1460. 面師の知り合い・試作と珍客・警護団施設の夕方・馬車歌の影響
☆前回までの流れ
集合工房に炉を借りた、旅の職人たち。熱心にも思える「人以外の聖なる存在」への、町の職人の行動には悩まされます。
付き合いに気を遣うため、ミレイオとイーアンは二人で昼食に出かけたのですが、食事中、知らない男に話しかけられます。
昼時の混雑に滑り込んだ声は、知人の名前を呼んだ。
それを思ったのは、イーアンとミレイオだけではなく、聞き返した男もそうだった――
――昼食を摂っていた男は、聞く気もなかった話が耳に入り、内容に注意を取られた。
そっと相手を見てみれば、一人は黒づくめ、もう一人は派手な格好で、刺青と飾りに包まれた男と知り、少し不安を感じた。黒づくめは、背中を向けているので顔は見えない。
食事も終わる頃だったので、早く口に詰め込み、『面師』『ニーファ』の言葉を確認しながら、相手を怪しく思う。
どう見ても、テイワグナ人に見えない派手な男と、もう一人の会話は、千切れてしか聞こえないが、内容を捉えると『間違いなく自分の知人』。この外国人たちが『木工の工房へ行きたい』・・・そう話していると知った時、警戒が波立った。
観光客の雰囲気とも違い、耳に入れた話の一部は『面の力』。
ニーファはカロッカンから戻っていないので、もしやどこかで、ニーファと会った旅人か。
何が目的か分からないが、待ち伏せされても困る!と思ったら、つい・・・知人を守るつもりで、盾になることを選んでいた。
「ニーファ?」
名前を確認して、相手がどんな反応をするのか、見ようとしたら。
「何かしら?」
女の言葉で訊ね返した、派手な男の目。その目に驚く、その色。人の目にない、日差しのような明るい輝く金色。
会話に上がっていたニーファの名を訊ね返し、立ち上がったは良いものの。金色の目の男は、すぐ攻撃的な視線を向けた。威圧に感じ戸惑った一瞬、言葉を失ったが、相手が先に言葉を返す。
「違う人じゃないの」
「いや。今、ニーファの面の話と」
家の話をしていただろう、とは言えない。『家』に用があると言い切るのは、見知らぬ相手に危険な気がして、言葉を続けなかった。だがそれで、話は閉ざされる。
金色の目の男は、視線を皿に戻し、食事の手をまた動かしながら『それでさ』と、黒づくめの人物に話しかけた。
話しかけたことを無視をする様子に、立ち上がった体はぎこちなく、二人の外国人の席へ歩いた。派手な男は睨みつけ、席の真横に行く手前で止める。
「何よ。食事中なの」
「ニーファのことを知っているのか。面がどうとか」
「お面はこの町に沢山あるわよ。あんた、何なのよ」
「あんたたちこそ、どこの者だ。面師に用があるようには」
「関係ないでしょ?」
「ある。ニーファは知り合いだ。面の力のことで話をする外国人は、面師に迷惑だ。どこでニーファを知ったか分からないが、ニーファが面師と知っている。迷惑をかけるかも知れない、余所者に」
「はあ?」
いい加減にしてよ、と吐き捨てた派手な男は、その明る過ぎるほど光を湛える瞳に怒りを浮かべた。怯む心と、知人を守ろうとする気持ちの板挟みで、体が動きにくい。
すると、黒づくめの方が派手な男に声をかけ、派手な男は小さく首を振った。
それは、断るように見える動きだったが、黒づくめは腕を彼に伸ばし、立ち上がろうとする派手な男を制した。
その腕・・・色が。人の肌ではない、その白い色。
腕の色に驚いた顔をしたと思う―― だが、振り向いた黒づくめに、自分はもっと驚いた。
「人間?」
「失礼な。人間でしたよ(←変)。ちょっと色が変わっただけで」
うっかり口にした言葉に、黒づくめの相手は気を悪くしたように、眉を寄せた。被った黒い布の下に見えた顔は、見慣れない顔で・・・『龍。龍の女』まさか、本当にと、呟いたことが、更に気に障ったか。
「ああ、もう!あんたのせいで、面倒臭い」
他の客も何人かが振り向いてしまったため、派手な男は荒っぽく立ち上がると、最後まで食べ終えないままの食卓を放って、『行くわよ』と黒づくめの女の腕を掴み、大股で店を出て行った。
「あ、待て!」
ハッとして急いだ自分は、二人の後を追いかけて通りへ出る。待てと言って待つわけもなく、二人は雑踏をすり抜ける。
「待て!知ったからには」
叫ぶ声には届かない声量だと思ったが、相手はそう思わなかったらしい。
随分、先を進んでいたはずの二人は、後ろを振り向き、派手な男がすごい勢いで間近に来た。走ったようにも見えない速さ――
いきなり肩を掴まれ、怒った顔を向ける男は『いい加減にしろ』と低い声で威嚇する。
「他人に迷惑をかけるかどうか。そんなことは、今のお前が自分に聞いてからにしろ。お前は迷惑以外の何でもねぇ」
「め。面師は。面師を狙う外人がいる以上、放っておけはしない」
「狙う?何だ、おめえは」
ミレイオ、と後ろから声が掛かり、刺青の男はぴくっと止まる。黒づくめの女が来て、自分と刺青男をさっと見てから『勘違いかも』と自分に言う。
中性的な声と、その顔つき、黒い布の下の皮膚の白さに、『これが伝説の龍の女だ』と分かった自分は、心が震え、その場で力が抜けてしまった――
