1519. 序盤空間亀裂 ~魔族と町と、救いの手
☆前回までの流れ
応戦し続ける、それぞれの時間。フォラヴの時空変換の魔法によって、一帯は封じられた状態。ギールッフの職人たちも戦っていた最中。負傷した仲間と一緒に目に映ったのは、彼らが初めて見る『魔族』でした。
今回は、魔族にも襲われ始めた町の話・・・
人に似た姿の魔物が落下する光景に、背筋を凍り付かせたのも一瞬。
御者台に乗せられて運ばれた、ガーレニーから流れる血の多さに驚いた、ギールッフの職人たち。
馬車が止まると同時に、大急ぎでガーレニーに駆け寄り、ロプトンに『後ろにイェライドも』と教えられ、二人の止血に慌てる。
イェライドは爆発道具を使って倒していたが、人の形の魔物が背後に出て来たこと気づかずに攻撃を受けた。背中に裂傷を負ったイェライドは倒れてすぐ、ロプトンが助けた。
離れた場所でフィリッカを援護していたガーレニーは、鎖帷子を装着していたが、人型の魔物が足元から何体も現れて、引きずり倒され潰された。
抵抗したガーレニーの剣は、覆い被さってきた数体の魔物を一度に切り裂いたのに、倒れた魔物は、ぐらつきながら自爆。
転がった盾を咄嗟に引き寄せたガーレニーは、ねじった体にその自爆の影響を受けた。
彼の鎖帷子は魔物製で、硬質と熱耐性を誇る製品ではあったが、その脇辺りには、奇妙な種のような、黒い物体がめり込んでいた。
「これ。なんだ」
「何だろうが取れ!」
異様な物体に、職人たちも嫌な予感がする。だが、ガーレニーにくっ付けておくわけにもいかない。よく見ると、鎖帷子のずれた鎖骨辺りにも、めり込む黒い種のような物がある。
「外さなければ」
緊張しながら、バーウィーが取ろうと手を伸ばしかけ、レングロが止める。レングロは、魔物製の殻の付いた手袋と首覆いを装着していて『俺が』と引き受ける。
「イーアンが教えてくれた。彼女が最初に作ったのは、手袋だったと。俺も作っておいた」
素手よりマシだろ、とレングロは言い、顔にもマスク代りの魔物製の面殻を当てて、呻くガーレニーの体にある黒い物体を掴んだ。
物体が一瞬、動いたように感じたが、レングロは急いでそれを引っぺがして放る。わき腹の鎖帷子にめり込んだ跡は見えるが、その部分からは血が出ていないし、鎖帷子に守られていると分かった。
続いて首の付近に手を動かすと、こっちは鎖帷子を逸れて・・・『う、マズいか』ガーレニーの太い首に赤い痣が見え、黒い物体は食い込んでいる。
「外せないのか、せめて外してやりたい」
ディモが心配そうにのぞき込んだので、レングロは彼に下がっているよう素早く注意し、頷いて首元の黒い物体を引っ張る。
グイッと引くと、彼の首の皮も攣れたように見え、痛々しさに剝がすことへ躊躇したが。
「剥がせ!レングロ、大丈夫だ、そのまま引っぺがせ!」
離れた横に背を屈めたバーウィーが、水平に見えている患部の状態を判断し、剥がせと命じる。困惑しながらも『早く!』と怒鳴られ、レングロは目一杯引っぺがし、それも放る。
掴んだ勢いで、彼の皮が切れたんじゃないかと心配したが、剥がした下には――
「鱗。鱗・・・イーアンの」
ガーレニーの鎖帷子の内側、首の当たる部分に『御守りとして』彼が取り付けた、イーアン龍の大きな鱗。
「めり込んでいたのは鱗だ。鱗がガーレニーを守って」
赤い痣は傷ではなく、龍の鱗が留めていた熱。痣は、鱗が体からすっと浮いたすぐ、淡い色に変わって肌色に戻る。
「良かった・・・何だか分からんが」
「あれ、マズい気がする。放置してはマズイもののような。鱗の力で守れるなら、あの箱に入れてしまうか」
ホッとしたレングロに、ロプトンが黒い物体の処置を頼む。
以前、ギールッフの町に配られた『アオファの鱗』。何かあればそれごと、と炉場に配給された鱗を、一つにまとめた装飾箱は、馬車に積んできた。
