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魔物資源活用機構  作者: Ichen
護り~鎧・仲間・王・龍
143/2943

143. セダンカと北西の支部~午後

 

 そうして午後に入り、午後も瞬く間に過ぎた。


 午後一で、と言われていた、背の高い褐色の肌を持つ整然とした騎士が工房へ来て、仮作りの鎧を装着した。イーアンが鎧を着せながら、いろいろと細かい部分を質問している。


 褐色の肌の騎士は、少し恥ずかしそうな表情で彼女を見ていて、質問に手短に答えていた。ダビは無関心だ。 ・・・・・彼は人に対して関心がないのかもしれない。イーアンに言われる事をきちんとこなすので。仕事は出来る様子。


 褐色の肌の騎士の胸から背に、イーアンが腕を回して鎧の止め具を調整すると、彼はとても分かりやすい反応をした。顔を赤くして俯いてしまった。うむ。彼は今時、貴重なくらい初心(うぶ)なのだ。


 彼の反応に笑顔で対応するイーアンは、ある意味、服屋の店員のようだと思った。客に触るの当たり前、という。恐らく、イーアンのこの自然体が、あらゆる初心(うぶ)に影響を与えている気もした。



 騎士の仮装着で、ある程度、手ごたえを実感した様子なので、ダビとイーアンは彼にまた後で来るように言い、一旦帰した。


 ロゼールと呼ばれる若い騎士がその後来て、『やりますか』と若さ充満の一言をそばかすのある笑顔で放った。彼に手袋を着けさせ、工房の窓から外へ出る一同。セダンカは工房内から様子を見学する。


「相手は」


 ロゼールが対戦相手を欲しがると、『私がやろうか』とどこからともなく背の高い女が現れた。ハルテッドと呼ばれた美しい女性は茶色い髪を結びもせず、イーアンに『どうすればいいの?手袋使うの?』と訊ねた。ダビが『あなた、サボっていない日ないでしょ』と平然と言う。



「うわ。この人相手はイヤかも」


 ロゼールが困った顔で気弱になった。ハルテッドはロゼールを無視して、受け取った手袋を着け、握り開きを繰り返し『打ち合いだけね』と笑顔で言う。


「イーアンの作った手袋。私が勝ったらこれ頂戴」


 赤い艶やかな唇をきゅうっと吊り上げて、ハルテッドがイーアンに交渉した。イーアンは『勝たなくてもあげます』と答えた。


「そうなの。じゃあ私が勝ったら何かおねだりして良い?」


「内容によります」


 イーアンは笑顔で往なす。ハルテッドがイーアンの瞳を覗き込んで『ちょっとキスしても良い?』と冗談なのか本気なのか分からないことを言うと『早く打ち合いして下さい』とダビがハルテッドに促がす。

 ハルテッドが美人に似合わない舌打ちをして、『ちょっと黙ってなさいよ』とイラついていた。


 ロゼールは『俺は本気で行きますから、離れて下さい』と困り顔のまま、イーアンとダビに忠告した。



 身長差は10cm程度。美人の方が背が高い。


 合図と共にロゼールが壁に向かって跳躍し、壁を蹴って跳ねあがり、ハルテッドの頭を掴んだ。

 ハルテッドはくるっと頭を回してすり抜け、笑顔のままロゼールの片腕を掴んで、もう一方の手でロゼールの腕に拳を打ち込んだ。


 嫌そうに顔を歪ませたロゼールは、打たれた腕をすぐ引き抜いて、ハルテッドの腿を足場に蹴り、後ろへ跳ぶ。


「ちょっと。足蹴って良いの?」


 美人が少し真顔になって髪をかき上げる。目が笑っていなかった。


「蹴ったうちに入らないでしょ。痛くなかったはずですよ」


 ロゼールは遠慮しない。工房の外に打ち込まれた杭の上に立って、美人を見下ろす。


『困った坊やね』とハルテッドが吐き捨て、杭に向かって走り出し、ロゼールが跳び上がったところで同時に跳躍し、杭を駆け上がって、ロゼールに向かって宙で目一杯片足を回した。


 鈍い音と一緒に、ロゼールが両腕を十字に盾にしてハルテッドの蹴りを受けた。ロゼールもハルテッドも睨み合いながら着地した。防護手袋を脛で受けても、ハルテッドは顔色一つ変えない。


 ダビが一度間に入り、ハルテッドに短い鞭、ロゼールに模造剣を渡した。イーアンは驚いたが『この二人なのでこれくらいは』と無表情に頷く。一人で納得している様子にイーアンは困った。


 ロゼールは容赦なく、身体能力を生かしてハルテッドに模造剣と保護手袋で挑む。受けるハルテッドは鞭でロゼールを翻弄し、保護手袋でロゼールの剣を受けて交わす。

 二人が恐ろしい勢いで攻撃しあうので、武器を持たせたダビが、武器付きの対戦を10分で終了させた。



 少し息が上がっているものの、二人ともぴたっと終了した。お茶を淹れたイーアンは、彼らを労う。手袋を見せてもらい、試着の感想を聞きながら記録をつけ始めた。


 ロゼールは『ハルテッドはイヤです。俺と似たような動きをする人はやりにくい』とお茶を飲みながらダビにこぼしていた。『腕が痛い。あの人、力が強いんですよ』とやられた箇所をダビに見せて痛がっていた。

