1459. 警護団の変化・集合工房の印象
☆前回までの流れ
警護団指導に出た騎士たちの動きは、驚かれるものでした。今回は、炉場に出掛けた職人3人と赤ちゃんの話です。
サイザード分団長による、『指導は午後から』の要望で、午前は騎士4人の動きを披露するに終わる。
ロゼールが参加したことで、武器同士で戦う以外の様子を見せた時間は、ロゼールからすれば、不服な一つではあるものの。
『対、魔物』を相手に戦う印象も起こり、それはつまり、ロゼールの肉体だけの動きに『魔物』を重ねて、観客には刷りこまれた。
これは、ドルドレンたちも考えていなかったことだが、『魔物のような』役柄を動いたロゼールのおかげで、実際に自分たちが戦う時の緊迫感や、戦い方を考えさせるには、とても強い働きかけがあった。
昼休憩で施設内に通された時、それは想像以上に反響を生んだと知る。
サイザードに最初に聞かされた『良い反応をされない覚悟』と冗談で言われた言葉に、ドルドレンはバイラと苦笑いしたが、それは理解していたので『問題ない』と答えたのだ。
だが、一歩中に入れば、雰囲気は想像を覆す。入った側から拍手が鳴り、これには分団長も騎士たちも、積極的に武装をしていた団員たちも、仰天に近い驚きだった。
最初こそ、サイザードは『嫌味かしら』と疑っていたが(※それくらい仲悪かった)、そんなことはないと分かったのは、ドルドレンたちがゆっくりと中へ進んですぐ、一人の団員が来て『驚いた』と嬉しそうに言ったことだった。
実はこの団員。魔物が出た夜に、バイラを追い返そうとし、サイザードにぶん殴られた人なのだが、彼は『自分の勇気のなさを、騎士たちの動きで痛感した』と急いで伝えた。
「あの夜は、龍がいることや、不思議な聖なる光もあって、嫌な言い方ですが・・・特別な人たちだから出来ることだと、それを思う気持ちは強くなるだけでした。
でも、今あなた方が特別な力を使わなくても、訓練の賜物と分かる動きを見せてくれたことで、自分も立ち上がろうと思えました」
「それは、大きな勇気の一つ」
総長は見下ろした団員に微笑む。団員は恥ずかしそうに『これから頑張ります』と素直に言った。
他の団員も少しずつ側へ近づき、サイザードに直に話しかけることは出来そうにないものの、隣国の騎士に賛美を伝えよう、思いを話しかける者は、この後も続いた。
サイザードは何も言わなかったし、表情も硬いままだったが、それでも騎士4人に群がる『保守的』な警護団員の言葉をじっくりと訊いて、その雰囲気は穏やかに見えた。
*****
食事時も囲まれて、ドルドレンたちが思いもよらない歓待を受けている頃。
一方、炉場について行った、イーアンの昼頃。
物陰に隠れ、じーっとしているところを、探しに来た親方に発見されていた。
「いた。こんな場所に」
「だって」
「来い。俺が守ってやるから」
「嫌です」
何でだ! 怒る親方に、しー!しー!と黙るように急ぐイーアンは、物陰に親方も引っ張り込んで『見つかりたくない』と頼んだ。
親方は、工房の通路影にある、掃除用具ばかりを立てかけた狭い納戸に顔をしかめる。扉は上下の隙間が大きく、繋いだ板切れも適当な戸。
鍵もなく、バタンバタンと動く扉の向こう、用具収納庫の奥に、イーアンは縮こまっていた。
「臭うな・・・汚れるぞ、こんな場所で」
「ここでも私、光っています(←角)。でもこの場所は、凹みだから見えないです」
「お前の龍気を辿って探したから、俺が見つけたんだ。他の人間は、掃除に用でもないと見つけられない」
困っている女龍に、親方は角をちょんちょんと触って、少し笑う。
「迫られたからか」
「掴むんですもの。やめて、と言いました」
「そうだな・・・ちょっと、強引だな」
人数も多かったですよ、とぼやくイーアンに、親方は肩を抱き寄せて笑う。
もう片手で、イーアンの立派な角をナデナデしてやり『痛くはないのだろ?』と、角の根本を確認。ちらっと見た女龍は『痛くないけど』とは答えるが、嫌そうに俯いた。
「お前が各地で喜ばれるのは、散々、見ているが。ここでは別格だな」
親方は同情するけれど。職人たちにも悪気はないことから、イーアンに『仕事が待っている(※親方は仕事重視)』やんわりと率先するように促すだけ。