その中に入れてしまおうと、思いついた対処を提案したロプトンの意見に、皆もそうしようと決める。恐る恐る、レングロが二つを拾って即、箱に落とし、蓋をディモが閉める。
「さっき。動いた気がしたんだ。箱に在っても安心できない」
「イーアンが戻ったら相談しよう。イーアンの鱗で彼も守れた。もしかすると、これもどうにかなるかも」
「厄介だな。他の魔物でも何か飛ばす攻撃はあるが。何だか、相手が人間みたいな形だから、気持ち悪い。勘繰ってしまう」
「その警戒心が自分たちを守る。警戒して越したことはない」
不安そうなレングロの言葉は大切。他の職人も注意するよう心がけ、傷を負ったガーレニーとイェライドを介抱し、今は、遅い動きで歩き回る『人型の魔物』から、避難することを選択した。
この時まだ、フィリッカは戻っていなかった。
*****
「ザッカリア!ザッカリア、魔族が!」
「分かってる、バイラ!俺はソスルコを呼ぶ。龍になったら喋れない。皆を守ってあげて!」
馬で駆けて来たバイラに、荷馬車の馬ヴェリミルを下りたザッカリアは叫び返す。
職人たちの馬車の側に置いて守ってもらっていたが、ヴェリミルを戻そうと決めて戻って来た時、バーウィーだけが残っていた。
「ザッカリア。ここは危ない。おかしな魔物が」
「分かるよ、俺が倒す。だから馬車と、ヴェリミルをお願い。バーウィー、一人?」
急き切った早口で頼み、ザッカリアは周囲をさっと見渡す。バーウィーは、ガーレニーとイェライドがやられたと教え、蒼白になったザッカリアに『お前も逃げないと』と両肩を掴んだ。
「ダメだ。そんな。ガーレニーとイェライド、大丈夫なの?大怪我なの」
「意識が途切れがちだ。血は止めたが、あの不気味な魔物、あいつら・・・黒いこれくらいの」
ハッとするザッカリアに、黒い物体のことを急いで伝えると、ザッカリアはそれはどこだと返す。バーウィーが対処した内容を教え、ザッカリアは少し安心したようだった。
「絶対に開けないで。イーアンが来るまで。俺は今、ああ、可哀相に!ガーレニー、イェライド。俺が倒しに行く。
バーウィー、皆。出来るだけ、あの魔族と会わないようにして!攻撃しても、すぐに倒せないとあいつら、種を飛ばすの。種が付いたら魔族に変わってしまう。魔物より性質悪いんだ」
「何てことだ。お前はそんな相手に立ち向かう気か」
話している暇はない。ザッカリアは、止めようとするバーウィーの腕をぎゅっと掴んで『俺は出来る。大丈夫』としっかり伝えたすぐ、手に持っていた笛を吹いた。
「ザッカリア!」
後ろからバイラの声がし、魔物を倒しながら走って来た黒馬の警護団員に、ザッカリアは後を頼む。
「馬車が二台あるんだ、バイラ。一台はバーウィーが」
「分かった。もう一台は私が動かす。気を付けて!」
「うん。バイラたちも」
空が一瞬、何かで揺れるように色を歪ませ、その直後、ソスルコが陽光に煌めきながら降下した。ザッカリアは龍に飛び乗る。
そして、バーウィーとバイラの見上げた空で、カッと光を放ち、二人は一つの龍に変わった。
「ザッカリア・・・そんな」
「バーウィー、行きましょう。彼は空の偉大な一人。魔族に立ち向かいます。人間だけれど私も・・・魔族の種にやられません。私を盾に」
驚く斧職人を急かし、バイラは黒馬を下りて御者台に走り、自分の馬と馬車を大急ぎで出した。バーウィーも慌ててその後に付く。二人は馬車を走らせ、ギールッフの職人たちが避難する場所へ向かった。
龍に変わったザッカリアは、魔族に襲われる人を次々に救い出す。魔物を倒すには、この姿は大きかった。小型の龍とは言え、町の建物の隙間にまで入り込めない。
だが魔族は現れたばかりで、まだ町の中心部分、上下に何故か集中している。一気にこの姿で片付けなければと焦るザッカリアは、縦横無尽に動き回った。
話すことは叶わなくても、その一風変わった神々しい姿に、誰もが『龍』と叫んで信じてくれる中。宙を走り抜けるザッカリアの混合龍は、魔族を砕き、飛ばされた種を咆哮で落として固める。
