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魔物資源活用機構  作者: Ichen
混合種と過去の坩堝
1499/2965

1499. 暗澹たる獅子

☆前回までの流れ

精霊ファニバスクワンに、シュンディーンを渡した川辺の昼。しかし精霊はシュンディーンを戻し、続けて『シャンガマックを』と彼を求めました。ともあれ、馬車の皆は赤ちゃんが戻ったことに喜び、その頃イーアンは空に浮上して様子を見ていて、シャンガマックたちは魔物退治後・・・この話が今回。

 

 丘の向こう、離れた場所から一部始終を見た・・・正確には、合わせた両手指の合間から、嫌な予感を感じたヨーマイテスが見たもの。



「何だと・・・・・ 」


 息が荒くなる、焦げ茶色の大男。影の中で、目を見開き、険しい顔で指が震える。

 川辺の色が薄れるのを最後に、ばっと苛立たし気に手を離すと、後ろを振り向く。背後では、息子が最後の魔物を片付けた姿。


「ちくしょう、バニザットを。バニザットを連れて行く気か」


 憎々し気に舌打ちしたヨーマイテスは、光の大地に立ってこちらを向いた笑顔に、心が絞られた。


「倒したよ!」


「バニザット・・・・・!!」


 影の中の父の声は、距離のあるシャンガマックに聞こえないが、その急に変化した悲しそうな感情は、指輪を伝ってシャンガマックの頭に滑り込んだ。


「どうした。ヨーマイテス?」


 何かあったのかと、急いで駆けて来る騎士に、ヨーマイテスは影の中から腕を伸ばし、側に来た息子をめいっぱい抱き締める。



「痛い!何だ?どうしたの」


「俺のバニザットを。ちくしょう、俺と引き離す気か」


「何?今、何て?誰かいたのか?何か」


「くそっ!お前を渡すなんて!」


「え?!」


 焦げ茶色の大男は、顔を上げようとする騎士を遮りながら、太い金属のような両腕に抱え込み、独り言のように口惜しさを言い続けた。

 それは段々、力任せに抱きかかえられているシャンガマックにも理解する内容に変わり、シャンガマックは『その時がもう来たのか』と驚いた(※1405話中半参照)。



 この前・・・ファニバスクワンに会った時に告げられた『学び』――


 父の無我夢中で自分を守ろうとする腕の強さに、シャンガマックもどうして良いか分からなく、暫く二人はそのまま、その場から動かずにいた。


 帰り道の話題はずっと同じで『離れることを嫌がる』話に終わる。


 ちゃんと質問しても、父はすぐに話が『離れるだと』の方へ逸れるため、シャンガマックは質問の形を変えながら、苛立っている父の言葉を拾い、自分の中で()()()()を組み立てた。



 ――シュンディーンは戻された。()()()()()、と父は言う。


 だが代わりではなくて、ファニバスクワンがシャンガマック(自分)に教える約束を、先にしただけなのかも知れないし、シュンディーンの状態を見て、もしかするとまだ彼が『人間たちといた方が良い』と、判断したのかも知れない。


 赤ん坊と引き換えに俺・・・では、ないような感じがする。


 ともあれ、シュンディーンと一緒に戦うと、自分が使うファニバスクワン(精霊)の力に制限もあることから、シャンガマックとしては、ファニバスクワンに魔法を上手く使える方法を聞いてみたい気もした。



 ふと、父の苛立つ声が止まったので、どうしたのかと思ったら。


「お前は()()()()のか(←筒抜けだから)」


 非常に機嫌の悪そうな声で、注意されたシャンガマック。急いで『そういうつもりはないよ』と答えたが、父はそこから一切喋ろうとせず、気まずい状態で二人は馬車への道を戻った。




