1480. 旅の百二十一目 ~出発・午前の哀愁時間
☆前回までの流れ
町の出発前日は、詰め込むようにいろいろとあり、それぞれ感慨深いものを胸に眠りました。
翌朝早くに出発した旅の一行は、のどかな午前の道を進みます。何人かは、昨日の感慨深さと続く寂しさを感じる時間・・・
朝食を包んでもらった一行は、一週間世話になった宿にお礼を言い、朝も早く馬車を出した。
「野菜と卵。こんなにもらっちゃったわ」
手を振る宿のおばさんに、手を振り返す荷台のミレイオたち。食料箱には、新しい野菜と卵の籠付き。
この宿に入った初日。手前の民家に貰った野菜と卵が傷むからと、引き取ってもらった。宿は旅人たちが出発する時、同じくらい返してくれると言っていたのだが、それは本当になり、もっと多かった。
「しばらく、卵料理食べられるわよ」
角を曲がって、見えなくなった宿に向けていた顔を戻したミレイオは、嬉しそうに頷くイーアンに『お昼は早速、卵』と料理の話をし出す。
「『魔物退治してくれたから』と言っていたな。魔物の出た次の日から、客もいなくなったし。この人数で泊まっていたのは、あっちにすれば助かったんだろう」
「でも。宿代って、町役場が出してたんでしょ?ドルドレンが言っていたわよ」
『金の出所なんか、受け取る側は関係ないだろ』タンクラッドはちょっと笑って、食料箱を覗き込む。箱の中には、卵80個と、葉野菜と根菜が詰め込んである。
さっと数えて『昼。俺は5つくらい、食べられそうだな』と呟くと、嫌そうな顔をしたミレイオが『やめて』の一言に続け、大事に食べるんだと教えた。
「イーアンは『良い』と言ってくれる。だよな」
「はい。と答えたいですが。魔物退治、私参加していませんので、卵許可の権利がありません(※空にいた)」
笑うミレイオは『イーアンの権利は私が管理するから』と、タンクラッドの卵5個はお預けになった。
荷馬車の荷台は、タンクラッド、ミレイオ、シュンディーン、イーアン。御者はドルドレン。
で、寝台馬車のフォラヴとザッカリアは、御者をしてくれるオーリンの両脇。なぜか、二人共オーリンの横を選んだ。
「後ろでも良いんだぞ。フォラヴは日焼けが嫌だろう」
「ええ。好きではありません。太陽が好きでも」
「無理するなよ」
「こうしていたい時も。お嫌?」
「いや・・・そうじゃないけど」
苦笑いするオーリンは、自分にもたれかかって本を読む妖精の騎士が、ちらっと見た空色の瞳に、断りにくい。座るだけならまだしも。椅子の背もたれの様に、オーリンに寄りかかるフォラヴ。
反対側を見てみれば、子供も自分に寄りかかって『絵が上手いよね』と、バサンダに昨日もらった絵をしげしげ眺めている。
「ああ、上手いな。お前それ。風で落とすなよ、ちょっと風がある」
「落とさない。大丈夫だよ。オーリンも見たいって言っていたから」
「言ったけどさ、別に今じゃなくても良いよ。もう見えてるしな」
「ね。オーリンも魔物の絵を描いてたでしょ?どうして描けるようになったの」
「あん?絵?そうだなぁ。弓の絵を描いていたからじゃないか」
工房始める前は、普通の仕事していたからさ、と教えるオーリンは、『弓作りたいから、絵は幾らも描いた』と子供に伝える。ザッカリアは目をキラキラさせて『好きなものを描いたら、上手くなるの』と質問。
オーリンは、彼の止まない質問(※子供だから)に受け答えしながら、片方ではフォラヴに寄りかかられ、いつもと違う『御者の時間』を過ごす。
どうも、フォラヴのこの懐き方は『私が行きたいと言ったら、あなたは行かせて下さった』という、里帰りの許可がきっかけ。
それについてオーリンが『俺もよく空に帰るから。似たようなもんだろ』と笑って終わらせたことで、フォラヴの懐き具合が変わった(※止めないでいてくれる人、好き)。
男に寄りかかられてもね、と思うオーリン。子供が絵を見つめて黙ったところで、フォラヴの白金の頭に目を向けると、気配を感じたフォラヴがちょっと見上げて微笑んだ。