『種なら、しばらくは固められる。魔族に変わってしまった人、いるんだろうか』
心配はそこに募る。どうぞ、そんな犠牲者がいませんようにと祈りながら・・・そして、どうして魔族が、上下どの層でも、中央の舞台に集まっているのかと気になりながら、とにかく倒しにかかった。
*****
町を守るフォラヴは感じた。魔族が出てきたこと。そして魔族を操る者が、自分のすぐ近くに来ていること。
「私は・・・いつもこんな事ばかり」
最初の時は、シャンガマックとヨーマイテスに助けられた。次はコルステインに守られて。
「でも。今は。もう」
思えば自分は、交代する立場と予言されている。交代の意味は、生きているとは限らない。自分が死んだから、代わりの妖精が来る・・・と思えなくもないのだ。
飛んで逃げるべきか。魔物はもう増えていない。外からの侵入は随分前からなくなっていた。町の中、この付近に広がった魔物は、この『時空変換』の領域にいる。
これを解けば、自分は動ける。でも、中にいた魔物は外へ――
『ダメだ。そんなことをしたら、魔物どころか、魔族まで出てしまう』首を振って、次の行動に焦りながら思い直す、妖精の騎士。
「こんなところに一人ぼっち」
ハッとしたフォラヴ。離れた場所から、鈍いひび割れる音が聞こえた。声のようで声ではなく、滲む雑音に似た一言。それが誰か、フォラヴは理解する。気配よりも近く、声があるなんて。
「近づくまで分からないか。そりゃそうだ。俺は魔族に成り立て。ちょっと前は人間だったから。自信を無くさなくてもいい」
「あなたが。人間だった?魔族なのに」
どこにいるんだろう、と息も荒くなるフォラヴは気配を探す。どうしてか、ちっとも近くない。
相手の声は、頭の中に直接響くように聞こえている。生臭い風が吹き、フォラヴは自分の守りが薄れていることに気が付く。
「今頃、町の中は魔族だらけ。魔族の屑だよ。お前の世界の対とは違うな。だが屑でも、人間相手なら充分・・・役に立つ。一っ所から移動しなくても、放って置きゃ人間がかってに種付きになるだろ。俺が移した種で」
「あなたが移した種?人間だったのに、死に際でもない魔族が」
「バカ。人間の終わり死ぬだろ。お前に教えてやる俺も何だかなぁ。さてお前。お前は要らないな」
冷徹な言葉に、フォラヴはぐっと唾を飲む。
人間と分かって、倒そうにも気が迷う。会話が通じることで、少しは可能性を求めてしまう気持ち。
だがそこに続けて、ふっ、と真後ろに魔族の気配が現れた。目を瞑ったフォラヴ、『私は魔族を倒せないままか』と悔やむ、次の瞬間。
「よく喋る阿呆め」
鈴のように澄んだ音。それなのに厳しい冷えた声が、口悪く落ちる。
フォラヴが瞼を開くより早く、背後の邪気が熱を帯びて霧散した。叫ぶこともなく、何一つ残ることなく、一瞬で消えた邪気。
何が起こったかと気が付くのと同時に、強い妖精の気を受けるフォラヴは目を凝らす。
自分の時空変換のすぐ外。2mほどの距離に、長い波打つ金髪を揺らす、冷たい表情の妖精がいた。その姿は女性に似て、しかし中性的。険しく美しい顔には閉じた目。
「あなたは」
「センダラ。フォラヴは甘い」
名乗った相手は、瞑った目をそのままに近寄り、透明の妖精の体に手を触れた。触れられたフォラヴは意識を失い、体は目の前に立った相手に凭れ、その相手は、妖精の騎士の体を肩に担ぎ直す。
そして、担いだ騎士の見えない腰袋をまさぐると、中から欠片を取り出して、溜息。
「甘いのよ。馬鹿ね」
舌打ちしたセンダラ。フォラヴを担いだまま姿を消すと、実体を消したまま町の中に入り、魔族を種諸共片付け始めた。片方の肩に騎士を担ぎ、もう片方の腕から血を流しながら。
この光景。町の者の幾らかと、逃げていた職人フィリッカ、魔族の対処に追われるザッカリアは、誰もいないのに倒れては消える魔族と、飛び散る銀粉に目を奪われた。
お読み頂き有難うございます。




