1505. 自炊宿の午後
☆前回までの流れ
合流した旅の仲間は、風変わりな造りのパンギの町に入りました。宿泊する目当ての自炊宿へ向かい、お昼前の一時を迎えます。今回は、皆のささやかな午後。
市場の層に到着した、旅の一行。
時間はもう昼を跨いだので、お昼は自炊ではなく、その辺で食べようかとドルドレンが提案した。
賑わう市場だが、昼時は屋台が多い。朝っぱらだけ開店している店もあるため、昼前に閉店している場所は、屋台が前に並ぶ。
日中も営業している店屋はあるが、そうした店も昼間は人影が見えない。バイラが言うには『昼時は休憩している』と。
ハイザンジェルもそういうところはあったが、テイワグナの人は、お昼休みが長めという話。
「屋台と交代みたいな感じですね。彼らは、稼ぎ時が昼だから」
「そうなんだな。言われてみれば、暑い国だし、真昼間に働く気も失せる」
でも屋台は昼間に仕事なんですよ、と総長の意見に笑うバイラ。『後にも声をかけて来ます』と馬を下げる。
そしてバイラはすぐ戻り、ドルドレンが近くの屋台に馬車を寄せようとすると、前にちょっと入って『自炊宿へ』と止めた。
「うん?どうして。昼を買ってから」
「あの、ほら。その。頂きものが」
「あ」
大きな声では言えないが、バイラとドルドレンは、馬車の馬の横に佇む仔牛をちらっと見た・・・魚を食べなかったら、何を言われるやら。
荷台でもきっとそう言われたんだな、と察しを付けた総長の顔つきに、バイラも無言で頷く(※当)。
ということで――
自炊宿で、昼食は『焼き魚(←オンリー)』決定。バイラは何も言わず、混み合う人々を避けつつ、仔牛の気配を気にしつつ、市場の奥へ向かった。
「今回は『自炊宿』と決めていたのに。パヴェルの別邸近くだと知ると、パヴェルには『自分たちに会いやすいようにした』と思われそうだ」
「思いそうですよね。あの人たちは、皆さんが大好きに見えます」
「笑っているが、バイラ。パヴェルは俺たちが好きなのではない。『オーリンが好き』なのだ」
限定オーリン。そうなんですか?と聞き返す警護団員に、ハイザンジェルでの経緯を教えると、途中からバイラも合点がいったように気が付く。
「そうでした!彼が警護団施設から救助・・・いや、警護団が申し訳ないですが。そうだった」
「あの現場の時は、バイラ居なかったのだ。バイラも忙しかったし」
「はい。でもそんなことが。確かに、彼を親族として扱っている話ですが、オーリンの開放的な性格が好きとは」
オーリンは陽気で嫌味がない人だからね、とドルドレンも頷く。
「それじゃ、何かあっても。オーリンだけいれば解放されそうですね」
「ハハハ。置いて行かれると分かったら、オーリンが逃げるぞ」
二人でケラケラ笑いながら、仔牛連れで路地を曲がって、ようやく宿に到着。仔牛は無口で付いてくる。無口が一番(※推奨)。
到着したところで、バイラが馬を下り『空きと宿賃を聞いて来ます』と中へ入る。ここで仔牛は、ドルドレンを振り向いた。
「ここに泊まるのか」
仔牛の質問。一々、ちょっと緊張してしまう自分が嫌だな、と思うドルドレン。
ケホンと軽く咳払いし、自分を見上げるつぶらな瞳の、可愛くない声の仔牛にお返事。
「そうかも知れない。見える範囲に、宿は数軒しかない。自炊宿だから、人も少ないのだろう。影だらけだし、丁度良い」
「馬房があるところにしろよ。むき出しの場所で雨でも降られたら、バニザットが濡れる(※出入り時)」
場所を確認されたのは『シャンガマックのため』と知る。息子想いの仔牛に注意を受け、ドルドレンは『聞いてみる』と了解した(※過保護に慣れた)。
馬房はさておき。ここは実際、影だらけの印象。
丘を壁にした場所が市場の裏手。最下層のように、町の裾を広げたことによって上部の影を受けない明るさは、下から二層目のこの場所にはない。差す太陽の角度で、日の当たる時間が短そうに感じた。
安宿、といった印象そのものの、特別きれいでもなく、かといってボロでもなくの、簡素な雰囲気。道だけは、市場に続くからか、路地でも広々していた。
宿はざっと見渡しても、看板が出ている数で6軒くらい。自炊宿は、市場に卸に来る業者向けのようにも感じた。
ドルドレンが簡素な宿の幾つかを眺めていると、バイラが出て来て笑顔を向ける。馬の手綱を取って『裏へ。大丈夫そうですよ』とだけ言うので、安くて空きがある様子。
旅の馬車と仔牛は裏へ回り、皆は馬車を下りる。ちゃんと馬房付き(※重要)。
宿代は一人当たり、100リジェ。
