1489. 閉じたひずみと懸念の夜
☆前回までの流れ
祠の様子から、シャンガマックは結界を張って、乱れたその場を整えようとしました。そして結界を張った直後、祠の上に歪んだ亀裂。その亀裂は魔物の世界に通じたか、慌てたシャンガマックが気がついたと同時に、ヨーマイテスが対処しましたが・・・
空中で見守った十数分。シャンガマックが精霊の風を起こしたところから、瞬く間に事態が展開したことに驚いた龍族。
顔を見合わせ、互いに感知した内容が一緒と見た、イーアンとオーリンは『龍気が』と同時に口にしたが、次の一秒でギョッとした。
「イーアン、マズいぞ」
「やべぇ(素)」
自分たちと地上の合間に、メリメリと裂け始めた灰色の邪気の線。
思わずイーアンはぐっと龍気を滾らせたが、それより早く獅子の声が響き、と同時に地面から、巨大な碧の剣が何本も伸びるように光が上がった。
「これは?!」
「ホーミットです」
その名を口にした側から、イーアンの嫌な予感がぞわっと体を包む。
碧の剣のような光が亀裂をあっという間に消したが、ホッとしたのはオーリンで、イーアンは嫌な予感が募るだけ。
不安そうにキョロキョロする女龍に、オーリンはどうしたかと訊ねる。
「イーアン?何だ。まだ」
「いえ。今のは消えたみたいですが」
「どうした」
「いいえ・・・これからどうするのかと」
「何だって?」
女龍の返事に訝しく思ったオーリンは、彼女が何かを感じ取って自分が分からないのかと戸惑うが、女龍はすぐに彼に『予感です。経験則とでも言いましょうか、それが予感を告げ』と、ここまで言ったすぐ。
「イーアン!」
下から叫んだ声に、不安度が一気に上がったイーアン。
「シャンガマック。どうされ」
「父が、父から言伝が」
ホーミットからの言伝、と聞き、予感が現実になりそうに思う不安を抱え、イーアンは『今、降ります』と返しながら、林に降り立つ。そしてとりあえず、結果を尋ねた。
「あの場所は?」
揃って困惑した顔を向ける、シャンガマック、タンクラッドとフォラヴたちに、まずイーアンは、奥に見える、精霊の祠らしい場所の状態を問う。
「あれはもう、大丈夫だ。俺が・・・いや、父が封じたんだ。だが、それにより『外に影響が出るかも知れない』と」
「何と・・・ああ、そう来たか(?)」
「イーアン。父が悪いわけじゃない」
イーアンの悲しそうに目を瞑った呟きに、何かを知っていると気づいたシャンガマックは、すぐに父に責任はないと告げる。
それはイーアンも分かっている。ビルガメスに以前聞いた内容では、『動くのは、彼の意思じゃない。彼の間違いによる事態だろう』ような話だったのだ(※1070話参照)。
名指しでホーミットとは言っていないが『その者=100%ホーミット』であるくらい、イーアンはもうわかる。
恐らく、ホーミット本人も『何か変だ』・・・としか、知らないのだ。
影響する何かが、龍族の力でしか、動かせない場所なのだから。
「イーアン、勘違いしないでくれ」
見るからに困った顔の女龍が何も答えないので、シャンガマックは彼女の顔を覗き込んで頼む。イーアンは頷いて『勘違いしていない』と伝え、心配しないでと続ける。
「でも。父の仕業のように」
「思っていません。違います。私も特に何を知っているわけでもないのです。ただ、彼の言いたいことは経験から理解出来るだけ。分かりました。ホーミットに、ここを守って下さったこと、私がお礼を言っていたと伝えて下さい」
「あ・・・礼?分かった。それで、父が言うに」
「シャンガマック。万が一に備えて、今日はこのまま馬車に留まって下さい。お父さん付きで。人数合わせです」
ハッとする褐色の騎士。後の二人もイーアンの言葉にピクリとした。イーアンは空を見上げ『オーリンは置いて行きます』と呟く、その低い声。
女龍の顔は、空から親方に向き『タンクラッド、ドルドレンと一緒に』と短く伝えた。
「お前。ホーミットの言ったことを」
「彼が何を命じたか知りません。でも私なら次の行動は、あなた方を連れて準備します」
タンクラッドは少し笑って『上出来だ』と言うと、すぐに笛を吹いた。それを見てフォラヴも笛を出して吹く。シャンガマックは二人の早い行動に感謝して、イーアンにも感謝した。
「頼む。父が、次はあなたたちだと」
