1445. 旅の百十五日目 ~フォラヴを森へ・勇者の責任
☆前回までの流れ
魔物退治が終わった朝の避難所で、フォラヴは総長を癒して倒れました。仲間は、ドルドレンとフォラヴの意識が戻るまで、その場を動かないことを選びます。
同じ頃、バイラは宿屋へ向かい、旅の馬車の無事を確認。彼は旅の一行の存在が関わる「被害」に思いを囚われています。それは、彼が対峙した『魔物』の言葉によって――
避難所で目を覚ましたドルドレンは―― 何かを振り払おうとでもしているかのように ―――体の回復を知ると共に、動き出した。
目を覚ました時、自分は誰かの腕に頭を抱えられていて、何度か瞬きしたことで『目が覚めたか』と親方の声を聞き、覗き込んだ嬉しそうな顔を見つめた。
頭を支えていたのは親方で、ドルドレンは板の上に横になっていた。ぼんやりした意識が戻る前に、ロゼールが涙ぐんで自分に抱き付き、ミレイオとオーリンも心配そうに微笑んだのを見た。
自分の横にはフォラヴが眠っており、その眠り方が気になると同時、皆からいろいろと、ここまでの話を聞かされた。
ドルドレンは起き上がって、体を触り、おかしな部分がないことを確認した後、自分に生命力を使った部下に『お前の番』と囁き、すぐに立ち上がった。
驚く仲間に『フォラヴを助けねば』と言い、汚れたままのロゼールの無事に微笑むと、皆が止めるのも聞かず、ドルドレンは人の多い避難所を出て、龍を呼んだ。
寝かされていた場所に戻ってすぐ、『どうする気か』とタンクラッドに肩を掴まれる。
ドルドレンはそれを気に留めず、横たわったフォラヴを抱え上げると『彼を森へ』とだけ答え、人の多い、朝の通りに舞い降りた龍に乗り、騒がれる中、仲間を振り払うように森へ急いだ。
自分の取った行動は、息を吹き返したくらいの心配をかけた仲間に、とても失礼だとした自覚はある。
腕にフォラヴを抱えたドルドレンは、自分を助けるために命を削った彼を見て『だが、俺のことより、お前の命だ』と呟いた。
ショレイヤは、カロッカンの町手前まで飛んでくれて、森林の深い奥地へ向かい、ドルドレンはそこに降りる。
龍に待っていてもらい、どうして良いのか分からないなりに、冠を被ったまま歩きまわり、見える内で一番大きな木の前に立った。
「俺の命を助けた妖精がいる。木に話しかけて、どうなのか、とも思うが。俺ではなく、フォラヴに反応してくれ。彼を助けてほしいのだ」
我ながら、いきなり木を相手に話をする行為が、果たして正しいのか疑問ではあったが、冠の力もあるため、ドルドレンの愛情は聖なる力を通じて、大樹の幹を動かした。
驚くドルドレンの前に、洞を開けた大樹の中から、一人の美しい女性が現れて、両手をドルドレンに伸ばした。
「彼は私の友です。受け取りましょう」
「あなたは妖精か」
「そうです。あなたは勇者。フォラヴを預かります」
人とは異なる、不思議な雰囲気を持つ女性は、鈴の音のように聞こえる声で答え、触れもせずに、ドルドレンの腕の上のフォラヴを引き寄せて、彼の体を細い両腕に置いた。
女性は歩く様子もなく、そのまま後退し、フォラヴを連れて大樹の幹に入ると、洞は再びその裂け目を閉じて消えた。
あっさりと終わってしまった、不思議な出来事に、ドルドレンは少し拍子抜けしたものの。さっと意識を切り替えて、『次だ』と呟き、待っていてくれる龍の元へ戻り、空へ飛んだ。
まずは。ドルドレンは空から、町全体を見て回った。魔物が出た場所と、魔族が出た場所。
上から見分けるには、視力が距離に負ける。ショレイヤにも頼んで、魔物の死体が見られるところを、一緒に探してもらった。
