1469. 囚われの地下神殿 ~精霊ヴィメテカと交渉
☆前回までの流れ
明日の予定を変更し、夜の訪問者リヒャルドの頼みを聞いた、旅の一行。
捕まっているパヴェルに課せられた『龍を呼んで来い』の引き換え条件のため、イーアン・オーリン・フォラヴが救出に向かいました。
到着したそこには、何やら、被害を受けた様子の精霊が・・・
姿を現した精霊を前に、女龍は少し観察。この相手は強いのかな、と過る。
ヴィメテカは下半身が馬に似る。インクパーナは、野生馬がいるからか。
とは言え。この際、姿形は良いとして。
レゼルデは、龍に近寄れなかったが、この疲労を見せる相手は、精霊と名乗ったのに、自分との距離は3~4歩程度。龍気は控えめにしているけれど、これでも他の精霊は寄らないのだ。
大型の精霊・アンガコックチャックだって、イーアンがいることで近寄らなかったのだけど・・・・・
どうしてだろう?と思うが、今これを考えても仕方ない。相手は『退かせ・ここは自分の場所』と言っている。まずは、この話を解決する。
この神殿は、『空にあるあれ』と似ている様子から。間違いなく、男龍に相談する対象。
ちょっと後ろを振り返り、皆さんがお互いの無事を確認している様子と、横の龍・オーリンを見たイーアンは、ガルホブラフに来るように合図する。頭の中で呼びかけた相手は、すぐに顔を向けて、てくてく歩いて来た。
「あ。ガルホブラフ」
いきなりトコトコ歩きだした、自分の友達に驚いたオーリンだが、女龍がこっちを見ているので呼んだのかと気づく。
龍が歩いて寄って来るので、精霊が後ずさる。イーアンはさっと彼を見て『嫌か』と質問。精霊の目が険しくなり、『平気だと思うのか』逆に訊かれた。
イーアンはガルホブラフを止め、龍は停止。精霊に向き直り、答える前に質問を重ねる。
「不思議。あなたは私が平気なのに。あの仔はダメだと」
『龍が2頭だ。お前はまだ、ここと近いが』
「ここ。どこ?」
分からないので、イーアンが訊ねると、精霊は後ろの神殿を顎で示した。
イーアンが、ガルホブラフを呼んだ理由・・・それは、この要求を解決するために男龍を呼ぼうと思い、その前に、『女龍に近くて平気そうな彼』がいるこの場所に、『男龍も呼んで平気かな』の疑問から、試しにガルホブラフ。なのだが、ダメらしい。
女龍が平気な理由も、よく分からない。『イーアン=神殿と近い存在』と言いたそうだが、ピンとこない。
とりあえずイーアンは、ガルホブラフに戻るように伝え、龍が戻ったので改めて、精霊と交渉することにした。
「まず。彼らはもう良いでしょう。約束通り、私が来たのだから、彼ら人間は全員、地上へ戻します」
『イーアン。お前はこれを』
「それですが。私一人で、どうにかなるものではない・・・ので交渉。他の龍族にも、相談が必要ですよ」
『退かすのか』
うーんと唸るイーアン。腕組みして困る。退かしてやりたいが、デーンとそこにある遺跡的神殿をどうすりゃ良いのかしら?と首を捻る。
「退かせ、とあなた言うけれど。いつからですか。これ」
『ずっと昔』
精霊の返事は、分かりやすいくらい大雑把(?)。悩む女龍は、首をポリポリ掻いて『あのですね』と事情を話す。
――自分もこれを見たことがない。龍族はまず地上に降りないから、他の龍族も対処出来るか疑問。
これを先に伝え、不機嫌な表情を見せる精霊に『一先ず、仲間の龍族にここを見せるか・聞かないことには、対処も何も進まない』まで話すと、イーアンは大きな精霊を見上げて、少し同情。
「弱っていますね。龍気のせいか」
『このまま消える気はない。動き出した龍が退かすのを待った』
「うむぅ。そう言われると、私のせいじゃないけれど申し訳ない気もする・・・約束しましょう。彼らは戻して下さい。私は一旦、空へ上がり」
『人間は置いて行け』
イーアンはその遮りを睨んだ。『約束と龍が言えば、破らない』そうじゃなくたって私は破らない、と吐き捨てるように言うと、精霊は女龍をじっと見つめ、頷いた。
何かこう・・・疑われている感がヒシヒシ伝わるのが嫌な感じ。イーアンの不服そうな顔に、精霊は呟く。
『龍は約束する。守る。知っている。だが、お前が龍だけではない気がした』
「ああ?(←態度が素)」
正真正銘の女龍だよっ! 失礼な!と怒るイーアンに、なぜか精霊はちょっと笑った。
『その服。サブパメントゥに近いが龍。お前も同じ』
精霊ヴィメテカの言葉に、ハッとしたイーアンは、怒った顔を引っ込めて『まさか』と勘づく。相手は動物と人間の間の顔をぐぐぐと大きな手で掴み、びゅっと手を外した途端、本当の顔を見せた。
『俺は、精霊とサブパメントゥの合いの子』
全くの人間に見える顔。先ほどの顔はどこへ、と思うほど変わった精霊に、イーアンは目が真ん丸。イケメンだった・・・じゃなくて(※そうだけど)。
こんな時に納得する。この人間的な雰囲気を持つ見た目は、能力の高いサブパメントゥの特徴なのかも、と。
別に人間が能力が高いのではなくて・・・元々、こういう見た目が種族に行き渡っている特性のような。
ポカンとしてヴィメテカを見つめたイーアンは、そこから一つの推測が浮かび、ゆっくりと視線を後ろの神殿へずらす。神殿も。もしや。もう、そうだろうとしか思えない。