「何事も起こらないことを祈って下さい。起こらないなら、その方が良いのです」
うん、と頷いたシャンガマックに微笑むイーアンは『それではお父さんと馬車へ』と頼み、迎えに来た龍たちと共に、そこを後にした。
現場から馬車へ戻る中間くらいで、先頭を飛んでいたイーアンは後ろを振り返って、オーリンとフォラヴに手を振る。龍の民は加速して、先へ。
「じゃあな。本当は俺も行った方が良さそうなんだが」
「何かが起こる、と決まったわけではないです。でも万が一の時は、事後、私だけ戻らないでしょう」
苦笑いで横をすり抜けたオーリンにそう言うと、続いて『気を付けて』とフォラヴにも声をかける。それから、彼らと入れ違いで、こちらに来た藍色の龍に、イーアンは腕を上げた。
「イーアン」
「ドルドレン」
方向転換して、後ろにいたタンクラッドと合流し、イーアンとドルドレンの3人で、次なる目的地へ向かう。
「どうしたのだ。祠は大丈夫のようだが」
詳しい話を知らず、連絡珠で『今すぐ来て』と呼ばれたドルドレンは、事情を尋ねる。藍色の龍を挟んで、タンクラッドとイーアンで状況を説明し、イーアンはそこに補足を加えた。
「何?龍気が動いた?この方向で」
「そうです。オーリンも気が付いたけれど、地上にいたタンクラッドは気が付きませんでした。私たちの間に、異空間が生じたので遮られたか」
気がついた直後、祠の上にホーミットの力が働いて、異空間は閉じた・・・と教えると、ドルドレンは眉を寄せてタンクラッドを見た。
「俺とタンクラッドで閉じた、リーヤンカイは。すっかり巣食った通路だったから、あれほど長引いたのか(※1086話参照)」
ドルドレンが何を言いたいか察した親方は、首を少し傾げて考え『いや。どうだろうな』と黒髪の騎士に否定を伝える。
「ホーミット一人で閉じた、とお前は言いたいのだろ?」
そうだ、と頷いたドルドレンに、親方は何度か首を振って『彼はサブパメントゥ』人間と基盤が違う、と前置きする。
「元が違うんだ。持ち合わせている能力の種類も、広がりも応用も分からない。彼の力をはっきり見たことなんて、俺たちはないと思うぞ。一部的な力は知っているにせよ」
何が理由で閉じたのか分からないんだ・・・と、親方は曖昧に濁した。
ドルドレンは『そうだな』で納得した様子だったが、イーアンは横で聞いていて、親方は、ホーミットと自分の力について言わなかったんだと、感じた。
親方はその後、何も言わずに前を向いたので、ドルドレンはイーアンに『もうすぐか』と話を変えて訊ねる。イーアンもそれにすぐ答え、まだ先であると教えた。
こうして3人が飛んで暫くした後、女龍が『この辺』と口にした空は、ドルドレンもタンクラッドも感じることが出来る、強い龍気の波。
「近くなってきたな、と思ったのだ」
そう言いながら、向かう先に見える、木々も何もなさそうな遠景を眺め『あれはもしや』とイーアンに顔を向けた。
「もっと先だろうが、あっちは」
「はい。インクパーナ方面です。インクパーナは、まだまだ飛ばないといけませんが」
「イーアン。この龍気の波は何だ。なぜ、強弱と長短がある」
親方が怪訝そうに訊ね、ドルドレンとイーアンの話に割り込む。気になって仕方ない、と言う親方に、イーアンも『同様に思う』と答える。
「この前。精霊のヴィメテカを助けた時です。シュンディーンにお願いして、精霊の結界を広げたのですが」
「待て待て。いきなり話すな。最初からだ。俺はその話を、搔い摘んでしか聞いていない(※1475話参照=別の報告と混ざって詳細不明)」
止める親方に、ああそう、と頷いた女龍は(※忘れてた)『どうして結界を広げたか』も、詳しく話した。
話を理解した親方は、周囲をさっと見渡して『その影響が今?さっきのホーミットの動きに、反応したのか』不思議そうに、時間差を伝える。
「私はあの後、空に呼ばれて話を聞かされ、白い筒の話で調べていました。調べて分かる範囲は多くなかったけれど、いつでも『何かで生じる可能性』がある、と」
「うん、まぁな。そう話していたが。とにかく、この龍気の乱れは、シュンディーンの結界か」
「それも確かではないです。関連している事実の一つですが、決定的な理由かどうか。幾つもの理由が、重なっている可能性もあります。時代が時代ですから」
