1511. 新しい情報③④ ~消えない絵『剣の出生』・貴族の関わり
☆前回までの流れ
パヴェル邸に招待されて、向かう道の時間。貴重な情報のやり取りが。『龍の殻』の動きで状況を知る手掛かりがあること、テイワグナ馬車の民が近くにいたこと、です。
今回は、タンクラッドの時の剣・テイワグナの道事情の一部について・・・
【新しい情報】―― その③『龍の民の町~絵』 ――
パヴェルの別邸へ向かう午後、昼下がりの道。
距離は大したこともないので、時間もせいぜい数十分~1時間程度だったが、この短な時間に、馬車の仲間の数名は、『自分にとって』新しい情報に心を掴まれている。
それは親方にも訪れた時間。オーリンが話してくれた『初代・時の剣を持つ男』の絵の話(※1346話参照)は、タンクラッドに、好奇心以上の揺さぶりをかけた。
オーリンの癖でもある、ふと思い出して大事なことを告げる、それ。
その癖により、以前に触りだけは聞いた話について、彼はまた思い出したか、『そう言や、あのさ』と徐に謎めいた時間を始めた。
話を聞くだけ聞き、タンクラッドは自分が直に見に行くことを、あの時と同様、やはり相談した。それが少し前の会話(※前回1510話最後)。
―――「ふーむ。オーリン。行けないと知っても、行きたくなる」
「ハハハ。そう言うと思った。でも、ちょっとこればっかりはな。難しいぜ」
「俺が見に行く分には、平気そうにも思うがな」―――
交渉しようとする親方に、オーリンは気持ちを分かっているように微笑んだが、頷かなかった。そしてなぜ、『難しいか』その理由を伝えることを考える。
「ええと、ちゃんと覚えてないが。この話出したの、1ヶ月くらい前だよな。その後あんた、総長に休み貰って、行こうとした時もあったろ」
「そうだな。機会があればと思いながら、なかなか抜け出せないが」
それがどうした、と訊ねるタンクラッドに、オーリンは何度か小さく頷きながら『あのね』と言葉を選ぶ。
「イーアンもだったんだけど・・・彼女の場合は、また違うが。龍の民の町はさ、他所の誰かが来ることに過敏なんだ」
「気にしなさそうだが。性格上」
「ハハハ。まぁ、そう思うよな。でもないんだ。『イヌァエル・テレン自体』は、許可する誰かってなればな。それは勿論、男龍たち、イーアン含めて、龍族の頂点が決める。
でも、解放したら、後は龍族の頂点たちは気にしないんだよね。誰かが入ったことを知っていても、様子を見ているだけ。その辺、龍の民と違うんだよ。
龍の民は、自分たちの町から、まず出ない。これは『龍の子』も近いが、龍の子たちの方が、まだ表に出ている気がする。龍の民は本当に、ほぼ、町の中だ。近辺を飛ぶことはあってもね」
オーリンの話を、黙って聞く親方。どうも、『種別による、行動範囲と性質を併せて伝えている』と理解する。
「遮るぞ。つまり、お前が言いたいのは。龍の民の町に、俺が入ろうもんなら、お前の肩身が狭くなるってことだな?」
「相変わらずハッキリ言うな」
ハハッと笑うオーリンに、タンクラッドも苦笑いで『俺が入られちゃマズいわけか』とぼやく。オーリンは黄色い瞳で彼を見つめ、数秒してから『似てるから』と呟いた。
「タンクラッドが生まれ変わりだと・・・俺も思うんだよ。よく似ている」
「絵か」
「そう。言ったろ?消えないんだよ、擦れても。かなり昔からあるだろうにな。男の顔の部分がさ、特に・・・あんたの、こう。こっち、そう。この角度の顔。ホントによく似てるよ」
タンクラッドの顎に手を伸ばしたオーリンは、少し彼の顔に触れて傾け、地上に描かれた人物の印象と重ねる。
顔を傾けた親方は、鳶色の目だけをゆっくりと彼に向け『見てみたい』と、もう一度言った。オーリンも頷く。
「な。俺も見せてやりたい。だけどなぁ。龍の民って、俺でも難しいんだ。俺が言うのも変かもだけど。
後ろ盾があればどうにかなる・・・感じでもないな。立ち位置的には最強だけど、かといってイーアンと一緒には、絶対に向かえないし」
以前、ハイザンジェルにいた時。オーリンの強引さに負けたイーアンは、龍の民の町に同行したが、思う以上に居心地の悪い思いをして、逃げて戻ったことがある。
