包まれ、消火活動に急ぐ人々が混乱している。
現象だけが時間を緩められたのか、誰が知る由もない。
魔物や避難事故のため、人命や動物たちの命は奪われたことを思う、命の生き死・・・『運命』には、静止時間も関係ないふうに見えた。
そして、目の前のタンクラッド。周囲には怪我人が横たわる避難所の、テントの下へ入ってすぐ、総長たちに呼ばれ、その後はずっと、ザッカリアは親方の容態を見守るしか出来ず。
総長は『疲れているけれど、彼はこんな事で壊れない』と言うけれど、ザッカリアは、いつも頼もしくて、体も大きなタンクラッドが弱っていることが、とても不安だった。
「タンクラッドおじさん。まだ起きれない?大丈夫なのかな。どうしたら良いんだろう」
こんな時、いつもはフォラヴが治せる範囲で治癒してくれる。でもそのフォラヴは今回、真横で眠っている。
悩むザッカリアは、目を閉じた状態で、小さく呼吸を繰り返す剣職人の頬を、撫で続けて考える。
自分の力ではどうにも出来ないし、龍気を注ぐことも出来ない。イーアンは戻ってこないし、龍気があってもオーリンは、相談して即行『え?俺にそんなこと出来ないぜ』で終わった(※仕方ない)。
総長はどうなんだろう、と彼を見たけれど、訊ねる前に『俺に期待してはいけない。俺は勇者だが、皆が思うより無力だ(※今のところの自覚)』と寂しそうに、きっちり言われた。
シャンガマックなら魔法の力じゃなくても、薬とか作ってくれるのに・・・・・
そう思うと、自分たちの持つ特別な力は、こんな時、別に役に立たないんだ、と認めざるを得なかった。
タンクラッドを見ながら、『俺も治せないんだ。ごめんね』謝るしか出来ないザッカリア。手を握って、彼の頬を撫でて、早く良くなってと念じるのみ。
ザッカリアがこんな具合で心配している時。ふと、腰袋が光る。ギアッチ?と気が付いて、珠を取り出すと。
『ザッカリア。総長にね、ロゼールから』
『うん。何?・・・え。ああ、あ!そうなんだ。分かった』
有難う、とお礼を言うと同時に立ち上がったザッカリアに、ドルドレンとオーリンが顔を向ける。ザッカリアはキョロキョロして何かを見つけ、『あっちか』そう呟くと、総長の手を取った。
「どうした、ザッカリア」
「コルステインが困っているの。影がないんだよ」
「コルステイン?」
避難所は、淡い影だけ。時間の動き出した町の中、ようやく午後も夕方に近くなる時間で、少しずつ増えて来た影の集まりを、遠くに見つけたザッカリアは、総長の手を引いて急いだ。
「どういう意味だ。コルステインが困るとは」
「タンクラッドおじさんに用があるけど、影が無くて側に来れないんだって。後、人が多過ぎて」
「ああ・・・って、タンクラッドに今、用事とは。彼はあの状態で」
とか何とか言いながら、子供に合わせて小走りに移動した、影ばかりの路地の奥。二人は瓦礫の中、一番暗い場所へ進み、ザッカリアは何度かコルステインの名を呼んだ。
『ザッカリア。ドルドレン。どこ・・・タンクラッド』
ふぅっと浮いた青い霧。ホッとしたザッカリアは笑顔で『あのね』と様子を教えると、霧は心配なのか、フワフワと動いて落ち着かない。
『タンクラッド。精霊。守る。する。行く。大丈夫?』
精霊―― と聞いて。ドルドレンとザッカリアは顔を見合わせ、インクパーナだと気が付く。
短く説明を貰うと、ドルドレンも眉を寄せながら『うーん。仕方ないか』と悩みつつも、タンクラッドを連れに戻った。
剣職人の具合を、コルステインも気にしているようだったが、ザッカリアに『治せる?タンクラッドおじさん、凄く疲れているだけかも』と頼まれ、コルステインは、どうにか対処する約束をした。
そして、タンクラッドを抱えて戻って来た総長から、コルステインは人の姿に変わってすぐに彼を引き取り、とても悲しそうな顔を向けてから小さく頷いた。
『行く。また。帰る。する』
『うん。気を付けてね。タンクラッドおじさん、治してあげて』
『コルステインも気を付けるのだ。精霊と龍気がある』
二人に挨拶し、少しだけ微笑んだコルステインは、タンクラッドをしっかり抱きかかえて影に溶ける。