なーんとなく分かったこと―― これ・・・絶対、男龍に相談ですよ。
イーアン、咳払いして意識を正す。野生的なイケメンのヴィメテカに、『ますます、私だけでは結論が出ない』とはっきり伝え、選択してくれるように提案。
「ここに、私の仲間を連れて来るか。それとも私が空へ行って彼らと話すか。どちらにしますか。最初に伝えますが、私はもしかすると、サブパメントゥ寄りでしょうが、仲間は丸っきり龍そのもの」
『ぬ。この上だ。地面の上。訊いて済むならそうしろ。ここはやめろ。俺が持たない』
移動出来ない、すなわち逃げられない。そう答えた精霊に、イーアンは了解。
「では、人間まず解放して下さい。私は空へ行きます。そして出来るだけ早く戻ります。何をするにしても、最初にヴィメテカに知らせましょう」
ヴィメテカは少し考えてから頷いて、見て分かるほどゆっくりと腕を伸ばすと、女龍の大きな白い角を避け、その黒い衣服のある肩付近へ手を動かす。
イーアンは気が付く。これは、ホーミットが自分に試そうとした時と同じ。
じっとして彼を見ていると、大きな体の精霊はそーっと指先を、イーアンのクロークの上に乗せた。イーアンが心配になる。
「あなた・・・だ、大丈夫なのか」
『大丈夫そうだ。お前は。俺に少し力を分けている』
え?と聞き返したイーアンは、ハッとして『ちょっと待って』と言うと、急いでクロークを外した。驚いて手を引っ込めたヴィメテカに、クロークを渡す。
「これを。サブパメントゥにも入れず、精霊の力も閉ざされた、という意味でしょう?これ、大丈夫でしたら持っていて。これはグィードという龍の」
『グィード。そうだったのか』
女龍から受け取った、グィードの皮を両手に持ったヴィメテカは、少し瞼を狭めて『サブパメントゥの力』と微笑んだ。不思議だが、龍の皮なのに、本当にグィードだけはサブパメントゥに通じる。
イーアンは、クロークが少しの間でも役に立つなら持っていて、と言うと、後ろを振り向いた。
『出してやろう。お前も行け。龍族もあの龍も、もう外へ出せ』
ガルホブラフがずっといるのも嫌だった様子の精霊に、イーアンは了解した。もう一度振り向いた時、パヴェルたちの姿が消え、オーリンが上の穴を見上げたところ。
「イーアン、パヴェルたちはすっ飛んで!」
「はい。約束済み。オーリン、外へ出ますよ!」
オーリンに答えたイーアンが走ると、オーリンも察して龍に乗り、神殿の側に立つ精霊を残して、二人は外へ飛んだ。
*****
外へ出ると、パヴェルとリヒャルド、他召使さんたちがイーアンとオーリンを迎えた。
「イーアン!助けに来てくれたんですね!オーリンに会えた時は、私は本当に」
パヴェルが感動して抱き締めたので、イーアンは『ご無事で何より』と背中をポンポン叩き、自分急ぎますので、と彼を離した(※業務優先)。
「ここからは、フォラヴとオーリンで往復して下さい。私は交渉した手前、大急ぎでお空」
「『往復』って。どこをだ?」
オーリンは急いで訊ね返す。その答えはパヴェルが戻す。
パヴェルは一先ず、ホーション家に戻ると言い、自分たちの乗って来た馬車と業者は、きっとそこで待っているだろうと、見当をつけた。
リヒャルドさんと一緒に、ダマーラ・カロの町まで移動した、他の召使については、『首都へ向かう馬車に乗るように伝えて』との伝言だった。
手短にするべきことを理解した後、次にオーリンは、囚われていた貴族と召使の体調を気にする。
「腹、減ってないか。俺は食べ物持ってないが、水とか」
「いえ。囚われてから、そう時間も経っていませんから大丈夫です」
パヴェルの返答に、イーアンたちは目を見合わせる。フォラヴは、妖精の世界を思い、龍族二人は別界に入った時を思う。
さっと、地面に開いた穴に顔を向けてから、リヒャルドさんを見ると、彼も驚いて戸惑う顔を向けた。
「なぜ・・・・・ 」
執事の呟きに、パヴェルたちが彼に振り向く。イーアンは執事の困惑に『違う時間が流れている』とだけ教え『地上と、この下は違う』そうした場所がある、短い説明で終えた。
「詳しくは、オーリンとフォラヴに聞いて下さい。それでは私、約束果たしますので、行って来ますよ。
オーリン、フォラヴ。どうぞ皆さんを宜しくお願いします。全て済んだら、ドルドレンたちの元へ先に戻って下さい」
後を頼み、イーアンはパヴェルたちにも挨拶すると、お別れもそこそこ、真っ白い光の玉となってお空へ飛んだ。
「凄いですねぇ・・・迫力が出ました~」
救出されたばかりの大旦那様は、余裕が戻った様子で、首を振り振り、女龍の姿を後から褒める。
「忙しそうだから褒めなかったのですが、まぁ。後で褒めさせて頂こう」
一緒になって、空を見上げていたオーリンとフォラヴ。龍に跨った背から、今の発言に違和感を感じ、そっと貴族を振り向くと、彼は笑顔で頷いた。
「さて!では帰る準備です!この先の土地を購入する話を取りやめて。何、時間はかかりません。一言告げたら、それで終わり。そうしたら家へ行きましょう!」
パヴェルは機嫌良さそうに、オーリンを見て、パンと両手を打つ。オーリンは嫌な予感。ちょっと笑って『俺、忙しいんだよ』とだけは言っておいた。フォラヴも丁寧に頷いて『私も用が』と呟いた。




