152. 剣と遠征と存在感
工房は数日前と同じように機能した。
朝一でギアッチ。フォラヴも一緒について来て『暖炉がありますからね』と清々しい笑顔を総長に向け、そのまま3人で授業。
ギアッチは入るなり『おや、総長。あなたとうとう工房にまで』そう言うとカラカラ笑った。勝手に笑え、とドルドレンが吐き捨てたら、イーアンが『今日だけです』とギアッチに返答した。
今日だけ・・・言い切られるほうが微妙にツライ。しかしそこは大人しくしておいたドルドレン。
「それでは、ベッドは明日から無いのですか」
質問するフォラヴに、『私がここに夜中も籠もって作業する際に、仮眠のために使わせてもらうので、暫くベッドは置くと思います』そうイーアンは答えた。『ああ、総長が今日だけね』ギアッチが頷く。
――ベッドを購入しておこう、とドルドレンは秘かに誓う。これまでより、もっと質の良いベッドを購入し、ここに据え置くのだ。イーアンが時々ここで眠る、と言っていたからな。
ギアッチめ。俺は今日だけではない。イーアンは俺と二人で眠るのだ。幅が広くて、しっかりとした作りで、ちゃんとした布団を入れねば。そうだ、窓に布も垂らさねばなるまい。ここで何をしようが決して覗き見など出来ないようにしなければ――
「なかなか隠れ家みたいで良い感じですよねぇ」
ギアッチは、工房と毛皮のベッド、地下室などの存在に『男のロマンを感じる』とにんまりしていた。ベッドもずっと置いておけたらいいね、と一人納得していた。
彼らが1時間の授業を終えて出て行くと、イーアンはドルドレンのベッドに腰を下ろして『心臓大丈夫ですか』と訊いた。『それを言うと、毎日心臓が持たない』と返したら、イーアンが笑ってドルドレンに突っ伏した。
イーアンを撫でながら『仕方ない。皆がイーアンを気にしているから』とドルドレンも笑った。
イーアンはドルドレンにお茶を淹れて、今日から剣を作ることを伝えた。ついこの前、魔物の翼を使うと話していた『飛び道具』の範囲にある剣だという。
じっくり見ていよう、とドルドレンは始まった作業を眺めた。
イーアンは最初こそ何かしらを喋っていたが、作業が進むにつれて口数が減り、最終的には一人しかいない空間のように黙々と作業していた。何か喋りたくなるが、ここは我慢した。
黒い翼を2枚出して、イーアンはそこにデナハ・バスで取った黒い角を添えた。金属の部品で挟みたい・・・と話していたが、その前にすることがあるらしく、採寸したり、幅を削ったりと下準備をしていた。
1時間ほど経つとダビが現れて、そこからドルドレンは完全に蚊帳の外状態になった。
毎度の事なので、いい加減、耐性も出来そうなものだがそうもいかない。イーアンが作り始めたものと、描かれた図案を見ただけでダビは頷き始め『これ、この長さ?』と(※既にタメ口)指差した。
イーアンは指差された部分を手尺で計って、あのいつもの、指を立てて数を無限に操る会話で伝える。ダビが口に手を当てながらじっと翼を見ていて、片手で何やらサインを出すと、イーアンは『うん』と、なぜか答えた。
――どうしてなんだろう。どうして、この二人は共通言語を操れるんだろう。どこで二人はそれを覚えたのか。一体、何の教育を受けるとこうなるのか。
イーアンはそもそも世界が違うところから来ているのに、なぜ、ダビと意思疎通が可能なのか。イヤだけど・・・運命?この二人も、俺とは別の運命の関係? ・・・・・いやっムリッ。受け入れるの絶対やだ。
違う違う。負けちゃダメだ、ドルドレン。運命の関係は俺だけだ。ダビは何となく行きずりで偶然で適当だ。 ああイヤだ。心臓どころか脳がやられそう――
ベッドで唸るドルドレンをよそに、二人は的確な意思を通わせて、幾らかの情報交換がなされたと思われる時間の後。
ダビは革問屋の模造紙を広げ、紙の上に翼と角を置いてからペンで何やら書き写し、終わると(総長に挨拶なしで)さっさと出て行った。
ダビが出て行ってからもイーアンの意識は翼と角に限定されているようで、ドルドレンを特に見ることもなく、黙々と作業を続けた。
また、イーアンは黒い角を別に一本出してきて、それの表面を粗方磨き、外側に張り出る曲線にナイフで切り込みをつけていた。根元を20cmほど扁平に削り始め、扁平になると幅も切り落としていた。ダビが行なったように紙の上に置き、その根元部分の加工を書き写してから、『これも言わなきゃ』と独り言を言った。
イーアンの頭の中に何があるのか。ドルドレンには皆目見当もつかない。あまりに相手にされないので、自分がこの工房にいる意味を一瞬考えてしまったが、それは自分のワガママだとすぐ気がついた。
