1435. 職人たちの午後 ~龍図と男龍・店屋の情報『旅の弓引き』
「今日。いきなり炉場に行かなかったわね」
昼食を済ませて、食事処を出たミレイオは、タンクラッドに言う。オーリンとイーアンも振り向いて『炉場』の言葉に反応。
タンクラッドは、ちらっとミレイオを見てから『これからだろ』と一言。ミレイオは続きを言うように、じっと見つめる。
「何だ。今日が良かったのか」
「そうじゃないけどさ。いつもは、あんた。すぐに行こうとするじゃない。この町は大きいから、行きそうなもんかなって思っていたのよ」
御者台に片足をかけて、ミレイオは馬車を動かす前に質問する。
品ぞろえの豊富な町で、買い物は吟味して選ぶことも出来、たっぷり午前の時間をかけた。昼食の店を選ぶのも、イーアンがいるから、少し人が少ない場所まで移動した食事処。ここから次の目的地・材木売り場へ向かう。
「オーリン、俺が御者台に。お前はイーアンと後ろだ」
ミレイオが聞きたがるので、シュンディーンを抱っこしたまま、タンクラッドは御者台に乗る。ミレイオも乗って、龍族の二人が荷台に乗った沈みを確認後、出発。
「シュンディーンが寝る時間だ。本当は、後ろが良」
「分かってるわよ。教えてくれたら、後ろに行けば良いじゃない」
最後まで言わせないミレイオに、『教えるも何も』と親方はちょっと笑い、シュンディーンが暑くないように気を遣いながら、炉場に向かわなかった理由を話した。
「勝手が違うかも?何それ。炉は炉でしょ」
「そうなら、な。分からんだろ。見た所、どの店屋にもある飾り物用の金属は、温度が低くても作れそうな金属ばかりだ」
「じゃ、何で。ドルドレンに炉場の話をしておいて、って言ったのよ」
「聞けるだろ。剣を作るだ何だ、こっちの話をするんだから。剣が作れそうかどうか、町長が知らなくたって、町役場には公営の炉場の資料があるもんだ」
ふーん、と答えて、ミレイオは黙る。
タンクラッドとしては、オーリンと一緒に選別した金属を試したいようだが、高温設定で考えているのか、『鋳造の町』の代表のように飾られている金属製品を知り、疑問がある様子。
「要は。無駄足にしたくないわけ」
「どっちかって言うとな。俺じゃなくて、この町の人間にぬか喜びをさせたくないだけだ」
「それ、あれ?剣とか作ってもらえる、って思って。それで違ったら・・・とか」
他にないだろ、とタンクラッドは言う。それから質問続きのミレイオに『お前の方がそういうのは、気にするんじゃないのか』と聞き返した。
「お前の使いたい高炉染みた炉なんて、ここにはないかも知れない」
まぁね・・・ミレイオはテイワグナに来て、高炉は期待していない。ない所が多いと知ったので、製法の違いがある分、求めるのをやめた。
だからミレイオが作っているのは、ここでは自慢の盾ではなく、小物中心。盾も、工夫して手法を変えたものを用意する。それはテイワグナ産の盾に近づけているが、盾の工房は多くない。
スランダハイの町くらい、伝統のある場所でもないと、まともに会えないんだわ、と知ってから、盾も一応作って置く範囲だった。
「質問。終わりか?」
「終わりよ。オーリンとあんたが、この町に入った時、せっせと仕分けてたから。意欲満々だと思ってた分、変だと思っただけ。もういいわよ、後ろ行きなさい」
「寝ちまったよ」
タンクラッドの腕の中で、シュンディーンは満腹のお昼寝。顔を向けたミレイオに、ちょっと見せてやると、ミレイオはフフッと笑って、また前を見た。
タンクラッドとミレイオは暫く会話もなく黙っていたが、二人共どことなく笑顔で、揺られる馬車の御者台に並ぶ時間を楽しんだ。