大方、把握が出来た所で、回収する手順を頭の中に置き、それから『魔族の気配は本当にないか』を龍に調べてもらった後、それは無いと分かって安心した。
ドルドレンは自分が出て来た避難所の近くまで向かい、タンクラッドたちが宿に向かって進んでいる姿を見つけると、近くで龍を降りて、龍を一旦、空に帰した。
朝の通りは普段よりも緊張感が抜けていない。
そんな中で龍が降り、その背から人が飛び降りたため、嫌でも目立つ。
周囲の人々が気づくより早く、タンクラッドたちはさっと空を見上げ、町民の騒ぐ中、ドルドレンは彼らに近く立った。
顔を合わせたら叱られる覚悟で、彼らの前へ行くと、思った通り、ガミガミ怒鳴られ、それを静かに聞き続けてから、一通り終わった頃(※10分後)『宿に戻ってから回収』と告げる。
「自分が何をしたか、分かっているの?」
「どれだけ心配したと思ってるんだ」
「お前の言いたいことは分かるが、そもそも俺が原因だし」
順番に、ミレイオ・オーリン・タンクラッドの言葉を聞き、最後のタンクラッドの声をドルドレンは止めた。
「タンクラッドが原因ではない。俺が原因なのだ」
「何だと?お前」
「聞け。前にも、この話題は何度かしている。俺を狙うのが魔族だ。俺しか、魔物の王を倒せないからだ。
イーアンがいない時間、コルステインがいない時間、どちらかがいない・・・そうした時も出てくる。
原因と言うなら、それは俺だ。
だが、生まれ持ったらしい使命の他、『騎士修道会総長の仕事』もあるのだ。
魔族の脅威が現れても、俺が町や村を避けて動けない理由がある以上、自分の背負った使命の罪悪感に負けている暇はない」
一気に言い切ったドルドレンの顔に、何の感情もない。見えるのは、灰色の宝石のような瞳に、冷たく、少し寂し気に湛えられた光。
ロゼールはハッとする。この目。総長の、この目・・・・・
思わず、職人の後ろから前へ出て、ドルドレンの両腕を掴んだロゼール。さっと見下ろした総長に、ロゼールは首を振った。
「俺が一緒です!総長は、一人じゃないんだ。フォラヴがここにいても、シャンガマックも、ザッカリアだって。絶対同じこと言いますよ。
もう、一人で背負っちゃダメです。イーアンだって同じ」
焦るように必死なロゼールの言葉に、ドルドレンは優しく微笑んで、彼の体を少し片腕で引き寄せると『前と違う。分かっている』と教える。
守ったロゼールの、体中についた土と血の汚れ。一緒に戦い続けた、ハイザンジェルの日々を知っている部下が、自分を慕うことに、ドルドレンは心強く思う。
「だが、ロゼール。俺の話は事実だ。俺が望んでいないにしても、俺を倒そうとする相手が、俺のいる場所を巻き込む。
一人で旅するなら、被害の最小限のために動きも変わるが、旅の仲間がいること。立ち寄る場所がある進みでは、こうしたことが増える。
しなければいけないことを、速やかに済ませるのだ。必要なことには時間をかけるが、それも警戒しながらである」
この運命を、振り払う術なんかなく。
ドルドレンの責任感には、無駄なあがき―― 好きで勇者になったわけじゃない ――は、もうない。
カヤビンジアの町で、シャンガマックが教えてくれた、彼の意見(※1025話参照)。
時の勇者・ロクデナシでアホ扱いされているギデオンの気持ちを、シャンガマックは客観的に想像してくれた。
その時は分からなかったし、そんな心の広い解釈をした部下に尊敬さえ感じたが。
ここ暫くの間で、シャンガマックの解説した『ギデオンの気持ち』を、嫌でも実感するようになった自分がいた。
真反対の性格と、自分では思っていただけに、認めるのが辛かったが。
逃げられるなら、逃げたい。そう、弱音を感じた時間はある。