その一件は、タンクラッドも少し聞いているので、龍の民がどう反応するかは、予想が付く。
「絵にそっくり、ってお前は言うが。そっくりな俺が行っても」
「うーん。分かんないんだよね、俺も。イーアンだって、女龍だぜ。男龍が側の空に来るだけでも、皆驚くんだ。
だから、俺の感覚だと『女龍が来たら喜ぶだろう』と思った。でも逆だった。
最初こそ、見たがっていたけれど・・・『女龍・男龍』は凄い存在だと認めていても、長い時間を経て・・・違いそのものも、染み付いているのかもね」
理由を聞いて閉ざされても、タンクラッドは好奇心が募る一方。どうにかして、行って、この目で『絵』を見ることは出来ないだろうか、と考える。
自分を見たまま、口を閉じた親方の顔つきに、オーリンもその胸中を見て取る、沈黙。
――龍の民の町の絵。大きな絵で、それは地面に描かれているという。
絵の数は多くないにしても、展開が分かる場面が描き分けられていて、『卵二つと共にいる男』が描かれた最初。その絵自体は、独立していて、連結していない。
そのすぐ下の段、端の絵を2枚目とする。『龍たちと民、離れたところに立つ男と剣』の場面が続く。
横の3枚目は、剣がまるで、空気のように見える詳細を描く場面。
次の4枚目が、男と誰か別の存在、間に剣があり、授与のような場面。
その続き5枚目に、男が剣を再び受け取る場面。小さな器と、この絵には大きい龍がいる。
剣と男は、その後の絵ではずっと一緒で、6枚目以降、背景に山や海や空がある。
場所がイヌァエル・テレンか、地上かは、その背景だけでは分かりにくいが、空の一族ではない形の絵があるため、恐らく地上だろうと、オーリンは言う。
多色ではないが色も付いて、絵自体が意外と細かい印象の様子。『よく見かける、遺跡の絵とは全然』と、その違いがすごいぞと、肩をすくめるオーリンに、詳細が見て取れる絵そのものにも興味も沸く。
「見たい。どうすりゃ良いんだ」
「俺に言うなよ。俺は勧められないんだから」
「お前が教えたんだろう」
責任とれ、と笑う親方に肩を押され、笑うオーリンも『無理言うな』と手を払う。
この後も二人は、『見たい』『無理』を繰り返しながら結果までに行き着かず、馬車は貴族の敷地に入った。
*****
昼下がりも良い時間。午後は3時を回る頃に、敷地に入った黒馬と旅の馬車。
敷地手前から『もう、ここら辺は全てそうではないか』とバイラとドルドレン、イーアンは話していたが、整然と手入れされている具合が、一目瞭然に違う入り口から先。
「凄いですよねぇ。ここだけ潤ってる」
イーアンがしみじみ、ちょっと引いた感じの声で呟いた感想に、バイラが笑って振り向く。イーアンは彼を見て『笑っているけれど、私こういうの苦手なのです』ときちっと伝えた。
「知っていますよ。私たちの龍の女は、庶民的。とても素敵なことです」
「ぬ。褒めて頂けていると分かっているけれど、何かが気になる」
ハハハと笑うバイラとドルドレン。ドルドレンは奥さんの肩を抱き寄せて、微妙そうな目で見上げる奥さんの角にキスをした。
「立派な角である。姿も神々しい。こんなに素晴らしい存在が、庶民の側にいつも喜んで来てくれる。それを純粋に嬉しく思う」
俺たちもそうなんだよ、と微笑む旦那に、イーアンは微妙そうな目を向けたまま、うん、と頷く(※何となく釈然としない)。
「私は知らない間に、こんなに(←お空最強)なりましたけれど。中身は庶民どころか、底辺層です」
「分かっている。その底力と差別ない理解あってこその、頂点の立場獲得。そう思いなさい」
そうねーと棒読みで返すイーアンに、ドルドレンは笑いながら『パヴェルだって理解はあるぞ』と、貴族の中では彼がとても思慮深い善人であることを、ちょっと伝えておいた。
屋敷を前に真っ直ぐ敷かれた、僅かな段差さえない、お洒落な敷石の上を通過する。
別邸と聞いていても、首都の館と相違ない気がする上品な白い屋敷、道の左右には花々に包まれる庭園。
左右の庭園と屋敷をぐるりと囲む、背の低い木々の林は、果物が生る樹種ばかり。夏の温度にたわわに実ったそれらが、濃い緑の葉の隙間に色を見せ、しならせた枝と一緒に風に揺れる。
