1465. 4組別 ~④お互いの相談『腕と弓』
☆前回までの流れ
フォラヴ、ロゼールの二人が、魔族対策を施した後、戻った宿屋でいろいろ話をする中。町の職人カルバロの腕を治してあげたいと、治癒場の話題が出ました。
この日。そのカルバロと会っている、ミレイオとオーリンの話です。
――【ミレイオ(+シュンディーン)・オーリン】 ~『隻腕の男の話』
鏃一つめの型を作り、オーリンは次の他の鏃も作る午前。横でミレイオが、カルバロに教える魔物の材料の話を聞きながら、昼になった。
昼を一緒に食べようと言われ、二人は黙ったが、最初は断り、次はトラブルの世話を頼んだ(←プフラン連れ込み・送迎)こともあり、今日は了解した。
食事処へ行くのかと思えば、集合工房の部屋を出て、奥の通路へ進み、何ヶ所かの扉を抜けた向こう、壁の外へ。
これはさすがに、ここを利用していないと、通過出来そうにない裏道的な印象で、出た先は、現地の人用・・・に思える食べ物屋が、狭い路地に向かい合って並んでいた。上はアーチ形の橋らしきものが掛かり、向かいの通りに行き来も出来そう。どこも二階は、住居の様子でもある。
「こんなところもあるのね」
見上げながら歩くミレイオは、面白そうに呟く。前を歩いていたカルバロは、少し先を指差して『ここが美味い』と笑う。
「連れて来たかった。旅人はすぐ出て行くだろうから、思い出に」
「そうだったのか。有難うな」
オーリンもミレイオも、必要以上に彼を避けていた気がして、ちょっと済まなく思う。彼は良い人なんだと、昨日に続き、今日も気持ちを改めた。
一軒の店に入り、お店の人は外国人連れのカルバロに、窓際の席を示す。『奥は暗いから』そう言うと、言葉は分かるかと訊ね、二人が普通に受け答えすると『品書きがな』と苦笑いした店主は、小さな板を見せた。
「お。これ、俺は読めないな」
「読めるけど、得意じゃないかも。料理の名前でしょ」
オーリンたちは、話すだけなら共通語で通じているテイワグナは平気。でも度々、テイワグナ語で品書きを書いてある店では、バイラ任せ。
料理の名前だと、余計に分からない。見当をつけられる言葉もあるが、これは任せると笑って、二人はカルバロに注文を頼んだ。シュンディーンは、助かることに寝入っている。
カルバロと店主も可笑しそうに頷いて、幾つかある品名を説明し、あんな味・こんな味と教えたことで、旅の職人たちは理解。有難く、好きそうなものをお願いする。
「俺は大体、食べれそうだけどね。好き嫌い、少ないから」
オーリンは水を飲んで、ちょっと眉をひそめ『これ、酒が』と驚く。カルバロは『ああ!』と忘れていたように笑うと、『水はあるけれど、混ぜる』と、食卓の片側にある2つの容器を指差す。
「酒、昼から飲むのか」
「酒と言うほどでも。水と混ぜるんだ。ここで使う水は、直に飲むと少し苦い。体に大きい影響があるわけじゃない。
工房区だけだ。ここ用に引いた水路が古くて、昔のままの水路は作業用だから」
「あ~・・・そうなの。そういうこと。宿は普通だもの。お茶も水も出るわね」
ミレイオが頷いて、『まぁ、この程度なら』と薄めた酒に少し笑うと、こうした経験が出来て楽しい、とお礼を言った。
すぐに何品かの料理が運ばれ、3人はお酒の水割りを飲みながら、昼食。
地元民の店と分かる味付けは独特。見た目こそ、その辺の屋台でもありそうな揚げ物や煮物だが、齧る手前で強い香りが鼻を衝く。齧ると中身が真緑だったり、黄色かったりで、バイラの料理を思う二人。
「辛くないか。辛いだけだと困る」
「平気。私たちと一緒に回っている警護団の人、最初に会ったでしょ?
