1481. 別行動:未来の相談 ~サブパメントゥ統一の約束
☆前回までの流れ
前回は、旅の馬車が町を出発し、思うところ胸にする少し切ない午前のお話。
場面は別行動の、シャンガマックに変わります。
時間は、旅の一行の出発前夜くらい。遺跡で情報を集めた日の夜。眠りに就いたシャンガマックは・・・
シャンガマックたちの話は、旅の一行が町を出た日の前夜まで、時間を巻き戻す。
ヨーマイテスに連れられて、サブパメントゥの造った遺跡から戻った夜。食事を終えたら、時間は既に真夜中。『風呂は明日だ』と父に言われ、シャンガマックも疲れていたので眠った。
あっさりと眠りに落ちたシャンガマックは、久しぶりに夢らしくない夢を見た。
――自分の先祖のバニザットが、暗い場所から青い炎を背負って現れ、彼の緋色の長衣が猛風にはためく姿。
迫力ある厳めしい顔つきの老人を前に、シャンガマックの気後れが、足を後ろにずらす。
「逃げるな。バニザット」
「逃げていない」
すぐに否定するが、射抜くような目つきに、続かない声。シャンガマックは射竦められた体のぎこちなさに戸惑う。
相手との距離はあるのに、先祖の気迫も威圧も凄くて、自分の存在がちっぽけに感じる騎士。
「バニザット。聴け。ヨーマイテスを支えろ。お前がヨーマイテスの力になれ」
「なっている。俺は、毎日努力して」
「聴けと言っただろう。黙って聴くんだ。お前の努力が無いとは言っていない。これから、ヨーマイテスが不安定な意識を持った時、お前が最後まで続ける道を敷け」
厳めしい老人は、騎士の困惑する顔を、数秒見つめてから『分かったな』と念を押すように言い、青い炎に巻かれて姿を消した――
「バニザット」
耳に入った声で、ハッとして目を開けたシャンガマックは、さっと頭を上げた。夜の僅かな光に煌めく碧の宝石が、自分を見ている。
「あ・・・ヨーマイテス」
「苦しそうだ。熱があるか。具合が悪いか」
獅子の鬣に埋もれて眠っていた騎士は、言われて顔を拭う。汗をかいていて、気が付けば息も荒い。
心配そうな獅子に『熱はないよ』とすぐに教え、それから体を起こして、髪をかき上げた。髪の毛も汗に濡れている。
「どうした。疲れたからか」
「ううん。違う・・・その。あのね、夢を見た」
「夢。話してみろ」
獅子の表情に、少し影が差し、シャンガマックは、父が何かを勘付いたのかと、少し感じた。でも、隠すようなことでもない。見たばかりの夢の内容を、ぽつりぽつり話して聞かせる。
聞いている獅子は、息子の夢の具合に途中から気が付き、半分は知っていたが、話を聞いて『さもありなん』と理解した。過去のバニザットが俺に警告しに来たんだ、と分かった。
話を終えたシャンガマックは、自分を見つめる獅子に、自分の気持ちを続けて話した。
「俺は。いつもヨーマイテスのためになりたくて、努力している。皆のためでもあるし、世界のためでもある。だけどヨーマイテスの力になりたいと、最初に先祖の夢を見た日に決意したんだ」
「知っている」
「俺が怖かったのは、ヨーマイテスが不安定になる・・・と。先祖が告げたことだ。俺が側にいるのに、どうしてヨーマイテスが不安定に」
無力さを感じたか、シャンガマックの声はそこで止まり、代わりに小さな溜息をつく。獅子は息子を抱き寄せて。大きな肉球のある手を、彼の頭に乗せ、自分を見させた。
「バニザット。俺はお前がいれば充分だ。過去のバニザットの言いたい意味は分かる。このことだ」
「どういうこと」
「お前にいつか話すだろうと思ったが。まだ先のことだと決めつけていた。しかし、もう話すのか」
言いたくなさそうな獅子の言葉に、シャンガマックは腕をもぞもぞ動かして、よいしょと獅子の口を塞いだ。
「言わないで良いよ。言いたくないことは言わなくて良い。俺とヨーマイテスが一緒にいること。それが不安定の原因と、それだけは分かった」
「違う」
押さえられた顔を振って、息子の言葉に急いで答える獅子は、少し悲しそうな息子に『そんなこと言うな』と注意した。シャンガマックは寂しそうな目で『でも、そうなんだろう?』と呟く。
「勘違いするな。早とちりも止めろ。考えてみろ。一緒にいて俺が不安定なら、何で過去のバニザットがお前に、今後も俺を導く手伝いを命じる」
「あ・・・そうか」
「俺がお前から離れると思うなよ(※言い方がちょっと違う)。お前は真面目だが、真面目過ぎて目の前のことを直視する。その行為は、見なければならないものを見失うぞ」
そこまで注意し、ヨーマイテスは息子をぎゅうっと抱き締めると、はーっと息を吐き出し『少し話す』と自分に言い聞かせるように呟いた。
「過去のバニザットと、俺の約束がある。俺たちが二人で目指したものがある。
だが今。俺はお前と一緒に過ごして、その約束の意味を考えている。簡単に言えば、さっき言ったまんまが答えで、過去のバニザットの約束が、俺の選びたい未来じゃないんだ」
深くは話さないが、大切なことだけ搔い摘んだ獅子の言葉に、シャンガマックも胸を打たれてぎゅっと抱き締めた。
「そうか。中身は話さないで良いよ。俺と一緒にいることが、先祖との約束を迷わせるような状態なのか。でも俺は、『ヨーマイテスと先祖の約束に、必要な立ち位置』にいる。そうだな?」