時間が掛かったのはこの間だけ。コルステインは、ミレイオをそう待たせることなく、インクパーナの地下へ帰った。気持ちの優先順位はタンクラッドでも、彼にしか使えない力を待つ、皆のために。
*****
白い筒の発生現場を初めて見たイーアンは、一つ、意識しながら龍気を増やしにかかった。意識するべきは、出来るだけ龍気を拡散しないこと。
ここから本来、離れない精霊を逃がしている特別事態。
守っている立場のヴィメテカを『追いやる』形で、突発的な緊急事態とは言え、龍気膨張状況を作っているわけだから、大急ぎで・且つ被害控えめ(※これ男龍では無理)に完了を目指す。
「龍気をここに集めますよ。ワバンジャたちの方にも広がるかもだし、負担を減らさなければ」
そんなこと出来るんだろうか~・・・と思いつつも。
確認手段はないけれど。集中して頑張ったら、意外とイケそうな気がする。まずはこの、大元の神殿ど真ん前で、ぶんぶん(?)龍気を上げるイーアン。
「発動はコイツなんでしょ?この神殿が龍気の塊・・・変な感じもしますね。生きているわけじゃないのに。でもやっぱり、イヌァエル・テレンの上に在った神殿と似ていますよ。これ、何なのかしら」
6翼を目一杯広げて飛び回りながら、どこが一番、龍気を出しているのか調べ、奥の岩壁近くと分かったイーアンは、ウォッと唸りを立てる勢いで龍気を膨らませた。
この時、とっくに。地上部でも白い筒は空へ伸びていて、ニヌルタとシムは見守るのみ。
アオファは、地下のイーアンに呼応する。『お前はその位置から』とシムに言われた上の方で、女龍の龍気を増やす。
「どうだろうな。イーアンに教えてやった方が良いか?」
シムは腕組みしながら、見下ろしている地面に顎を向ける。ちらと見たニヌルタは、仕方なさそうに少し笑って首を傾げた。
「言うと慌てる。イーアンはそんなつもりない気がする」
「龍気が随分、広がっているが。これだと・・・どこだって?精霊がどうとか、ミレイオが言っていただろう。その辺まで広がっているんじゃないのか」
「元々。ガドゥグ・ィッダンは、動き出せば拡張する。だから『一気に、上に戻さないとマズい』って言ってるんだけれどな。イーアンは分かっていない(※忘れる人)。
俺とお前なら、挟み込んで一点爆風状態だが。イーアンの場合は、彼女を中心に、そこら中に龍気が満ちる。それに加えて、ガドゥグ・ィッダンもまき散らしているわけだ。
俺たちと女龍の対処・・・どっちが良いんだか」
ハハハと笑う、ニヌルタ。イーアンが言いたいことは、分からないでもないけれど。
如何せん、自分のことさえ、よく理解していなさそうな女龍は、必死に対処しているつもりだろうが、逆効果のような(※当)。
「見た目だろうな(※いいえ、気にしなさ加減)。俺たちの消し方が壊すように見えるから、それは避けたかったのか」
シムも笑って『イーアンの要望を叶えるなら、多分、俺たちの方がマシだった気がするな』と白い筒を見つめる。
地下のイーアンは、呼応でぶんぶん龍気を上げ続け、目の前の神殿が真っ白の光に埋もれながら、揺れ始めるのを感じ、『もうすぐ!もうじき』の手応えに、容赦なく龍気を注ぐ。
――最初に『筒』に挑んだ時とは比べ物にならない、自分の龍気の増幅速度と、その密度の高さ。
空間亀裂に対処して、龍状態だった、少し前。イヌァエル・テレンに飛び込んですぐ、ビルガメスに支えられ、凝縮してもらったのが、さっき。
意識が戻り、人の姿に戻ったイーアンは、血管が破裂しそうなくらいの龍気の漲り(※アドレナリン・・・)。
これならイケる!と確信、ビルガメスに懸念されながらも地上へ向かった――
この自分なら、ニヌルタたちと同等の時間で対処出来る。
そう感じたイーアンは、今、その予想が的確に叶っていることを、ビシバシと体に感じる。
「1時間、経っていません。と、思う(?)。前より全然、早いですよっ。待っててね、ヴィメテカ、シュンディーン、ワバンジャ。大丈夫です、そんな我慢させません!」
まさか自分の龍気が幅広く・・・遠くまで影響しているとは露も思わず(※1085話で自覚していたのに)。
