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魔物資源活用機構  作者: Ichen
護り~鎧・仲間・王・龍
144/2942

144. フェイドリッドという人

 

 王都への道のりは、イーアンが思ったものではなかった。

 ドルドレンから聞いていた、自分と初めて出会った森の道が、王都への道だと思い込んでいたので、街道を進む道は何とも味気ない気がした。


 セダンカが馬車なので、街道を行くのが普通と聞けば、なるほどとも思う。でもあの森の道をまた通りたいな、と、イーアンは街道から離れた向こうに見える森を眺めた。


 朝早く出発し、昼前には街道も町の一部のように見える場所へ来たので、そこで早めの昼食を摂る。ドルドレンと外食は少ない機会なので、これはこれで楽しめるのだが・・・・・




 前の晩。ドルドレンは、毎晩の楽しみを前にニコニコしていたので、お預けを言い渡すと、酷くガッカリしていた。

 理由を訊ねられ、ねだられ、交渉され、あの手この手でドルドレンは一生懸命だったが、イーアンは『落ち着きません』と断った。


 翌日に控える、初めて行く場所・初めて参加するこの国の会議。


 それを思うと、あがり症なのもあって、何をどうすれば良いのか、余計なことだと分かっていてもそのことで頭が一杯だった。

 ドルドレンはそうしたことに対しても、全く平常時と変わらないでいられる性質のようなので、イーアンが気に病むのが伝わらない様子だった。


 一緒に寝るのは変わらないので、今日は大人しく眠るようにと言いつけ、イーアンはベッドに入った。


 せめて裸で眠ってほしい、と言われたが『意味なく裸では眠らない』と答えたら、『意味なんて要らないと思う』とふてくされていた。

 なぜか粘るドルドレンは、どうにか少しずつ手を出そうとしていたので『あんまり我慢できないと、明日もお預けになる』と言うと、ウソのように大人しく眠った。


 最近は本当に、甘っ子&駄々っ子になっているドルドレン(36歳)が、可愛くもあり、嬉しくもある。でも緊張や心配がある中で、そう・・・楽しんで、というのは自分には難しいな、と思った。



 朝になり、試作品を馬車に積んでもらい、着替えと資料をウィアドの荷袋に入れた。


 ドルドレンは鎧ではなく、普段着にクロークと長剣で、イーアンが作った大きな赤い毛皮をクロークの上から羽織った。イーアンもきちんとした格好で、青い布を羽織り、白いナイフを携えて出発した。


 なぜかクローハルが厩に来ていて『自分が行くと迷惑か』とドルドレンに聞いていた。

 来たとしてもお前は会議には出ないだろう、とドルドレンが言うと、クローハルは何か探るような目でドルドレンを見てから『早く戻れ』とだけ言った。



 そして今。昼食を食事処で食べているのだが、セダンカは特に何も喋らない。ドルドレンも黙々と食べているので、自分もそれに倣う事にした。



 街道から向かうと王都に着くまでが長いようで、森の道よりも2~3時間余計にかかるらしかった。食事の時間はそれほど取らなかったが、結局、王都に入るのは夕方だという。朝もまだ暗いうちに出たが、それでも夕方の会議にぴったり間に合うくらいの到着予定。


 長いなぁとイーアンは思った。ドルドレンが頭上で『疲れたか』と訊いてきたので『いいえ』と答えた。疲れてはいないが、緊張が早く終わってほしかった。



 そんなことをずっと心に思いながら、街道が草原に差し掛かると、遠くに城壁と城が見えた。草原をしばらく進み、夕方近くなって高い城壁の中――王都へ入った。


『魔物は出ませんでしたね』とイーアンが呟く。『セダンカが来た時も出なかった。最近は、確実に出会うわけでもないのかもしれない』そうドルドレンは答えた。



 初めて見る城下町は、何となく違う世界のようにも見えた。誰も怖い思いなどしたことのないような、活気があって楽しげで、元気一杯。人の多い石畳の通りを、馬車とウィアドは進んだ。


 いろんな店が並び、どの建物も空き家は一つもなかった。『王都は被害から無縁で、なぜか無事である』という意味を、イーアンは目で見て理解した。ここで武器を持っている方が物騒にさえ思える。



 両脇の店屋に視線を移しながら進むうちに、王城の門まで来た。


 セダンカの馬車と一緒に中へ入ると、厩へ案内されて、そこでウィアドを預けた。手前で馬車から降りたセダンカが呼びに来て、荷物を持って城内へ入る。大きな建物で、イーアンは城というものに初めて入った。

 大きな入り口をくぐると、広い広いホールがあり、その中を通って、奥へ続く廊下を歩いた。壁も床も柱も、至る所が装飾された彫刻と絵画で飾られて、召使のような人々や、王城で生活しているらしい人々が何人もいた。