「ナイフを作ってやらないと。オーリンが午後に戻ったら、鏃のことも気にかけるだろうし」
「ミレイオは?」
「あいつは、お前の見たとおりだ。カルバロに求愛されている」
冗談に苦笑いするイーアンに、親方もちょっと笑う。『ミレイオを見抜いた』だからだろ、と続けると、それは知らなかったイーアンは驚く。
「お前も職人たちに囲まれていたからな。聞こえなかっただろう。カルバロはお前も気にしていたが、お前は分かりやすい。『龍だ』と自己紹介する。
だが、言わないミレイオの正体には、好奇心なのか・・・知りたがっている。今日はとっ捕まえた、ってところだ」
――ここに隠れるに至ったイーアン。今日は出発後、荷台に積まれた『回収した魔物材料』を、一発バサッと聖別。
まずは最初のお仕事(←聖別)を済ませ、工房に着いたら『特性ナイフ』と『ダビの鏃試作』を作る話で、時間を見て出来そうであれば『硫黄いじり(?)』を、と話していた。
そして、訪れた工房の集う部屋で、いつも通りの挨拶をした。これがマズかった。
『龍のイーアンです(※馴染む)』
この一言を聞き、人の見た目にはない肌の色、大きな角を見た、職人たちは。
わらわらと集まって来て、最初こそ遠慮がちに『会えて嬉しい』ことを、口々に言っていたのだが。
積極的な一人が『角』と呟いたすぐ、手を伸ばして、イーアンの角に触れたのが、フレンドリーを通り越す事態に。
角を触りたがるのは、ギールッフの町もそうだったから、イーアンは笑顔で振り向いた。
その笑顔の人懐こさに、職人は『触ってもいいものだ』と思い、次々に角を触り出した。
次第にもみくちゃにされ、順番に角を触ることより、もっと触ろうとする(←角)独占的な動きが活発になり、イーアンは角を引っ張られてびっくりする。
それはやめてと頼んでも、職人たち(※聞かないおっさんだらけ)は、イーアンの頭の上で騒いで止まらない。
一般人に龍気を流すわけにもいかず、たまらなくなったイーアンは、頑張って頭を振り、手を離した職人たちの足元をすり抜けると、走って逃げた次第――
今日、シュンディーンを抱っこしていた親方は、カルバロに話しかけられていたが、逃げたイーアンに驚き、慌ててミレイオに赤ん坊を預けると、すぐに追いかけた。
イーアンは逃げる時は速い(※こういう時だけ)。
赤ん坊を渡すのに手間取ったため、タンクラッドが通路に出た時には、もうイーアンの白い光は見えず、タンクラッドは迷路のような細い通路を、龍気を頼りに探して歩いた。
これがさっきまでの流れ。
そして、見つけたイーアンに、タンクラッドが話した続きは『ミレイオが探しに来れない理由』だった。
「ミレイオは一人で、カルバロの攻撃に耐えているな。シュンディーンもいるし。仕事で、はぐらかしているだろうが」
「う。仕方ない。では、私も戻ります」
赤ちゃん付きミレイオを置き去りにしている、と言われて、イーアンは嫌だけど立ち上がる。親方は女龍の頭をよしよし撫でて、『守ってやるから』と約束し、工房の部屋へ連れて行った。
そして部屋に入った途端、再び同じ現象が起こりかける。が、親方は女龍をがっちり小脇に寄せて『困らせている』と控えめに伝え、立ち止まった職人たちに、イーアンは仕事をしに来たことを告げた。
「仕事にならない。彼女は魔物製品を作るんだ。そっとしておいてくれ」
「え。龍の女が?」
「さっき、それを言わせなかったんだよ。言おうとしたのに」
タンクラッドの少しきつい言葉に、職人の数名は『撫でたかった』と言い訳したが、イーアンは親方に貼り付いて、イヤイヤを示す首を振っていた(※もう触らないで、って)。
貼り付かれている親方は満足。これはこれで、親方の役目と思える(※役得)。
きちんと職人たちに『彼女に近寄らないように』と念を押してから、さも当然のように、イーアンをくっ付けたまま、カルバロとミレイオの待つ工房へ入った。
「やっと戻った!どこ行ってたの!」
振り向いて二人を見るなり、大声で『ダメじゃないの』と叱るミレイオは、そそくさイーアンの側へ。
だが、抱っこしているシュンディーンの恐れる顔に、慌てて立ち止まり、タンクラッドの空いている方の腕に赤ちゃんを任せた。