この世界にいなかったはずの魔族が出て来た理由は、まさか『勇者』を標的にした、それだけの理由ではと聞かされた時、自分が悪いわけではないのに、苦しさが消えなかったのだ。
ずっと気にしていたことが、一斉に頭を駆け回った数秒の沈黙の後、ドルドレンはすっと息を吸い込み、自分を怪訝そうに・・・・不安そうにも見える顔で見つめる仲間に、言いたいことを続ける。
「俺が動き回ることで、嫌がらせのように、見知らぬ人々の生活を脅かしている。
そう捉えると、足が止まりそうになるが、本当に止まるわけにはいかないのだ。もしも誰かが、それを『無責任』と詰ろうとも、俺は止まることも逃げることも出来ない。
タンクラッド。お前は、自分のせいのように責任を感じているが、その必要はない。
本当の原因を問うなら、それはどうやったって『勇者』がいてこその被害とさえ、過言では」
ない・・・を言う前に。べちっと真正面から引っ叩かれたドルドレンの言葉は、そこで止まる。ぶはっ、と後ろに顔を向け、慌てて『何をする』と眉を寄せたドルドレンに、叩いたミレイオは睨む。
「何を朝っぱらから、バカ言ってるの!いい加減にしなさい」
「馬鹿?事実だ」
「もう一回引っ叩くわよ。その高い鼻が、一日赤くなるくらい」
止めてくれと後ずさるドルドレンは、ミレイオの怒り方に戸惑う。ミレイオは肩で大きく息をついて、『宿屋に行くんでしょ』と話を変え、歩き出した。皆も急いで後に付いて歩く。
「バカな意見で、時間止めないで頂戴。シュンディーンが、お腹空かせてるのよ」
「ミレイオ、俺は」
じろっと見られて、ドルドレンは黙る。『宿までどれくらいなの。回収は見当ついてるの』話を戻そうとしないミレイオに畳まれて、ドルドレンは唸るものの、質問に答えて、強制的に自分の話題は消えた。
ロゼールは不安そうではあったが、ミレイオの止めてくれた言葉に、少し安心した。総長がまた、一人で抱え込まないでくれるように、強く言い聞かせてくれる人がいること。それはとても有難かった。
オーリンも、聞こえないようにフフンと笑って青空を見上げる。『腹減ったな』一言、そう落とすと、並んで歩く剣職人を見て、ちらっと見た彼に『な』と言う。
タンクラッドは答えずに歩き続け、答えを待つのを止めて、顔を逸らした龍の民の背中をちょっとだけ撫でた。
ふっと向いたオーリンを見ず、小さく頷くタンクラッド。オーリンは自分の背中を撫でた手を、分かりやすいくらい振り向いて見てから『照れるなよ』と茶化した。タンクラッドが苦笑いし、オーリンは声を立てて笑った。
明るい龍の民の声に、前を進むミレイオもちょっと笑う。
ドルドレンの横に小走りで並んだロゼールは、総長を見上げて『助けてくれて、ありがとうございます』と礼を言い、総長の微笑みの後は黙っていた。
宿屋手前まで来た6人(※赤ん坊付き)は、バイラの馬が通りの向こうに小さくなるのを見た。
呼び止めようかとしたが、距離があったことと、彼は警護団の仕事があるからとして、呼ぶのを止めて宿へ入った。
午前の宿はガラガラで、宿のおばさんは『お客さんが魔物を怖がってね。出ちゃったわ』と少し笑っていた。『外に行ったって、魔物は出るんだけどねぇ』と続けた、宿のおばさんの一言。
同情の言葉をかけた後、裏庭の馬車へ進んだミレイオは、ドルドレンに振り向く。
「だってさ。私もそう思うわ。どこに行ったって、出るもんは出るのよ。あんた目当てだろうが、誰目当てだろうが」
ドルドレンは戸惑う。そんな騎士の顔に、ミレイオはちょっとだけ笑い『だから、バカって言ったのよ』と仕方なさそうに続けた。
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