146. 手がかり
イーアンは黙った。フェイドリッドも青紫の目でイーアンを見つめる。
「どこまで知っている」
「仰る質問の中身をもう少し教えて下さい」
「イーアン。賢い女よ。そなたは何を見たのだ」
「私に与えられた時間はどれくらいありますか」
「望むまで与えよう。その話は聞く価値がある」
「価値があるかは聞いてからです。信じなければ全ては時間の無駄でしょう」
「そなたは。どうしてそう。まあ良い。教えてくれ」
この人は王族だから、私が知らない情報を知っているかもしれない、とイーアンは考えた。王族相手に自分は何をしているのだろう、と思うが、もしこれが必然なら機会を放るにはあまりにも愚かか、と感じた。
「フェイドリッドにお願いします。私はドルドレンと一緒です。二人は共にこの世に生きて、運命を与えられた存在です。ここにドルドレンを呼んで下さいませんか」
「断ったら」
「断る理由を教えて下さい」
「そなた一人から聞こうと思う。総長は後だ」
あ、なるほど。とイーアンは気付く。この人は真っ向から信じるわけではないようだ。照らし合わせて確認する気だ、と分かると、こちらも隠さずに出なければいけない・・・と決める。鳶色の瞳に遠慮が消えて、目つきが定まった。
「そのお知恵に沿いますように。私の知っていることをお伝えしましょう」
「そなたは本当に面白い。覚悟を決めたとなると人が変わるな」
誉めても何も出ません、と笑い、イーアンは話した。
自分がある時、泉に落ちたところから始まり、僧院の石像を見たこと、支部での夢の話。シャンガマックとフォラヴの話し、ドルドレンの夢の話しもした。簡潔に、無駄なく、誤解のないよう気をつけて。
「イーアンを助け、翼になるという存在。それはまだ会えていないのだな。遺跡にあったというその絵を見せてくれ」
この人は何かを知っている。そう思ったイーアンは上着を脱いだ。
もう潔く行こう、と思い切り、大きく息を吐き出して胸を覆うまで深いコルセットを外す。透かし地のブラウスだけになると、さすがにフェイドリッドが慌てた。
「そなた。そこまでする必要は」
「フェイドリッドにご覧頂くことをお願いします。虚実ではない事をお伝えしたいのです。シャンガマックがそれだ、といった絵です」
フェイドリッドは育ちが良いから、どうしても目を逸らしがちになるが、イーアンは覚悟を決めて脱いでるのだから(※そんながっつり透けてるわけでもないけど)、その絵の確認だけはしてもらおうと思った。 ――見れば信じるかもしれない。私たちは信じた。
イーアンはブラウスの上のボタンを3つまで外し、服をずらして左肩を出した。胸はあってないようなものだが、一応ブラウスの上から片手で隠す。
フェイドリッドは、真面目な顔で左肩を露にしたイーアンに向き直る。肩にある、黒い絵を見て目を見張った。
「その絵か。そうか。やはりそうか」
展開のある一言を聞いたイーアンは服を正す。フェイドリッドの顔を見ながら、一言も漏らすまいと次の言葉を待ち、ボタンを留めて、コルセットを着ける。
「ここの宝物庫に、その龍を呼ぶ笛がある」
イーアンの目が、美しい青紫色の瞳を捉える。それは私のものである、と言うように。石像が持っていた、あの笛のことだろうと見当をつけた。フェイドリッドも、目の前の女の表情から、意図を受け取った様子で頷いた。
「イーアン。今夜は王城に宿泊すると良い。明日の朝にでも笛を見せよう。明日立つのか」
「出発はその予定です。宿泊は民泊でも良いのです。笛は・・・・・ フェイドリッドもあの石像をご覧になって、記憶に残されていらしたのですね」
「そうだ。恐らく、笛はそなたの持ち物であろう。しかしあれが消えれば、王都に魔物が入るとも分かる」
「王都に魔物が入らない理由は笛、と仰るのですか」