彼がたまに、料理を作ってくれるのよ。こんな感じよ、彼も屋台で好きな味って話していたわ。彼の方が辛いかもね」
ミレイオが食べながら笑うと、オーリンも揚げた野菜を食べて『バイラの勝ち』と同意する。容赦ない辛さの汁物も食べたよ、と笑顔で舌をペロッと出したオーリンに、カルバロも笑う。
「彼はテイワグナの美味しさを知っているんだ。辛いだけだと良くないが、ちゃんと香りがあって、材料も強い。これがテイワグナだ」
「大地の味という印象だよ」
カルバロの言葉に、オーリンは『俺は好き』と笑みを浮かべて、遠慮なくガツガツ食べる。
ミレイオも『塩辛いわけじゃないのよね』と、丁度良い味わいを褒め、お肉をちょいちょい、眠る赤ちゃん用に取っておくと、美味しいを連発していた。が。それよりも――
ずっと気になっているのが、カルバロの動かない黒い腕。
彼の片腕に着けられた金属製の腕は、見えている分には精巧な人の腕。だが、当然・・・決して動きはしない。
鋳造の人物像の腕のように、現実味のある裸の腕。今にも動きそうな感覚を受けるだけに、何となく違和感が拭えない。
それは、作業中も分かっていたことだし、改めて思うことではないのだが、日常生活(※この場合、食事)の一場面で見ると、とても気の毒に感じてしまう。
ちらと見たミレイオの視線を拾ったカルバロは、器用に食べている手を止めて『気になるか』と単刀直入に訊く。
慌てたミレイオは『違う』とは答えたが、すぐに隣のオーリンと顔を合わせて、オーリンにも困ったように笑顔を向けられて黙った。
「ミレイオの目が。俺だって気が付くぜ。あんま、見たら悪いよ」
「あの、違うわ。そうじゃないのよ。でもそうね、ごめんなさい。そんなつもりでは」
言葉に詰まって、両手の平をさっと胸の前に出したミレイオは、何度か唾を飲んで、たどたどしい言い訳に困りながら、何を言っても失礼に違いないと謝った。
「ミレイオたちは、怪我人が出ることはないのか」
謝るミレイオを止めて、カルバロが口にしたのは質問。その質問は腕の話を逸れ、ホッとしたミレイオはすぐに首を振って答える。オーリンは、カルバロの話の変え方が上手いな、と思うだけ。
「出るわよ。この前も、魔物じゃないけれど、事故で怪我した仲間も」
「本当か。それじゃ今は病院に」
「あ、いやいや、違うの。そうはならないの・・・何て言おうかな。ええと」
うっかり『私たちも怪我はする』と正直に答えてしまったため、普通の人が驚く反応に、ミレイオが驚く。今日は調子が狂っているらしい、と苦笑いで話を引き取るオーリンは、ミレイオに代わって教える。
「隠すことでもないんだ。カルバロは深く聞きたがっても、俺たちが言わない以上は言葉にしないが、とっくに分かっていることだ。
俺たちと一緒に、龍の女のイーアンがいるだろ?龍だけじゃない。たくさんの聖なる力と一緒に、魔物を倒して旅をする」
カルバロの目が見開き、静かに頷く。ずっとはぐらかされていた話を、唐突に教えてもらう時間に、弓職人が続ける話を待つ。オーリンは少し考えてから『だからさ』と料理を一つ頬張る。
「治る、というかな、大怪我でも、致命傷は避けられることが多い。その上で、治せる状態がある」
「それは・・・俺のような状態でも?」
言い難そうだが、聞きたいことは一応訊ねるカルバロの、小さな疑問。疑問ではなく、羨ましさなのか。
オーリンはちょっと首を振って『いや。そこまでの怪我がない』と答えた。気の毒だと思うが、一つ、自分の話をしてやった。
「あのな。俺がこの旅に参加する前。ただの山奥の職人だった頃。魔物が出始めて、片目を失った。
目玉はあっただろうが、瞼ごとやられちまったから、開けることさえなかった。血や化膿が終わってからは、もう神経も切れていたみたいで、ピクリとも動かない。
俺はそこから片目。眼帯をしていた。ある時、イーアンと会ってさ・・・ハイザンジェルで、奇跡的に治せる場所に連れて行かれた。偶然だったし、俺は『片目が治る』と言われたわけじゃなかったから、気にしなかった(※408話参照)」
「今は両目が」
「うん。見えているよ。そこへ行った用事は、俺じゃなくて、彼女の仲間のためだった。だけどそいつは鎧もあって重くてさ。俺が運んでやったんだ。そうしたら、一緒に行った俺まで治った、って話」
オーリンの話はそこで終わる。弓職人は、自分を見つめるカルバロの目を見つめ返して、それ以上は続けず、水割りの酒を少し飲んだ。