 *****




 上から見ていたイーアンも、何となく知った。


 見える範囲は、せいぜい、川の色が一気に神々しく変化をした様子だが、水から上がった精霊がなぜか・・・妙にくっきり見える気がした。


 オーラみたいなものか、と驚いたが、どうやら赤ちゃんの親は大精霊らしいから、オーラが半端ないとしても納得した。


 そして、その精霊の力だろうが、ずっと上の空に浮かんで見守っていたイーアンの耳にも・・・いや、頭の中にも、声が届いていた。


 力を持つ存在は、距離も空間も全く無視するようなことが出来る。それをしみじみと、こうした時に感心する。



 感心しづらいのは、その内容で―― 


「あら~・・・シャンガマック~? 誰かさんが怒りますよ(←お父さん)。どうなの、それ~」


 どうもシュンディーンは再び同行という、思ってもいない展開に変わったので、これについては一瞬顔もほころんだイーアン。だが、続いた言葉が気分を降下させた。


「精霊は知らないのです。シャンガマックのお父さん、めっちゃ怒ると思います~」


 嫌だなあ、と困るイーアン。これは帰って来たら、誰が伝えるんだろう・・・と(※絶対とばっちり食らう)頭が痛くなった。


 大精霊はそのすぐ後、恐らく、伝える必要のあることを伝えたからだろうけれど、潮が引くようにあっさりと消えて行ったのを確認し、イーアンは悩みながら、馬車の皆さんの元へ飛んだ。




 *****




 馬車の皆は、シュンディーンを預かったことで大喜びしていた。


 足元から水が引き、水面を覆った金色の花は全て水を撥ね返す煌めきに変わり、元通りの川に戻った後。


「交渉も頼みもしなくて済んだ」


 あっという間に戻された赤ん坊。彼がまた一緒であることを喜び、皆は順繰りに抱き締める。全員が安心して馬車に乗り込み、来た時とは打って変わった楽し気な声が渡る、川沿いの道。

 真っ直ぐ進んで、ゆったりとした川の曲がりに合わせた道を通過する頃には、街道に上がる坂が視界に入った。




 イーアンはこの時には戻っていて、挨拶も済ませて、タンクラッドの御者台に落ち着いた。


 イーアンの挨拶は、赤ちゃんを見るなり『意外と早めにお会い出来ましたね』の冗談。女龍の言葉を理解したか、見つめていた赤ちゃんも、それを聞いてちょっと笑った。


 シュンディーンが声を立てて笑うことはなかったので、側にいたミレイオたちは、ふと『彼が少し変わった』と気が付く。でもシュンディーンは、笑い終わるとこれまで通り『普通』だった。


 少し驚いたのはイーアンもだが、赤ちゃんが普通の子ではない以上、何があっても・・・と思う。笑い声の可愛い赤ん坊に頷いて、親方の横に座った昼の道。


 親方から、何が起こったかを教えてもらい、終始嬉しそうな彼の表情に、つられてイーアンも笑みが浮かぶ。

 だが。イーアンが『親方の横(ここ)』に座ったのは、この笑顔の続き――



「タンクラッド。シャンガマックたちは」


「いや。まだだ。いないだろ?」


 振り向いても馬車の背板で見えない御者台。タンクラッドが指を後ろに向けたので、イーアンは首を振って、彼らの仔牛は見えないと答える。


「バニザットに伝えるからか」


「そうです。誰が言っても危険です。特に私は言えないですから」


「お前がすんなりここに来た。なぜか、と思えば。俺に言え、ってことか」


「タンクラッドが一番、ホーミットに()()()気がします」


 何て選抜だ、と嫌そうな顔をしたタンクラッドに、イーアンは無表情で『他の誰も敵わない』と持ち上げる。親方は褒められても、内容が面倒なので疑わし気。


「イーアンが、言うわけにいかないのは分かるが。ドルドレンでも」


「ドルドレンが大丈夫なわけないでしょう。知っているくせに」


 タンクラッドとしても、確かに他の誰が、ホーミットを負かせるかと言われたら、思いつかないけれど。

 それでも自分にその役目が回って来るとは、不愉快でしかない。損な役回りは避けたいところ。


 嫌がるタンクラッドと、頼み続けるイーアン。適役な親方に、どうか頑張ってくれとお願いし、タンクラッドは『それとなくの方が良いんじゃないか』と、()()()()()()()()会話に混ぜる意見を出す。



