1452. 隻腕の斧職人カルバロの工房で ~気になること・旅の弓引き情報
☆前回までの流れ
宿を出て、炉場へ入った一行。ドルドレンとロゼール、バイラは、変わった雰囲気の工房集合建物に入り、そこで隻腕の職人と出会いました。彼は、ミレイオの正体を見抜いたようですが、そこは広がらず・・・
「腕が」
ふと、うっかり。口に出てしまった言葉に、慌ててミレイオは口を閉じ『ごめんなさい』と謝る。
オカマには驚かないのか、男は普通に笑って首を振ると、総長たちの間を通って、ミレイオの前に進む。
「俺の腕は、魔物退治で失くしたばかり」
「そうなの。ごめんなさい、つい」
「俺は、この町の斧職人のカルバロ」
「私はミレイオ。盾を作るの」
「マーシュライは?」
握手したミレイオは、ちょっと止まる。いきなり、この人は何だろう?と彼を見上げて黙ると、カルバロは『ヨライデ?』と続けた。
「見た目がヨライデの人間みたいだ。印象が」
「そう・・・ね。でもハイザンジェルに住んでる方が長いから。で、マーシュライは作っていないわ」
「ちょっと良いか。カルバロ」
ミレイオの引こうとする手をがっちり握ったままの男の横に、タンクラッドが来て『今使っている炉の温度を』と用を頼む。
さっさと仕事に入ろうとするタンクラッドのおかげで、ミレイオの手は解放され、後ろに立っていたロゼールに『気を付けた方が(←警戒)』と小声で注意された。
ドルドレンやタンクラッド、オーリンも混ざって、カルバロの話を聞いているのを見ながら、ミレイオは『私、こういうこと多いのよ』と苦笑いで呟く。ロゼールは心配そう。
「ミレイオは、中性的な感じがあるから。気になる人は、惹きつけられますよ。俺はないけど」
「あんた、一言要らないのよ。でもそうかもね」
本心で心配するロゼールの言葉尻に笑うミレイオは、オレンジ色のフワフワしたロゼールの頭をポンと叩くと『気を付けるわ』と小さい声で答えた。
ロゼールはニコッと笑ってから、ミレイオの袖を引いて、ちょっと顔を寄せてもらう。
「ミレイオ、マーシュライって何ですか?」
「ああ。あのね、ヨライデの昔の武器なの。剣なんだけど」
『剣』と訊いて、ロゼールが不思議そうな顔をする。ヨライデ出身というだけで、どうして『盾作り』のミレイオに『剣を作るか』の質問をしたのかな、と思った。その顔を見てミレイオは少し笑う。
「変に思うでしょ。マーシュライって、元が盾なのよ。剣みたいな使い方が出来る武器から生まれたの」
「あ、それで!へえ・・・その話は有名ですか?」
「どうだろう。史実博物館とかに行けば、知識程度にはあるかもね。実際の元になった遺物は、もうすっごい古い時代のだから粉々で、破片を集めた上で、石碑なんかの情報と併せて、どうにか絵にされているくらいよ」
ロゼールはじっとミレイオを見て『ミレイオは作れそうですよね』と思ったことを言う。
ちらとカルバロを見たミレイオは、もう少し背を屈めてロゼールの耳元で『自分のは作った』と小さな声で教えた。
目を丸くして笑顔になった騎士の鼻に、すぐさっと指を当て『言わないで頂戴』と頼んだ。ロゼールはすぐに頷いて『言わない』と約束。それから『持っているなら見たい』と言い、ミレイオは了解した。
「でも。彼は斧職人ですよね。何で盾や剣のことも」
「いるのよ。何でも詳しい人って。そういう類じゃないの」
二人がひそひそと話していると、不意にタンクラッドが振り向いて『ミレイオ』と呼ぶ。ロゼールが頷いて、ミレイオは『後でね』と彼に赤ちゃんを任せ、タンクラッドの側へ行った。
ロゼールのところには、入れ違いでドルドレンが戻り、バイラも来て、バイラはこのまま出ると話した。
「そうか。バサンダの。彼に宜しくと。保護施設付近も魔物の被害はなかったのだな?」
「はい。町全体に被害はなかったので・・・ええ、そう。そうです。ではまた夜に」
ドルドレンはバサンダが無事だとは思っていたが、直にそれを聞いていなかったので、ここで確認し、答えながらも口籠った警護団員に、少し懸念を持った。だがバイラはすぐ出て行き、この時は見送った。
「バイラの様子が変である」
「眠っていないからじゃないですか。それに、普通の人が魔物退治に慣れるの、時間かかりますよ」