「テイワグナに・・・あるかな。その、奇跡的な場所は」
「うーん。これについては、俺にはハッキリ言えない。それにさ、今話したのは、最初に言ったけれど『俺の場合は目玉が中にあったかも』なんだよ。ごめんな、残酷なこと言って。だからカルバロの」
「この中に、腕があれば戻るのか」
カルバロが遮る。え?と二人は彼の黒い腕を見た。カルバロは生身の片手で金属の腕に触れ、『見せはしない』と、飲食店に気遣った前置きを言う。目を丸くする二人は、カルバロの腕を見つめる。
「丸ごとない、わけじゃないんだ。俺の腕は干からびた。変な魔物が俺を食おうと、咬みついた時。俺は咄嗟に、この腕を前に出した。
そいつが咬みついたのと同時に、俺の斧がこっちの手で魔物を殴り裂いた。魔物の目玉から顎の付け根がバックリ割れて、そいつの口は取れたし倒すことはできたが」
その晩。負傷した腕が、どんどんおかしな経過を辿るのを、カルバロは必死に対処しながら過ごした。
焼けるような痛さと、絞られてゆく奇妙な引き攣りは消えることなく、カルバロは肩から下を布で強く縛り、毒が入ったんだと感じた。肩の付け根も切り、血を抜いて、毒を出しているつもりだった。
「でも。翌朝が来る前に。この腕は骨以外が消えたように、変わった。骨と皮だけだ。皮は中身がなくなって、襞みたいに幾重にも寄っている。それも、カラカラだ。肉が無い。骨の感覚もない。実際に動かせないから、死んでいる腕なのかも知れない。
布で縛った箇所から上は無事だった。血を出すための切り口から下、だな。やられた」
何も言えないミレイオ。つい開けてしまった口を、震える手を当てて押さえ『そんなに怖いことが』と同情した。
オーリンも、眉を寄せて彼を見つめるしか出来ず、何て言ってやれば良いのか、分からなかった。
「この『がらんどうの腕』の中に、ぶら下がる干物がある」
「悪かった」
オーリンが言えるのは、謝る言葉。悪いこと言った、と目を閉じる弓職人に、カルバロはちょっと笑って『オーリンも目を潰しただろ』と、先に話してくれたことに礼を返す。
「『消えたものを出すことは出来ないだろう』という話だ。
俺の腕は消えていない。勝手に取れて落ちるなら、それまでくっ付けておこうと。切り離す気になれなくて。無いことにはしているが」
分かる、とも、迂闊に言えないミレイオは、頷くだけ。彼の腕を壊した魔物は、他にもいるのか。それも気になるが、この話の後では聞けない。
それは、オーリンも同じで、この気の毒な打ち明け話を聞いたすぐ。魔物はまだいるのかと、尋ねる気は起きない。
カルバロは、返事のしにくい内容に黙った二人に、寂しそうに微笑む。それから『一応、聞きたかった』と、期待しないと続けると、また話を変える。
「いつまで居るのか・・・オーリンたちが町に滞在している間に、俺がどこまで片腕でこなせるかは、正直、問題だ。
記憶することと、試作を見ながら、他の動ける職人に教えるつもりだが、今は他の職人も、自分の仕事を終わらせるので、いっぱいいっぱいだしな」
オーリンとミレイオは、言い方は良くないが、なぜ『片腕の職人』が率先して、魔物製品を習おうとしているのか、この昼の時間でようやく知る。
理由は『協力的』『意欲的』以外、特に聞かされていなかったが、彼は腕が消えたから、仕事がないのだ。
他の職人たちは、町で請け負っている仕事をこなしているから、それが済まない内は手が空かない。
二人の表情が固まる一方なので、カルバロはまたちょっと話を変える。
自分としては、どうにもならないことだから、気にしても仕方ないと捉えているが、直に聞かされた方はそうもいかないか、と感じた。
「オーリン。鏃はどうだ」
思いっきり違う話にされて、ハッとしたオーリンも有難く、このぎこちない時間を動かす話題に乗る。
「そうだね。見ていたかも知れないが、2個目を、もう作ろうと思う。それと、この鏃だけじゃなくてさ・・・カルバロが見た、って話の『旅の弓引き』の」
「うん?同じものを作りたいのか」
数日考えていたことを、話を変えがてら、軽い相談のつもりで、オーリンは伝える。
内容は、全く同じじゃなくても良いし、時間が取れないと出来ないから、一部だけでも再現したいとした話だった。カルバロは不思議そうな感じで、首を傾げる。
「一部。一部の再現に意味があるのか?」
「まぁ。ほら、次の町でまた続きをすれば良いわけだからさ。絵を見せてもらったからには、取っ掛かりだよ。俺も弓職人だから、見てみたいんだ。そいつの弓がどんなか」
