1464. 4組別 ~③海の水の効果『変化に纏わる治癒』
――【フォラヴ・ロゼール】 ~『体の変化に纏わる続き』
馬を借りて、普段着で出発した二人の若い騎士。午前中の間に、ダマーラ・カロの山側の道へ出て、そこから奥へ奥へと細い道を進み、道沿いに林が木々を増やし始めたところから、道を逸れて中へ入った。
「ここを通ったの?」
フォラヴの指示に従って、馬の手綱を取るロゼールは、後ろに座って優雅に揺れる微笑みの人に訊ねる。
「いつですか?」
「馬車だよ。すんなりこんな場所まで来れるからさ。この林の中を通ったのか、って」
「ええ。でも馬車ではありません。私だけ。馬車が通過したのはあちら」
友達の振り返る顔に、妖精の騎士はすっと腕を伸ばし、来た道の角度がずれる方を指差して『向こうは森林ばかり』と教えた。ぐるっと回って来たから、北西部の山間を抜けたことを話すと、ロゼールは頷いた。
「スランダハイか。じゃ、こっちはフォラヴが通っただけで・・・一人か。怖がらないよね、フォラヴは」
ロゼールは静かに、感心したような声を漏らす。フォラヴは後ろでそれを聞いて、フフッと短く笑うと『そろそろ、始めましょう』と馬を停めるように伝える。
馬を下りた二人は、手綱を枝にかけてから、周囲に全く人の気配も動物の気配もない場所で、少し木々の間隔が広がる場所へ進む。
立ち止まったフォラヴが、繋いだ馬を見て『ここなら、あの馬にも問題ないです』と言い、持ってきた壺と小さな道具を地面に並べ始めた。
落ち葉の上に、ポンポンと置かれる道具を眺め、ロゼールは自分も手伝おうかと訊ねたが、妖精の騎士は『もう始まりますよ』と顔を上げた。
枯葉の上に並んだ枝や石・・・何とも魔術的な印象に、ロゼールの緊張は高まる。
「俺は、どうするのが良いんだろう」
「ええと。あなたの場合はどうなのか。ロゼール、コルステインたちと仲が宜しいでしょう?」
「そうだね。でも特に・・・力を貰うとか、そういうのはないよ」
フォラヴはちょっと考えて、すっと彼の腰袋に視線を向け『そこに何かありますか』と言う。
自分の腰袋を見て『外しておこうか』と、ロゼールはとりあえずベルトを取った。それを地面に置いて、ハッとする。
「あ。フォラヴは何か感じていたのか。コルステインたちの連絡珠が入っているよ」
今思い出した、と言う赤毛の友達に、フォラヴはハハハと笑って『そうかなと思った』と答える。それから、見える円陣の中に入るように言うと、ロゼールに注意事項を伝えた。
「良いですか。私が良いと言うまで、この輪から出てはいけません。『良い』と聞こえたら、出て良いです。後は私を信じて下さい」
「信じてるよ。でもちょっと緊張するね」
苦笑いするロゼールの前で、フォラヴは微笑んだすぐ後、あっという間に姿を変えて大きな白い翼を広げた。
目を丸くする赤毛の騎士は、ぐっと顎を引いて、『自分はすごい瞬間にいるんだ!』と自分を励ました(※怖気づきそう)。
友達の騎士の体が透明に変わり、並んだ小枝の円は金色に光りを放って浮き上がり、くるくる回り始める。
ロゼールを包む小枝の環は、ひゅんひゅんと金色の線のように回りながら浮かび続け、見上げるロゼールをすっぽりと金の光の円筒に閉じ込めた。
「すごいや」
呟くロゼールの上、白い翼の聖なる存在にも見える友達は、片手を振る。あれ?と思った途端、上でひっくり返ったように見える壺から、水が落ちた。と思いきや。
「わ!水が浮かぶ」
飛沫はロゼールのいる円筒の中で、珠のような粒となって幻想的に浮かび、それを見た瞬間、ロゼールの体が猛烈な異常に襲われる。
うっ、と声に出せたのかどうか。それも敵わないほどに、体に何かが走り抜ける感覚。それは暴れるのと似て、内側から叩きつける、ほとばしる力。
並々ならぬ強烈な力は幾つもの種類があるのか、ロゼールの体を壊しそうな勢いで、感覚的には、手足も顔も頭も、容赦なく千切られてしまう印象を受ける。
目に映るのか、脳裏に浮かぶのか、それも分からないが、見えているものは、妖精、精霊、龍もサブパメントゥも、そしてあの『魔族』。