後の荷台では、オーリンがイーアンの真横にくっ付いて、顔を寄せている最中。
「近いですよ」
「え?けち臭いこと言うなよ」
ケチじゃありませんよ! 叱るイーアンに笑うオーリン。それからオーリンは、床に広げた古い織布に触れないように指差して『これ、始祖の龍かな』とイーアンに言った。
「うーん。どうでしょうねぇ。糸は強そうだけれど、色が昔のままとも限りませんから」
「褪色したってことか?こうして見ていると、君みたいだぜ。白っぽい銀色でさ。龍になった時のイーアンと似ている。始祖の龍もそうだったんだろ?」
「彼女の場合は・・・ビルガメスの色が近いんですよ。私は紫がかっていますが、彼女はもっとこう・・・色をちりばめたような龍だったから」
綺麗だな、と呟いたオーリンに『とても綺麗な龍でした』とイーアンも思い出しながら答える。
「これ。タンクラッドとか総長に見せたのか?」
「まだです。タンクラッドは好奇心でいっぱいですが、午前中は別のことに気を取られていました」
鏃がね、と言うと、オーリンもさっと顔を上げ『ダビ』と一言。
イーアンは分かる。職人には、龍図よりも職業・・・と頷き、『ダビがですねぇ』と受け取った鏃を引っ張り出して、そこからは、オーリンに鏃と資料の時間を与えた(※はまる)。
ドルドレンにも、龍図のことは話していない。時間がなかったことと、彼も無理に聞こうとしないので、この龍図については今夜かな、とイーアンは思う。
龍図を仕舞ってから、オーリンがタンクラッド同様に、ブツブツ言い続けるのを横で聞き、ハイザンジェルで受け取った沢山のお土産のもたらす効果に、イーアンはちょっと笑った。
イーアンも、ちゃんと広げたのは、今が初めて。
始祖の龍の部屋で見た、彼女の生きていた時代の姿。龍図には、それを彷彿とさせる龍の柄がある。
ただ、オーリンにも訊かれたように、色がそのままとは限らないから、なまじ『女龍』と言い切るには早い。
オーリンはイーアンの肌の色を何度も観察して、織られた龍と『よく似ている』と伝えた。イーアンも否定はしないが、肯定も出来ない。
これが仮に、始祖の龍の時代であっても、始祖の龍以外にも龍はいた。彼女が生み出した男龍たちもいれば、精霊が生む龍の話もある。誰だか決めるには、もう少し条件を絞らないと・・・・・
仕舞った箱に視線を向け、オーリンには話さなかったことを、イーアンは思う。
あの糸は。男龍の髪の毛では――
イーアンが日常的に見る、彼らの髪の毛。長い髪のビルガメスやルガルバンダ、タムズやファドゥ。シムとニヌルタは短髪だが、過去の映像でも、髪の長い男龍の方が多いように感じる。
男龍は色彩がとても複雑で、その複雑な色の重なりに強い色が、体色に現れている。
頭髪もそうで、彼らは頭部にしか毛がないので、集中した輝きは、動きのある髪の毛が目立つ。彼らの体色をもっと強くしたような色を放つ頭髪は、人や動物のそれとは異なって、何色もの色が、混ざるのではなく、重なっている。
マーブル模様のニヌルタや、縞模様のシムも、オパール色のビルガメスも、金粉を散らしたようなタムズ、銀の練り地に似たファドゥ、透明度の高いルガルバンダ・・・子供たちも。皆、よく見ると、色が混ざってはいないのだ。
体のそれがそのまま、髪の毛にも当てはまる。あの色の様子は、ずっと見ていると慣れる。見間違うこともない。
龍図に使われた織り糸は、人間の作れる糸の範囲を越えている。あれは、男龍の頭髪――
「なぁ。これ、金属はここに在るやつか」
不意に、オーリンが話しかけて、イーアンは彼を見る。オーリンの手元にある鏃は、ダビがテイワグナの魔物から出した金属らしく、まだ馬車にあるのかと訊ねられた。
