1506. 貴族の誘い・夜のお告げ
☆前回までの流れ
パンギの町。自炊宿に入った昼下がり。昼食待ちの穏やかな時間で大切な情報と言えば、シャンガマックから、同行の期限を伝えられたことくらい。
今回はその続き。夕食の前後、少しずつ物事の動きが見え始める頃・・・
さて、食べながら。和やかな雰囲気の昼下がりで、ドルドレンは明日からの予定をまず伝える。
最初に、シャンガマックから聞いた『同行の期間』について簡単に話し、続けて『町の形状から気になった』と前置きし、明日にでも町に、アオファの鱗を渡すことも予定に入れた。
タンクラッドとイーアンは目を見合わせ、総長らしい気付きに微笑む。ドルドレンは二人が微笑み合ったので、少し気になった(※理由知らないから)。
それはともかく。続けて、魔物の被害状況や魔物製品の普及についても、町役場で確認することを話し、いつも通りの動きは明日から・・・と言った。
「バイラ。この町は、警護団が」
「ええ、駐在ですね。町役場のある場所は、真ん中あたりの高さなので、駐在もその近辺だと思います」
「見たところ、ダマーラ・カロのような『見える位置に魔物製品がある』印象はなかったが。ここの方が若干、ギールッフと近いし、あっても良さそうなものだ。どうしているのか、早めに知っておきたいな」
ドルドレンの言葉に、バイラは自分が思うことをちょっと話した。
「それはもしかすると。駐在所だけだからかも知れないですよ。地方行動部がある町に、率先して配っているかも」
「ああ、そうか!そうだな、言われてみれば。でも作る作らない・・・と。あ、それももしや」
ドルドレンは職人たちを見る。職人たちも総長の灰色の瞳を見つめ返し、言いたいことを理解して少し笑う。
「炉が。なさそう、か?」
「かもな。ここは、そんな建物に不向きだろ」
総長の質問にオーリンが答える。続けてミレイオが『店屋さんも置いてなさそうだから』と魔物製品の影が見えないことを伝えた。
「でも、市場の中には恐らく、剣や防具を販売している店があると思います。全体を見てみれば、多分あるのでは」
バイラは、来た道以外の通りには、武器防具の扱い店があるだろうと言い、職人たちは『それもそうか』と、明日見に行くことにした。
後はパヴェル――
ドルドレンがぽつりと呟いた一言に、皆は一瞬、黙った。それぞれが目を見合わせて、無言で『貴族の彼』のことを思う。
この町に来た、一番の理由はそれ。通過する町だから、普段通りの行動は取るものの。目的が一つ、大きいのがあるわけで。
イーアンは気が重い。貴族の家は苦手~ 嫌だなぁと思いつつ、早めに終わってほしいと願う。
それは誰もが一緒。貴族の家に慣れるわけもない。しかし、呼ばれた内容が『機構』なので、どうにもこれは避けて通れず、適当に端折ることも出来ようがない。
その時、扉が叩かれた。
はい、と立ち上がったバイラは戸を少し開ける。彼の顔が下を向いて、片腕をすっと廊下の誰かに差し出す。そのすぐ後、廊下の影は消えた。
振り向いた警護団員は、一息置いてから、自分を見ている皆に『話題の御方から連絡です』と、一枚の上品な紙を見せた。
*****
ふーっと満足そうに、静かな息を吐き出すと、初老の貴族は茶を飲み、その味わいを感じながら頬を緩ませた。
主人の椅子から、少し離れた横に立つ執事は、主人の表情を見ずとも彼の感情を知る。落ち着いた声で『おかわりをお注ぎしましょうか』と訊ね、主人の嬉しそうな目にニッコリと頷いた。
茶器を受け取り、お茶を注ぐ執事。螺旋を描いて器に落ちるお茶を見つめる主人。渡された器に礼を言い、主人は大きな窓の外に再び顔を向けた。
「今。何時かな」
「はい。2時でございます。正確には2時4分です」
「そう。有難う。ええと、彼らの宿は・・・あれ?だよね」
「その通りでございます。大旦那様の指先に見えます、朱色の看板。小さな小さな看板の見える建物。
その向かいの並びで、奥へ進んだ路地を曲がった、3軒目でございます(※宿見えない)」
そうか、と嬉しそうなパヴェル。お茶をまた一口飲むと、執事の顔を見上げて『美味しいね!』と一言。
「このお茶を、彼らも飲んでいるんだね?」
「然様でございます。あの市場一帯で販売率が最も高い、ごく一般的に流通しているお茶を、まず間違いなく飲んでいらっしゃるはずです(※安い)」
「そう・・・何だか嬉しいよ!私も彼らと同じ気持ちで、同じ時間を過ごしているんだから!」
「大旦那様は本当にお心が広くいらっしゃいます。私は大旦那様ほど、無差別な御方を存じ上げません(※相手が庶民)」
大袈裟だよ!と気を良くする大旦那様は、執事にも『リヒャルドも飲んでご覧』と勧める。
リヒャルドは、もう少しマシなお茶を厨房で提供されているが(※宿は格安茶)大旦那様ご推薦なので、心より感謝して一杯だけ所望した。
「本当です。意外に美味し・・失礼しました。香りは穏やかで味の邪魔をせず、一口で濃厚な渋みを舌下に感じます。何とも野生的」
「だろう?大人しい僅かな香りと、強い複雑な味(※これを『風味がなく雑味がある』と言う)。彼らの、飾り気なく勇敢な旅に、このお茶はぴったりだ」