彼女の仕事場は、彼女の仕事のためにある。そこに転がり込んでいるのだから、見守るのみだな、と納得した。
それで自分で茶を淹れようと動くと、イーアンが気がついて茶を淹れてくれた。やっぱり優しい。
イーアンが側に来たので、とりあえず抱き締めて頬ずりはしておこうと、目一杯抱き締めて、目一杯頬ずりした。イーアンは『まだ途中ですから』と何となくもがいていた気がする。
昼になり、昼食を運んでくるというので、昼食は一緒に行こうと提案した。イーアンを連れて食堂へ行き、昼食を摂る。
向こうからポドリックが来て、明日は遠征に出ると話した。どこへかを確認すると『この前調査で見た場所』と答えが来た。ポドリックは、別にドルドレンは来なくて良い・・・数が少ないうえに、過去に倒したやつだと教えた。
「そこは遠いのでしょうか」
イーアンが気になったのか、会話の合間にポドリックに質問した。少し考えたポドリックが、ここから半日くらいで、西の方向と指差した。それは西の壁の方角だった。
「西の範囲ではないのか」
ドルドレンが訊くと、ポドリックが見てきた上では、魔物の足跡の痕跡を見ると北西に入っていることを説明した。
「多分。1年前くらいに倒しているやつだと思う。気をつければそれほど強くない。頭数も30頭くらいと見当がついている」
30頭は多くないの?とイーアンは思ったが、頭数が多くても弱ければそんなに怖くはないのかも、と思い直した。ドルドレンは少し心配そうだった。
「ポドリック。お前の隊と他は」 「俺の隊と、コーニス隊で行く予定だ」
群れだと思うがハグレが出ても困るから、遠距離はコーニスに任せる、とポドリックは言った。順調であれば明後日の夜には戻るだろう、と彼は続けた。
「イーアン。来るか?」
ポドリックの目が笑っている。イーアンはドルドレンを見た。その二人の視線のやり取りに『俺が乗せてってやるよ』とポドリックが言った。ドルドレンの目が丸くなる。
「イーアンをお前の馬に乗せる気か。クローハルじゃないんだから」
ポドリックはイーアンに対して何とも思っていないのは知っているので、安全と言えば安全だが。しかしポドリックがこんな事を言い出すとは思わなかった。
言われたイーアンは考えている。ドルドレンが『止めなさい。俺が行こう』と言うと『ドルドレンは休んでいて下さい』と一言告げられ、仰け反ったショックで椅子ごと倒れるかと思った。
「何てことを、イーアン」
「友達と行くつもりです。あれなら日帰りで戻れますもの」
椅子の背もたれに崩れ落ちたドルドレンだったが、『友達』の言葉に体を起こした。ポドリックも目を見開いて固まる。
「友達」
ポドリックとドルドレンの声が重なった。イーアンを瞬きせずに見つめる二人。昼の賑やかな食事中、周囲の騎士も振り向いた。
「上から見てみましょう。もしかしたらお役に立てるかもしれません。工房の仕事もありますし、日中だけお邪魔して、その後は支部に戻ります。お風呂も入れます。そういう遠征への動きは駄目でしょうか」
――また、アレとか言って。それで日帰りする、とか言う。そういう遠征ダメ?って訊かれても。そんなこと誰も経験した事ないので答えが出てこない。
日帰り温泉みたいに言うけど、その緊張感のなさはどうなの。
・・・・・ん。温泉? イーアンと温泉。二人で遠征で温泉。お、良いかも。ッて違った(予定:とりあえず温泉地域の遠征を調べる)。今回は温泉ではない。
横を見てみれば、ほら。ポドリックが口開けてるよ。彼らはこれまで、遠征で・日帰りで・戻って風呂入る、とか考えた事ないんだよ。女の人だからお風呂大事なの分かるけど、緊張感がなさすぎる気もする――
「そういうことなら、大歓迎だな」
――ポドリック歓迎か?!口開いてたのは、大歓迎の驚きか。お前は少しズレているとは知っていたが(ドルドレンもズレ有)それで良いのか。日帰り温泉気分は部下に示しつくのか(ドルドレンはそれ以前)。
「じゃ、ドルドレン。イーアンを明日の日中駆り出す。戦闘状況によるが、予定では夕方には戻す」
――ぐへっ。勝手に決めた。勝手にイーアン使う。イーアンも笑ってる。
笑ってる場合じゃないよ、この大男の言ってる事は本当は総長の俺が言うんだよ。指揮決定権は俺にしかないんだよ。だから『総長』なんだって。
本当は総長の指示じゃないと行動決定はダメなんだよ。イーアン、気がつけ。皆が最近、自由すぎる。何、この総長の存在感の薄さ――
ポドリックは用が済んで、イーアンの肩を大きな手でぽんと叩き、『明日出発の時に声をかけるから』そう言うと笑顔で立ち去った。イーアンも『はい。ではまた明日』と手を振っていた。
