1436. 情報交換の夕方 ~女龍呼び戻し・炉場と購入品
職人たちの馬車が、午後の道をゆっくりと宿に戻る時間。
ドルドレンとロゼールは、軽食屋の前の長椅子で遅い昼食を摂っていた。
「夕食はたくさん食べられるから。昼は、すまないな」
「良いですよ。気にしないで。もう2時過ぎちゃったから、食事屋は皆、休憩ですもんね」
こういうのも美味しいですよ、と頬張るロゼールは言う。『マブスパールの屋台が、一番好きですけど』ちょっと考えてから、うん、と頷く。
「テイワグナの味、って。これもまた、お国柄ですよね。総長のおじいさんがいる町の料理は」
「ジジイの存在は出さなくて良い(※忘れてたのに)。マブスパールは、馬車の家族の料理だ。香辛料は使うが、テイワグナの味とは異なるな」
目の据わった総長を無視して、ロゼールは味を細かく記憶するよう、一口ごとに、ああでもない・こうでもないと言う。
軽食屋の長椅子に座る、二人の騎士は、町役場の職員に案内されて、炉場から戻ってきた帰り道。
炉場へ行く道で聞いた話に、ドルドレンは少し気になっていることがある。
――炉は、タンクラッドが話しているような、剣を作れる炉があるようだから、良かった。
炉場にいる職人に、剣職人などはいない様子だったが、ここは武器を作る町じゃないから、そういうものなのだろう。
まぁ、その辺は特に問題もないのだが。町長が遠慮して言わなかった話題、それが気になる――
「総長。さっきの話、あれどう思いますか」
ドルドレンが食べながら考えていると、ロゼールが話しかける。部下を見たドルドレンに、ロゼールは『口の脇に』とはみ出てる料理を指摘。拭きながら『何の話』と訊ねると、『魔物退治ですよ』の返事。
「ああ・・・俺も考えていた。旅人でも、退治に怖れを持たない者もいるだろうが」
「持たな過ぎに思いませんか?」
ロゼールの言葉に、ドルドレンは思ったことを話すように促す。ロゼールは『その前に、もう一つ買ってきます。総長は?』と軽食のお代わりを訊ね、二人はもう一つずつ購入して、また食べながら話す。
「俺たち。騎士修道会が、魔物退治で初めて見た相手。いるじゃないですか」
「うむ。西の。思い出すのも辛い。山奥の村だな」
はい、と頷くロゼールは、リーヤンカイから飛ぶ魔物を見た時の話をする。ドルドレンも黙って聞き、彼の意見に同意を持つ。
「あの時、俺は正直、すごく怖かったんですよ。総長が剣隊長だったから、弓引きなんて、俺たちの隊では、ダビくらいしかいなかったじゃないですか。
ダビは大弓使いで、それで間隔保てましたが。今も覚えています。飛んできた魔物に、どう挑めば良いのか、焦って頭が回らなかったこと」
最初の頃を思い出す部下は、表情も曇り、齧った軽食を持つ手を膝に置くと、自分を見つめる総長を見上げる。
「飛ばないやつなら、まだしも。飛ばれると、いきなり攻撃するのは躊躇う気がするんですよ。
この町に出た、魔物を退治した弓引きの人・・・テイワグナって、まだ魔物が出てから半年も経っていないのに。
旅人かも知れないけど、その数か月間で慣れるものでしょうか。総長も教えてくれたけど、魔物大きいですよね」
「大きかったな。翼を広げれば馬くらいはある。首から上は人間のようだし、カングートや王都で倒した魔物と似ている。躊躇なく倒すのは、確かに普通の感覚では無理があるかも知れない」
「でしょう?その人、一人だったと言うし、付き添いの仲間もいないのに、大きい飛ぶ魔物に、弓で応戦するって」
ロゼールの違和感。魔物が出たハイザンジェルの人間なら、魔物に慣れていても分からないでもないが、このテイワグナで、この広い国の―― 地図で見たらハイザンジェルからも距離があり、数ヶ月で馬の移動も無理がある町で ――その旅人の退治行為は、度胸が据わり過ぎているとした部分。
