1484. 総長の教え・昼の地震
☆前回までの流れ
馬車の時間、親方がイーアンに悩みを話しましたが、理解はすれ違い。オーリンとミレイオは、話せる範囲の変化を気にしながら、白い筒について予想を話していました・・・
ミレイオがオーリンと話している間。
前の御者台にいるドルドレンは、元気のない奥さんが、横に座って話すことを聞いていた。
「言えないことがあっても仕方ない。俺も総長の立場になってから、そうしたことを感じた」
「ドルドレンは、訊かないですね。それに私が言葉を選んでも、そこで止めないと言いましょうか」
「訊く時は訊いていると思うが、先を求めない時もある。言い難そうなことは、特にイーアンの立場では増えているだろう」
「平気?聞かなくても」
イーアンは、伴侶を見上げる。ドルドレンは前を見ていた顔を向け、イーアンを見て、眉をちょっと上げた。
「イーアンが言えない場合。イーアンは、自分で責任を取る。言わない代わりに動くのだ。
イーアン一人だけを動かしているようで、何とも歯痒い気持ちはあるにせよ、立場に応じた行動を取る人だと知っている。
おかしな言い方をするが、それは俺たちが守られる範囲にいるべきだ」
分からなさそうな顔の女龍に、ドルドレンは、頷いてもう少し説明を足す。
「守られる側が、それを判断できずに動いた時。危険が増えることがあるのだ。これは、団体で戦う騎士たちは、皆が理解している。
守る側・守られる側、とした安直な理解だけで捉えれば、『守られることは弱いことで、守ることは強い』程度の話に終わってしまう。それは、強弱の意識を濃くするだけで、他の考え方と影響を入れていない。
そうではないのだ。イーアンたち、大きな力の持ち主と比べて、動けていない俺たちは、時に情けなくもなるが、だが、立ち位置がある以上、守られていなければいけない事態もある。
『大きな力だからこそ』と言ってしまうと、理解がそこを中心に回る。俺はそう捉えないようにした。シャンガマックが教えてくれた日、以降だ。
騎士修道会の戦闘の場で学んだ理解は、こんな壮大な旅にも適用して良い。彼はその理解が正しいことを教えてくれた。
どんな場面でも、その場面で一番動ける適した者がいれば、その者に合わせて、他は範囲内で動くべきだ。
イーアンが皆に話せないこと、それも然るべき。同じである」
伴侶のお話に、イーアンは、うん、と頷く。振り向いて聞いていたバイラも、頷く(?)。
「度々、話題に出る内容です。でも、忘れがち」
「そうなのだ。ずーっと、この話はついて回る。俺だって、偉そうにこんなこと言ってみたが、場面が変わると呆気なく忘れるのだ。忘れると凹む。この前もザッカリアに励まされた」
ハハハと笑うドルドレンに、バイラは『さすが総長』と尊敬の眼差しを送る。
イーアンも尊敬の眼差し。伴侶の胴体に腕を回して、ぎゅーっと抱き締め『私は良い旦那さんがいて幸せです』としみじみ伝えた。
「タンクラッドは生き方が違う。ロゼールも言っていたが、彼は一匹狼系なのだ。イーアンもミレイオも、そんなところあるけれど。オーリンもそうだろうが、オーリンは友達が多い」
「私友達少なめ」
「そこではない。一人で生きることが普通、という話である。そうするとどうしても、自分の力を常に把握しようとする。誰かに出番を回すことを選べても、誰かの影に回ることを選べない」
分かる?と訊ねるドルドレンに、イーアンは、何となく分かると答える。ドルドレンは手綱をちょっと緩めて『この状態だよ』と手元に揺れる綱を見せる。
「何?手綱が緩いですか」
「これはヴェリミル(※馬の名前)に任せているのだ。道は少し曲線を描くが、前にバイラがいる。ヴェリミルは、俺に誘導されていなくても、手綱が緩んだからと言って、好きに動きはしないのだ。バイラが進む後を選んで、彼は歩いてくれる。
俺は今。ヴェリミルの影に回っている状態だ。出番とはまた違う解釈。伝わるか」
「ドルドレンは、とても良い先生です」
ハハッと笑って、ドルドレンは奥さんの角を撫で『タンクラッドも影に回ることが出来れば、彼の憂慮も消えるだろう』と言った。
「自分の力を把握するのは間違っていない。しかしそれは、場を選ぶ。さっきの話だが、適した者が動いている時は、常に影の中にいる方が良いのだ。
いつも冷静に状況を見極めるタンクラッドだが、彼は一人で行動することが主体だから、その軸ではない軸も手に入れると、今後に無理がないだろうと思う」