イーアンは元気の失われたドルドレンを立たせ、医務室へ行って湿布を変えてもらってから、工房に戻った。
工房で作業を始めてから、30分ほどでダビが入ってきて(挨拶0)、その手に大きめの金属部品を持っていた。イーアンはそれを見てすぐに喜びの笑顔に変わる。
その続きを見ると生気が失われそうドルドレンなので、ここは余計な気力を消耗しないため、目を閉じてベッドの毛皮に埋もれた。
二人の会話は毎回奇妙で、耳で聞いている分にも、よくそれで会話が成立しているなーと思うレベルの言葉の少なさだった。しかし奇妙な言葉の端々しか飛ばない会話の最中、工具を使う物音が始まり、様々な加工音が続いていた。
少ししてダビが『ちょっとさっきの、すぐなのでやって来ます』と工房を出て行った。そして本当に20分程度で戻り、イーアンが再び喜びの声を上げていた。イーアンが手を握っていない事を祈りつつ、頭痛がするのでドルドレンは毛皮に埋もれ続ける。
「ドルドレンは眠ってしまったのかしら」
ふとイーアンの声がした。自分に向けられた注意に『お?』と思ったドルドレンは、身を起こそうかと動いた矢先、『寝てるでしょ』と素っ気ないダビの一声で切り捨てられた。
「起こさないほうが良いかもしれません。お腹が結構痛いみたいだから」
「龍にぶち当てられてましたからね。肋骨無事で何よりです。お茶淹れましょう」
――何それ、何それ。ちっとも無事でよかった感じが伝わらない。間髪入れずに『お茶淹れよう』とか言ってる。こいつ俺の部下なのに。俺にお茶ないんだ。俺はお茶なし。イヤだこんなの仲間って言わない・・・・・
毛皮の中で涙が滲む。でも誰もそれを知らないまま、お茶を淹れる音が響く。じょぼじょぼ聞こえるお茶の音がツライ。ぷはーとか聞こえるダビのお茶の一服もツライ。俺の分がない。怪我人なのに可哀相じゃない。
肩を震わせて涙を滲ませるドルドレンだが、覆う分厚い毛皮は全てを隠す。毛さえ悲しみの震えを閉ざす中、イーアンとダビは意味不明な会話を時々織り交ぜながら、せっせと作業を続けていた。
ドルドレンは頭も脇腹も痛み、ふんふんすすり泣いていたら、知らない間に眠っていた。
夕方頃。
『良い感じですね。こっちもイケそうじゃないですか』なんて砕けた親友並みの言い方で、ダビの嬉しそうな声がした。
『うん。思ったより格好良いです。想像していたけれど、やはり金属が入ると安定もするし、見た目も全然変わります』イーアンが満足げな答えを返すと、『いえ。イーアンが最初に作った金属ナシも、かなり部族的で格好良かったですよ』とダビがお返事。打ち解け感が半端ない。
「ああいうのも良いかもね。耐久度だけ上げれば、見た目はアレがいい人もいるでしょう」
既にマブダチ状態(古風な表現)。お互いを思いやりつつ、意見は気さくに挟みつつ、持ち上げつつ、お前の良い所は分かってるよ的な。
「まだ角はあります。明日。私遠征なのですが夕方は戻りますから、また夕方に部族的なの仕上げましょう。あ。どうしよう、毒」
――毒?何だか不穏な言葉が普通に登場したが。毒をどうする気だ?
「毒、もう入れときましょう。イーアンが遠征なら、明日使えば良いですよ。毒は少量で済むのだから」
「そうですね。試作に良い機会かも・・・ちょっと1~2頭回して頂いて、これを使ってみます」
『毒、別のもあるといいのにね~』『ね~』みたいな会話が続く。
――毒だよ毒。死ぬんだよ。命が消えるの、毒で。種類別で毒欲しがってる人達が真横にいる。それも1~2頭回せ、って毒で殺す気満々のこと言ってる。イーアンは毒で何かする気か。
自分も行ければいいのだが『休んでろ』とイーアンに言われたばかりで、言いつけを気かないと夜に差し支えるかもしれない(※基本、夜が大事)。
彼女は、日帰りだし毒付きだし友達付きだし(←これ一番大事)大丈夫だろう・・・とは思うが。ポドリックとコーニスが心配だ。ポドリックに言っておかねば。彼女の行動にドン引きしている間に、後ろで吐く部下が出る可能性があると(クローハル隊で経験済み)。
部下数十名が心傷を受けて吐いたら大変だと思うと、早めに伝える必要を感じ、ドルドレンは起き上がった。まさか味方にやられるとは四方や思いもすまい。
「ドルドレン。具合はいかがですか」
「総長。元気そうですね」
ぬう、ダビめ。なにが『元気そう』だ。ドルドレンは起き上がって、首を回し、イーアンに『ちょっとポドリックのところへ』と告げて急いで出て行った。
お読み頂き有難うございます。