軽食を食べ終えたドルドレンは、ロゼールの意見に頷きながら立ち上がり、馬に乗る。ロゼールも食べながら後ろに乗り『そう思いませんか』と訊ねた。
「思う。言われてみれば。慣れ過ぎたのか、俺たちは。ロゼールの意見は普通だ」
「総長は一人でも戦い続けたから。余計にそうかもですよ。でも・・・総長みたいな人、イーアンとか、タンクラッドさんやミレイオたち。俺は思うけど、相当、度胸がないと真似できないと思うんです」
そんなことはないよ、と振り向いて微笑む総長は『ロゼールなんか、素手で立ち向かった』と褒めた。
ちょっと照れた部下は、柔らかい笑みを浮かべて『俺は武器、上手くないんで』と控えめに言う。
「とにかく。普通の人じゃないんじゃないか、って。そういう人もいるんだろう、とは思うんですが」
「気になるのか」
「なりますね」
胸騒ぎとも違うんですが、と呟いた声は、ロゼールが本当に心配していると伝わるので、ドルドレンは肩越しに彼を見て『大丈夫だ』と声をかけた。
なぜ彼がこれほど気にしているのか、もっと聞こうと思ったが、炉場のある場所から遠ざかる道は、町の賑やかさが増してきて、二人の話し声が聞こえにくい。
続きは宿屋で話そう、と少し大きめの声で伝え、頷いたロゼールはそれ以降、喋らなかった。
ドルドレンは宿までの道で、考え続けていた。今の話とは少し、違うこと。
町役場の職員が話してくれた、旅人による魔物退治の話。町長からは聞かなかった、と言ったら、職員は『気を遣ったんだと思う』と答えた。
気を遣う理由があるのかと聞いてみると、意外なくらい、呆気ない普通の理由。
『せっかく、ハイザンジェルから遥々来た、魔物退治の派遣団体に、こんな話をしたら、気を悪くすると思ったんじゃないですか』
そんなこと思わないだろう、と驚くと、職員は苦笑いで『人はいろいろですし』と。積極的に退治に立ち向かう民間人は立派だ、とドルドレンが言うと、職員は笑顔で頷いた。
『そうですよね。そう思うものですよね。でも・・・その。何と言うか。
自分たちが頑張っているのに、他の誰かが頑張った話をされて、それもそっちの方が目立つと、嫌がる心境もあるだろうし』
何でそう思うのか・・・訝しく感じた総長の顔に、職員は慌てて『総長たちのことじゃ、ないんですよ』と言い、すぐに困ったように『この町の警護団が』と話してくれた。
「 ・・・・・警護団が割れている。これまでの警護団を見ているから、ありそうと言えば、そうだが。この時世に、町が抱える問題の一つにまで、大きくなってしまっているとは」
警護団内で起こった問題を、日常的に聞かされる町長は、ハイザンジェルの一行にも、同じような感覚で接したのでは、と職員は言い、『もう3~4ヶ月も前からそうした状態』とも知った。
「魔物が出てすぐ・・・町長も気の毒である。それに。バイラもきっと」
宿屋まで、まだまだ遠い道を、人や馬の往来が多い中で進む時間は遅く、ドルドレンは独り言を落とし、『旅の弓引き』もさることながら、警護団へ出かけたバイラの心配をしていた。
夕方―― ドルドレンたちが宿に到着し、馬房に馬を繋いでいると、ムスッとしたイーアンが出て来て迎えた。その機嫌の悪そうな顔に、ロゼールは会釈だけして、建物の中へ逃げる。
「お帰りなさい」
「ただいま。どうしたの」
「お空に戻されます。ビルガメスが呼ぶの」
大きな溜息を、分かりやすいくらい嫌そうに吐いたイーアン。ドルドレンは『待っていてくれて有難う』とお礼を言い、奥さんを抱き寄せると『一日、一度は戻れると良いな』と頼んだ。
「それは、私も頼み込もうと思います。おじいちゃんはダメって言うけれど」
ビルガメスへの呼び方が『おじいちゃん』に変わる時。
イーアンは、あの超カッコイイ男龍を『困った老人』として扱っていると分かるので、ドルドレンは少し可笑しく思うものの、笑わないよう気を付ける。
