1449. 旅の百十六日目 ~バイラとサイザードと剣と馬車歌
☆前回までの流れ
昨日は、別行動中の3者「イーアン・シャンガマック・フォラヴ」の話が入りました。その一つ前、ドルドレンたちと職人たちの夕方は、状況報告で終わり、皆は宿で休みました。
今回は、警護団施設で一晩明かした、バイラの話です。
どうしたことか、魔物退治の暁から、バイラは疑念と誠実の板挟みに悩んでいます。
宿に戻らず、午後から夜明けまで仕事を続けていたバイラに、サイザードが『なんか飲む?』と訊ねる。
「ああ。すみません。貰います」
「悪いわね。バイラはここの団員じゃないのに」
サイザードは熱い茶を淹れて、鼾の煩い部屋に苦笑いした。他の団員は疲れで眠っている、狭い室内に、起きているのはバイラとサイザードだけ。
お茶を受け取ってお礼を言い、バイラも伸びをすると、『今日だけの被害報告』とサイザードに話を振った。頷いた大柄な分団長は『奇跡的よね』と印象を一言にした。
「誰も死ななかったんだもの。怪我もないし、後遺症も。魔族?だっけ。あなたたちが話していたのは」
「はい。種を植え付ける・・・恐ろしい対象です。人のような姿に変わり、種を人間や動物に憑りつけ、増えます。そうなるともう、殺すしかない」
サイザードは表情を変えず『魔物だって似たようなもの』とバイラに答えた。バイラは黙ってその続きを促し、熱い茶をすすり、サイザードはちらっとバイラを見た。
「戦ってる回数が違うバイラにすれば。今の私の発言は、『知らない奴』の言葉でしょうね」
「え?いや、そんなこと思いませんよ」
「顔に書いてあるわよ。でもね、私の部下が何人か死んでるの。魔物相手に、この前ね」
「あ・・・・・ 」
バイラはその話を初めて聞き、分団長を見た視線をさっと戻す。
先ほどのサイザードの指摘は、実は合っていて『魔物退治に動き回っている団員』その自覚のある個所を衝かれていた。
だが、別に自慢ではないし、経験を積んでいるのは事実なので、それ以上に捉えはしていない―― と、自分では思う。
とは言え、他の施設勤務の警護団員から『自分は魔物を知っている』ような声を聞くと、それには何となく抵抗したくなる。
だからサイザードに言われた時、それが顔に出てしまっていたバイラは、その後に続いた『魔物相手に死んだ部下』の出来事に、自分の自惚れのようなものを同時に感じた。
分団長は、そんなバイラの心境でも見透かしたか、そこには留まらず『相手が何であれ』と話を進める。
「魔族だろうが、魔物だろうか。誰かが死んでしまったり、負傷したら同じことよ。
見ている前で、種で憑りつかれて操られた人間が、例え殺される悲しい運命に見えても。別の場所で、呆気なく魔物に殺された人間との違いはないのよ」
「はい」
「死に方に優劣ってあるでしょ。誰でもあると思うんだけど。
穏やかに見守られて、痛みもなく老衰で死んだら、それは『良い』状態。でも意味も分からず、無惨な死を遂げるなら『悪い』状態。
だけど、どっちも死んでいるのよね。良いか悪いかじゃなくて、単に『希望するのがこっち』ってだけの話。
死んでしまった私の部下はね、今年入ったばかりの団員だったのよ。
年は、若いのから、あなたくらいまでの間で。命からがら、逃げ切ったやつもいるけれど、仲間を逃がしてやりたくて殺されたのもいる。
私は、私の部下が例え、逃げ切ったからと言って、その後、心が壊れて死んでしまっても、殺されたのと変わらない悔しさを持つでしょうね。
私は上司として、人間として。彼らが『希望する』死に方以外は、守ってやりたいと思うのよ」
静かに話した分団長の言葉に、バイラは今日一日を通して考えていたことを、洗い浚いなぞる。
黙って答えないバイラに、サイザードは少し笑うと、『手伝ってもらってるのに、嫌味な言い方したか』と謝った。バイラは急いで首を振り、そんなことはないと言った。
「バイラ。今日は眠いかも知れないけれど。炉は開くから、あなたの仲間を炉に通して頂戴。
一日も早く、魔物だか魔族だか、余計な脅威から自分たちを守れるように、武器と防具を作りたいのよ」
「はい。勿論です」
演習は明後日くらいかな、と見当をつけるサイザードは、資料を見ながら『今日は、町の貯水池や採掘場辺りも調べなければ』と、机に屈みこむ。