見上げた部下にそう言われて、総長は彼を見ると『そうだろうか』と聞き返す。ロゼールは頷く。
「だって。この前の・・・今、いきなり思い出しましたが、ほら。『旅の弓引き』の人。彼のことだって、俺はそう感じたんですよ。彼の場合は、『慣れ過ぎている』感じですが。
バイラさんは、護衛業出身だけど、それだって魔物慣れと訳が違います。龍やコルステインたちがいるから、まだテイワグナは。
でもハイザンジェルで食らった『魔物対人間』を個別で実感したら、普通の人は何度も悩みますよ」
「あ・・・・・ 」
ドルドレンは部下の深い緑色の瞳を見つめ、静かに頷くと『そうだな』と呟く。
「俺たちもそうでした。戦う以外に取る手がなく、仲間が消えてゆくことが日常になってしまった時でも、何度も。理解したつもりで、受け入れられない、その繰り返しでした。何かのせいにしたくなる」
「ロゼール。もう良い。そんな顔をしないでくれ。お前にそこまで話させて済まない」
辛そうな顔の部下の肩を抱き寄せて、ドルドレンは彼の説明を止める。
赤ん坊を抱っこしているロゼールの顔が、家族を守ろうとした民間人を思い出させ、その表情に苦しさを感じたドルドレンは『もう良い。有難う』と礼を言った。
「きっと、お前の言うとおりだ。バイラも俺たちと一緒にいるとはいえ、テイワグナ人としての視線があるのだ。ロゼールのように感じ取れるよう、俺も気を付ける」
「総長はいつも前に立つから。気づけないことがあって良いんですよ。それ以上、頑張らないで下さい」
微笑むロゼールに、ドルドレンも頷いて『有難う』のお礼をもう一度伝えた。それから、職人たちが話し合っている様子を見て『ロゼール、馬車へ』と促す。
「馬車で待つのも悪くない。俺たちはすることも特にないし、シュンディーンも眠っている」
二人は職人たちの所へ行き、馬車で待つことを伝えると、工房の集まる部屋を出て、通路を戻った。
ドルドレンは自分が『通り過ぎている視点』を、部下の目から教えてもらっている気がする。それをもう少し、この時間に話しておきたかった。
「これでどうだ。このくらいの温度だと連続でも使える」
炉の温度を確かめながら、カルバロが覗き込んでいるタンクラッドに訊ねる。タンクラッドも、試し用の金属を使って様子を見ながら『炉の奥行きに制限があるな』と呟いた。
「カルバロの使う炉だからか」
「そうだ。そこまで奥行きがなくても良いから」
タンクラッドは彼の答えに了解し『それならそれで、作れるものを考えよう』と話した。
これにより、オーリンはずっと気になっている『鏃』の話を出す。タンクラッドは頷き、カルバロにも持ってきた鏃を見せた。
「剣じゃないけどさ。面白い鏃を作ったやつがいてね。小さいものだが、女子供でも使えるし」
「弓矢か。オーリンは弓職人?」
「そうだ。ギールッフから届いた物の中に、弓矢の姿は、この町でまだ見ていないけどな」
弓は弱く思われがちなため、オーリンが説明を続けようとしたところ、思いがけず、斧職人は積極的に遮った。
「弓矢で倒した男がいる。強い弓は必要だ」
オーリンたちは、彼の言葉に顔を見合わせて『旅の弓引き』と呟く。カルバロも、その話だ、と言った。
「『面白い鏃』か・・・作ってみよう。俺の作ったことのない範囲だが、俺が教わっておけば、他の職人が作れるかもしれない」
「ちょっと、話し戻すがな。今の、弓矢で倒した旅人の事は、他に知っていることがあるか?」
さっと間に入ったオーリンは、もう少し情報がないかと訊ねる。カルバロは鏃の袋から視線を上げて、弓職人に頷いた。
「ここへ来たから。その男は」
目が真ん丸になる3人。まさか、直に会っていたとは。いきなり、息を吹き返す好奇心。
鏃を触ろうとしたカルバロを止めて、『毒を入れるから、触る癖を付けるな』と教えてから、旅人の詳細を訊ねる。
カルバロは、3人がどうしてそこまで『旅人』を気にしているのか分からないが、知っていることは教えてやった。
「見た目はあんたたちと似ているが、ハイザンジェルの人間とも言い切れない。
『テイワグナに来てから、国を何年も回っている』と話していた。弓を担いでいて、『矢柄を金属で作れないか』とした用だった」