「そうだな。彼にも理由があってのことだから、止めるのだ。だが、町での動きが変わる可能性が高い。イーアンも職人の一人だから、居てほしい時間もある。普及は俺たちの仕事なのだ」
「個人的にドルドレンの側が良いです」
眉を寄せる奥さんに『勿論、俺もだよ』と笑い、とりあえず行って来なさい、と送り出す。
「今夜は仕方ない。ビルガメスの性格では、待つのに向かない。早目に顔を見せれば、落ち着いてくれるかも知れない。明日、また来れるように」
「ドルドレンの方が、ビルガメスの対処を知っていると思う時があります」
嫌がる奥さんに同情しつつ、ドルドレンは『龍図の話もあるしね』とちょこっと出す。鳶色の瞳を向けたイーアンに微笑み『聞いて来なさい。ビルガメスは何かを知っているかも』その話を聞く時間も大切、と教える。
イーアンはゆっくりと頷いて、呼び戻される理由に拘ることもなく、行く意味を教えてくれる伴侶に感謝する。
駄々を捏ねて、時間を引っ張っても、それに意味はないと思えば。意味を持って動くのみ。
有難い伴侶に、ちゅーっとしてから『では行ってきます』と挨拶し、イーアンは馬車に戻って龍図の箱を手にし、ふんふん半泣きでお空へ飛んで行った。
イーアンが飛ぶと壁の外が騒がしくなるので、ドルドレンも途中まで見送って、いそいそと宿に入る。奥さんも大変だなぁと思いつつ、宿の中に入ってすぐ、ミレイオと鉢合わせた。
「あら。おかえり。皆、食堂にいるのよ。お茶飲んでるの」
「ただいま。ミレイオはどこかへ行くのか?」
あんたを迎えに行こうと思ったのよ、と微笑んだミレイオは、ドルドレンを連れて食堂へ戻り、皆のいる席に案内して座らせた。
「イーアンは、たった今。お空へ戻ったのだ」
「知ってる。ぶーぶー言ってたもの」
着席するなり、それを伝えたドルドレンに、横に座ったミレイオがお茶を取りながら頷く。イーアンは1時間前に、ビルガメスから連絡を受けたとかで、そこから機嫌が悪かったそうだ。
「あんたが戻るまでは、って粘ったみたいね」
「優しいイーアン。可哀相に」
笑うミレイオにお茶を貰い、ドルドレンは『龍の都合だから(?)』と深いことは追わず、早く戻ってくることを願うと呟くと、職人たちにまずは一日の報告を頼んだ(※奥さん不在慣れた)。
「お前も切り替えが出来るようになったな。初めは情緒不安定になったのに」
「タンクラッドに言われるとは・・・そんな目で見るな。今だって、寂しいのは変わらない。しかし、男龍が相手なら仕方ないのである(※男龍好き)。
さて、俺から話そうか?炉の話もあるが、それは大丈夫そうだ」
茶々を入れたことで、タンクラッドの話は後回し。ドルドレンが『炉場』の一言を出したため、ミレイオもオーリンも聞きたがった。親方も、うん、と頷いて黙る(※自分の話無視された気分)
ドルドレンは、ロゼールと一緒に出かけた公営の炉場が、どんな環境だったか、町の炉を使うのはどんな職人なのか、見たままを話した。
町役場の職員が教えてくれた時間や、炉の種類も、覚えている限りで教えると、職人3人はホッとした様子。
「大丈夫そうだな。明日から行けるのか」
「問題ない。すぐに使ってくれて良い、と許可は出ている。武器を作る職人はいないようだが、ギールッフの職人も回ったそうだから、話を進めれば作れる誰かも出てくるかもしれない」
この町でも作りたい意志がある、そう町長が話したことも伝えると、タンクラッドたちは真剣にそれを受け止め『町の職人たちの反応によっては、そうしたい』と答えた。
それから、オーリンはイーアンの代わりに、炉場で作る候補の話もする。
「イーアンはさ。本当は直にこの席で話したかったと思うんだが。俺が聞いている内容を、先に伝える。
彼女はハイザンジェルで、ダビに鏃を持たされているんだ。俺とタンクラッドが確認したが、この鏃が毒持ちなんだよ」