いつもの宿代の半分以下。これはいいや、とドルドレンたちは機嫌良く、食材の箱を持ち込みながら、案内される風呂など設備一通り、問題ないことも確認し、さて、と自炊の部屋へ入ると。
「おっと」
「ああ、そうか・・・私てっきり、個室だと思っていたけれど」
タンクラッドとミレイオが先に入り、目の前に飛び込んだのは、大部屋。
大部屋は居間と炊事場を兼ね、その両脇に、壁を境にした寝室が左右2つずつ。一部屋に、2名用のベッドといった具合に、少々、面食らう。
小さいなり、簡素なりで、8室付いているものかと思いきや、相部屋。
「私はちょっと。一人の時間が欲しいです」
フォラヴが一人部屋をやんわり求める。ドルドレンも、彼はそうだろうと思う。
ザッカリアは別に誰と一緒でも良さそうだが、オーリンは苦笑いで『俺。空で寝ても良いけどな』こちらも、相部屋を辞退。
宿泊人数は、一応『8名』。ドルドレン、フォラヴ、ザッカリア。イーアン、タンクラッド、オーリン、ミレイオ、そしてバイラ。
シャンガマックとお父さんは、仔牛に寝泊まりのため、除外。
夜間にベッドにいるとは言え、コルステインは人間ではなく、霧の姿で来るから、霧から金は取れないだろうと人数外。
赤ちゃんは無料なので、人数というよりもオマケ。なので、『8名の宿泊』なのだが。
頭を掻いて、少し黙っていたバイラは、こうした難しさもあるか、と理解する。それで皆さんに『あれでしたら』と単身部屋を借りる提案。
「単身用だと、炊事場も付いているので、割高かも知れませんが。130リジェだったかな」
「良い良い。フォラヴとオーリン、バイラは単身を借りてくれ。普段に比べれば、安いに変わらん。ザッカリアは、ここの相部屋を使いなさい」
ザッカリアは2人用の部屋を一つあてがわれ、『やった~』と喜ぶ。
個室を借りられるフォラヴたちは、一安心。バイラは相部屋でも何でも平気だったが、言わないでおいた・・・ら。ハッと、何かを思いついたザッカリアの顔が、バイラに向く。
「バイラ!一緒に寝ようよ」
「え。私と。ザッカリアは、一人が良いんじゃないの?」
「話し聞きたい!寝る前にいつも話してくれる、続きの」
ああ~・・・そうか、と笑うバイラ。
馬車で寝起きさせてもらうようになってから、夜は眠る前に少し、ザッカリアにテイワグナの地理を教えがてら、護衛時代に回った話も添えていた。
でもバイラは一階で、ザッカリアは二階の部屋。オーリンもフォラヴもいる馬車では、そう長い時間は話さない。それでもほぼ毎晩話すことで、ザッカリアは楽しみにしている。
宿に泊まると離れ離れになるから、馬車に戻った移動の夜だけの楽しみ。今日は、相部屋という都合の良さもある。ザッカリアは『だから一緒に』と誘った。
「それじゃ。私は、ザッカリアと相部屋で」
ハハハと笑うバイラに、フォラヴがちらと見て気を利かせる。
『お一人の時間、仕事は差し障りありません?』バイラが残業やら、持ち込みやらで、町に入ると夜も働く姿を知っているので、優しい騎士は遠回しに訊ねた。
それを聞いて、不安そうな顔を向けたザッカリアに、すぐバイラは微笑んでから、『大丈夫ですよ。私は相部屋も気にならないし、仕事は少なめに調整します』とフォラヴに答えた。
イーアンは横で聞いていて思う。ザッカリアがまだ、誰かと一緒にいたい子供の心であること。
ギアッチの目の色と同じ、とバイラの瞳の色に微笑むザッカリア。彼は頑張っているんだと、イーアンも微笑む。ドルドレンも微笑まし気に彼らを見てから、パンと手を打って決定する。
「では。フォラヴとオーリンには、単身用を借りる。他の者はこの部屋だ。おお、シャンガマック、来たか。お前はお父さんと外だな」
廊下の向こうから来た褐色の騎士に、扉から顔を覗かせたドルドレンが訊ねる。彼はニッコリ笑って頷く。
「はい。父が気にしますから(※人間のベッドの方が良いのか、って)。俺は、外で」
もう食事かな、と思ったから来た、と言うシャンガマック。さっとバイラ&イーアンを見て、とっても嬉しそうな笑顔を見せる(※待ってる)。
笑顔がプレッシャーになる二人は、ちょっと笑って『今用意する』と、炊事場に行った。
食事の用意が出来るまでの時間。皆はそれぞれ、荷物を自分たちの部屋に運び、オーリンとフォラヴは部屋を新たに借りに行く。
シャンガマックは総長の手伝いをしながら、昨日までの出来事と、話しておくべきことを伝えた。
「ではまだ、お前は返事をしていないのか」
ドルドレンは、精霊と彼ら二人の話が宙ぶらりんの状態と知り、精霊に早く言いに行かないと、と待たせている時間を気にする。少し笑った部下は首を振った。