「イーアンなら信じるであろう。2年前にハイザンジェル王国の西の壁から魔物が現れた時、王城で地鳴りがあった。異常事態であることは分かっても、地鳴りの理由は分からず、全ての部屋を調べたのだ。
すると、宝物庫で一つだけ、棚を壊した箇所がある。笛は壊れた棚の瓦礫の下にあり、煌々と輝きを放ちながら奇妙な音を出していた。私が呼ばれ、それに触れると、音は止み輝きも治まった。
若い頃に国中を監査で回ったことがある。まだ前王が健在だった頃だ。その時に、かの有名な廃墟となったディアンタの僧院の中で見た、不思議な石像が手に持っていたものだと思い出した。
私は笛をどう扱って良いか分からなかったが、触れた折に振動も音も消えたので、それを持ち出した。何があったのかを王城に勤める魔法使いに尋ね、知識を持つ賢人に相談したが、その笛の存在を知る者はいても、笛が何を表現したのか『それは魔物の出現と関係ある』としか分からなかった。
魔物の被害が、毎日報告され始めた時だ。これは何か大きな意味があるはずだ、と思い、私は記憶にあったディアンタへ向かおうと、笛を手に出発したのだが。いや、正確には出発したつもりで終わった。
王都から騎士団を連れて出た途端、街道を進んでまだ王都が背に見えるような距離で、空に奇妙な姿の生き物が群れで飛んでいるのを見た。それらは我々には向かわず、真っ直ぐに王都へ向かった。
私は王都の危険を感じ、慌てて戻った。すると魔物は王都の上で翼を羽ばたかせ、今、正に舞い降りんとしているところが、さっと別のところへ飛んで行ってしまった。
この体験から、私が王都にいなければいけない、と周囲が言うので、私は魔法使いなど信頼できる者に頼み、やはり同じように笛を持って出かけさせようとした。
だが魔物はその度に、王都へ向かってきた。魔物が王都へ向かうのを確認しては、出かけた者が戻る。すると魔物は消える。これを数度繰り返した。
実被害はなかったが、笛をここから出してはいけない、とした結論が出た。
以降、宝物庫に新たに棚を別に作らせ、そこに置いてある」
イーアンは溜息をついた。フェイドリッドも掛ける言葉がない。
「見るだけにします。王都はどうぞ無事でありますように。ハイザンジェルの魔物に対処が出来るようになったら。もしくは、私がヨライデに呼ばれる時には、どうぞお借りできます事を願います」
フェイドリッドが安心したように小さく息を吐いた。『すまない』とイーアンに謝る。イーアンは微笑んで『急に来ましたから』と笑った。フェイドリッドもその言葉に笑って『そなたは本当に』とだけ言った。イーアンは、この人の中途半端な言い方がギアッチそっくりに思えた。続きが聞きたい。
「さて。もう随分彼らを待たせているから戻ろう。明日、また朝に来てくれ。私も早く起きておこう」
「フェイドリッド。心から感謝申し上げます」
イーアンに上着を着せてくれた、フェイドリッドは笑顔だった。なるほど、そなたなら魔物も解体するだろう、と背中から声をかけられた。どんな部分で納得されたのか分からないまま、イーアンは首を傾げ微笑んだ。
この後、会議室へ戻ると、ドルドレンの苛立ちで重圧が増えている空間に足を踏み入れ、フェイドリッドは何やら両肩に重さを感じた。イーアンが戻ると、ドルドレンは立ち上がってイーアンを引き寄せた。
「40分もいないなんて」
「お話していました」
分かるけど、とドルドレンは疲労した溜息をついた。他の者はさらに疲労していた。ドルドレンとの空間の居心地の悪さに苦しみ続けていた。
フェイドリッドは王城に泊まるように、と提案したが、イーアンがあっさり断った。セダンカとお付3名は仰天するほど驚いたが、ドルドレンはホッとした。
「朝7時に伺います。ご迷惑をお掛けします」
イーアンはフェイドリッドにそう伝え、退出の許可を願った。フェイドリッドはイーアンに頷いた。
「イーアン。そなたの鎧を私に譲ってはもらえないか」