 着飾った貴族のような女性が、何人かドルドレンを見ては、分かりやすいくらいに見惚れていた。

 イーアンは、彼女たちの視界に入らないように、腕に抱いた荷物を顔の近くまで持ち上げて隠れるように歩いた。


 ドルドレンやセダンカとすれ違うと挨拶をする騎士のような人達もいた。以前、ドルドレンが話していた王都専属の騎士団かもしれない、と気がつく。


 彼らは服装や鎧が派手で豪奢だった。人を見るときの視線、品定めのように動くのは、これまたそうした教育の賜物なのか、と思えるほど顕著だった。彼らの側を通過する時も、イーアンは荷物で顔を隠した。



 セダンカは、階段を上がった先にある廊下で、会議前に休める部屋へ案内してくれた。そこは応接間で、会議まで後15分くらいだから、とそこで一旦待つように言われた。


「15分では休めないな」


 ドルドレンが荷物を置いて、椅子を引いた。『イーアン、お掛け』と背中を押されて椅子に掛けた。ドルドレンも横の椅子に座り、伸びをした。


「私はここは・・・・・ 本能的に好みません」


 イーアンが控えめに言うと、ドルドレンは笑って『そうだろうな』と頷いた。ここは権力と見栄と嘘の世界だ、と。

 実力のない人間が金を稼ぎ、人を顎で使う。そうしたことが(まこと)しやかに行なわれ、全てに守られていることにも気がつかない、情けない人間しかいないのだ、とドルドレンは寂しそうに笑った。


「俺やイーアンとは違う。本当の心を持っている人間が、王城(ここ)に生きることは出来ない。自分を笑うことが出来ないのに、人を笑う愚かな輩が巣食うのだ」


 ドルドレンはイーアンにキスをした。ゆっくりキスをして、『俺がいる。大丈夫だ』と微笑んだ。イーアンも微笑んだ。この人の存在にどれくらい自分が救われているのか、言葉では伝えきれない。



 セダンカが扉を叩き、戸を開けて『荷物を持ってこちらへ』と言った。


 イーアンはふと、ドルドレンの肩にかけた大きな赤い魔物の毛皮を取ったほうが良いのか、考えた。真っ赤な毛皮を、どんと体に掛けた長身の騎士はあまりに威風堂々としていて、怖さ満点の迫力が半端ではないかもしれないと思った。

 それを話すと『いいや。イーアンが作ったのだ。このままで良い。そして俺たちは()()()()()()()をはっきりさせよう』と灰色の瞳を細めた。



 イーアンの肩を抱いて、荷物を持ち、会議室へドルドレンは入った。イーアンもそこに入った。会議室は、以前の世界で言うところの、オペラハウスのようにすり鉢状になっていた。


 たくさんの人がいるのかと思いきや、今回は補正予算会議と言われたのを思い出す人数の少なさだった。

 それでも60人くらいはいたかもしれない。会議室が広いので、人がとても少なく見えるだけなのか。


 セダンカに促がされて着席した席は、中央の席から見て左側前列の並びだった。


 イーアンは下を向いていた。たくさんの人が自分をじろじろ見ているのが分かった。落ち着かないので抱えた荷袋を安心材料に抱き締めた。ドルドレンが机の下でイーアンの手を握った。見上げると、優しげな灰色の瞳が自分を見ていた。


「デナハ・デアラのような思いは決してさせない」


 ドルドレンが小声でそう言った。イーアンも頷いてニコリと笑った。

 しばらくすると、自分たちが入ってきた入り口とは違う、奥の壁にある大きな扉が開いて、数人の人が入ってきた。4人の人は、見るからに位の高い人と分かる格好と雰囲気を持っていた。


 一人の人がこちらをちらっと見たような気がしたが、視線はすぐに流れ、その人達は中央の席に座った。


 彼らの着席が合図になり、会議が始まった。




 内容はイーアンには眠くなるような話だった。あまりに眠くて、いつまで続くのだろう、と心配になった。ここで寝たら大変だ、とそれだけは理解していたが、眠気が襲って仕方なかった。


 時々、左肩が痒いような熱いような、掻き毟りたくなるような感覚に襲われたので、そっと左肩を掴んで目立たないように揉んでいた。ダニにでも咬まれたのかなぁ、と嫌な心配が生じた。全く有難くはないが、そのおかげで眠らなくて済んだようなものだった。



 外の光も見えない石造りの部屋で、大体の時間を見当をつけた。多分もう1時間半は越えたのでは、と。

 そんなことを考えていると、一区切りついたのか、場が少しざわめいた。休憩でも挟むのかと思っていると、セダンカが挙手して話し始めた。


 ドルドレンの手がイーアンの手を握り締めた。自分たちの話が始まるんだ、と分かる。


 セダンカは工房で話していたようなことを全員に伝えた上で、ドルドレンを紹介し、ドルドレンから話をするようにと回した。

 最初の話・・・セダンカが切り出した言い方は、なんだか濁している感じがして、どんな解釈をされるのか、とイーアンは不審に感じた。眠気を感じている場合ではないので、気持ちを切り替えて姿勢を正す。