「全部は送っていませんから、馬車にもあるでしょう。タンクラッドが管理しています」
「そうか。じゃ、タンクラッドも作れるか、試したいだろう。やってみるか」
やる気のオーリンに『オーリンが作るの?』と訊くと、『あまり鏃は得意じゃないけど』の返事。自分の弓用に作っていたくらいで、大量生産系は無縁、と言う。
「ギールッフで、肋骨さん(※銃の名称として定着)教えたじゃないか。ミレイオと俺で、教えてやったけど、やっぱり使える人間は限られるだろう?その点、弓矢は馴染みあるしな。女子供でも引けるから」
腕は練習の必要あるが、と笑いながら、離れた場所からの攻撃に、弓矢の必要を呟くオーリン。
「そうですね。私たちは、武器もあまり使わなくなった戦闘をします。でもそれは私たちの戦い方だし」
「ってことだよ。一般人に、『空飛べ』なんて無理だろ。リャンタイの町でも思ったけどさ、俺たちの様子を見て、意識が萎える場合もあるじゃないか。お前たちと違う、って、やる気失せるような」
イーアン、この話になると少し悩む。オーリンは分かっているから、長引かせはしないが、弱い立場にいればいるほど、弱さを前面に逃げようとすると話す。
「戦えるって知るためにはな。いつだって『恐れの上に行ける』のが条件だ。知って・認めれば、動くんだよ。誰でも。君のように、恐れの上の割合が広い人は、少ない」
鏃は作ってやろう・・・オーリンは、可能性を感じるように微笑む。イーアンも微笑み返した時、馬車がガタンと止まった。
「着いたぞ。オーリン、板を買え」
親方の声がして、返事をしたオーリンとイーアンは、荷台を下りる。交代で親方が荷台に入り、ベッドに赤ん坊を寝かせると、無造作に仕舞われた鏃の包みを見て、フフッと笑った。
「オーリン。作るな」
材木店に入った龍族の二人の背中を見送って、タンクラッドはダビの資料を改めて眺め、待ち時間を過ごした。
町の中で、大きな見せ場になる通りから、ずっと外れた場所にある材木店。他のこうしたような資材は、大体同じように近隣に店が出ている。
イーアンは目立つから、あまり馬車を下りないのだが、自分が用事のある時は、やっぱり自分の目で選ぶため、目立とうが何だろうが、お店へ入る。
店に入って、多くの場合はすぐに買い物が出来ず、誰かしらが来て少しご挨拶と説明をし、それから握手や何やら(←直筆サインとかお供えとか)済ませ、それから買い物。
硫黄用の容器や道具を買う時も、画材を買う時も、ミレイオや親方と一緒に店に入って、こうした経過を踏んだ上で購入した。
オーリンが買う平板の場合は、イーアンに木材の用事がなくても『安くなるんだろ?一緒に行ってくれ』の目的で付き添った(※龍の女効果)。
大きな店内ではなく、外の置き場が広い材木店。人もちらほらで、イーアンはホームセンターを思い出す。
イーアンとオーリンは日光の下を歩くので、角があるイーアンはシルエットで目立つ(※どうやっても人間じゃない)。
案の定、お店の人が窺うようにやって来て、『あ!龍の女!』の、お決まりの文句から始まり、先の経過を終え、オーリンの欲しい平板は2割引きで買えた。
お店の人は、イーアンを何度も見て笑顔で『今日は良い日』と喜ぶ。イーアンもニコニコして、親切にお礼を言った。
「まだ来たばかりですか?龍の女が、テイワグナの魔物を退治するって聞いているんですよ」
「はい。私だけではなくて、他の人もいます。昨日、この町に来ました」
彼も戦う?とオーリンに目を向けた店員に、オーリンはちょっと笑って首を傾げ、イーアンも笑顔で『彼も強い』と言うと、ちょっとオーリンの腰元を見て『弓、ないか』と呟く。