入れ替わりながら、虹色の幻影となって、ロゼールの視界を飛び交うそれらが、まさに自分に力を渡していると知る。
ロゼールは自分が、立っているとは思えなかった。意識も粉々に打ち砕かれた、想像を絶する『力の授与』。息切れと汗が体を震わす。
上から見つめる妖精は、静かに彼を見守り、全部が通過したと判断すると、彼を包む金の環を下げる。環は回りながらゆっくりと下がり、ロゼールの足元にまた落ち着くと、普通の小枝に戻った。
フォラヴも降りて来て、人の姿に戻ると、立ち尽くす友達に『良いですよ』と微笑んだ。自分に一瞬だけ向いた深い緑色の瞳は、『良い』の声に瞼を閉じて、そのまま体を倒してしまった。
*****
目が覚めたロゼールは、自分が寝ていることに気が付き、目だけ動かしてそこが部屋と知る。
「おや。目が覚めましたか。お具合はいかがです」
「フォラヴ」
窓際の椅子に腰かけたいたフォラヴが立ち上がり、側へ来ると、屈みこんでロゼールに微笑んだ。それから近くに置いた水差しの水を注ぎ、彼の背中を支えて上体を起こすと、水を飲ませる。
「ごめん。有難う」
「いいえ。ロゼールはもう大丈夫?」
「いや・・・どうかな」
まだくらくらするよと苦笑いする友達に、フォラヴは彼を静かにまた横に寝かせると、総長たちも半日動けなかったと教えた(※今更)。
「そうなのか。それじゃ、俺なんて無理だな。明日帰れるかなぁ」
コロコロと笑うフォラヴは、ロゼールの困ったような顔を覗き込んで、『顔色は悪くありません』と励ます。
「タンクラッドなんて、もっと青褪めていました。バイラは寝込んだみたいだし、総長はイーアンに手を引かれて」
「その3人と比べないでくれよ。俺も立てそうにないもの」
ロゼールは、友達が知っていて教えなかったと、ちょっと口を尖らせたが、フォラヴは丁寧に頷いてから『教えたら受けなかったでしょう』と答え、それはコルステインたちの本意ではないと続けた。
「違う話にしましょう。恨みつらみは好きではありません」
「そうは言うけど」
不服そうな友達の口に、笑って手の平を被せると、フォラヴは時計を見て『皆が戻るまで4~5時間ある』と言った。
この状態で演習に参加なんて、とても出来ないし、それは総長たちも知っているだろうから・・・そう言って、フォラヴは話題を探す。
「お話は出来ますでしょう?明日に戻るのでしたら、何か、今のうちに気になることを」
「ああ・・・そうだね。でも、一つ二つだよ。総長の宿題と(←仕事)イーアンにお願いした魔物の絵くらい。じゃないかな」
「魔物製品は持ち帰られない?ギールッフの職人が配った試作など、一つくらい持って戻られても」
「あ、良いね!そうか・・・そうだな、イーアンに聞いてみよう。ミレイオが良いかな」
剣は(ここで)使うだろうから、と武器ではない試作品を、持ち帰るように早目に聞こう、とロゼールは答えた。剣と弓は間違いなく、即戦力。一つでも多い方が良いものだから、それは手を着けず。
「今は、何を作っているのでしょうね。夕食の席では、種類問わずのような印象でしたけれど」
フォラヴもちょっと考え、『試作で素材扱いを教える』ような話だったことから、余計に作るものがあれば、自分が取りに行っても良いと提案する。
「これから?炉場まで結構あるよ。それに迷子になるよ。分かりにくいんだ」
「そう・・・ではどうしましょうね。あなたは明日戻られるのだし」
「うーん。持ち帰るのは、やっぱり無理かな。でも送ってもらうから、それで良いかな」
時間的に無理な発想。思い付きではあるが、提案としては、せっかく来たのだから、出来ればそうしたかったねと、ロゼールは友達にお礼を言った。
「良い提案だけど、考えてみたら。あの人じゃ、すぐには作れないかも知れない。タンクラッドさんたちは武器を作っているだろうし」
「今。何て?『あの人』とは」
ロゼールの言葉に、フォラヴは首を傾げ、どなたのことかと訊ねる。ロゼールはふと、彼に話していなかったかと思い、カルバロのことを改めて話した。フォラヴは少し驚いたよう。