馬車が近づくにつれて、前に見える白い屋敷は、とても大きく見えるので、イーアンは困った顔。
今更、パヴェルの人格がどうこう・・・とは思わないけれど。
伴侶の言う通り、彼は出来た人だし、貴族としてはフレンドリーで思い遣りがある、くらいは分かっているが。
そうじゃなくて。そこじゃなくて。イーアンは気が沈む。お金持ちの強調するインパクトに、イーアンは良い感覚を持ち難い。
生まれ育った違いの、僻みと言われたら、何て言えば良いか分からないけれど。見るからに、お金持ちならではの物質のあり方は、関わるとなると重い。
この苦手意識は、紛らわすのが本当に難しいまま、とイーアンは困った。
そんな、垂れ目を垂れさせて悩む奥さんを見て、ドルドレンは『大丈夫だよ』と囁き、不安そうな彼女に微笑んで安心させる。
屋敷の手前まで来ると、右の庭園から二頭の犬を連れた若者が出て来て、気が付いたバイラたちに『こんにちは』と笑顔で挨拶した。
「こんにちは。あなたはこの屋敷の人」
バイラがすぐに返事をし、若者が召使風ではない様子に、彼がここの労働者かどうか確認する。
若者は帽子の紐を首にかけて、藁帽子を背中に垂らしており、上着はテイワグナの夏の長衣。ひざ下までの涼し気なズボンを穿いて、気さくな格好で下働きの雰囲気。
問われた言葉に彼は頷いて、背中を向けた屋敷を振り返り『黒い馬と2台の馬車を、馬車置き場へ案内して、と頼まれた』らしい。
「犬か。久しぶりに見たような」
御者台から呟くドルドレン。犬がいないわけではないが、町の中でたまに見るくらいだったと思う。
二頭の大きな犬は、毛が短く、野性的な体つき。
淡い茶色と黒の混ざる体の色。散歩帰りなのか、大きく開けた口は、暑さに息を弾ませる。イーアンはその犬たちが、以前の世界にはいないタイプに見えて、珍しそうに見つめた。
「あ、おい。ダメだよ」
イーアンの視線にさっと反応した二頭は、御者台の女に近寄ろうと進み出し、若者は急いで紐を引いた。
だが、犬の力は強い様子で、犬は首に着いた輪が引っ張られて浮いても、喉にめり込ませながらイーアンに近づく。
頑張って止めようとする若者に、バイラも手伝おうと馬を下りかけた時、イーアンが『良いですよ』と声をかけて御者台を下りた。
他の者が何を言う暇もなく、下りたイーアンが犬の前に進むと、二頭は後ろ足で立ち上がって前脚を上げ、イーアンに触れようとする。
その表現に嬉しく笑うイーアンは、自分より大きな背の犬の側へ行って、二頭に抱きつかれ、ベロベロ舐められる。
「大きいですね!それに優しい」
ベロベロにされながら、振り向くイーアンの笑顔。子供のような笑顔で、微笑ましいぐらい。
動物に愛される、龍の人―― ドルドレンとバイラは、今回は犬同伴が良いんじゃないか、と思った(※動物効果で安心)。
片や、若者はオロオロする。来客に龍の女がいるとは聞いていたが、その龍の女に、自分が任された犬が抱き着いていて、気が気ではない。
何度も『すみません』と謝る若者に、笑っていたドルドレンは『彼女はどこでもこうだから』と教えてあげたが、彼は済まなそうに『大旦那様にもそれで通じると良いのだけど』と頭を掻いていた。
こうしたことで、ちょっと止まった馬車だったが、若者の案内によって奥へ誘導してもらい、イーアンは徒歩で犬と一緒に(※笑顔)馬車置き場へ入った。
後ろから下りて来た皆は、イーアンがなぜか犬と一緒なので、どうしたんだろうと思ったようだったが、経緯を聞いて納得。イーアンは馬にも家畜にも怖がられない。
当のイーアンもニコニコしているので、オーリンとミレイオは、今回、彼女の心の平安用に、肉は要らなさそうに思えた。
ザッカリアとタンクラッドは、動物が好き。見るなり笑顔で近寄り、イーアンと一緒にいる逞しい犬を撫でながら、屋敷の中にも連れて入れるか、若者に確認。それは問題ないと分かった。
これにより、犬はお供を3名連れて(※イーアン・親方・子供)旅の一行と共に、正面玄関へ。
玄関の扉を開けると、既に待機している召使さんたちが、笑顔で一斉にお出迎え。