・・・可愛い顔はしているんだが。男なんだよね。
オーリンも一応、笑顔を返したが、そう思うと段々、可笑しくなってきて一人で笑い出した(※彼女いない中⇒男に懐かれている自分)。
突然笑い出したオーリンに、フォラヴもザッカリアも驚き、前を進む荷台のミレイオたちも驚いたが、イーアンはノリが良いのか。釣られるように一緒に笑っていた(?)。
「何で、あんたまで笑ってるの」
「だって。いきなり笑うんですもの。オーリンらしいと思いまして」
アハハハと笑うイーアン。御者台のオーリンも相乗効果で笑いが止まらない。
よく分からない呼応(?)で笑い続ける龍族の二人に、他の者も何だか可笑しくて笑ってしまう。
「後ろが賑やかである」
ドルドレンは、後ろから聞こえてくる、朗らかな笑い声の合唱に微笑んだ。バイラも振り向いて『明るくて良いです』と頷く。
「昨日の晩は、しんみりしていたから。バサンダとの別れや、職人のカルバロのことで」
「そうだな・・・旅慣れると、こうしたものかも知れない。引きずらなくなるのだ・・・と、護衛で国中を回った男に、言うのも野暮だな」
総長はそう言って笑う。バイラは首を振り『護衛はまた違う旅ですよ』と答えてから、警護団と町役場の話に変え、総長に次の町のことを改めて伝える。
「昨日の夜も、少し話を出しましたが、町役場は私が顔を出して話を聞いたので、次の町役場でも私が話します。町長が、総長に宜しくと言っていましたよ。『警護団を一つにまとめてくれたから』と」
「だから、それは違うのだ。何度も言うが」
困るドルドレンの顔に笑うバイラは『総長がどんなに否定しても、無理でしょう』と軽く流した。
「それと、昨日も散々聞いたと思いますが、サイザード分団長からも」
「分かっている。耳にタコが出来そうである」
「ハハハ。でももう少し聞いて下さい。私は、カベテネ地区地方行動部へ行った初日。サイザードさんにこれを見せたんですよ」
徐に、腰袋から畳んだ紙を出したバイラは、馬を下げて御者台に近づく。彼の手にある紙の意味に、ドルドレンは目で訊ねると、バイラは頷いた。
「私がシャルワヌの町で、警護団の杜撰さに嘆いた夜。総長が待っていてくれた、雨の日。あの時、持ってきた写しですが、私が総長に伝えた『警護団のひどさ』を物語る資料です(※1346話参照)」
「うむ。覚えている。バイラは酷く傷ついていたのだ。その資料をサイザードはどうしたのだ」
「はい。これをサイザードさんに見せたら、彼は『うちの阿呆だ』と認め、紙を私に返して『本部に行くことがあれば、これを渡して』と言いました。事実は伝えるべきだ、と(※1434話後半参照)。
それは、昨日。ああして、既に仲直りした状態であっても、再確認した時、サイザードさんの意見は変わっていませんでした。
私は、次の町以降も、こうした『警護団の恥』を知れば、同じように集めようと思います」
話を聞いたドルドレンは、少し黙って彼を見つめ『サイザードも大した男だが』と言う。
「バイラもやはり、しっかりとした、良い人間なのだ。『仲良くなったら水に流す』とした話ではないことである以上、事実は事実として消さないことを選ぶ。
だが、そうして動ける人間は、口でそれを言う者の内、半分にも満たない」
テイワグナの警護団に、これだけ人間の出来た男がいるなら安心だ、と褒める総長に、バイラは『いやいや』と参りながら笑って否定し、『誰かがやらないといけない』と続けた。
「例え。魔物の被害がそう長く続かないにしても・・・これは、総長たちの話の場に参加していたから、『そうなのか』と思っただけですが。
魔物被害が年月を跨がないにしても。です。警護団は過去から在るし、今後も在る以上、変な言い方ですが・・・これを機にして、テイワグナ国民を守る『警護団』の、基盤と土台を築く必要があります」
そこまで言うと、バイラはふっと寂しそうな顔をして、空を見上げる。