「嫌な返事だが、そういうことだ」
「愛してるよ、ヨーマイテス。俺は大丈夫だ。先祖の約束を守ろう」
即決したシャンガマック。
自分を大事に思うがあまり、父が先祖との約束を果たさないかも知れない。それを懸念した先祖が夢にまで出て、果たすように命じたなら、俺は手伝おう・・・と伝えた。
獅子は息子の背中を撫でながら、すぐに答えることはなく、何度か苦しそうな息を吐いていた。
「お前はいつもそうだ。自分を置いて、俺を先にする。自分の気持ちよりも、俺を優先する。
俺だってお前を愛しているんだ。こう感じたことさえなかった俺が、今は何よりそれを宝に思う。俺の宝は、もう他に要らない。それが正直な気持ちだ」
「うん。すごくね。伝わっているよ。俺は本当に幸せ者だ。でも・・・一緒に、先祖の約束を果たそうよ」
「その約束の内容が面倒なんだ。はっきり言おう。もう、どうでも良いんだよ(※本当にはっきり)」
ハハハと、小さく笑った騎士に、獅子も苦笑いで『だからあいつが、俺を不安定と言ったんだろう』と付け加える。
シャンガマックは、父の正直な気持ちを受け取って、心から感謝。でも、約束がどれほど大きいのか、偉大な先祖の頼みなら、それも出来るだけ叶えられるよう、動いてあげたい。
そう思えば。父の言う『面倒な約束内容』は分からないにしても――
「じゃあさ。俺の提案が的外れなら、気にしないで良いが。
約束に向けて、やるだけやれば良いじゃないか。先祖が求めた何かの近くまでは、目標にして進もう。間近まで来たら、その時また、改めて見つめ直すのも良いと思うよ」
「お前ってやつは」
獅子はたまらない。息子の優しい愛情に、ただただ、ぎゅうぎゅう抱き締めるだけ。
息子は苦しがって『ちょっと息が』と何度も困って笑っていたが、この夜、眠りに就くまで、ヨーマイテスの力が緩むことはなかった。
眠った息子の頭を、ゆっくり撫でて、横に寝かせたヨーマイテス。
息子がまた、嫌な夢に悩まされないよう、その頭の中に静かに聞き耳を立てながら、自分も胸に去来するものを追う。
――バニザット(※息子)を通して、過去のバニザットが俺に通達か。
二人が約束した時。遥かな昔だが、ヨーマイテスの正直なところ、時間が曖昧な自分にとって、記憶の時間軸も、そう大きな振れがない。
遥か昔、と言い切れば間違いはないにしても、引っ張り出すのに時間のかからない記憶の群れは、直近と変わらない。思い出せば、数百年前だろうが一週間前だろうが、その時点で蘇っているもの。
つまり。昨日の今日の様に思える、過去のバニザットのいた日々を、今、自分の横に眠る息子との日々に、重ねて考えられる。
『昔と今』ではなく、『右か左か』の感覚で、自分にとっての望みを見出してみれば、間違いなく、息子のいる時間だけが望み。
サブパメントゥ統一。その後、世界統一の参加。
その話を持ち掛けたのは、過去のバニザットで、ミレイオを創るように働きかけたのも、彼だった。
当時、ヨーマイテスもその面白さに一枚噛んだし、過去のバニザットの死に際の約束も、その後の探求も、身を隠した宝集めも、全ては約束するに至るほどの、挑戦心からだったが。
「お前が良い。統一なんかより、お前がいれば良い」
静かに眠る騎士の、淡い茶色い髪の毛をちょっと撫でて呟く。自分が満ちる、何もかもを与えてくれる、この息子一人いれば、良い。
統一のためにするべきことは、コルステインを超えることが、まず立ちはだかる――
あのコルステインを超えるなんてことは、持って生まれた力では決して叶わない。
だから、気の遠くなる昔に、空から降って来たガドゥグ・ィッダン分裂遺跡・・・そこにある『大型の力を封じる宝物』を頼るしかない。
しかし、ガドゥグ・ィッダンは、一筋縄でいかない。
空の産物の上、別の異界に通じている場所だけに、長居すると入った方が壊れる。
その前に、中に入るだけでも一苦労する。入れない場所もあった。何かの条件が足りていないと、入れないことはザラだった。
合言葉になる知識と、合言葉を選べる知恵比べ。遺跡を見つけても、それが通って初めて入れるわけで、分からなければ、入れず仕舞い。
だが、『空の土で作った子』・・・ミレイオが動き出したことで、劇的に変わった。
どうにもならなかった場所は、ミレイオを連れて行けば、遺跡に入れる。合言葉も答えも要らない、その存在が既に『鍵』となったミレイオさえいれば、コルステインたちを封じる宝も手に入りやすい――
「んだが。もう、どうでも良い(素)」
すーす―眠る息子を、起こさないように抱き寄せると、ヨーマイテスは溜息をついて、息子の頭に顔を付けた。
「放ったらかしにしているからな。そろそろ、ミレイオを連れて行く場所へ向かえと、過去のバニザットが急かしそうだ」
だがそんなもの、どうでも良いんだ・・・・・ ヨーマイテスの声は、すっかり眠ったシャンガマックの耳に滑り込む。
返事はしなくても、褐色の騎士は少し微笑み、もそもそ動いて大きな父の体に貼り付く。
寝ぼけた息子の、こんな行為も嬉しいし可愛いし、全部が大切に思う。
ヨーマイテスに一番大切だったもの―― 『生きる目的』を与えた息子の他に、ヨーマイテスが欲しいものなんか、今は一つもなかった。
お読み頂き有難うございます。