安いお茶を飲んで、品の良い笑い声が重なる午後の部屋。
「来るかな」
大旦那様の、笑顔を戻した次の一言。
「勿論いらっしゃいます」
執事の即答。
「どうなの。ちゃんと渡せた?反応までは分からないだろう?」
確認を入れる大旦那様に、執事は少し微笑み、ゆっくりとこう言った。
「先ほど。使いに出した子供が戻りました。彼はバイラ様と接触し、大旦那様の招待状を渡した後、『皆様の部屋から聞こえた決定』を伝えました。明日の3時には出られるそうです」
嬉しそうなパヴェルに、執事も頷いて『明日の夕食には、肉をたっぷり』と準備の進行具合を伝えた。
*****
宿ではそれぞれが夕食までの時間を自由に過ごし、イーアンとバイラは、午後休憩程度の時間を終えて、せっせと夕食作りに励む。
「イーアン、お疲れでは」
気を遣うバイラに、イーアンは笑って『私は皮肉にも疲れません』と角を指差し、笑ったバイラを逆に気遣う。
「あなたは?馬で一人、駐在所に出かけたかったのでは」
「ああ、いや。明日でも良いです。この町の最近の資料は、ダマーラ・カロで読んでいますから」
一週間前ですけれど、と前置きし、バイラはこの町に、魔物被害がないことを話す。へぇ、と驚くイーアンに『町の外はあるんですが』と付け足した。
町の外の道。この辺りは見渡す限り、見晴らしが良い場所で、魔物が隠れる様子もないのに、朝夕問わずに出現した報告があるという。それは最近だけではなく、魔物被害が生じた4カ月前から。
イーアンは気になる。どこかに、魔物が出てくるような場所でもあるのだろうかと、少し過ったが、情報が如何せん少なく、この話はバイラによって『もう少し調べます』の流れに任せる。
魔物のことや、町の中の情報を話しつつ、夕食作りは着々と進み、イーアンは久しぶりの台所で行う、安定した作業を楽しんだ。
「短いメンも、よく食べましたか?」
バイラは今夜の『メン』の形状について、頻度を訊ねる。イーアンは頷いて『私の国の産物ではないの』と先に教えてから『でも多様な文化が行き交っていたから、頻繁に口にする機会があった』と話す。
バイラも手伝った、夕食用のそれ。イーアン製、ショートパスタの類。
しかしこれは、イーアンが以前、親方の家で作ったちっこい麺的なものであり、『ショートパスタ』の名称戴く対象とは異なる気もする。
少し茹でて、試食をバイラに食べさせる。バイラは一口味見を口に入れてもらい(※大人は気にしない)何度か噛んでから、目をちょっと見開いた。
「弾力が強い。私の作る味の濃い煮込みに、丁度良いかも」
「ね!私も思いましたよ。あなたの料理は、こってりとした味で、お腹に染み渡る満足感。長い麺の絡みも美味しいですが、こうした一口大の粉物も、力強いテイワグナの料理に合いそうで」
合う、合う!と笑うバイラは、煮込んだ野菜中心の煮物の味見をして、『これなら大丈夫』と喜んだ。
「魚の出汁、私も南へ行ったら食べますが。バサンダも感激していたけれど、改めて口にすると、これは美味しいですねぇ!」
「シャンガマックのおかげですよ。もう焼いてあったし、この数を茹でたら、さっと湯にくぐらせるだけでも、香ばしい充分な出汁が取れます。
茹でておけば、身もほぐしやすいから、こうしてね。大振りにほぐして。料理、もう一皿出来ます」
女性がいると違うなぁと、感心するバイラに、イーアンは『家庭料理ですもの』と一緒に笑う。
早い話が、『魚出汁のスパイス煮込みパスタ入り』。そして、焼き魚に湯を通してほぐした『焼き魚の南蛮漬け(※醤油はない)』のようにした料理。
どちらもバイラに、テイワグナの味付けにしてもらって、調理の大体はイーアンが担当した夕食。
二人は合作の楽しみを見出し『次はこんなの』『明日はあれも使いたい』と創作意欲が沸く。こうして、夕日が差す頃には、皆を呼んで、早いゆったりした夕食が始まった。
案の定、いつぞやか食べたことのある親方は、一人自慢気に過去録を話し、少々気分の降下するドルドレンは、イーアンに励まされておかわりで持ち直した。
シャンガマックも来て、料理に感動してその場で少し食べ、たくさん喜んで感想を伝えると、『父にも』とお礼を挨拶に、お父さんの元へ料理を運んだ。
皆さんのウケが思う以上に良いと感じた、バイラとイーアン。目を見合わせるたびに『次はあれだ!』とお互いにメニュー候補を組み立てていた(※以外と相性良い二人)。
こんな具合で、楽しい夕食の時間も終わり、風呂も済ませ、お休みの挨拶を交わして、皆は各部屋へ入る。
イーアンが疲れただろうと、疲れないはずの奥さんに気遣うドルドレンは、今日は早目に眠ることにした。イーアンも有難く『明日も、料理頑張る』と約束して就寝。
そしてこの夜。イーアンは夢を見る――
夢ではない、夢。
始祖の龍が現れて、イーアンに話しかける時間。
『イーアン。この国の魔物は、もうじき終わりを迎えるでしょう。その前に。最初の一撃に備えなさい。一撃を越えると、次が長く置かずに来ます。
これを三度繰り返した後。全員で挑みなさい。あなたも精霊の青い布を身に着け、女龍以外の力を受け取りなさい』
始祖の龍の、大地と空のような二色の瞳は、イーアンをしっかりと見つめて、そう告げた。