「ないよ。買い物するだけなんだから。いつもだって持ち歩かないだろ」
「ですよね。持ってればな~って(←女子的感覚)」
「弓で戦うんですか?え、この前の人じゃないですよね?」
店員の言葉に、二人は揃って顔を向ける。お店屋さんはもう一度『この前、魔物を倒した話の人じゃ』と言いかけて、オーリンの表情から、違うと判断。
「私は見ていないんですが・・・山に近い入り口付近が、魔物に襲われたんですよ。知らないかな、竜巻が起きた日です。
あれもビックリしたな~ ホントにものが吹っ飛ぶくらいの、すごい風が吹き荒れる中、飛ぶ魔物が来まして」
「いや・・・イーアン、その日」
教えてもらった話に、オーリンは女龍を見て『自分たちが不在の日』と察する。竜巻はシュンディーンの力、と聞いている。
お店屋さんは、この二人は知らないんだなと理解して『町に入る角度で、見えないかも知れない』と頷くと、その日に何があったかをもう少し教えてくれた。
「弓で。弓矢?普通の」
話を聞いて目を丸くするイーアン。オーリンも少なからず驚いているようだが、驚く点について、お店屋さんはあまりピンと来ていない。
「そうです。普通の・・・じゃないかな。見ていた人の噂では、弓がどうこうは聞きませんから。
どこの人なのか。見かけない顔立ちのような話だったけど。ダマーラ・カロは、旅人も観光客も多いんで、いろんな人が立ち寄るんですよね。で、あっという間だったって」
「魔物が飛んできて?町の中で射止めて、落ちたのは焼いたって?そいつが焼いたのか」
「はい。町の外に持って行って、とか。手伝った人は強制されたらしく、『刺さった矢を掴め』と言われたって。引っ張り出して、その人は魔物を焼き払ったそうです。慣れているんでしょうね」
「一人ですよね?彼は一人旅」
オーリンと代わる代わる質問するイーアン。イーアンはもうちょっと知りたい。お店の人は『そうだと思う』とは答えたが、幾分、自分が見たわけじゃないからと、そこで話は終わる。
「頼もしいですね。私たちの知らない人です。でも民間人でも、そうやって積極的に退治して下さる人がいると知ると、これはとても有難く思います」
「本当ですね。あの、町の噂にはなっているし。もしかしたら、もっと詳しく知っている人に話を聞けるかもしれませんよ。山側の町の入り口付近の店など、知っていると思います」
店屋さんはそう言うと、今日、この店で購入してくれた出会いに感謝してくれて、それから『この奥に進むと、鋳造の炉がある』ことも教えてくれた。
イーアンとオーリンはお礼を言い、店を出て、平板を馬車に運んだ。
荷台にいる親方が受け取ってくれ、平板を壁に沿わせてから、馬車は午後の道を宿へ戻る。
オーリンはタンクラッドと話したかったが、ミレイオが『地図見るやつ、一人来て』と前から怒鳴るので、仕方なしオーリンは御者台へ行った(※町広いから迷う)。
御者台でミレイオに、地図を見ながらの道を指示しつつ。さっきの話に出た『弓引き』のことが何となく気になっているオーリンは、その男の弓を見てみたい気持ちが強くなる。
見上げる空は、町の建物の影に切り取られる。その上まで・・・届く矢。魔物を射落とす、その威力。
「ミレイオ。この前、シュンディーンと一緒に倒した魔物。どんな大きさだった?」
訊ねてすぐ、ミレイオが話し始める、この前の戦闘。
話を聞きながら、気になる『旅の弓引き』の事。
そいつの印象―― 弓で魔物を倒した ――そのことが、町の人間に明るい方向を示したんじゃないか、と思うと、オーリンは自分がこの町で、強い弓矢を作って残してやりたくなった。
お読み頂き有難うございます。




