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魔物資源活用機構  作者: Ichen
混合種と過去の坩堝
1490/2965

1490. 旅の百二十三日目 ~フォラヴとアレハミィのリンク

☆前回までの流れ

事なきを得た様子の午後を終え、皆は祠を閉じた影響から『白い筒』発生の危険を、不安に思いながら夜を過ごしました。今回は、一晩明けた朝。個人的な思いに駆られる、フォラヴの一場面です。

 

 翌朝が来るまで緊張は解けない面々だったが、その夜は事なきを得た。夜間ずっと、眠りの浅い時間だったにしても。



 タンクラッドはコルステインに事情を伝え、コルステインは『異変は知らせる』と見張りを了解してくれたし、心配を消せないままのシャンガマックも、ヨーマイテスに『何があっても俺がいる』と言われていたが。


 だとしても緊張は残った。眠らないサブパメントゥの二人が見ていてくれる夜なのに、間近にいる者がこの状態なので、馬車で眠る他の者は、更に不安が募ったまま過ごしていた。



 バイラは、この仲間の中で唯一、何の力も持たない普通の人間。その自分が、何の手伝いが出来るわけもない。


 思い起こすのはアギルナンの災害で、白い筒が発生した集落の話と、それ以降に混乱を引き起こした魔物騒動が一緒くたになって、ただただ、恐怖の再現がないようにと、祈った。


 ザッカリアも、自分の持つ能力に気がついた後とは言え、強気で挑む心を頑張って支えるしかなく、まだ子供の彼の心には、『またあれと同じことが起こったらどうしよう』と、広域に渡った被害の記憶が、怖さになってはびこった。



 馬車に泊るオーリンは、白い筒自体は怖れる対象ではない。龍気の塊が地上で出現する不思議はあるものの、慣れれば慣れの早い男だけに、そこまで気にならない。


 オーリンの心配はイーアン。白い筒に対応できるのは、男龍と女龍だけ。

 その直後、万が一・・・『イーアンが龍になって、中へ入る』と話していた、()()()()()()()()()が起こってしまったら、どれくらいの間、イーアンは()()のか。

 何度も倒れ、何度も命を削るほどの勢いで突っ込むイーアンに、オーリンは不安を消せなかった。



 それはドルドレンの心境と近く、隣の馬車のドルドレンも、何があっても一番手で突っ込んでゆくイーアンの性格に、とても怖さを持っていた。誰より先に、捨て身で走り抜けるイーアン。


 気性の激しさと、強い精神力が、戦う相手に怯まない勢いを生む。腕の中で眠る彼女を、何度も抱き寄せては『心配だ』と呟いたドルドレン。

 これからも、何度も起こるだろうことだけに、毎回毎回、空に連れて行かれるほどの打撃を与えたくない。



 ドルドレンの声は、眠る女龍に聞こえていた夜。

 イーアンは寝付けずにいて、でも寝たふりは続けた。伴侶が心配してくれることは有難いし、その心配を本当にしてはいけない、と思っていても。


 やはり、出番は自分だと分かっているだけに、伴侶の思いに逆らう動きを選ぶだろうと寂しく思った。

 そして、被害が他の人々に回る前に、何が何でも間に合わなければと・・・それは常に、懸念に残った。



 寝付けずにいた、もう一人。フォラヴにも、()()()()から、眠るに徹することが出来ない事情があった。


 過去の妖精、今の自分の立ち位置だったアレハミィ。彼について、タンクラッドが話したこと。

 ほんの僅かな過去の情報から、目の前の状況と重ねて導き出した、彼の『推測』の範囲は、実に現実味を帯びてフォラヴの胸に突き刺さった。


 タンクラッドが、他人だからこそ言える・・・客観的で、冷たくも感じる容赦ない意見は、アレハミィへの罪に対し、終わっていない苦言の続きに聞こえた。

 過去と現在が繋がって、間違えたことを正すのか。その奇妙な鎖の輪が見えたフォラヴには、今回の件はまた別の形で、自分に求める物を渡した気がする。

 それは、アレハミィの失態を自分が拭うこと・・・のように感じて、その根拠のない思いに囚われた夜だった。




 こうして、馬車の一行と、緊急参加したシャンガマックたちの夜は流れ、時間は夜明けを迎え、そのまま朝の光が差す。


 ヨーマイテスは仔牛の中にいるものの、コルステインは地下へ帰り、毎晩地下で過ごすミレイオとシュンディーンが上がったので、揃った人数は結構なもの。


「11人分か。うーん、そうなるわね」


 ミレイオは食材を引っ張り出し、調理を始める。イーアンも手伝って『でもシュンディーンは肉だけで、ホーミットは食べないでしょう』と言うと、ミレイオは首を傾げて笑う。


「食べてるでしょう。シャンガマックが食べさせているみたいだし。シュンディーンの食事用の肉、大人の四分の1程度でも、残りの四分の3はアイツ行きよ。だから、10人前は必須」