 ドルドレンは椅子に座ったまま、足を組んで、その場の誰も見ずに北西の支部で動き始めた事業計画を説明した。


 ドルドレンの話を聞いた議員は、ひそひそと話し合っていた。すると中央の席に座った一人がこちらを向いて質問した。


「総長の計画した事業は、ハイザンジェルの国益に繋がる可能性があるというのか」


『いずれはそのような展開も、視野に入れている』とドルドレンは答えた。イーアンは黙って聞いていた。一度黙った中央の人は、イーアンを指差してしっかりこちらを見て言う。


「その方。名を申せ」


 ドルドレンがイーアンに頷いた。イーアンは緊張しながら、その場に立ち、『私はイーアンといいます』と短く答えた。


「全ての名を申せ」


 言い方が上から・・・と思いつつも『姓も名も、この一つです』と答えた。大体この返答で嫌われるのは体験済みなので、あまり言いたくはなかった。


「面を向けよ。イーアン」


 その人は光の下で、あまりよく顔が見えない。イーアンはここで顔を見せるのは本当は嫌だった。ドルドレンを見ると、うん、と頷くので、溜息を吐き出して顔を真っ直ぐその人に向けた。


 金髪で緩やかな波を打つその人は、ちょっとフォラブを思い出すような見た目だった。でもフォラヴの持つ崇高な感じはなく、権威の中で生きているのがビシバシ伝わるような眼差しを向けていた。


「イーアン。こちらへ」


 え? イーアンは目を丸くする。ドルドレンもこれには眉をひそめた。晒し上げのようで、足が動かない。困ってしまったイーアンは俯いて、うろたえていた。


「・・・良い。私がそちらへ行こう」


 はい??? ビックリするような言葉にイーアンが顔を上げると、他の議員も全員ざわめいていた。ドルドレンは目を見開いているが、眉を寄せて警戒に入っている。


 金髪の人はさっさと立ち上がり、横にいる人達が止めているらしいのも首を振って断り、イーアンに向かって歩いてきた。



 イーアンはどうしたら良いのか分からず、その人を見て良いのか、目を伏せたほうが良いのか、何が失礼なのかも分からないまま突っ立っていた。


 近づいてきた人は、ドルドレンより少し背が低く、とても手の込んだ装飾の服をまとい、イーアンの前に立った。


「イーアン。そなたがイーアンだな」


 頷くしかできず、緊張の中で『はい』と口が動いた。その人の瞳は青のような紫のような不思議な色をしていて、非常に整った人形のような顔をしていた。男性だろうが女性にも見えるくらい、肌もきれいで傷一つ負ったことがないような印象。


「私はフェイドリッド・エリオム・ハイザンジェル。この国の・・・まあ良い。名はフェイドリッドだ。フェイドリッドと呼べ」


 イーアンは止まった。


 この国は。ハイザンジェル王国っていう名前でした――と。 この人の名前は、最後がハイザンジェル。


 フェイドリッドと呼べ、と自己紹介して上からの言い方をしたこの人は、自分の反応を待っている。


「殿下。そのような者に名を」


 中央の席にいた一人が、その場から声をかけた。

『そのような』ってどのような印象ですか、とイーアンはこの見下し方に嫌な思いをした。こうした差別的な人達は本当に苦手、と思う・・・・・ 今。殿下って言っていた気がする。


「マエル。お前に許可を取る必要があるか」


 振り向かずに大きめの声でその人は答えた。そしてフェイドリッドはイーアンに右手を出した。


「フェイドリッドだ。イーアン。こちらへ」


 何か分からない鳥肌が立つ。ドルドレンは何も言わないが、成り行きを見守る。イーアンはその右手にどう反応してよいのか分からない。


「どうした。知らないのか。そなたの手を私の手に置けば良い。言葉は分かるな」


 イーアンは何をどうすることが失礼ではないのか、誰も教えてくれない状況に悩みながらも、言われたとおりに手を出した。フェイドリッドがイーアンの手を取り、ゆっくりと机に沿って歩く。

 イーアンはドルドレンから離れるのは嫌だったが、この人に逆らうとマズイ気がして、心臓が出そうなくらい緊張しながらも合わせて机に沿って歩き、その列を出た。



「イーアンか。そなたの手は力強いな。女性の手では、ここまで強く頼もしいことは稀であろう」


 それ誉め言葉ですか?と訊きたくなるが、決して訊いてはいけない。固まりつつ頷くのみ。この人はもしかして王様とか、そういった系統の人ではないのか、とイーアンの頭の中でグルグル回る。回りすぎて倒れそうになる。


 フェイドリッドはイーアンの手を引きながら、中央の席に戻り、声を高らかに全体へ言う。


「ご苦労であった。セダンカ・ホーズ。ドルドレン・ダヴァート以外は席を外せ」



 この一声以降のことを、イーアンはよく覚えていない。


 場内がざわめきどころかブーイングのような状況になったのは、何となく思い出せるが、後は分からない。

 自分が矢面に立っていることは感覚で理解したが、自分にはどうにも出来ない事も分かっていた。頭が真っ白になった。



お読み頂き有難うございます。

ドルドレンの肩にかけた、デナハ・バスの魔物の毛皮の写真を添えます。



挿絵(By みてみん)

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