「返事をした時は行く時、と父も言っていました。だから、俺たちはもう少し同行して、離れても問題ないと分かり次第、向かおうと思って」
「そうか・・・来てくれて有難う。お前もホーミットも、精霊と共にいるのは安心だ。
あの件については、イーアンが対処する話だが、ホーミットが考えてくれていることが嬉しい」
シャンガマックは総長の素直な声に、少し立ち止まる。『総長』呟いた騎士を振り返るドルドレンは、どうした、と訊ねた。
「俺は旅の仲間なのに。本来なら、ずっと一緒にいなければいけないのを、総長は俺たちが離れることも理解して送り出してくれた。
こうして戻れば、僅かな日々でも『有難う』と。父のことも、『嬉しい』と言ってくれます」
「うむ。そうだ。旅の仲間が増えたり減ったりは気になるものの、必要でそうであれば、受け入れるだけだ。お前たちはどう見ても『必要で』馬車を離れている。旅は続く。今が一番、最速で最適なのだ」
それにホーミットの変化は、お前ありきだよ・・・微笑んだ総長は、シャンガマックの忠実さが、ホーミットの心を開いていると教えた。
褐色の騎士は、済まなそうな表情を向けたまま、総長を見つめる。総長も見つめ返して微笑んだ。
「シャンガマック。俺が倒れた時に、お前は俺の側に来て付き添ってくれた。
俺は、お前がしてくれたように、お前を守ろうと考えたのだ。そうして選んだ采配は、俺に今日も、満足な形を見せてくれている」
「総長。あなたって人は。有難うございます・・・俺は総長の部下で良かった」
理解ある総長に、胸をジーンと熱くする。
実は、精霊とホーミットの話は短縮して話し、伏せている内容もある、と打ち明けるシャンガマック(※正直者)。ドルドレンは少し笑い、部下の背中をポンと叩くと『言わなくても良い』と頷いた。
「お前たちの無事をいつも祈っている。お前のお父さんは、俺と連絡を嫌がるが、連絡だけは閉ざすな」
「はい。でも、父は嫌がっているんじゃないんです。やきもちを妬いているだけで」
正直な部下の言葉に笑うドルドレンは、うんうん、頷きながら『分かっている』と言い、台所から声が掛かったので、二人は居間に移動した。
大きな机に、馬車と変わらない一品の食事が人数分。
シャンガマックの席は、椅子がないものの、2皿並んでるので分かる。ぴったり端を寄せた2枚の皿に、褐色の騎士は顔がほころぶ。
「これ。そうか、こうしてくれたのか」
「お昼、遅いですから。ちょっとね、簡単だけれど」
「いや、とっても美味そうだ。有難う」
焼いた魚は、もう一度炙り直して、平焼き生地に挟んであった。頭とはらわた、大きい骨は取り除かれて、少しの香味野菜が一緒にあるだけ。
でも、普段は素朴な食事をするシャンガマックに(※肉か魚)、簡単でも目に楽しく、料理に使われた土産の魚は魅力的に見えた。
魚はまだある?と、分かっているけれど残りを訊ねるシャンガマック。ありますよ、と微笑むイーアンは、彼が聞きたいことを察して『夕食にまた頂く』と答えた。
「嬉しいな。有難う。夕方も楽しみだ。バイラさんも有難う」
「少し、辛いかも知れません。香辛料を使いました。私の使う量ですから・・・ホーミットに、辛いのを気を付けてもらって下さい」
ホーミットに味が分かっていないと、知らないバイラ。
以前は、気が付かなくて・・・と謝るので、シャンガマックは急いで『謝らないで』と頼み、父は辛くても全く平気、と教えておいた(※味そのもの分からない)。
部屋に入って来た皆は着席し、シャンガマックはその場で一口齧って『うーん、美味しい!』と大声で満足そうに笑ってから、父と自分の皿を持って仔牛へ戻って行った。
「ああ、そうか!こういう食べ方も良いよね」
ミレイオも、シャンガマックの嬉しそうな言葉の続きで、料理を見て笑顔になる。抱っこした赤ん坊に『あんたはダメか?』と、肉ではないことに気が付く。
だが、ミレイオの視線を受け止めた赤ちゃんは、その問題はないとばかり、さっと魚を掴んで齧った。
「(オ)あ。魚食べてる」
「(タ)平気だな。手掴みだから辛いタレが・・・手についていそうだが」
「(ミ)前も揚げ肉の香辛料、平気だったわね。あら食べ切っちゃったよ・・・もっと欲しい顔している」
魚くれる?とミレイオがイーアンにお願いし、イーアンはそそくさ台所へ。食卓で外そう、と頭付きの魚を持って来ると、シュンディーンは短い腕を伸ばし、尾頭付きの魚に構わず齧り始めた。
皆は赤ちゃんのワイルドさに笑い、自分たちも遅い昼食を摂る。
イーアンも魚は『丸齧り派』なので、赤ちゃんに親近感を抱きつつ、平焼き生地からはみ出た頭と尾をムシャムシャ食べた。