 そうこうしているうちに・・・()()()気配を感じた二人。


 ぴくっと反応し、互いの同じ色の瞳を見つめ合う。この見つめ合いには、無言で『行け』『嫌だ』の譲らない双方の激しさが行き交っている。


 しかし、二人はこんな心配は要らないと、間もなく知ることになる。


 荷馬車の荷台でも、赤ん坊の側のミレイオとオーリンが、イーアンたちの会話を聞いていたので、とばっちりに遭わないよう、視線を避けていた(※イヤ)。



 寝台馬車の荷台にいるのは、フォラヴとザッカリア。

 彼らは、どこからともなく出現した仔牛を見つけて、精霊の言伝を思った。が、やはり伝えることに気後れする。


「ホーミット。間違いなく怒ります」


「怒るかもね。シャンガマック大好きだから」


「一緒に行ければ良いのでしょうけれど」


 妖精の騎士も、これには気の毒に思う。シュンディーンは一先ず、思った通り・・・また一緒に、どれくらいの間か同行する。これは嬉しいのに。



 ふーむ、とため息混じりに、柳眉を寄せたフォラヴ。


 サブパメントゥたちは、どうも愛情が強いと分かった今、あのホーミットでさえ。いや、ホーミットはあの性格だからこそ、反動が激しいのか。非常に強い愛情を示す。


 付かず離れずのコルステインは、まだ()()()()()()なんだ、と最近分かった。


 ホーミットは何が何でも、シャンガマックと一緒にいる。ロゼールの話では、リリューも似ている。尻尾を巻きつけて抱え込んで離さない(←ロゼを)と、彼は話していた。


 ミレイオもそう。イーアンと出会ったばかりの頃は、しょっちゅう、撫でたり抱き寄せたりキスをしていた。最近、それは赤ちゃんに移行しただけで(※イーアン<赤ちゃん)。


 サブパメントゥ全体の性質なのだろうけれど、ホーミットの性格で、()()()()の相手・シャンガマックを引き離すとなったら・・・・・



「ああ。考えただけで恐ろしい(※火の粉の騒ぎじゃない気がする)」


「何が?」


 目を閉じて頭を振るフォラヴに、じーっと見ていたザッカリアは『何考えていたの』と訊ね、想像で疲れたフォラヴが教えてあげようとした時。後の仔牛が立ち止まって、横腹が開いた。


「あ!」


「シャンガマックだ。シャンガマック!」


 ビクッとしたフォラヴと、パッと顔が明るくなったザッカリアは、出て来た褐色の騎士がポンと跳んだのを見て、さっと場所を空ける。


 すとっと、荷台に乗ったシャンガマックは、浮かない顔のザッカリアと、見るからに困惑するフォラヴに苦笑して『大丈夫だ。知っている』と先に伝えた。


 驚いた顔の二人に事情を伝えるシャンガマックは、手短に『お前たちの思う通りで、父は大反対』と少し笑った。


「でも・・・行くのでしょう?呼ばれたことを知っているということは」


「ああ。そうだな。約束だったんだ。ファニバスクワンが俺に学ばせようとしてくれている。それは知っていた。ただ、これほど早いとは思っていなくて」


「ホーミットも一緒に行けたら良いのに」


 ザッカリアは、獅子が可哀相に思う。優しい子供に微笑み、シャンガマックは頷いて『本当に』と答えた。でも、そうも行かない。それは重々承知。


「総長たちにも話してくる。きっと、伝えることで()()()()()いるだろうし」


「勿論です」


 フォラヴの早い返答に、ちょっと笑ったシャンガマックは『気にさせて済まない』と挨拶すると、荷台を下りて、他の者たちにも自分の話を伝えに行った。



 この少し後。



 馬車は遅い昼休憩をとったが、昼食の時間にしては中途半端なので、干し肉で皆は食事を終え、僅かな休憩後に再び車輪は動き出し、野営地に早めに移動することになった。


 皆の気持ちは、一縷の懸念―― ホーミット対策 ――から解放されたことと、シュンディーンがいることで随分と和んでいたが。


 仔牛の中では、気まずいシャンガマックとヨーマイテスの、地味に長くて難しい時間が続く午後が過ぎていた。



 野営地は次の町の近くで、次の町までもう少しの距離。


 夕食の時間、シャンガマックは来ず、心配したドルドレンが様子を聞きに行くと、『二人で少し出かける』と・・・仔牛の重く冷たい声が返し、その直後に仔牛は夕暮れの影に飲み込まれて消えた。


 ドルドレンは、シャンガマックの無事をひたすら祈るしか出来なかった。

お読み頂き有難うございます。ブックマークを頂きました!有難うございます!

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