145. 王様の思い
会議室は、両手に入る人数を残していなくなった。
イーアンは頭がついていかないが、一応目だけは開いておこうと決めて、一部始終を見つめていた。
フェイドリッドとお付の人らしい人3名。セダンカ。ドルドレンと自分。
セダンカが話し、フェイドリッドがそれを聞きながら、ドルドレンに話を振る。
他の3名は、ネズミでも見るような目でイーアンを見ていたが、フェイドリッドの横に座らされたので、イーアンは彼らに攻撃を受けることはなかった。
「イーアン。そなたの作った魔物の体を使ったものとは何か。ここで見せられるか」
フェイドリッドが(多分会話の流れから)イーアンに話しかけた。『見せて』と言われたのは分かるので、イーアンは『はい』と返事をして、椅子の横に置いていた荷物の袋から鎧を出した。
出来立てほやほやのシャンガマックの鎧は、一見すると白く輝くがその白の中に虹が混じり、もともとのシャンガマックの濃い赤紫色の鎧をほとんど覆う、不思議な美しさだった。
飾りなどは入れる技術もないので皆無に等しいが、偶々、素地の色が深い赤紫色なのもあり、虹色の板を縁取る状態で赤紫色の線が配置されているようで、妙に怪しく目立つ鎧に仕上がっていた。
「何・・・何という鎧だ。 こんな鎧は見たことがない」
「これは、魔物か?」
「鎧ということは、それなりに強度はあるのだろうな」
フェイドリッドと他3名は鎧を凝視し、イーアンから受け取って恐る恐る触ったり、裏を見たりと鎧に釘付けだった。
仕上がりまでを見ていたセダンカは、その鎧が会議室の大きなシャンデリアの下できらめく姿を眺めているだけだった。
ドルドレンは何も言わない。ただ『当然だ』といったふうに驚く面々を見ていた。
フェイドリッドは鎧を両手に持ち、思い出したように横に座るイーアンの顔を見た。
「そなたが。これを・・・」
「私だけではありません。協力してくれる人がいて、この鎧が仕上がりました」
「いや。しかし、そなたもこれを作ったのであろう?」
イーアンが何かを答えようとしたので、ドルドレンが手を少し上げて遮り、首を振った。
「殿下。失礼ながら発言の許可を」
申せ、とフェイドリッドがドルドレンに頷くと、ドルドレンは鎧を見つめながら静かに話す。
「作ったのは確かに、イーアンと他一名の騎士です。ものづくりに長けた腕を持つ男で、イーアンの協力者です。
しかしこの鎧に使われた魔物を倒し、その皮を剥いだのは、イーアンだけです」
「何と」
フェイドリッドの顔が驚きに固まった。他の3名も『うへ』といった感じの目でイーアンを見た。セダンカも『えーーー』と顔で表現している。イーアンは身の置き所がなくて、ドルドレンは何でそんなことを言うのだろう、と思った。
ドルドレンは自分の肩に掛けた大きな赤い毛皮をズルッと引っ張り、膝の上に乗せて片手を乗せた。
「これもそうです。16頭の魔物のうち、14が私。2をイーアンが倒し、イーアンはその魔物全ての皮を剥いで、加工しています(※アティクはこの際隠す)」
俯いたイーアンはもう誰の反応も見ないことにした。
ドルドレンは続ける。『イーアン、手袋を』と手を伸ばすので、イーアンは袋から魔物の針から作った手袋を出した。『もう一つあるだろう』とドルドレンに言われて、自分用の歯のついた手袋を渡した。
フェイドリッドは手を伸ばして、少し止め、『触っても良いか』とドルドレンに訊いた。『危険では』と後ろに控えた人が言うが、『危険なものをこの形にはしない』とドルドレンがぴしゃっと言ってのける。
二つの毒々しいまでの鮮やかな部品を嵌め込んだ、不思議で強烈な手袋をフェイドリッドは受け取り、息を呑んでまじまじと見つめた。
「その緑色の方は、魔物の尻から出ていた針の一部です。そちらの尖ったものは、魔物の歯を取り出して使用しています。いずれもイーアンが回収し、彼女が仕立てました」
私は変態扱いだろうな、とイーアンは意気消沈した。でも王都に来るなんて、今後ないかもしれないから、もういいや、と投げやりになった。もう、今夜もお預けにする。