「金属の矢柄」
「そうだ。持ち込んだのは塊の金属で、鉱石ではなかったが、何の金属かは言わなかった。それから、平たい板状の・・・このくらいの幅のもほしい、と。
俺は担当しなかったが、話を聞いた職人の一人がここへ連れて来たら、彼は自分でそれを作った」
「何だと?自分で作った?金属製の矢柄と平板を」
オーリンが喰いつく。カルバロは少し笑って『弓の形を覚えている。絵に描こうか』と言ってくれたので、オーリンはすぐに頼んだ。
面白い展開に、タンクラッドとミレイオも目を見合わせて笑みを浮かべる。
斧職人は、机に出ていた炭棒を持つと、入り口近くに置かれた紙束から一枚紙を引っ張り出し、小さい机の上で、あっさり絵を描き上げた。
戻って来た職人に手渡された紙を受け取り、オーリンは『弓』と呟く。その弓の形は、弓の機能を備えていると分かるが、弓の印象からは離れていた。
数秒黙ったオーリンが口を開いた時、『彼はどこへ行くと言っていたか』を知ろうとしたが、カルバロは首を振り、知らないと答えた。
「ただ、探し物をして回っている話で、人里遠い地域も行くらしい。魔物相手に一人で戦うそうだから、それで、矢を回収したいような話をしていたな。
最初は、本気だろうか、と思ったが、彼はもう数えきれないほど、魔物を倒していると言っていた。実際に、この町でも倒してくれた」
「教えてくれ。その日は強風の日だっただろ?彼の弓矢は」
真剣な顔のオーリンに、真面目に頷くカルバロは、前に寄って来る彼の肩をちょっと押さえて『今、話す』と言った。
「オーリン。最初から言うべきだった。あの旅人は弓矢を使うし、弓は見かけない形だった。だが、そこじゃない。
あの男は、弓矢そのものを強くして使っているが、空を飛んでいた魔物を落とした時、彼の矢は光った気がした。
俺は見ていた。俺の用事の序で、現場の近くにいたからだ。距離があったにしても、見間違いとは思えない。
晴れた午前だった。いつにない風が吹き荒れて、日の光が差す中、彼は上空に金切り声を上げた魔物に、何一つ躊躇うことなく、弓を引き絞り、矢を放った。
その時、矢は青白く光り、俺は驚いた。2秒もかからずに、魔物の一頭が落ち、驚いている間に、次から次に魔物が落ちて来た。
気がつけばあっという間。俺以外の町民も、あれを見たら、魔物を倒す速度の方に、気を取られるだろう」
「その意味は。『青白く光った気がした』のは、金属製の矢だから、ではなくか?」
タンクラッドがすかさず質問する。カルバロはゆっくりと頷いて『俺もそう思った』と答える。
「だが。俺もこの仕事で何十年もやってきている。日差しに光る金属の色かどうかくらい、見分けは付く」
そう言われると、タンクラッドは済まなく思い、『そうだよな』と呟いた。カルバロはちょっと笑い『気にしなくて良い』と先に伝えてから、無理もない、と続ける。
「だが、タンクラッドがそう感じるのは、他の人間も同じだっただろう。もし、あの光を気に留めたとしても、『金属質な矢』であることは見た目で分かったし・・・ここは鋳造の町だからな。
それでか、と思ったに過ぎないかも知れない。それよりも」
「魔物が落とされる方が鮮烈だったわけね」
察したミレイオの言葉に、カルバロの顔が向き、ニコッと笑う。
「そうだ。まるで、何かの力でも宿しているかのような、圧倒的な強さだったから」
ミレイオは、彼の笑顔に笑顔で答えず、うん、と頷いて済ませる。
カルバロの言い方は、何だか探られているように感じて、ミレイオとしては、下手に話を続ける気になれなかった。
この後、話は変わり、ミレイオは口数少なく過ごし、タンクラッドとオーリンが主になって、制作の話をした。
話の最中で、他の工房からも顔を出した職人が、魔物製の武器や防具・また、魔物材料を見て、質問が飛び交い、旅職人3人の午前は瞬く間に過ぎて行った。
停めた馬車の中で待つドルドレンとロゼール、シュンディーンは、午前もゆっくり。忙しさに拍車がかかった職人たちとは逆に、荷台に寝そべりながら、思い出話を続けて、昼を迎えた。
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