町を離れた、南へ進む道は、行き交う馬車もあり、すれ違う音で声が聞き取り難い。バイラが何かを言ったような気がしたドルドレンは、『もう一度』と聞こえなかったことを伝えた。
バイラは振り向いて、寂し気な微笑みを見せると、一呼吸置いて静かに言う。
「魔物が違う国に出始めた時。私は皆さんとお別れです」
「あ」
バイラの目に涙が浮かぶのを見て、ドルドレンもハッとする。そんなこと忘れていた自分がいて、思わず、ぐーっと胸が苦しくなった。
「そう。そうだ。バイラはもう。テイワグナだけだから」
「はい・・・それを思うと。何とも。年甲斐もなく、皆さんと一緒に過ごした日々に、しがみつきたい情けなさがあり」
「情けなくない。普通だ。ああ、忘れていた。ずっと一緒にいるものと」
総長の言葉に、バイラは落ちそうな涙をちょっと拭って『町でお別れをする相手と、自分が重なる』と苦笑いで、小さな詰まるような声で言う。ドルドレン、泣きそうになる。
「もう、言うな。まだ先のことだ。バイラ、話題を変えよう」
はい、と頷いたバイラは、普段は男らしい横顔を、感傷的に歪ませて、何度も頷く。ドルドレンはどうして良いか分からない。泣きたくなってしまうが、自分が泣いたら意味がない。
急いでザッカリアを呼ぶと、後ろから走って来た子供を御者台に乗せ『楽器』と一言。総長の詰まる声と目つきに、ザッカリアは『総長、また泣きそうなんだ』と理解し(※出来た子供)了解した。
こうして楽器を取りに戻り、また御者台に上がったザッカリアは、バイラと総長が悲しそうな理由を訊くことなく、午前の道に曲を奏で続けた。
ザッカリアの音楽を聴きながら、昼休憩の場所へ着く前。
道の向こうに、小さな川が見えたことで、バイラはその辺りが良いんじゃないかと道を逸れる。続く馬車も、広がる丘陵に細く走る銀色の水の糸へ向かう。
「日陰はなさそうだけれど、小川があるだけで涼しい気がする」
外を見て『な、』と、イーアンに笑顔を向けるタンクラッド。イーアンも荷台から顔を出して、ずーっと丘陵を囲むように走る小川に『水の匂いがします』と微笑む。
「茹でた卵が食べたくなる」
「水で思いましたか。使える水が増えると、茹でるだけの一品も遠慮せずに済みますね」
茹で玉子作りますか、とニコニコするイーアンに、玉子食べたさ、タンクラッドもイケメンスマイルで『頼むな』とお願いする。
二人で『卵、卵』と、昼の話題で楽しそうにしている間、ミレイオは少し浮かない顔で、起きているシュンディーンのベッドを揺らしていた。
誰に言うこともないけれど――
赤ちゃんはベッドに座って、揺らしてもらうベッドの前後に、体が傾くのを面白がっている。大きな青い目で見上げるシュンディーンに微笑み、ミレイオは赤ちゃんの頬っぺたを撫でた。
水辺。 水が近くにあると、不安を感じるようになった。この子がもう、居なくなるのかと思うと・・・・・
いやね、と頭の中で呟き、溜息をついて、シュンディーンのよだれを拭いてやるミレイオ。馬車の外をちらっと見れば、嫌でも視界に水の輝きが入る。
いつもなら、イーアンと同じように『使える水があると楽』と思うだけなのに、シュンディーンを返す日がいつなのか、近い日だろうことしか分からない今は、水辺の側を避けたくなる。
シュンディーンは水の匂いに気が付いたようで、顔を向けると『んん』の小さな声を出す。
その、野の花のような薄黄色い頬っぺたにちょっと触れて、赤ちゃんの顔を戻し、ミレイオは『見ちゃダメ』と呟きのように頼んだ。
赤ちゃんはこの時初めて、悲しそうな顔をして、大きな目にかかる睫毛を何度かパサパサ動かした。
それがまるで、ミレイオに『親から引き離した』訴えの様に感じ、ミレイオの胸は一気に苦しくなった。
旅の馬車は、この十数分後に川辺へ到着し、一行は、晴れた空の下で昼休憩を取る。
小川は思ったよりも幅も狭く、ただ癒しの風景に留まっていたが、茹で玉子で楽しむ親方たちの横で、ミレイオはシュンディーンを抱っこしたまま、動くに動けなかった。
お読み頂き有難うございます。