*****
昼を挟んだ工房では、オーリンも戻ってきており、タンクラッドと一緒に試作を作っている最中。
型を作る前に、鏃の見本をダビの説明書通りに成形しながら、様子を見て『ここからは削り出し』そう呟いて、一つめの鏃の調整。これを型取りに使うので、オーリンは成型に入る。
タンクラッドについて学ぶカルバロは、時々質問し確認してから、自由な方の手で感覚を覚える。タンクラッドもそれを見守り、難しそうだと手を添えて支え『この工程は他の職人と一緒に』と促した。
「すまないな。手間を」
謝るカルバロに、タンクラッドは微笑んで首を振る。『手間に思わない』と短く答えると、カルバロは思い出したように『これも作ってみたい』と立ち上がり、工房の棚から箱を出した。
「ギールッフの職人の試作だ。金属が足りないとかで、最後まで仕上げていない」
「柄がないのか。でも、剣身は出来ているじゃないか」
見せてもらった箱の中に、剣と呼ぶには、少々短いものが何本かあり、タンクラッドは一つ取り出して『悪くない』と笑った。
「納得出来ないのは長さだけ、だな」
タンクラッドの言葉に温かみがある。カルバロも微笑み、『良い出来だと思う』と刃の模様を見て頷いた。
「試作扱いだし、ここで参考にと渡してもらった」
「誰かが直に来たのか」
聞いてみると、来たらしいのだが。『よく覚えていない。町役場の人間たちと一緒だった』らしくて、人数に紛れていたような話。話したのは自分ではない、とカルバロは他の工房に視線を向ける。
「良かったら、タンクラッドが幾つか貰っても」
「使わないのか。参考にするだろ?」
「俺は開業者に学んでいる。いくつか残してもらえれば、比べて見直すことは出来る」
開業者、と呼ばれて笑ったタンクラッドは、有難く『教えた責任もあるな』と、短い剣を数本受け取ることにした。
そんなやり取りを楽しそうに見ていたオーリンは、昼過ぎても戻らないイーアンたちのことを訊ねる。
「イーアンたちは」
「もうじき戻るんじゃないのか。店が混んでいるかも知れない」
あ、そう、とタンクラッドに頷くオーリン。
赤ちゃんは剣職人の背中で寝ているので、『俺と昼行くか』と訊ねて、彼が頷いたので『肉の美味いところ探そう』と赤ん坊を見て笑う。
「肉の匂いで起きるな」
「だろうな」
ハハハと笑ったタンクラッド。オーリンも笑っているが・・・カルバロは、これには笑わずに見つめる。
カルバロがどんなに『赤ん坊を見たい』と言っても、全く見せてもらえなかった。
そして、その赤ん坊は赤ん坊の割に、泣き声一つ立てないと知る。よく見ていると、彼らの荷物に赤ん坊用の物はない様子。
龍の女もいるし、謎めいたミレイオもいる。この赤ん坊も・・・と思うのは自然で、カルバロはしつこくこそ出来ないが、気になって仕方ない。
そんな、気になる状態を過ごしている昼も終わる頃、集合工房の中が少し騒がしくなる。
カルバロも、二人の来客に合わせ、昼食はまだだったから、工房の入り口に何か運ばれたか、とそちらを見た。
昼食を配達してもらうことは毎日に近いので、配達の食事が届いたのかと思いきや。
「怪我人?」
目を丸くして呟いたカルバロの声に、タンクラッドたちも顔を向ける。
彼らはそちらを見た途端に立ち上がり『どうした』と動いた。龍の女とミレイオが、動かない一人の男を連れて戻った状態がそこに・・・・・
*****
地方行動部では、一日頑張ってくれた騎士に感謝を伝えた後、彼らに明日の約束を確認し、夕日の中を送り出したところ。
総長たちを先に帰したバイラは、今日の模範演習について、報告書を書く。
書きながら思うのは、今日までの数日と、今日の違い――
毎日、バサンダの入居した施設へ顔を出して様子を聞くようにし、昨日はニーファの家に手紙も出した。
魔物騒動は町の中において、あっさりと静まったものの、警護団では、町全体への魔物襲撃に、調査した内容を書類に起こしたりで忙しかった。
だから昨日までは、バサンダの手続きも『後回しで当然』といった体で、忘れられたようにも感じたのだが、今日それは巻き返しを見せた。
総長たちの協力は予想以上の効果を出し、カベテネ地区警護団全体の活気に働きかけた。
彼らのように、全員が戦おうとしなくても、自分に出来る範囲に力を注ごうと、各自の意識が上がったのだと思う。
バイラはこの夕方も、報告書作成後にバサンダの手続きの進行具合を、提出申請書の棚で調べる。すると、後ろから『永住権申請書は作りましたよ』と聞こえた。
振り向くと、ここで最初にバイラを案内したスーク(※1434話参照)が笑顔で立っていて『今日は素晴らしかったです』と続けた。
バイラも嬉しいので、大きく頷く。スークはバイラの見ていた棚ではない方を指差す。
「バサンダさんのは、明日、発送される封筒にもう、入っていますよ」
「ああ・・・そうですか!忙しいのに、対応してくれて有難うございます!」
お礼を言うバイラに、スークは微笑んで首を横に振る。
「私も頑張らなきゃ、って思いました。騎士修道会はすごいですね!