若干引いたイーアンだが、左右を固めてくれた犬が、さっと見上げ『気にするな』とばかりに、首を振ってくれたので、イーアンも真顔で頷く(※動物効果絶大)。
「ようこそいらっしゃいました・・・あ。イーアン。犬が。クーバ、これは?」
召使さんの列の奥から、よく通る声で挨拶したのは、リヒャルド。笑顔の彼の視線はすぐ、犬に守られた女に向き、その後ろに縮こまる若者に質問が掛かった。
名前を呼ばれた若者は、あのう、と言いかけたが、イーアンがすぐ『私が言いますよ』と笑顔で止め、リヒャルドに事情を話す。
タンクラッドたちも犬の頭を撫でているので、リヒャルドは了解し『それではご一緒に(※どちらが)』一礼してから、犬と皆を連れて長い廊下へ入った。
首都のパヴェル邸では。イーアンは、助け出してもらった直後だったからか、嬉しい気持ちが募っていて、初回の時ほど『イヤイヤ病』は見られなかった。
今回は、微妙にイヤイヤしているが、直前の出会いで(←犬)気持ちが紛れたため、意外と心の平静が保たれていると感じた。
両脇に並んで歩いてくれる大きいワンちゃんたちに感謝しつつ、前を歩く、リヒャルドさんのお話に耳を傾ける。
別邸は小さいと、話の合間にリヒャルドさんは言うけれど。全くそうは感じない一行。
首都の館と比べ、絶妙に『こよなく田舎の贅沢』感が溢れる雰囲気を見渡しながら、職人たちは金目の細工を眺め、騎士たちは真面目に執事の話を聞いた。
【新しい情報】―― その④『貴族の関わり』 ――
「・・・また後ほど、大旦那様から詳しい話があると思います」
「そうだったのか。ニカファンの道は、テイワグナの民のためでもあるのか」
はい、と総長に頷く執事。執事のリヒャルドは、この前の人質の出来事、その起こりについて教えてくれ、ニカファンの土地に道を通す案は、『機構の絡みもあるけれど』と前置きし、他に理由があると話した。
それは、魔物騒動で関わった、ハイザンジェルとテイワグナの話の始まりでもあった。
ドルドレンが王城会議に出席し、相談した、魔物騒動も悪化の一途を辿っていた時期。
国は何もしてくれないと分かったが、セダンカ・ホーズだけは『テイワグナ共和国に逃がしてくれ』と手を打っていた。
セダンカは逸早く、物事の深刻さを受け止め、一人で可能な範囲を動き回り、魔物から逃げる国民の安全のために、このテイワグナに引受先を頼んでいた緊急案(※5話参照)。
大っぴらには出来ない動きだったようで、『国会を通して可決』ではなく、水面下ギリギリの貴族を絡めた話で進められたことを、ドルドレンは今になって知った。
現在。テイワグナに魔物が出るようになって、ハイザンジェルに逃げようとする国民も出ていると言う。
だがテイワグナは道がなく、広過ぎるため、隣国を頼ろうにも、移動の日数で危険が増すため、守る術を持たない国民には、逃げることもままならない。
『道を通せば。町から町まで移動する安全も生まれます』
機構の運輸を主旨にした話だが、魔物に苦しむ人々を救う働きかけもそこにあり、それがすぐに形に出来る、資金を持つ貴族たちの助力が大きいと・・・ドルドレンは聞いた話に胸を打たれる。
言葉の詰まった総長に、リヒャルドは振り向かないまま微笑んで『大旦那様も、皆様と同じように民を救いたいのです』と呟いた。
ドルドレンは頷く。リヒャルドは、テイワグナ人。彼は・・・彼も。この屋敷で働くほとんどの者たちも、自国のために奮闘するパヴェルの言葉、その意識に感謝しているだろう、と。
「そうだったのか」
ぼそりと落とした言葉の裏側。言い難いな、と白髪の混ざる黒髪をかき上げるドルドレンの胸中に、『精霊がいる土地はやめてくれ』の言葉が浮かぶ。
リヒャルドはそれに答えず、総長の呟きの数秒後に立ち止まると、左側に並ぶ扉に、上品な仕草で手を振った。
「こちらが、総長とイーアンのお部屋でございます」
目の合った総長に、執事は彼の気持ちを理解するような、温かな眼差しを向け『夕食にお呼びするまでどうぞ』と微笑んだ。
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