イーアンは気が付く(※親方も)。
ミレイオは困っていたのだ。『ごめんなさい』と謝るイーアンを、ミレイオはしかと引き寄せ、座布団のように抱き締める(※イーアン座布団久々)。
「嫌だったのは分かるけれど。ここは迷路みたいなのよ。あんた、どん臭いから」
そこまで言わなくても、とイーアンは苦笑いするが、ミレイオは作業そっちのけで喋り続ける。分かりやすい、『カルバロから距離を取っている』状態なので、イーアンは、はいはいと頷いて、素直に応じた(←人助け)。
ミレイオに抱き締められながら、腕の隙間を通して、作業の様子を見てみると、カルバロと目が合う。
何となく・・・避けられているのは理解したのか。
カルバロはミレイオに話しかけず、目が合ったイーアンにちょっと可笑しそうに笑う。イーアンは頷いた(※あなたの解釈は正しい、の意味)。
わぁわぁ煩いミレイオはそのままに、タンクラッドが作業を訊ね、ミレイオの始めた続きを引き取る。抱っこベルトのシュンディーンを背中に回し、炉を覗き込んで早速、作業再開。
ミレイオは、防具用の金属板を合わせていた最中で、熱した二種類を重ねて叩く親方は、『鏃を早めに作っておきたい』との話も出し、それは自分が担当すると言うと、カルバロは次の制作を了解した。
なので、親方。ちらっとオカマと女龍を見て、口端を上げる。
「交代で食事をしよう。ミレイオとイーアンは先に行って来い。俺はここで作業している」
逃がすように『昼』を促すタンクラッドに、ミレイオはすんなり了解。後は頼んで、さっさとイーアンを連れ、工房の部屋を出て行った。
残ったタンクラッドが、カルバロに教えながら、あれこれ話している間。
食事処へ向かう間、ミレイオはイーアンにずっと文句を垂れていた。根掘り葉掘り聞かれた様子に、『しつこい』嫌そうに何度も口にするミレイオ。
気の毒に思うイーアンは『ここの職人は、ちょっと他と違う気がした』と、自分も同意であることを伝えた。
「積極的なのは、ギールッフと似ていますが。彼らよりものめり込むような」
「イーアンも嫌な目に遭ったわね。もしかすると、ほら。お面の力が、関係しているかもよ」
ミレイオは、ふと思い出したことで話を少し変え、『旅の弓引き』の話を出す。『その人のこともね』と、カルバロがどうも何かを見抜いている感じだ、と教える。ふぅん、と頷く女龍。
「直に退治を見た人が、ここに。その『青白い光』の決定打、とか。続きはなかったのですね」
「ない。『弓引きに、青白い光が見えた』・・・で、終わりよ。ようは、『人間じゃないかも知れない』って言いたかったんじゃない?
カルバロは、弓矢は役に立つと思っていそうだけれど、その日の魔物退治については、人間技じゃ無理だと、思っていそうだったわ」
カルバロに限らず―― もしかすると、この町の人たちは『お面の効力』から派生する、少し変わった信仰が定着しているかも、とミレイオは話す。イーアンもそれは思う。
こんな話を続けながら、クロークのフードを被ったままのイーアンは、食事処の通りに入って、店屋の中にいても被りながら過ごし、出来るだけ人目につかないように気を付けた。
料理を分けて食べる二人は、賑やかな店内での声量調整に気を遣いつつ、どちらともなく『お面』の話を始め、その話は『ニーファ』の名前をちょくちょく出す。
「私たち、炉場の工房に入っちゃったから、全然関係ないけれどさ。考えてみれば、彼の家もこの町でしょう?
どこかに、木製品ばっかりの工房が集まるところも・・・あるのかしらね」
ミレイオはイーアンの皿に、油で漬けた冷たい野菜を揃え、『そっちも見たいわね』と呟いた時。イーアンの斜め後ろの男が立ち上がったのを、目の端で捉えた。
それと同時に、その男はミレイオの明るい金色の瞳を見て驚いた顔をし、その口を衝いた言葉が――
「ニーファ?」
背中越しに聞こえた名前に、イーアンはビクッとして止まり、ミレイオもイーアンを見ずに『何かしら?』と短く答える。
その声に鋭さを含み、相手を警戒するミレイオの顔は、嫌そうに歪んだ。
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