 言いながらミレイオは、まだ質問したそうなイーアンに『()()()()前は?って顔よ』と可笑しそう。頷くイーアンに、ミレイオは仔牛を見て呟く。


「もう一人前は、『持ち帰り用』よ」


「誰に?シャンガマック?」


「そう。長居しないでしょ?頭合わせで居ただけだもの。もう戻るつもりだろうし、持たせとかないと」


 だから結局、11人分・・・フフッと笑って、ごっそり料理を作るミレイオの横顔に、イーアンは『この人は本当に優しい』としみじみ思った(※実家のお母さん状態ミレイオ)。



 と思いきや。


 ミレイオが親切で作った『お持ち帰り食』は、特に必要ないと判明。


 朝食の場で、食事の最初だけ一緒にいたシャンガマックから『少し同行します』と言われる。理由は、気になるからという、普通の理由で。


「そうか。それなら嬉しい。短い時間でも、お前が一緒にいる方が、やはり安心だ」


 微笑むドルドレンに、シャンガマックも済まなそうに少し笑って『はい』と頷き、『父が、()()()()と・・・言っていました』そう付け加えた。


 え?と同じ反応を向ける皆に、褐色の騎士は苦笑い。


「そんなに不思議そうな顔しないでくれ。父だって気にしているんだ」


 あのホーミットが。皆さんは同じことを思うが、下手に突っ込むと機嫌を損ねていなくなりかねない相手なので(※気難しい)ここは素直に、了解で終える。


「ミレイオ。料理がとても美味しいです。有難う」


 うっかり半分以上食べ過ぎたシャンガマックは、さっと立ち上がって、作ってくれたミレイオにお礼を言い『残りは父と』と笑顔で戻ろうとした。


「あー、ちょっと。ちょっとお待ち。持ってお行き。あんた、戻ると思ったから、もう一食作っておいたのよ」


 美味しかったんでしょ?お食べ、と皿に残りをよそるミレイオ。温かい心に感謝して、シャンガマックは山盛りにしてもらった皿を受け取り、仔牛の中で待機する父(※まだかまだかと)の元へ戻った。


 褐色の騎士の背中を見送るドルドレンもタンクラッドも、鍋にまだ残っていたのを知っていたので、早くおかわりもらえば良かったと、少し残念に思った。



 食事が終わり、出発の間際になった時。シャンガマックが来て、フォラヴを呼んだ。寝台馬車に乗ろうとしたところだったフォラヴは、すぐに友達の呼びかけに応じ、仔牛の近くへ行く。


「はい。何でしょう」


「父が。お前に話したいことがあるようなんだ」


「ホーミット?私に・・・何だろう。ええ、どうぞ」


 いきなり今?と思うものの、用事でもあるのかと促す。褐色の騎士は微笑み、一呼吸おいてから『後で俺も馬車に乗る』と言う。ますます、何かあったのかと戸惑うフォラヴだが、とりあえず了解した。


 仔牛の横っ腹がパカーンと開いて、中に大男が座っているのが見えると、フォラヴは少し距離を取った状態で背を屈めて挨拶した。


「おはようございます。私をお呼びになりました?」


「そうだ。『俺が判断した時、お前に話してやろう』と約束していた(※1290話参照)。だが、俺が伝えるのは最初だけ。後は息子から聞け」


「はい?・・・シャンガマックに。何のことを」


「忘れているのか。バニザットが挟まったからか?まぁ、聞けばすぐ思い出す。過去のアレハミィの話だ」


 ハッとしたフォラヴ。その空色の瞳の驚き方に、ヨーマイテスはちょっと笑ってすぐ真顔に戻す。


「良い話じゃない。先に言っておく。ガッカリするなよ。期待外れかも知れんだろうから」


「いいえ。何でも仰って下さい。私に、彼が生きていた時の話を聴かせて下さい」


「お前が昨日。バニザットに『過去にも似たようなことがあった』と言ったそうだな。それが一番、アレハミィについて()()()()がある。だがその話は、息子がする。

 俺が言うよりも、柔らかく話せそうだから任せた。一言、俺からの印象を伝えるなら、アレハミィは孤独で高慢、優しさと無縁の男だった」


「え・・・・・ そんな。それだけではないでしょう?だって、記録を読んだら」


「そうなるだろ?愕然とするなよ、真実だ。

 ()()()とっつきにくい男だった。立場でもあったか、気位が高くてな。『釣り合う』と見越した相手しか話しかけない。実力が釣り合うんじゃない、立場が釣り合うかどうか、だ。

 例えば女龍のズィーリーとかな。空の頂点だ。コルステインとは知らない。力の反発が凄かったから・・・っと、お前は知らないか。

 アレハミィは、最初は妖精そのもの。コルステインにも俺にも、近づけない仲間だった。じゃ、ここからは息子に聞け」


 ポンと突き放されたような感覚。もう終わり?と急いだフォラヴの背に、シャンガマックの手が乗る。振り向くと、友達の同情的な顔が目に入った。


「シャンガマック」


「行こう。出発だ。馬車で話すよ」


「早く戻れよ(※父は待てない)」


 分かったと微笑み、シャンガマックはフォラヴと一緒に馬車へ歩く。


 仔牛の横っ腹が再び閉じるのを目端で見て、フォラヴは一緒に荷台に乗り込んだ友達に『あなたはもう、ご存じでいらしたのか』と切なそうに呟いた。


「こちらに座って。ええと、ザッカリア。もし宜しかったら、私とシャンガマックを二人にして頂けますか」


 友達に腰掛けるよう勧め、動き出す手前の馬車で、フォラヴは子供にお願いする。シャンガマックが『後でな』と微笑むと、少し残念そうに笑顔を見せたザッカリアは頷いて、楽器と一緒に降りた。