そうだ、『テパガ』も戻ったんですよ。途中で集落の幾つかに立ち寄ったから、すっかり遅くなったけれど」
夕方の慌ただしい施設内で、スークが顔を向けた先には、忙しそうな一人の男が動く。
それが、バサンダの話に同情してくれた、カロッカン駐在所で会った警護団員・・・と分かり、バイラも笑顔になる。
「テパガは戻ったばかりで、今日明日は忙しいでしょう。でも、バサンダさんの話は、後で伝えておきますよ」
「有難うございます。本当に有難う」
スークは『こちらこそ、お礼を言っても足りない』と、その意味は伏せたまま静かに微笑むと、また仕事に戻って行った。
「バイラ」
スークと入れ替わりで、バイラは分団長に呼ばれる。サイザードは部屋へ行くよう、指を廊下に向けたので、バイラもすぐにそちらへ行った。
サイザードは、今日の様子を見たとはいえ、まだ衝立の奥の一画はそのままにしているようで、布を寄せて中へ入ると、後からついて来たバイラを通す。
分団長は改めてお礼を伝え、バイラに明日の打ち合わせをする。
バイラもそれを聞き、幾つか質問をして了解すると、何度か目を泳がせたサイザードに、彼が話を変えようとしていると気が付き、『他には』と促した。
「昼食時に・・・総長と話した時なんだけれど」
何となく、言い難そうな出だし。バイラは何だろうと思って『はい』と相槌を打つ。サイザードは、うん、と頷き『彼は馬車の民なの』と一言、静かに呟いた。バイラは、普通に『そうですよ』の答え。
「それが。ええと、馬車の民だと」
「差別じゃないのよ。そういうつもりの質問ではなくて。ハイザンジェルの馬車の民でしょう?」
「はい・・・あの。その意味は」
何かマズイのかな、と訝しむバイラに、サイザードは誤解をしないでくれと先に言い、それから自分が少し思っていたことを話し出した。
「私がバイラに話したでしょう。魔物の数のことを、馬車の民に聞いたと」
「あ~!はい、話してくれました!あの時は、テイワグナの馬車の民が、ダマーラ・カロに回って来た日の詳しいことを、私に教えてくれましたね!」
バイラの反応に、サイザードはすぐに続ける。『総長も知っているのかと思った』と。それが核心だ、とバイラは気が付く。
魔物資源活用機構で回っている、騎士修道会の派遣騎士。その総長が、馬車の民出身。
これは、テイワグナ馬車の民に『魔物に関する情報』を聞いて信じたサイザードには、何とも運命的なことに捉えられたのだ、と理解した。
バイラの表情から、自分の感覚を理解したと察した分団長は、『そういうことよ』と頷くと、バイラにお茶を勧めた。
「私はもう少し情報があれば、と思っているのよ。でも、他人の総長には訊けない。彼が知っているかどうかも分からないし、どう思うかも考えると、良くも悪くも知らない人間に探られたくないと思うから」
「サイザードさんは、そんなに気にしてくれているんですね。総長は訊けば話してくれますよ。彼らもそれを知って動いていますから」
ハッとするサイザードは、お茶を飲みながら『問題ないと思う』と教えてくれたバイラに、本当かと訊ねる。バイラは、開示できる範囲だろうが、教えてくれないことはないと伝えた。
「バイラが知っているような雰囲気だったから、私もあの日に話したけれど。
でもバイラは、テイワグナの護衛も務めて、どこかで馬車の民と接触していても変ではないから、それで関心を持って、聞く耳を向けてくれたのだと思った」
一度言葉を切り、考えをまとめたサイザードは『少しでも多くの人々に、安心を渡したい』思いから、馬車歌のように、魔物の脅威の中でも、希望の感じられる内容は知りたいと話した。
うんうん、と強く同意して頷いていたが。ここでバイラは、思い出す。
総長たちに、サイザードが知っていたことを、丸っきり伝えていなかったこと(※それどころじゃなかった)。
隠していたみたいで嫌だなぁ・・・と思いつつ、帰ったらこの話はしないといけない、と胸に決め、サイザードには、自分から話しておくことを約束する。
嬉しそうなサイザードは、少し微笑んでから『それからあの少年にも、もう一度謝っていたと伝えて』と頼み、バイラはそれもちゃんと請け負った(※ザッカリアはずっと怖がっていた)。
そしてバイラは、馬までサイザードに送られて、労いの挨拶を交わした後、夕日の沈みかける道を宿屋へ帰った。




