1442. 魔族 深夜の攻撃 ~魔族とロゼール・坑道へ
☆前回までの流れ
魔族の種が散らばったと知った、ダマーラ・カロの夜。旅の一行は、魔族を含む魔物退治のため、町の外を守ります。
避難勧告で町を回っていたロゼールは、町の中にも魔物が出ることに驚き、出くわした新手の魔物に違和感を持ったのですが・・・
「親玉・・・かな。雰囲気が違う」
ロゼールの独り言。聞こえるか聞こえないかの声に反応するように、地面から出てきた、濡れ頭巾の魔物は、10m先に浮いている相手に首を傾げる。
「あいつ。頭がある。さっきの奴らは、首なしみたいだったけど、頭付きのもいるのかな」
総長たちが戦っている中に、こんな雰囲気のもいるのだろうかと、倒した頭数が少ないロゼールは考える。魔物は自分を『見ている』みたいに感じる。
何となく、目もないくせに、目が合っているような。
ロゼールの記憶で、あのイオライの決戦が蘇る。記憶に新しい、ハイザンジェルで最後の大型遠征。
あの時、牛のような頭の巨人みたいな魔物は、どこを見ているか分からない虚ろな目を向けては、俺たちを片っ端から薙ぎ倒した。
嫌な記憶が蘇って、ロゼールの背中に冷たい汗が一滴流れ落ちる。
『人間なのに浮いている』
「え」
どこからか聞こえた声に、ロゼールはドキッとした。荒かった息はもっと早くなり、見下ろす相手が見上げている、その姿から、こいつが喋ったのかと。
『人間だろ?』
「う。お前か。今、話しているのは」
「人間だな。その怖がり方」
じりじりと耳障りな音は、急に人の声に変わり、ロゼールの心臓は、鷲掴みにされたかのように縮み上がる。
相手はそれが分かるのか、笑うような音が聞こえた。
「さっきの人間も、何か変だったな・・・勇者の近くにいる人間は、普通じゃないのか?でもお前は・・・飛ぶだけ?」
「なん・・・なんで。お前」
ロゼールの目が見開く。こいつは何を喋っているんだと、内容にゾクッとした。勇者って、総長だろ?それを思った時、ロゼールの中に一気に『こいつを倒さなければ』の正義感が湧き上がる。
――総長を守らなければ・・・・・!
顔もない、口もない相手が何者か。そんなことはロゼールの頭から消えた。ロゼールは体を屈めて短剣を握り締め、勢いをつけて、一直線に喋る魔物に飛び込み、襲い掛かる。
「魔物が喋るなんて!」
後ろに引いた短剣を、どんっ、と突き出し、柄まで押し込んだ手は、濡れ頭巾の魔物を切り裂く音に震えそうになる。
相手は顔のない頭をぐっと向け『お前は』と驚いた言葉も続かず、急いで体を大きく膨らませる。
『魔物製の短剣は、イーアンの作った白い鎧さえ切るだろう』そう、剣職人サージさんに言われた。
手応え十分。加速して突っ込んだロゼールの短剣は、めいっぱい押し込んだ相手の体を切り開く。
急に膨れたとはいえ、既に刃が入っている状態。重い濡れた布をまとめて切るような音が響き、飛び抜けた後ろを振り向き、ロゼールは相手が二分割に崩れるのを見た。
「喋るって。気持ち悪いよ」
肩で息をするロゼールは、嫌な気分だ、と吐き捨て、旋回してもう一回、相手の崩れて倒れかける姿を目掛け、二度目の攻撃に飛ぶ。
突然大きくなったから、切り裂くのに重いだけで、倒せないことはない。こんな気持ち悪い相手は、早く片付けたいと、空中を加速するロゼールが突っ込もうとした時。
くるっ、と。
崩れ倒れそうだった上半身が回転し、自分を見た。
うわ!と思わず声にした時、相手ののっぺらぼうの頭が笑ったように見え、ロゼールの血の気は引き、一瞬力が抜けそうになった。
そして、相手の体がぼこぼこと泡のように膨れていることに気がついた時には、もう、ロゼールは距離にして僅か5mの位置。
「『種』!!」
目が落ちんばかりに開いて慌てたロゼールは、思いっきり体を捻ってお皿ちゃんを旋回し、急上昇しようとした矢先、びゅびゅっと背後に鈍い音を聞いた。これまで!と怖さで目を瞑る。
反射的に丸めた背中に、どんっ、と衝撃が走る。
弾かれるようにロゼールは叫んで、お皿ちゃんから飛ばされ、すぐに、ぐわっと青黒い炎がロゼールを包んだ。