 すぐに馬車が動き出し、後ろを仔牛が付いてくる。

 前の馬車から、楽器を奏でる音が聞こえ、のどかな風景と情緒ある音楽の中で、フォラヴは心を抉られるような話を聴いた。


 記録に遺っている『文字』以上の威力が、当時を過ごした者から伝えられ、それを友達の口から聞き、心の優しい妖精の騎士は、両手を顔で覆って、暫く返事が出来なくなった。


 ヨーマイテスから聞いたそのままを、全部伝えたシャンガマック。少しの間、衝撃に震える友達の横に佇み、彼の背中を撫でていたが、自分が考えていた事を静かに添える。


「俺が思うに、だが。傷つけたら済まない」


「いえ・・・お伝え下さい。シャンガマックは何を思われていらっしゃるのか」


 突っ伏したまま、泣いてはいないが苦し気な声で答えた友達に、言い難そうに息を吸い込んだシャンガマックは伝える。


「お前とアレハミィ。逆に感じないか?性格も行動も・・・選択肢も。

 俺が思ったのは、過去に生じた過ちを、()()と捉えるよりも、『過去にそれが起こったからこそ、何が続いているかと考える』示唆ではと」


「示唆」


「俺はそう思うんだ。俺も、先祖が前回の旅にいた。でも俺と先祖は、真反対。今のお前みたいに、全然違う。これを言ったら、イーアンとズィーリーも真反対だろう?総長なんて、最たるものだ(※うーん、勇者なのに)。

 タンクラッドさんは、あまり変わらない人格の持ち主が、彼の過去の立場だったらしいが・・・・・ 」


 穏やかなシャンガマックの静かな声に、耳を傾けながら、フォラヴは冷静に受け入れ始める。



 シャンガマックの思うところ。


 それは、過去から学ぶ程度の話ではなく、現在にも繋がるように設定された何かがあり、それを見つけることで、大きな到来に備えているのでは、とした推察だった。


「犠牲になった人々や多くの命のことを考えたら、暢気な意見かも知れないが。

 だけど時代が時代だ。その時、それが訪れた以上、誰かが何かを遺す意味がある。その時の状況と、それに応じた誰かの動きは、決して常に()()()()()ではないと俺は思う。別々に考えると・・・見えてくる。

 それが、選ばれた現代の俺たちに求められる、続きなんじゃないか?」


「それは。例えば・・・嫌ですが、アレハミィが引き起こした悲劇の被害者たちと、彼自身の行いを別に考えると」


 都合の良い、虫の良い考え方―― そう思えなくもない。


 まして、とんでもないことが起こったのに、そんな風に捉えて良いのか、と疑惑も胸に詰まるフォラヴの瞳を、真っ直ぐ見つめ返すシャンガマック。


「そう言っている。あくまで俺の見解だが。昨晩、父ともこの話をした。

 父は達観しているから、全てを混ぜては受け止めない。特徴のあるものを別にして、それが組み合わさっている、と言うんだ。記憶している出来事や事態は、丸ごと話してくれるけれど。

 彼の物事に対する見方を用いると、俺にも、父の言いたいことが見えて来た。


 俺が言えるのはここまでだ。後は、お前が過去と繋がっている自分に、求められたものを探す時間」


 不意に投げられたように感じ、隣に座る褐色の騎士を見上げたフォラヴは、彼が立ち上がったので止めようとした。

 だが彼は微笑んで『父が。我慢できないんだ』と冗談ぽく言い、後ろをついてくる仔牛が距離を狭めているのを指差す。


「ああ、ホーミット。ほんの30分」


「父にしては、すごく耐えてくれたよ」


 ハハハと笑ったシャンガマックは、フォラヴの肩にポンと手を置いて『お前も自分を成長させる時が』と微笑み、そのまま荷台を飛び下りた。


「シャンガマック!あなたも」


「俺と父は、()()()成長中」


 さっと振り返った褐色の騎士の笑顔が、これまでにないほど輝いていて――



 彼が吸い込まれるように乗り込んだ仔牛を見つめる妖精の騎士は、静かに溜息を吐き出して荷台の壁に寄りかかった。


「私も、きっと。()()()()()()()()と一緒なのでしょうね」


 自分が繋がっている部分が、尻拭いではないことは分かる。だが、とても大きな求めにも似て。

 フォラヴは、素顔のアレハミィに思いを馳せる午前を過ごした。



 馬車の前から、ザッカリアの奏でる陽気な音楽が流れ、夏の暑さが引いて来たテイワグナの涼しい風が、妖精の騎士のいる荷台にも吹いていた。

お読み頂き有難うございます。

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