フェイドリッドはしばらく手袋を触りながら、ふーっと大きく息を吐いた。
「イーアン。少々二人で話したいのだが」
ドルドレンの目が据わった。さすがに睨むわけに行かないらしいが、不快度が上がっている。セダンカも目を瞑って顔に手を当てている。他3名はわぁわぁ言うが、フェイドリッドが一喝して黙った。
「良いか。イーアン。聞きたいことがあるのだ」
「はい」
観念したイーアンは、出来るだけ失礼のない様に気をつけて喋ろう、と決意してフェイドリッドに頷いた。
「そなたたちは暫しここで待て」
フェイドリッドはそう言うと、イーアンの手を取って入ってきた扉の奥へ連れて行った。
廊下には絨毯が敷かれ、壁は飾られ、必要以上の明かりが照らす廊下を歩いて、ある一室へ通された。
豪華以外の表現が思いつかない、無駄に広い気もする部屋で、イーアンは椅子を勧められた。
あまりに高そうな椅子に、イーアンは引いて『私が座ったら汚れますから』と断ったが、『そなたが汚れを持ち込むなど思えない』とフェイドリッドはイーアンの肩を上から押して、強引に座らせた。
イーアンは目の前の人が見れない。目を合わせるのがとても難しかった。
向かい合わせに座るフェイドリッドは、何か飲むか、とイーアンに訊いたが、イーアンは断った。
「イーアンよ。そのような態度では話が出来ないであろう」
ひょえ~・・・指摘されている。
イーアンはもう帰りたかった。こうした位の高い人の中では、きっと寛大な人なのだろうが、何せイーアンはそんな人と関わったこともないのでどうしたら良いのか、心臓が破裂しそうだった。
「これ。こちらを向け。目を合わせて話すものだ。イーアン、目を見せよ」
嫌です、とは言えない相手に、渋々顔を上げる。もう涙目に近いのではないか、と思える。
「私が怖いのか。それほど困らせるとは悲しいな。ただ話したいだけだ。何も悪いようにはしない」
「はい」
「分かった。イーアン、私が質問をしよう。それに正直に答えてほしい。良いか」
「はい。お答えします」
「・・・・・ イーアン。先ほど会ったばかりで押し付けかもしれないが、もう少し身構えを解いてもらえないものか。まず名前を呼べ。名前を呼ばないと親しくは話せない」
クローハルだけでも大変なのに、とイーアンは思い出す。良いじゃないですか、呼ばなくたってと思うけれど、相手が相手なので『はい』と答える。
「イーアン。私はフェイドリッドだ。今後私を名で呼ぶことを許す。さあ、名を呼んでくれ」
「フェイドリッド様」
「様は要らん。名だけだ」
「フェイドリッド」
もう少し自然体で呼んでほしいものだが、と、どこかの誰かのような溜息をつくフェイドリッド。デジャヴや、とイーアンは思った。
「良い。緊張しているのだな。では年を教えてくれ。年と、そなたがどこから来たのか」
「年齢は44です。どこから来たのかは。言えば気がおかしいと思われます」
「気がおかしいなどとは思わない。そなたの顔は見たことがない。どこか」
「誰にも仰らないで下さい。私はこの世界の外から来ました。もうこれ以上はどうぞ」
「そうであったか。分かった」
え?と思ってイーアンがフェイドリッドを見ると、フェイドリッドは青紫色の瞳でイーアンを見つめて『言いたくない事を言わせた。もう訊かぬ』と言った。
「では次の質問だ。そなたはハイザンジェルのために力を注ぐようだが、その思いはいかにして」
「私はここへ来てすぐ、ドルドレンに保護されました。騎士の生活も仕事も知りませんでした。しかし彼らは、この国の人々を守るため、異形の生物を相手に苦戦していると知り、助けてもらった私が役立てることは何でもしようと思いました」
「そなたは確か。遠征にも同行すると資料にあったが」
「はい。何も出来ませんが、一緒に行かせて頂いています」
「何もしていないことはないであろう。イーアンの戦法を紙上で見ただけだが、実に風変わりだ。イーアンが遠征に加わって以降、北西の支部は死者が出ていないではないか」