ドルドレンとロゼールは『やりそう』と頷き合う(※ダビのイメージ)。二人の騎士の自然さに、驚かないんだなと笑ったオーリンは、その毒については、イーアン経由であることを話す。
「どうもね。毒袋・・・この前、スランダハイの鉱山で手に入れたような、あんなのだ。あそこで手に入れた魔物の毒は、全部、スランダハイの工房区の弓職人に渡したんだが。
毒の種類とか量とか、そうした調整をダビはイーアンに託したようだ。鏃そのものは、俺が作ろうと思うけど、仕掛けはイーアン待ちって感じだ。
後は、硫黄谷で手に入れた素材で、一般にも使える武器道具だ。
イーアンは、それを作りたいようなんだよ。今日、いろいろ買いそろえて、明日から作る気でいたから・・・って。まぁ、男龍に呼び戻されることは、忘れていたみたいだね」
笑いながら首を傾げて、黒髪をかき上げるオーリンは『イーアンが不機嫌なのは、そういうこと』と終える。
ドルドレンは聞きながら、つくづく、イーアンが気の毒。オーリンの説明にお礼を言って、溜息をつく。
「イーアンは。作り始めると没頭する。その前から、実は没頭は始まっているのだ。
支部にいた時も、いつも『あれを作る』『だからもう始める』と頭の中は、常にそれで一杯だった。男龍に呼び戻されて、作業が遠のいた気分だろうに。何とか、滞在中に落ち着いて作らせてやりたいものだ」
「そうだな・・・男龍の事情もあるだろうが。イーアンの思いもあるからな」
タンクラッドも、想像がつくイーアンの制作意欲。彼女はいつも大真面目に取り組む。本当に作ることに向いているから、自分と似ていると何度も思った(※そして横恋慕へ)。
親方としては、ここは弟子を助けてやった方が良いかな、と思う。そんなことを考えていると、続く話で、ミレイオが買い物内容について話し始めた。
「ええとね。あんたの頼んだの、シュンディーンのオムツでしょ。お尻ふきと、紙袋。で、画材も買った。ロゼール、これ、領収書。それと、魔物の絵は何枚か描いてあるのよ。後で渡す」
嬉しそうなロゼールは了解して、領収書を受け取ると、その場で代金を支払って戻した。ミレイオは他に買った品も教える。
「で、この前使った板。あれはオーリンのだから、今日新しいの買ったわ。後は、この子(※赤ちゃん)の肌着がさ・・・2枚使い回しって、ずっと気になってたから生地も買ったの。ちょっと大きくなったのよね。
それと・・・食品はね。この手前の農家でもらった、野菜と卵があるけれど。宿に相談して引き取ってもらったわ。滞在中にダメになっちゃうでしょ?その代わりね、宿を出る時に、同じようなのくれる、って」
ミレイオの丁寧な気遣いに、ドルドレンは心からお礼を言う。『ミレイオが居てくれると、本当に至れり尽くせり』そう言うと、ミレイオは笑っていた。
「私たちの買い物は、こんなところかな。そっちは?炉場以外の話で、町長が積極的そうなのは良かったじゃないの。他にもある?」
ミレイオが話しを振ったので、ドルドレンは頷いて茶を飲むと、ロゼールを見る。ロゼールは『あの話』と呟く。
「何?何か情報があるの?」
「あるのだ。この前、俺たちが倒した魔物・・・人の顔の鳥。あの日。あれがこの町にも、数頭来ていたという」
それを聞いて、オーリンが茶を飲む手を止め、黄色い瞳で総長を見る。総長は、どう話そうかと一呼吸置くと、皆を見て切り出した。
「町の者は知っている。それを倒した人物がいる。しかし彼は、もうこの町にいない。旅人のようでな。彼は一人で、魔物を倒し」
「弓でだろ?」
オーリンの声に、さっとそちらを見たドルドレンは『なぜ』とすぐに訊いた。弓職人は、『俺も聞いたんだ』と答え、続く話は引き受けた。
お読み頂き有難うございます。
今週の土曜日曜(10,11日)は朝一度の投稿です。夕方の投稿がありません。
仕事の都合でご迷惑をおかけしますが、どうぞ宜しくお願い致します。




