1461. 夕方 ~手がかりと懸念と示唆
☆前回までの流れ
昼食の店で絡まれたミレイオとイーアン。相手は面師ニーファの知り合いらしく、思いがけない展開から炉場へ連れていくことに。
今日の話は、ここから始まります。
この夕方。隻腕の職人は、宿まで一緒。とは言え、これは旅の職人たちには助かったことだった。
昼過ぎ、工房に運び込まれた男。当然、見覚えもなく、扱いに困っていたミレイオたちに同情し、男が気が付くまで、カルバロは自分の工房の隅で見てやった。
寝かせて少しした後、気がついた男は、自分がどこにいるのか困惑したが、側に追いかけた相手の姿を見るなり、体を起こした。
カルバロは彼が何かを言うのを止め、現状を伝え、何の用かと先に訊ね、彼が『知人の心配』のために行き過ぎた態度を取ったことを知り、ミレイオたちに聞いていた話と重なったため、ここからはカルバロが少し世話を焼いた。
男は名を『プフラン』と名乗り、彼は、面の装飾絵具を作る職人らしかった。
プフランは主に町で仕事をするため、ニーファのようにカロッカンの町へ出向くことはなく、『ニーファの留守は自分が預かっている』ことも伝えた。
工房は広くはないため、作業を続けるミレイオとイーアン、食事から戻ったタンクラッドたちも、この話は聞こえており、訝しそうな視線を向けるミレイオには、プフランも気にしていた。
行き過ぎた態度の理由は、ニーファに出会った時にも『面の効力に、過度な信仰を持つ、外の人がいる』と聞いていた分、ミレイオも理解はしたが。
しかしプフランが気を失うような状態は、また別―― イーアンはそれについて、苦手そうな様子を見せ、オーリンとタンクラッドの間に入って、終始、隠れていた。
案の定、説明し終わり、理解も得られたプフランは、少し謝ったものの。
龍の女にむき出しの好奇心を寄せ、カルバロは『彼らは仕事をしている』と注意したが、帰るように言っても彼は諦めず、『龍の女と話したい』の姿勢を崩さなかった。
この町の人間は、どうしてこうなんだろうと思うが、全員でもないし、他に理由も知らないので、ひたすら断ってはいたけれど、旅の職人たちが引き上げる時間になると、当然のようにプフランもついて行こうとした。
さすがにこれにはタンクラッドが『お前に付きまとわれる理由がない』と叱ったが、プフランの態度は、バイラ以上の崇拝を露にし、狂信的とも違うのだが、無下に断ることが難しい相手。
仕方なし、イーアンは少し話をすることを了解したため、『でも会話は帰りの道中で』としたことから馬車に乗せることが出来ない相手は、カルバロの馬に乗せ、馬車について行くことになった。
こうしたことで、カルバロまで来る羽目になり、見張りも兼ねて御者をするタンクラッドの横で、イーアンは、プフランの終わらない質問と感想に付き合わされた。
状況としては、全く望んでいない不愉快な事態ではあったのだが。
しかしこの男。プフランの話は、旅の一行が少しの間、忘れていた『カロッカンの壁画』を知る手がかりを持っていた。
それに気がついたのは、タンクラッド。その話が出た際、もしやと、イーアンを見ると、イーアンは仏頂面。肘で突いて『思い出せ。カロッカンの絵』と小声で教えると、女龍もすぐにハッとした顔を向けた。
ということで・・・すっかり宿前まで着いて来たカルバロと、珍客プフランに『明日また』の約束を交わすまでに至る。
明日は、イーアンとタンクラッドで、プフランの工房がある『面師』の集まる区へ、話の続きを聞きに、出かけることに決まってしまった。
荷馬車を裏庭に入れ、宿に借りた馬を外して馬房へ連れて行く。馬房には既に、騎士が連れて出た、馬二頭が繋がれていたので、職人たちは騎士が戻っていると知る。
宿のホールに入ると、先に風呂に行ったか、ドルドレン以外はおらず、ドルドレンは職人たちの姿を見て手を上げ、挨拶。
先ほどまでの話をしようとミレイオが近づいたが、ドルドレンはまず座るように皆に言い、イーアンに『空へは行かなくて良さそうか?』と大切な質問をした。
イーアンは頷き『逃げたので』と短く答え、皆が笑って、それもそうだと落ち着く。
――実はイーアン。伝えていないことがあり、これには『タムズが手伝ってくれている間』だけ・・・の状況がある。
だが、手伝いの効力が消えたら『再びお空』に行くので、特に言わなかった。
話はすぐに、簡単なお互いの報告に変わり、ドルドレンは職人たちに今日の話のあらすじを聞き、最後の部分に『今度は龍の絵か』と驚いていた。
「ただの、迷惑な異常者だと思ったんだがな」