種に打たれた背中・・・肩甲骨の打撃・・・締め上げられるような熱に、ロゼールは泣きそうになる。息も出来なくなりそうなほどに、鼓動が早まる諦めの瞬間。
『ロゼール』
ハッとしたのは、名前を呼ぶ温もりの声。閉じていた目を開けると、ロゼールの体は炎の中に守られ、自分の胴体に、長いトカゲの尾が何重にも巻き付いていた。
「リリュー」
トカゲの尾は、真っ直ぐに背中に垂れる髪を分けて、ロゼールをその背に隠し、肩越しに振り向いた心配そうな女の顔は、小さく左右に揺れた。
『呼んで。助ける。リリュー、待った』
『あ・・・有難う。そうなのか。あの、そうだ、魔族が!種が』
『大丈夫。あれ見て。あれ?そう?』
リリューのトカゲの手が、地面を示す。急いで顔を向けると、青い炎越しに黒ずんで焼けた跡のようなものが見えた。まだ息が速いロゼールには、緊張が抜けず、恐怖で震えて首を振る。
『そうかな、どうだろう。リリュー、あいつは種を飛ばして、その種が俺に』
『ない。種?黒いの、リリューが落としたから。あれ、もう死んでる』
『ええと。ええと、どう言えば』
『ロゼール。大丈夫?』
ぜいぜい、息をしながら、必死になって恐怖を静めようとするロゼールに、リリューはとても心配して、ロゼールを尻尾ごと前に連れてくる。
騎士の小さな顔を目の前まで近づけ、トカゲの両手でそっと包むと、森のような深い緑の瞳を覗き込んだ。
『ロゼール。リリューが一緒。怖いないから。大丈夫』
『すみません・・・俺、背中に種がついて死んだかと』
『違う。リリューの尻尾当たったの。痛いのごめんね。種じゃない』
あ、そうなんだ、とロゼールは腕を背中に回し、肩甲骨ら辺をさっと撫でる。衣服とリリューの尻尾だけが手に触れ、深い安堵の息をついた。
リリューは大きく首を何度も横に振り『絶対死なない』と言い切った。リリューの顔は怒っているようで、ロゼールを片腕に抱えると『リリューと一緒』しっかり、もう一度言った。
ロゼールには、彼女が自分に怒っているのではなく、自分を怖がらせた相手に怒っていると分かる。
しかし、ホッとするのと同時に、残る不安が次々に浮かぶ。それを頭の中で聞いているリリューは、大体のことを把握したようで、さっと違う方向を見た。
『いる。大きいの、あっち。あれ倒すの、そう?終わるの?』
『え、魔物の親を見つけたんですか?』
驚いた騎士の答えに、リリューは合っていると理解し、短く頷くと、ロゼールを抱えたまま、町の炉場、その続きにある採掘場へ飛んだ。
*****
ドルドレンたちも、終わらない相手に疲れが出始めている。
離れた場所に見えていた青い火柱は少し前に消えたが、シュンディーンの結界は張られ続けている。
「ミレイオたちも、大変だろう。シュンディーンは赤ん坊なのに、どれくらい持つだろうか」
藍色の龍の背で、ドルドレンの仲間への心配は消えない。そして、タンクラッドが先ほど教えてくれた『町の中に魔物がいる』それも、悪夢のようだった。町の中はタンクラッドが向かったので、ドルドレンとオーリンが、同じ場所で応戦している。
暗い中で目が疲れる。喉の渇きも誤魔化せなくなってきた。全く、止まることが出来ない、ぶっ続けの戦闘。相手はほぼ、攻撃らしい攻撃がない分、それだけは楽だが。
「いつまで出てくるのだ。ショレイヤが見つけてくれているから、見落とさずに済んでいるものの」
乾いた喉に、引き攣るような貼り付く感覚を覚えながら、ドルドレンは剣を振るう。
自分を乗せた龍は、どんなに暗い場所でも、魔物が出ると向かってくれるので、ドルドレンも集中して気配で相手を倒すのだが、もう何百と斬っている気がする。
「総長。ちょっと」
月も星も出ない黒い夜に、目が疲れ、喉が渇く中、親玉を探さなければとも焦るドルドレンに、横に並んだオーリンが止めに入る。
「オーリン」
「俺たちがこれ、ずっとやっていても埒が明かないぜ。もう、頼むよ」
「それは、もしや」
「そう。『俺の新しい友達』だ。でさ。だから、総長と総長の龍は離れていてくれ」
オーリンはいつものように、ハハッと笑う。どんなに疲れているか分からないのに、龍の民の普段通りの笑顔に、ドルドレンはホッとするやら、申し訳ないやら。