「見たことはないんだろ?」
ないよ、と答えるオーリン。ミレイオは黙っていたが、オーリンが何度も弓の絵を見ているのを知っているので、彼がこう言い出すのは分からないでもなかった。
「そうか。じゃ、居られる日数で作れそうな部分は、挑戦すれば。今日は、彼がいないが、俺に教えるのは、タンクラッドもいる。オーリンの手が空くなら、自分のしたい仕事をしてゆくと良い」
ニコッと笑って承諾したカルバロに、オーリンはお礼を言う。
3人は食べ終わり、店を出て工房の部屋へ戻る。歩きながら『後で、イーアンとタンクラッドは来るかも』とミレイオが教えた。
「そうか。今日は、この二人だけだと思っていたが。プフランだろ?」
朝に来た時、オーリンもミレイオも、来ないタンクラッドのことを話していなかったので、そう思い込んでいたと、カルバロが言うと、二人は頷いた。
「プフランの話を聞くだけ聞いたら・・・そんなに長居はしないでしょ。こっちへ来るって」
「ふむ。プフランも、龍の女に聞きたいことを聞けたのか」
他人だが気持ちは分かる、と呟いて少し笑ったカルバロに、ミレイオはじっと彼を見て『私のこと?』と自分から訊ねる。カルバロはゆっくり相手を見て、静かに目を伏せると、それを答えにした。
「あのね。私は自分がどんな立場でも、私は私、っていつも思うの。だから、『私自体を越えるような何か』で、誰かが私を気にかけるのは嫌いなのよ」
ミレイオは正直。オーリンはクスッと笑って『ミレイオらしい』と言った。カルバロは、その言葉が胸に響いたか、何度か瞬きすると、ミレイオに『有難う』といきなり礼を伝えた。
カルバロにとって、『私は人間ではない』の答えをくれたミレイオに、お礼を言おうと思って。
ミレイオは彼を見て、少し困ったように顔を掻くと『いやぁね』と笑う。
何が嫌なのか、カルバロが聞こうとした時、部屋に近い通路の向こうから、背の高い男と、その男を照らす白い女が声をかける。
「お帰り!」
ミレイオも手を振って、小走りにイーアンに駆け寄ると、ニコニコしている女龍に『お昼、どうした』と真っ先に食事の確認をした。
食べて来ました、と答える女龍と、作業はどこまで?と訊ねるタンクラッド。あのねぇと、話し出しながら、胸のベルトの中で眠っていた赤ん坊が目覚めたので、受け取るタンクラッドに引き渡すミレイオ。
3人を見ながら、ゆっくり歩いて近寄って行くオーリンは、カルバロに振り向いた。
「あんた、良い人だな」
その意味があまりよく分からないカルバロは、ミレイオと言い、オーリンと言い、と可笑しそうに笑った。
この午後。イーアンはずっと気にしていた『実験ですよ』の宣言通り、硫黄谷で試して見せた、水素風船(※危険)を、工房の当たり障りなさそうな場所を貸してもらい、張り切って試作を続ける。
オーリンはイーアンの保護のため(※女龍は鈍い)側について、彼女の実験やら何やらを面白がって見守りつつ、鏃の削り出しをしながら、作ってみたい『旅の弓引き』の弓矢の絵を眺めていた。
そうして、夕方近くに入る時間。早目に、4人は引き上げて帰ることになる。理由は、カルバロの腕が痛むことだった。
帰り道の馬車では、カルバロとの昼食時に交わした話を、タンクラッドとイーアンが知ることになり、4人は自分たちも職人業だけに、何とも言えない気持ちで沈んだ。
ミレイオは御者。荷台に、オーリンとイーアンとタンクラッド、シュンディーン。
以前、アムハールの空へ行く前。白い棒と鏡を使って見せてもらった、世界の地図を思い出しているオーリン。
世界中にあるのだとは分かるが、如何せん、古い地図だったし、その時の用事は『空』だったからよく見ていない。当然、場所なんて覚えてもいないから、カルバロには曖昧に濁したのだが。
「テイワグナも、治癒場って幾つかあるだろ?」
どこか近い場所にないのか、と呟くオーリンに、イーアンとタンクラッドは『確認しないと』と同時に、思うことを口にする。二人も『ある』だけは分かっているが、思い出さなかった。
この帰路に、4人とも全く気が付くことはなかったが、一台の馬車が途中から付いて来ていた。
夕暮れ前の、全てが橙色に染まる町の通り。
橙か影の黒の二色の中、派手な馬車に釣られた誰かは、見覚えあるあの馬車だろうかと・・・眩しい夕日に目を細めながら、気が付けば後をつけるように、車輪を同じ方へと向けて進んだ。