「出来るだけの知恵は絞ります。ですが今後も同じ、と過信は出来ません。ただ毎回、誰も命を落とさないように全力で取り組みます」
「イーアン。そしてそなたは、倒した魔物の強い体を騎士たちへ還元しようと作るのか」
「はい。それで彼らが安全を高められるのであれば、他の工房にも協力を願って全員に配りたいです」
「民間はどうか。国民も王都以外に暮らすものは危険にある」
「鎧も武器も最近作り始めました。ですが、普通の国民にも早く、良い形で普及したいと考えています」
「戦法指導を南西支部で行ったというのは」
「二度目の遠征の戦法に関心を寄せた騎士がいらっしゃいました。その方のご配慮で説明の場を設けました」
ここまで訊くと、フェイドリッドは腕を組んで『そうか』と背もたれに体を預けた。そして何かを考えたように、うん、と一人頷いて再びイーアンを見た。
「良いか。イーアン。このハイザンジェルの国の機関として、そなたの思いを部署にしてはどうだろうか。それはセダンカが話していると思うが」
「フェイドリッド。私は北西の支部を離れるわけには行かないのです。まだ私の活動は始まったばかりです。
全力で取り組みますが、遠征も一緒に行くつもりですし、魔物の体を回収するのも私の仕事です。素晴らしい案を受けて心から感謝しますが、受け取るには、現時点の私には早過ぎてしまいます」
「そなたはどうしてそう。控えめなのだ。でも良い。何か考えがあるのだろう。ではどうだろう、今思いついたのだが、国を利用しては。いずれは国益にも繋がる魔物の活用を、と総長は話していただろう」
「はい、そのように展開をしたいです。ですが、国を利用となりますと、私の頭では考えが及びません」
イーアンが答えると、フェイドリッドは微笑んだ。イーアンの手をそっと握り、温かい笑みを含んだ。
「何も、国がイーアンを利用しよう、と言うのではない。警戒しないでくれ。
イーアンのその思いを早く実現するために、国が協力することがあれば教えてほしいのだ。都度で構わない。相談に来てくれ」
「私はフェイドリッドにこうしてお会いするには、あまりに」
「それ以上言う必要はない。身分などは邪魔なだけだ。イーアンの、国に役立とうとする強い信念を支えよう、と決めただけだ。目指す方向は同じだ。私も王として国を守りたいのだ」
「お話していると伝わります。フェイドリッドはとても心の広い、偏見のない方です」
「誉めてくれるのか。少し打ち解けたか」
イーアンは笑ってしまった。どのくらいの年齢かは知らないが、フェイドリッドは正直な大人なのだ、と思った。
「笑った。イーアン、笑ったな。やっと笑ったか」
フェイドリッドは目を細めて笑顔で頷いた。イーアンの手を解いて、フェイドリッドは立ち上がる。
「今日。イーアンを呼び寄せたのはセダンカではない。私だ。セダンカの話を聞いて、イーアンという人物が知恵と力を注ぎ、騎士修道会の騎士たちの命を守っていると知ったから、いずれはこの国のためにもなる人物であろう、と判断したのだ。
まさか自分で魔物を解体するとまでは思ってもいなかったが。大した女性だ、そなたは」
座るイーアンに手を差し出し、手を取って立ち上がらせると、フェイドリッドは微笑んだ。
「そなたの手は力強い。その力を貸してくれ。この国を守る形を作るために、イーアンの利用しやすい機関を作ろう。そなたは騎士修道会から発信すれば良い。ただ、月に一度は報告に来てほしい。どうだ」
「その。その、フェイドリッドの仰る機関が、私たちの動きを制限する事は」
「ない。そなたが使える場所を用意するだけだ。そなたを信じよう。わざわざ世界を超えてまで来たのだろう。ディアンタ・ドーマンの古の女性よ」
イーアンはその一言に、動きが止まった。フェイドリッドの顔から微笑が消えた。
「そなたは見たのだな。私も知っている。ディアンタの僧院に、かつてそなたがいたことを」