「申し訳ありません。シャンガマックの鎧です」
セダンカ以下3名の目の剥きようは、目玉が落ちそうだった。ドルドレンもこれにはちょっと驚いた。
――それ断るんだ、イーアン・・・とドルドレンは思う。さっきまでおどおどして、殿下と目さえ合わせないようにしていたのに。もう、魔物戦と同じくらい、人が変わっている気がする。イーアンはいつものイーアンなんだけど、最初の怯えるイーアンではなく、普段のイーアンだ。俺たちと接する時と変わらない態度で王に接してる・・・・・
フェイドリッドは少し苦笑して『そうか。打ち解けられて何よりだ』と別の言葉で答えた。イーアンはそれを聞いて『フェイドリッドにもご用意しましょう』と約束した。
そうしてイーアンとドルドレンは王城を出て、城下町へ向かった。ウィアドは王城の厩で預かってもらい、自分たちは民間の宿に空きを尋ねて、宿泊する事にした。
部屋を取って、風呂に入ったイーアンはドルドレンにも風呂を勧めて、自分は部屋に入った。フェイドリッドの敷居の低さに、改めて感心する。ああした王様もいるんだな、と思った。
ドルドレンが戻ってきて、イーアンは食事をどうしよう、と気がついた。
『宿で食事があるようだから』とドルドレンはイーアンを誘って、1階の食堂へ降りた。夕食は普通客と同じように摂ることができたので、二人は大きな焼き魚と山盛りの野菜を頼んで、ドルドレンがお酒を飲んだ。
部屋へ戻り、ドルドレンはようやくイーアンに聞き出した。40分間、何を話したのかを。
イーアンが最初から最後まで話すと、『肩を見せた』部分でドルドレンが顔に手を当てて項垂れた。イーアンは丁寧に説明し、肩の絵を見せれば信じると思った、と伝えた。
「脱がなくても」
「あの人の言い方が、何か重要な事を知っていると思ったからです。王様ですから」
王様だけど・・・・・とドルドレンはがっくりしていた。
「こちらが知っている限りの真実を伝えないと、彼の手の内も教えてもらえないと思いました。
話の始めに、ドルドレンを呼ぶように言いましたが、彼は『ドルドレンには後で別に』と。ドルドレンの話をいつ聞くのかも分からなかったし、そんなに時間をもらえるかどうかも確信がありませんでした。
それに、実際に肩の絵を見たら、さっき話したように結果的に王都の秘密を知ることが出来ました。明日は笛を直に確認できるのです」
イーアンがそう伝えても、ドルドレンは悲しそうに見上げて『分かるけれど、そういうことではない』とイーアンに心の内をこぼす。『愛妻(※未婚)なんだよ。愛妻の素肌なんて他の男に見せたくない。なのに自分から見せるとは』と溜息をついた。
『私もドルドレンが、女王様やお姫様に素肌を見せたら、確かに凹む』と思ったイーアンは、ドルドレンに自分の軽率さを謝った。
謝りながら、ドルドレンを抱き締めた。何度も謝り、許してほしいとお願いした。
ドルドレンはもう凹んでいなかった。イーアンをベッドで抱き直してキスをした。
「イーアン。相手は王だ。でも俺は」
「あなたは私の夫で、私のたった一人の王です」
それ以上は言葉は要らなかった。ドルドレンは愛妻(※未婚)をその逞しい腕にしっかり抱いて、蝋燭も消して、後は愛情を時間をかけて注ぐだけだった。
お読み頂き有難うございます。
今日は誤字報告を頂きました!初めて頂いたのですが、こんな細かいところまで見て頂けていることと、それを私に教えて下さることに、とても有難くて嬉しく思いました!
お手数もお時間もお掛けしました。ご親切に感謝します。有難うございます!
初めて誤字報告の機能を見たので、もしかしてメッセージなどあったのか分からないのですが、私がメッセージをお返し出来ていませんでしたら、大変申し訳ありません。教えて下さった方に、この場を借りて御礼申し上げます。有難うございます!!