「分かった。俺は町の中へ」
「そうしてくれって言いたいが、どうせなら、その冠で親玉探してくれないか?出来る?」
あ、そうだった、と頷く総長に、オーリンは笑って『疲れたな』と一言労う。そして、ドルドレンの龍の首に手を伸ばして、ポンポン叩くと『悪いな、ちょっとあっち行って、また頑張ってくれ』と頼んだ、
ニコッと笑った龍の民は、腰袋から織り紐を取り出す。
それを片手に、ひゅっひゅ、ひゅっひゅ・・・まるで遊ぶように、片端を回し始めた。
ドルドレンは彼に後を任せ、ショレイヤと共に町へ入り、龍と地面の上下を往復するタンクラッドに『親玉を探してくる』と告げた。さっと顔を上げたタンクラッドは、すぐに答える。
「俺が行こう」
「タンクラッドはここに居てくれ」
責任を感じていそうな剣職人の声に、ドルドレンはそちらを見ず、そのまま浮上した。
見送ったタンクラッドは、龍の背から降りては魔物を斬り、町民を遠ざけて、離れた場所に龍で移動して、それをひたすら続けるのみ。
警護団が上げたと思われる狼煙が出てからは、警護団も馬で町民を誘導している。彼らの無事な避難のため、タンクラッドは大きな町の主要の通りを、5~6本跨ぎながらの魔物退治。
「この魔物。直に触れさせないようにしなければ」
倒れてしまえば、そこで影響が消え始めるようだが、歩いて進んだ後は石畳に奇妙な滲みが浮かび、土は黒ずんでいる。
恐らく、毒素的なものを引きずっているのだろうと見当をつけると、生き物に触れる前に倒さないといけない。
気がついてからは、慌ただしく通り過ぎる警護団員にもそれを伝え、町民にも注意するように頼んだ。
動きは鈍いし、歩くのも遅い魔物。町民にも警護団にも『絶対に触るな、逃げろ』と言い続けているからか、怪我人は出ていない。
今のところ、自分たちの担当範囲には、『魔族の種付き』はいない様子。これだけが救い・・・苦々しい顔で剣職人は舌打ちする。
「こんなことになるとは・・・ちくしょう」
湧いて出てくる魔物を斬り捨てるだけ斬り捨て、タンクラッドは滑空する龍に飛び乗り、別の通りへ移動する。
自分が引き起こした騒動が、大惨事に至らないことを願いながら、タンクラッドに出来ることは、ただただ、湧き出てくる魔物を倒すだけだった。
*****
ドルドレンはショレイヤと共に、一つの方向を感知。ショレイヤに確認すると、ゆったりと探っていた龍も同意したので、目指すは町外れの暗い空き地。
「見えないが・・・あそこは一体。あんな場所に?」
そう離れていないので、位置だけを確認しながら近づいたが、ふと、ショレイヤが止まる。どうしたのかと思えば、龍は振り向いて頭を横に傾げた。
「ショレイヤ。倒さねば。いるだろう?俺の冠はすぐそこを」
金色の瞳をじっと向ける龍に、ドルドレンは言葉を切って、その目を見つめて困る。
「う・・・む。お前は何か理由があるのだな。仕方ない。俺が行こう。それならどうだろう」
うん、と頷いた龍は、ドルドレンに『ごめんね』みたいな悲しそうな顔をしたので、ドルドレンは龍の首を撫でて『よく頑張ってくれた』と褒め、気にしないで良いことを伝えると、その場で龍の背中を下りた。
「また呼ぶかもしれないが・・・倒したら、歩いて宿に帰ることも出来る。ショレイヤは空へお戻り」
藍色の龍は、思い遣りある勇者の手に鼻を擦り付けると、すまなそうに空へ戻って行った。見送ったドルドレンは、大きく息を吐き出して『龍気の問題かも』と呟くと、冠が反応する方に顔を向ける。
「あっちだな。しかしここは。行き先は地下か?」
暗過ぎてよく見えないが、そこかしこに、雑多に資材が置かれているのは分かる。
そして、ドルドレンの立つ場所から数十m先の地面に、大きな穴が開いている。そこに手すりのような影と、木材を敷いた道が確認できることから、町の何かで使っている場所、とは見当をつけた。
「この感覚・・・魔物だけでもなさそうな」
ドルドレンは、地下らしい降り口へ歩き、その場所を覗き込むと、真っ暗に輪が掛かる、何一つ見えない入り口を前に、ちょっと溜め息。
それから冠の力に頼り、ぼんやりと明るさを含んだ剣を松明代わりに、中へ入った。