タンクラッドに説明しながら、イーアンは息を吸い込んで、パンと両手を打ち鳴らす。何かの合図のようで、男二人は、彼女が何をするのかと見た。
「ドルドレンもタンクラッドも、龍気の動きに気が付きます。そしてショレイヤたちは、もっと敏感です。今いるこの場所を中心にして、三方に別れて調べますよ」
別の場所でも、違和感があるくらいに揺れや強弱を感じる場所があれば、その下を調べよう・・・としたことで、了解した二人は、探す時間を決めてそれぞれの方向へ飛んだ。
イーアンも受け持った方角の空をゆっくり飛び、暫しの間、懸念と不安な想像に包まれながら、探す時間を過ごした。担当した方面は、意図的に―― 精霊のいる場所で。
この後、20分ほどで、3人は元の場所に戻った。
それぞれが持ち帰った報告としては、ドルドレンはショレイヤに訊ねながら『全体的な印象』らしく、親方は『自分の担当範囲の先に進むと揺れが薄くなった』と話した。
「イーアンはどうだ」
「私が進んだ方面が一番だった、という意味かしら。タンクラッドの反対側ですものね」
二人は女龍の言葉に、少し驚いたような顔を向け『急がないと』と言ったが、イーアンが何やら考えていそうで、すぐに答えない。
「イーアン、早く」
「あのですね。呼ばれないのですよ」
「呼ばれ・・・? 誰に・・・あ!あっちだから、ヴィメテカか」
ハッとしたドルドレンは、イーアンが探した方向を見て、インクパーナから少しずれたその方面にいる相手を察する。イーアンも頷いて『そうです』と腕組みし答える。
「もし。これだけの龍気が動いて支障があるなら、ヴィメテカは私を呼ぶはずです。今、私も近づいていたわけですし。
距離はまだありますが、彼は私の龍気の質を覚えていそうですから」
「呼べないのではなく、か?」
タンクラッドが嫌なことを訊ね、イーアンはぎゅっと眉を寄せ『違うと思う』と即答。
「約束しました。お友達になるから、何かあれば呼ぶ、と。連絡珠も何もないですが、きっとそれが可能なのです。
私が、いつか諸外国へも移動するだろうと、今後の話をしても、彼は普通に『呼ぶ』と言っていたのです。
そのヴィメテカが、何一つ手も打てずに・・・私を呼ぶことさえ出来ずに、また龍気にやられるとは思えません」
こんな時だけど。ドルドレン、ちょっと複雑(※相手への信頼具合がスゴイ)。親方も同じ(※自分より信頼されてる気がする)。
イーアンは首を振り振り、はーっと溜息をついて『このままヴィメテカに会いに行ければ、事情も分かりそうですが』と言う。
「ダメだろ。それで違う場所に何かあっても」 「行かなくても、その様子だと呼ぶんでないの(←正論)」
男二人にやんわりと止められた感を受け、イーアンは二人を交互に見ると、『それは分かっている』と答えた。
分かったことは――
場所は恐らく、あの地下神殿。そして、ヴィメテカが守っている地域だけに、彼から何も連絡が来ないなら、とイーアンは判断する。まだ・・・なのだ。
龍気が揺れたのは、兆候かも知れないが、何かが起こるなら、それはまだ。
ホーミットが動かした『何か』は、白い筒の発動に、一役買ってしまったかも知れないが、それは既に、インクパーナの地下神殿で龍気が乱れた時点で、始まっていたのだ。
不安は残るが、龍気の揺れ以外に何もなければ、どうにも出来ない。3人は、今日はこのまま戻ることにし、馬車の待つ場所へ飛ぶ。
帰り道で、『ホーミットの影響について』少し話が出たが、これについては予想も曖昧。話にならず、分からないことだらけの、尻切れトンボで終わった。
戻った時間はもう夕方で、ミレイオが食事の支度をしており、馬車の伸びた影の内側に仔牛がいた。
イーアンはホーミットに何かを訊ねるべきか・・・何度も考えたが、上手く話が出来る自信がなく、仔牛を遠目に見つめ、モヤモヤする思いを抱えていた。
それはホーミット―― ヨーマイテスも同じ。
返ってきた息子から『イーアンが礼を言っていた』と伝えられた後、女龍が自分の力の質に気が付いているのかと、若干の心配が生まれ、それを確認したいと思っていた。
とはいえ。犬猿の仲では、話がまともに進む気もせず。誤解や勘繰られる要素を含む内容だけに、ヨーマイテスも動きには移せないままだった。
お読み頂き有難うございます。