その横で、一緒に資料を見ながらも、バイラの心の中で自分の感覚に悩むものがあった。
集めた情報を整理しながら、徹夜で結局過ごした二人は、夜明けの外を見て『出かけるか』と思う。バイラは、宿へ戻るつもりで。サイザードは町外れの見回りのつもりで。
二分している警護団員たちは、夜まで来なかったが、さすがに魔物に襲撃を受けた当日に『拒絶』はしなかったので、朝昼と町の対処のため外で働いた。
久しぶりに全員が同じ目的で動いたカベテネ地区警護団で、集まった資料はほぼ町の全域。後は外れにある、普段は誰が夜勤に出向くこともない場所だけ。
「バイラ。私は眠ると起きないかも知れないから、このまま動く。もう、出ようと思うんだけど」
「私も宿へ・・・少し仮眠を取ってから、炉場へ行こうと思います」
サイザードは了解し、二人は資料をある程度まとめてから、外に出て馬を出す。それぞれの馬は休めて、元気も戻った状態。乗り手は馬の背で『揺られると眠い』と笑っていた。
サイザードとバイラの道は、暫く同じで、途中からサイザードが奥へ進む角を曲がるまで、二人は話しをしていた。
宿屋に着くまでの間、バイラは結局のところ、自分の抱える悩みを打ち明けるような形になり、表情を変えずに聴いていたサイザードに、幾つかの指摘を食らった。
それはバイラに言い返せない所ばかりで、自分が感じていた矛盾もあれば、自覚のない『立場違い』の視点から生じたものもあった。
サイザードは叱るわけでもなく、注意とも行かない程度の、質問に似た言い方で指摘し、バイラが言葉に困る度に、彼が自発的に答えを導く時間を待ってやった。
「俺は。狎れ合いなのかな」
自分の気持ちに整理がついたバイラは、狎れ合い、そのせいなのかと理由を呟く。サイザードはそれに答えず、彼の腰に帯びた二本の剣を見て『一本、違うだろう』と訊ねた。
頷いたバイラに、剣を見せてくれと言い、バイラは『これは魔物製じゃないんです』と、抜いた剣の経緯を紹介した。分団長への信頼はもう厚く、精霊に貰った剣について、疑われることもないと分かっていた。
精霊の剣を見たサイザードの目が少し見開き、数秒黙ってから、柄を握るバイラに視線を向ける。
「精霊の剣。あなたが直に受け取ったのね」
「そうです。総長たちと一緒に行った場所で。普通の人間の目に映らないので、あの時も一苦労でしたが、中に入ったら精霊たちが・・・『この剣で戦え』と」
「こんなの毎日持ち歩いていて、よく、一緒にいる相手のことを悪く思えたわね」
「うっ」
ぐさっといきなり食らったバイラは、目を丸くしてから、急いで剣を鞘に戻す。太陽の最初の光を受けた銀色の剣は、音もなく鞘に滑り込む。
「普通じゃ、手に入らなような代物まで、受け取っておいて。『彼らが行く場所に被害を齎す事実』って。彼らにそれを言おうとしていたなんて、無責任どころか、恩知らずじゃないの」
サイザードの言葉は、急に厳しく変わる。それまでは誘導するように話を聞いて、指摘と質問を混ぜていたのが、バイラの剣を見た途端、『恩知らず』とはっきり言った。
「バイラは自分から選んだんでしょ。彼らが誘って応じて、付いている。
行く先々で、彼らを目指すように魔物が集まったら、それは確かに表向きは『被害に巻き込む迷惑者』に見えるでしょう。でもそれは、赤の他人が言う言葉よ。
『まとめて倒してくれている』、とは思えないの?
バイラが知っているか分からないけれど、数を集めて早く倒したら、その国にはもう出ない。彼らは大急ぎでそれを、引き受けていてくれているのよ。魔物には数がある・・・バイラも、これを聞いたからには、次からそう思って」
「ちょっと、ちょっと!待って下さい、サイザードさん。何ですって?数?」
少し怒ったようなサイザードの言葉に、ビックリしたバイラは、怒られている最中で遮って聞き返す。それは、馬車歌――
「そうよ。何年かに一度、たまに町に来る、馬車の民の歌にあるの。この前、彼らは出て行ったばかりだけど、その時に『魔物には頭打ちがあるだろう』と教えてくれたのよ」
サイザードは、驚いているバイラに『強ち、嘘って感じの話でもないと思うけれど』とはっきり言った。
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