ハハハと笑ったタンクラッドは、イーアンの苦笑いを見て、角をナデナデ。『お前のお仲間、ってところだ』と冗談めかして言うので、ドルドレンも皆も、タンクラッドが何かに気づいたと知った。
「まだ、俺の勘の範囲を出ない。だが、ズィーリーでもなく、ルガルバンダでもない、あの壁画の龍・・・ミレイオが受け取った古の面にもあった、『二本角の龍の面』の正体が、どうやら見えてきそうだ。
それで、ここの職人たちは・・・俺は感じたが、職人だけじゃないか?異質な存在に妙に反応するのは。敏感なんだよ、『影響』でも受け取らされたかもな」
「タンクラッドは、よく分からない所で頭が良いよな」
感心するオーリンの誉め言葉に、剣職人は嫌そうに笑う。『よく分からないわけじゃないだろ』と答え、それから、『明日はイーアンと一緒に、面師の集まる工房区へ』とドルドレンに伝えた。
「ドルドレンたちはどうだ。本部同様の、動きの悪い団員相手だったか?」
「うむ・・・何とも言えない。分団長は護衛の出身で、変わった剣を使いこなした。彼だけではなく、他にも何名か、そうした腕のある団員も見られた。8割は微妙だが、戦える者が2割もいれば上等に思える」
素直なドルドレンの報告に、職人たちは苦笑い。ドルドレンは、眠りこけているシュンディーンを預かると、『オムツを見てくるから』と一旦、席を外した。
総長が外へ行ったのと入れ替わりで、バイラも戻って来た。
バイラは『そこで総長に会いました』と笑顔を向け、ホールにいる職人たちに、一日の労いを伝える。職人たちも彼を労い、イーアンは朝のバイラと表情が変わったことに、嬉しそうに微笑んだ。
バイラもイーアンに、お礼を籠めて微笑み返し、それから今日の話をする。
総長たちが、どんなに素晴らしい活躍をしてくれたのか。馬車歌の話は後にして、とにかく騎士4人が齎した、警護団の意識を変えるほどの熱があったことを、喜色満面で話して聞かせた。
「お。ドルドレン。戻ったか、今、お前たちの話を聞いた」
バイラが話していると、後ろから赤ん坊連れで帰って来た総長が見え、タンクラッドが騎士たちの活躍を褒める。総長も笑顔で頷くと『ロゼールがいると違う』と、今回のツボとなった部分を話す。
「ほう。そうか・・・分からないでもない。ロゼールは素手だしな」
「ロゼールって動きが凄いんだろ?俺はちゃんと見たこと、あんまりないんだよ」
オーリンが、『切り札(違)ロゼール』について首を傾げると、ミレイオとタンクラッドは『間近で見ると面白い』と教えた。
ここで風呂から上がった騎士3人が戻り、皆が顔を合わせて挨拶を交わし、交代で、職人たちとバイラが風呂へ。
イーアンとドルドレン、シュンディーンは後なので、二人は今日の報告を、互いの視点から話した。
部下の3人は皆、互いに今日の話をしている横、イーアンの話を聞く総長。
「ふむ。さっきはやんわりと聞いたが、実際にイーアンが感じた様子を知ると、かなりコワイ」
「そうです。何でこんなにしつこいのか、と思いました。ニーファをよほど守りたいのか。以前、ニーファに強烈なことでもあったかもです」
「プフラン、と言ったか。その男。バサンダのことは知るまい。話した?」
いいえ、と首を振るイーアンは、伴侶の指摘で困った顔をした。ドルドレンも眉根を寄せて『先に話した方が良い気もするが』と呟く。
「人の事情だから、旅の道連れとなったとはいえ、俺たちが口を挟むのもどうかと思う。
しかし、その男の態度。イーアンが『龍の女』と気づいたから、また変化したようだが、そうと気づく前は、赤の他人に対し、知人の被害を想像して食い込むのだ。
そんな危険さを持ち合わせた人物が、もしバサンダとニーファのことを知ったらと考えると」
「何だか心配になってきました。ニーファはまだ戻られないでしょうから、バサンダがこの町の施設にいるとは知らないでしょう。先にプフランに教えたら、バサンダに会いに行きそう」
イーアンの懸念も然り。ドルドレンも奥さんの困る顔を見つめて『どうしたものか』と案じる。
二人の話題が少しの間、プフランとバサンダのことに集中した後で、職人たちも風呂を上がり、交代でイーアンが風呂へ行った。イーアンは早風呂で、あっさり出て来たので、ドルドレンは赤ちゃんとお風呂。
皆が風呂を済ませた時間に、夕食も食卓に並び始める。
魔物騒動で客が出て行ってしまってからは、相変わらず宿泊の少ない宿。
この日は、他に2組程度らしく、その旅人たちも早くに夕食を済ませ、食堂を入れ替わりで出て行ったため、一行だけの食事の場。