「ドルドレン。タンクラッドにそれ話してあげて下さい。私が手綱を取るから」
え。 奥さんの言葉の終わりに、ギョッとした目を向ける総長。
イーアンの手が手綱に伸び、ドルドレンとバイラがさっとその手を見る。イーアンは感動して、是非、伴侶の口から言ってほしいと・・・手綱を受け取った(※馬も振り返る)。
ということで。『私、一度は手綱を取ったことがあります』とイーアンに押し切られたドルドレン。
バイラに目で安全を頼みながら(※言葉では言えない)小刻みに了解の頷きを返してくれた警護団員に、後を願って御者台を下り、タンクラッドの元へ行った。
何故か珍しい男が来たので、親方はわざとらしく首を傾げる。
イーアンに何か言われたか、と思いつつ、自分の横に乗った総長に『前は』と訊くと、総長は真剣に『危険である』と答えた(※道少し曲がってる)。
「早く帰る」
「なんで来たんだ」
笑うタンクラッドに、ドルドレンは咳払いし『頼まれたのだ』と先に言う。総長の顔を、茶化すように覗き込んだ剣職人は『俺に説教?』と口角を少し上げた。
「説教などではない。イーアンは、タンクラッドの心を癒したくても、あれこれ変化した現在では、『自分がどう話しても、嫌味になる』と思っている」
「そんなこと。俺は思っていない」
「でも、彼女はそう思った」
「俺が彼女に話したことを、お前に言ったのか」
「いや。内容は知らない。純粋に『タンクラッドの気持ちに寄り添えない』悩みである」
「寄り添えない・・・俺に」
呟き返したタンクラッドの言葉に、ドルドレンも、ちょっと言葉が素敵過ぎちゃったかと(※奥さんが気があると思われる恐れ)止まり、『ええとね』とそそくさ、イーアンと話したことを伝える。
タンクラッドは黙って聴き、総長が淡々と丁寧に説明する話をすべて聞き終わってから、静かに頷く。
「そこまで言われると。お前に俺の打ち明け話が伝わっていない、とは思い難いな」
「思うのは自由だが、俺は知らない。そしてもしそう思うなら、俺は総長だ。騎士修道会の騎士たちの心をいつも見て来た。その経験もあるだろう」
「そうか」
フフンと鼻で笑って、誠実な総長の足にポンと手を乗せたタンクラッド。自分を見た灰色の瞳に『お前らしい』と褒め、総長の足をポンポン叩いてから『有難うな、総長』と礼を言った。
「何か。ちょっと嫌味っぽいのだ」
「何が。嫌味じゃないだろ。10も下のお前に諭されているんだ。礼を言ったことに感心してくれ」
剣職人の言葉にフフフと笑ったドルドレンは、了解して『それもそうだ』と、タンクラッドのお礼に感謝しておいた。
二人がちょっと笑ったすぐ後。
どちらともなく、顔を右側に向ける。二人は数秒黙って、同じ方向を見つめ『そうか?』『だろうな』の確認を交わし――
ドドン!! 地響きが真下から音を立てる。嘶いた馬に、慌てて手綱を引いたタンクラッド。
前の馬車がゆらっとしたのを見て、急いで走り出すドルドレン(※奥さんが手綱持ち)。
「イーアン!」
馬車がマズい!と(←これ大事)名を叫んだすぐ、イーアンの白い翼が馬車の上に伸びた。
御者台に飛び乗ったドルドレンは、スーッと上がったイーアンを見上げる。イーアンは遠くを見て『魔物ではないような』と眉を寄せた(※手綱どうした)。
「魔物ではないのか?イーアン、手綱を持っている時は」
「あなたがすぐに来ると思いました」
うん、と頷く女龍に、ドルドレンは『そりゃそうだけど』と思いつつ、『ちゃんと代わるまで放してはいけない』と教えておく。女龍、少し黙って、また頷いた(※反省)。
「地震ですが、この手の揺れは、大体、嫌な予感」
ちょっと見て来ますよ、と動いたイーアン。動いた側から、龍を呼ぶ笛の音が聞こえ、振り向くとオーリンが馬車の屋根に飛び乗った。
「俺も一緒に」
「はい。では行きますよ」
ニコッと笑ったイーアンは、笑顔のオーリンの後ろを抱えて、空へ上がる。間もなくガルホブラフが来て、二人の龍族は勢い良く・・・ドルドレンたちが気にした方向へ向かって飛んだ。
見送ったドルドレン。タンクラッドに話した後のこれ。
「早速。誰かしら・・・影に回るかも知れない」
何が起こるかなど分かるわけはないが、ドルドレンの胸中には、皆それぞれに与えられる、成長の時期を感じる。
時は、昼前――
イーアンは『魔物ではない』と言っていたが、ドルドレンとタンクラッドが反応した気配は、魔物のような気がしていた。
お読み頂き有難うございます。