*****
インクパーナの谷の合間。ワバンジャの部族を守る精霊ヴィメテカ、シュンディーンは、自分たちの結界のすぐ外で、大量の龍気を渦にして消し続ける、一人の男を見守っていた。
ミレイオは、結界の内側で彼らと一緒。結界を張り続けながらも、自分たちの精霊の気を吸われるヴィメテカは、赤ん坊を気にしてミレイオに訊ねる。
「いつ。終わる?あの男はいつまで、あれが出来る」
「ええ?分からないわ。ちゃんとこうやって見たの、私も初めてだもの。凄いことするのねぇ(※暢気)」
ぽかーんとして見ていたミレイオは、ヴィメテカの質問にちょっと笑って『あいつが倒れるまでか、龍気が終わるまでよ』と、冗談ぽく、しかし現実にそれしかないことを伝えた。
「俺はまだ、問題ない。だが、シュンディーンが辛そうだ。彼は親から受け取っている。この小さな体を通して、自分以上の力を結界にしている」
「え・・・そうなの?でも。私とこの子が一緒に戦った時、もっと長く結界張ってくれたわよ。大丈夫だと思うんだけど。この前だって、あなたを出した時」
「場所の問題がある。彼の親は、水が近くないといけない精霊。ここは水が遠い。この前は短かった。シュンディーンが頑張っている」
あ、そうか、と気がついたミレイオは、赤ちゃんの頑張る顔に『きつい?疲れる?』と確認。シュンディーンも困っていて、ちょっと休みたそうに見える。
どうしよう~・・・赤ちゃんが可哀相ではあるが、ミレイオに何が思いつくわけもなく。
タンクラッドにどうにか出来ないか相談したいけれど、タンクラッドは既に意識が飛んでいる気がする(※親方限界)。コルステインに連れて来られた時、フラフラしていたのだ。
「あいつの場合、気力が半端じゃないから。多分もう、自分が何しているか分かってないで、無意識だと思うのよね。あいつもイーアンも飛んじゃうからな(←意識)」
「この龍気。つい以前にもどこかで、同じようなことが起こった覚えがあるが、これほどではなかった」
ヴィメテカは心配する。シュンディーンの力が揺らいでいる。
ワバンジャには、彼の守る部族の地域に、結界を張らせているので、云わば『精霊の結界・二重仕立て』で、この地を守っているのだが。
二重仕立ての結界は、ヴィメテカとシュンディーンで作っているものの、結界の表面は削れるように、剣の男の作る渦に吸われ続ける。
「イーアン。まだ終わらないか」
剣を持つ男の背中も、時折揺らぐ、その様子。ヴィメテカは、男のことも気の毒に思った。
その時。
バンッと空気が引っ叩かれるような衝撃を受け、一斉に見上げた白く染まった空。そこに浮かぶ、青い縞模様の体に、ミレイオは目を丸くする。
「やだ、シム!どうして来たのよ」
あんた来ちゃダメじゃないのさ!と、取り乱すミレイオの声は、結界の中。
騒いでいるミレイオを見て笑ったシムは、軽く首を振って『手伝ってやろう』と言った。
「へ。え?何?手伝うって言った?」
ミレイオの確認は届かない。例え、耳に届いていても、シムは相手にもしない。
剣を両手に持って、無心で渦を作る『時の剣を持つ男』を見た男龍は、龍気の殻で自らを固めると、彼の渦に飛び込んだ。そしてすぐ――
立っていたタンクラッドの頭がシムの手に掴まれ、剣と渦は固定されたまま・・・その体は倒れる。
げーーーっ! とミレイオが慌てた即、浮いたままの剣と渦は、ぐらりと揺れた男龍の片手に収まり、フワッと金色の光を放って、今度はシムが時の剣を使い始めた。
「何。何しているの・・・男龍なのに、龍気は?こんがらがるわよ、何やってるの」
理解出来ない、唐突な流れにミレイオも混乱。その頭の中に可笑しそうな声が響く。
『教えてやろうか。俺は今、タンクラッドより強大な、時の剣。俺の龍気の行方については、教えてやらん』
ハハハと笑うシムが振り向き、結界の中で驚いている精霊と目が合う。
『どうだ。精霊。少しは楽か』
『男龍・・・・・ 俺とシュンディーンを和らげているのか』
『恩に着ろよ。お前は、あの遺跡に閉ざされていたらしいが。これで帳消し』
シムは余裕気に首を傾げると、『イーアンめ。困った女龍だ』と大声で笑った。
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