全員が集まったので、粗方を報告した内容の詳細を話し合う。
騎士たちの今日は、午前が見せ場で、午後から指導だったこと。
職人たちの今日は、一日通しての作業と、合間に、午前はイーアンのトラブル(角引っ張られた)、午後は絵具職人の追っかけ。
バイラの今日は、騎士たちと同じように日中を過ごし、夕方に知った『バサンダの申請が出た』確認、それと――
「馬車歌?テイワグナの?」
ドルドレンは、口に運びかけた匙を止めて、さっとバイラを見た。バイラも少し済まなそうに笑って『言いそびれていまして』を前置きに、実は魔物騒動の翌々朝にも話を聞いていた、と白状する。
「あの時は、他にもすることが積もっていたから」
「良いのだ。それは分かる。それで、今話してくれたということは」
さっと流してくれた総長に有難く思うバイラは、心の中で感謝して、サイザードから聞いた話をした。それを聞いた皆は、少しの間、お互いを見て『ハイザンジェルの内容と似ている』と言い合う。
馬車歌について、あまり詳しく知らない若い騎士たちは、職人たちと総長が知っていることを聞かせてもらい、『テイワグナも同じような話がある』と理解した。
「ドルドレン。ハイザンジェルの馬車歌は、確か、ズィーリーの話しかないような」
親方が確認すると、ドルドレンも不思議そうに頷いて『それについては、俺もそうとしか』と答える。
「テイワグナで、知ったのだ。始祖の龍の歌があることを。
バイラが今教えてくれた話では、魔物の数の頭打ちについて歌がある。これは、始祖の龍の時代のことを言っているのか、それともズィーリーの時代に入ってからの話なのか。
ハイザンジェル『数え歌』は、内容的に、ズィーリー時代と思っていたが、テイワグナはどうなのか」
もしかすると、親父の歌う、中心となる馬車歌以外で、よく聞きこんで解釈したら、始祖の龍の世代の歌もあるかも・・・ドルドレンが呟くと、それを聞いた親方は、嫌そうな顔をした。
その表情。ドルドレンもイーアンも、理由は分かる(※ジジイの持ち歌の可能性)。
「確認するなら・・・今更かも知れないが、ジジイに連絡して訊いてみても」
ドルドレンは、『タンクラッドのお手伝いさん=ジジイ(※エンディミオン)』に訊ねることを、そっと促したが。
「いや。いい。まだその必要がない気がする」
親方は一瞬で断ち切った(←ジジイ嫌い)。これに関しては無理強いできないため、タンクラッドに同情しながら、話を戻す。
事情は読めないけれど、バイラは話を続けてほしいと言われて、苦虫を噛み潰したような親方に遠慮しながら(※顔が怖い)、サイザードから聞いた情報の続きを伝えた。
「・・・と、そういうことらしくて。時期としては、私たちがダマーラ・カロに入る前に、テイワグナの馬車の家族が出て行ったようです」
「そうか。行き先は?道の向かう先を、サイザードは教えてもらっているだろうか」
「ええと、南へ向かったそうですが。ただ、南に進む道も、先へ行けば三差路に出ますし、それに」
「分からないのですね。馬車の家族が何日前に出発したかによって、もう三差路のどこかへ進んだ可能性がある、という」
イーアンがちょっと口を挟んで添えると、バイラは頷いて『道だけを進むとも限らないんですよ』と豆知識も加えた。
「前にも話したかもしれないですが・・・彼らは岩のある場所を伝う姿を見ます。岩は水が流れ落ちるところもあって、影もあるし、暑い時期をやり過ごすには、岩場は都合が良いのだと思います。
ここから南へ向かうと、大きな岩が並ぶ場所も、無いわけではなくて。
それと、その。ええと、言い難いのですが、シュンディーンの親のために、水辺を辿るのであれば」
話が赤ちゃんに移ったので、ハッとした皆は、肉をもぐもぐする赤ん坊を見た。
馬車の家族を追いかけられたらと、次の示唆を感じた矢先、『シュンディーンを返すために水辺を選ぶ道』の話に戻され、少しの間、食事の場は静まる。
バイラは済まなそうだったが、横に座るフォラヴが『大切なことです』と微笑んで、気にしないように伝えた。
とにかく。
馬車歌の事で、サイザードは総長に話をしたがっていたわけだし、それを話すと、総長は了解してくれたので、馬車歌『魔物の数』の話は明日、直にサイザードを情報源として訊ねることになった。
この晩。騎士たちは、久々の指導による疲れでぐっすり眠り、職人たちも寝床に入るなり、眠りに就いた。
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