 ダビは『そうだね。またお願いね』とロゼールの言葉を無視して、一方的な要求をしていた。



 ハルテッドは、机で書き物をするイーアンの真横に、ぴたっと体をくっつけて、『ねぇ。どうだった?私強かった?』と一生懸命擦り寄りながら、感想を知りたがっていた。


 イーアンは書き難そうにしながらも、笑顔でハルテッドに『とても強くて格好良かったです。何でも出来るなんて素敵ですよ』と答えた。

 それを聞いたハルテッドの顔が赤らんで『もっと強いところ、見せられるんだよ』とモジモジしている。


 防護手袋の状態を確認しつつ、書き物から目を離さないで『でも、あまり危ないのは良くありません』とイーアンはやんわり注意した。ハルテッドは『心配しないでも良いのに』とちょっと嬉しそうに笑顔で答えている。



 あの美人はイーアンが好きなんだろうな、とセダンカは見守っていた。

 しかし、男相手にとんでもない戦い方をするものだ、と内心怯えた。うちの奥さんがあんなに強くなくて良かった。浮気でもしようものなら、間違いなく一蹴りで殺される自信がある。



 外からクローハルが来て、ハルテッドを見つけ、ぎゃあぎゃあ騒ぐハルテッドを引っ張って、裏庭演習に戻って行った。これほどの美人が、ぎゃあぎゃあ騒ぐのを見たことがないセダンカは引いた。


 ロゼールも『俺は今日。午後の二部から出ますよ』とダビに言うと、湿布を貼りに医務室へ向かった。


「鎧はもうこれで良いでしょう。後はシャンガマックに着用して動きを見るだけです」


 ダビがそう言って、シャンガマックを呼びに行き、何故かドルドレンとシャンガマックを連れて帰ってきた。ドルドレンは仕事じゃないの?とイーアンが訊くと『やることは済んだ』とドルドレンは答えて、剣を寄こすようにダビに言う。


「まさかシャンガマックに、あの剣で」


 イーアンがちょっと心配そうに言うと、ドルドレンは『あの剣じゃなければ効果が見られないだろう』と当然のように答えた。そしてイーアンの頭にキスをして『鎧は壊さないよ』と言った。



 鎧は壊さなくても・・・シャンガマックが。ドルドレン以外がその言葉の裏側に懸念を持った。


 諦めたシャンガマックは鎧を装着し、軽く体を動かしてみて『着用は問題ない』と教えた。そして外に出て、ドルドレンの剣を受ける。

 手加減はしていても、ドルドレンの力と剣の威力は見ていて心配しかなかった。


 剣の衝撃で、シャンガマックは体を揺らすものの、鎧は何ともなかった。ドルドレンは的確な位置に刃を当てるので、指定された場所の試しは確認出来た。


 ダビが『もういいです』と止めさせて、シャンガマックの感想を聞き、それを書き留める。ドルドレンも剣を戻し、剣で鎧を叩いた感想をイーアンに伝えた。



 こうして鎧の確認も手袋の確認も済んだので、後はダビに資料を作ってもらうことで業務は終了した。清書は、まだ字の書けないイーアンには出来ないので、ダビが担当する。


 そしてドルドレンがダビに、『明日は朝から出発して王都へ行く』こと、『翌日の夕方に戻る』ことの2つを伝えた。

 イーアンが行く、と聞いたダビは少し表情が変わり、それまで見向きもしなかったセダンカを振り向いた。『この人を利用しないで下さい』とダビは無表情にセダンカに伝え、『では資料を出発前に渡します』とイーアンに言って工房を出て行った。



 ドルドレンはダビの一言に黙っていた。ダビなりにイーアンを案じているのだろう、と思った。イーアンがいなくなると、自分の楽しい仕事が消えて困るから・・・・・ ダビらしいな、と納得。 


 時間を見ると少し早いが夕方近かったので、セダンカに夕食時間と風呂の場所を教えて、寝室に案内した。朝早くから疲れたであろう、ということにして、今日は休むようにとドルドレンは伝えた。



 明日の朝の出発時間を確認した後、ドルドレンはイーアンを連れて早々に消えた。



 セダンカは宛がわれた寝室に入り、簡素なベッドに腰を下ろした。

 眠ってはいたが、夜の道は緊張に包まれてあまり休めなかった。見学ももう充分だし、と思うと安堵の溜息をついた。


 明日。イーアンとドルドレンを王都へ連れて行き、夕方の会議に出席させてからが本番だ。


 彼らがどう従うか分からないが、王族もいる席で無理は通せないはずだ。ある程度こちらの話も呑んでもらうことが出来るだろう、とセダンカは考えた。


 上着を脱いで、ベッドに横になると少しずつ眠くなってくる。


 まだ夕方前だな、と思いつつ、眠気に抗えなくなっていた。


 ・・・・・間近で見た製作品は、説明こそ求めなかったが、随分風変わりで妖しい虹色の鎧や、奇抜な色の手袋や、異様な圧倒感を持つ細い剣があった。あれが魔物の体の一部・・・そう思うと、彼らのしていることが凄い事のように思えた。


 セダンカは徐々に意識が薄れ、夕方の茜差す時間にはすっかり眠りに陥っていた。




お読み頂き有難うございます。

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