「それは気の毒に。タンクラッドたちは、相手の姿にあまり気を留めませんから、話題に出さなかったのかも。私が聞いていなかったのだろうか」
「いや、どうかな。見た目で判断しないから、あの人たちも報告でそこまで言わなかったかもね。俺は直に見たから」
カルバロの失われた腕について、フォラヴはとても同情し、顔を曇らせて、『職人で片腕を失ったとなったら大変』と呟く。ロゼールもそれは思う。実際に、カルバロも不自由は口にしていた。
「その方が教わっているのですか。なんて気概のある御方なのか」
「うん。逞しいよね。斧職人なんだけど、いろいろ詳しくてさ。ミレイオの盾の話でも、古いヨライデの武器の事を訊ねたりね。
きっと両腕があれば、意欲的にどんどん製作するだろうな。だけど片手だし、思うようには出来ないかなと俺は思う」
ロゼールも少し同情の表情を見せ、『この辺からね』と自分の片腕に指差して、彼の腕に黒い金属の腕が付いていると教えた。
「誰かに作ってもらったんだろうね。鋳造の町だし、腕なんかの鋳型は幾らもある」
魔物退治で腕を取られた、その一言。どれほど怖かっただろう、と二人はカルバロを思い、しみじみと彼の身の上を心配する。
「でもさ。全然、凹んでいないんだ。やる気満々で、腕のことなんか最初のそれきりだったよ。もしかすると、本当は腕があった状態で、切らなければいけなかった・・・ってことも考えられる。
うう、怖いな。でも彼は現状、腕がないわけで、どんな事態だったにせよ、乗り越えたんだ」
「切り落とす。おお、考えるのも辛い」
治癒場でもあったら良かったね、とロゼールは、目を伏せて眉を寄せるフォラヴに悲しそうに微笑んだ。
「テイワグナにないのかな。俺は、アーメルさんって、オーリンの家の近所の職人なんだけど。
彼の肩が魔物でやられた後、オーリンに治癒場に連れて行ってもらって、今はすっかり治った話を聞いてから」
ロゼールが思い出したことを話し、途中でフォラヴの空色の瞳がふっと明るくなる。その顔に、ロゼールは黙り『どうしたの』と訊いた。妖精の騎士は小さく頷く。
「治癒場。あります・・・とても遠いし、人が見つけられるとは思い難い場所に」
「え?テイワグナの治癒場、知っているのか」
目を見開いて答えたフォラヴに、ロゼールも喰いつく。フォラヴはたまたま、自分だけがそれを知る状態であったことを話した。
「ありますけれど。どうなのだろう。カルバロは」
「連れて行ってあげなよ!腕は戻らないだろうけれど、痛みとか感覚で、後遺症があるかも知れないじゃないか。
それは癒してあげられると思う。魔物に負傷しているのは、カルバロだけじゃないだろうけれど、今知っているのは彼なんだ。彼がこの町で率先して、魔物製品の扱いを学んでいるのも、何かの運命かも」
ロゼールはフォラヴの腕を握り、是非、彼のために治癒場へ案内してあげて、と頼む。フォラヴも、ロゼールの言葉に、それもそうかもと思い、『彼に尋ねてみる』と約束した。
二人はこの後も、いろいろと話し込む。
数時間後、明るいうちに職人たちが戻り、続いてバイラとザッカリアに手を引かれた、なぜか泣き顔の総長も戻り、夕食前に軽い報告の挨拶時、『カルバロの腕』について、早速、話を出した。
――フォラヴは思い出す。イーアンが昔話していた『治癒場の状態』についての見解。
傷が癒されるのではなく、傷を受ける前の状態に戻るのでは―― イーアンはそう言っていた。
仮にそうじゃないにしても、ロゼールが話したように、職人の腕に良い状況は訪れるだろうと思うと、あんな誰もいない場所の治癒場を自分が知っていることも、隻腕の職人が魔物製品に積極的に取り組んでいることも、一つの出会いと導きに思え、これはカルバロを連れて行くべきだろうと感じた。
話を聞いているイーアンは、フォラヴの顔を見ているだけだったが、フォラヴの感じていることをちゃんと分っているように、何度も頷いていた。
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