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魔物資源活用機構  作者: Ichen
泡沫の示唆
1422/2965

1422. 紐解くザッカリアの変化・龍境船とザッカリアの関わり

 

 ファドゥに、不思議な一言を貰ったザッカリアは、少しの間、考えてしまう。



 固まっている子供の頭を撫でて、ビルガメスが『どうした』と訊ねると、大きな男龍を見上げ『今の俺?』と、ザッカリアは聞き返した。


 すぐには返事をせず、ニッコリ笑った男龍は、小さな彼を抱き上げる。それから次に向かう場所、始祖の龍の丘へ飛び立つ。



「ねぇ。()()()は何かが違うの?」


「違うな。少しずつ、お前が空に馴染んでいる。イヌァエル・テレンを越えた()()()へ」


「え」


「お前は、ソスルコと共に動く時間を増やしている。それは大きくお前を成長させる」


「成長って・・・背が伸びるのとは違うこと?」


「体の変化とは違う。お前の本当の姿への変化だ」


 ザッカリアは、大きなレモン色の瞳を、龍の金の瞳に向ける。その、遠くから輝く星のように澄んだ瞳を見つめ『俺は、これからそれを知るんだね』と呟くと、男龍は優しく微笑んだ。


「お前は物分かりが良い。イーアンもお前くらい、大人しく理解すれば良いんだが」


「イーアンも頭は良いよ。大人しくないかも知れないけど」


「それが困る」


 ハハハと笑う男龍と一緒に笑い、ザッカリアは男龍の大きな太い腕に抱えられたまま、イヌァエル・テレンの空を飛ぶ。それは夢のようで、ザッカリアは自分が感動していることを伝えた。


「お前は、お前の世界がある。きっとこれから、もっと感動する」


 うん、と頷くザッカリアに、ビルガメスも微笑みながら、次なる目的地の丘へ降りた。


 そこは広い丘で、ザッカリアは『ティグラスの家じゃないよ』と見渡す。この前に来た時、ティグラスの家はもっと、違う風景だった。

 大きな大きな木が、枝を広く張り出して、枝を伝って白い樹液が丘を流れて、側の川に流れ込む。その川の白さは、水なんて一滴もないように見える。


「これを飲むと良い」


 不意に、頭の上から指示が来る。さっと男龍を見上げたザッカリアは、屈みこんで見ていた白い川をもう一度見て、『これ?』と訊ねた。


「そうだ。龍の子は、皆これを飲む。毎日、何度も。体が強くなる」


「本当?俺も飲んで良いの?」


『強くなる』の言葉と、龍の子たちも飲んでいる、と知れば。ザッカリアは自分も!と喜んで、白く煌めく川に両手を入れて掬い、口に運ぶ。


 味・・・あんまりしないな。と思う。でも、飲んですぐ分かるのは、体が沸々と沸き立つような力を受け取ること。それは静かで穏やかなのに、全身に巡って行くように感じる。


 それをビルガメスに話すと、ビルガメスは笑って『お前の体は人間だから』そうかも知れない、と頷いた。


「それほど分かりやすい感覚は、龍の子たちは受け取っていないだろう。彼らにとっては、血のように自然。これは俺の母の丘」


「ビルガメスのお母さん。始祖の龍でしょ?」


 そうだ、と頷く大きな美しい男龍は、子供を抱え上げると飛び立つ。飛んですぐに、下方に遠ざかる丘と大樹の話をしてやると、ザッカリアはとっても驚き『まだ?まだ皆のために?』と訊いた。


「いや。これからもだろう。永遠だ。俺の母は、イヌァエル・テレンそのもの」


「わぁ・・・すごいね!ずっと一緒みたいで、嬉しいね」


 声の調子が変わった子供に、ふと、視線を向けてみると、ザッカリアは目にいっぱいの涙を浮かべて『嬉しいね』と泣きそうな声を小さくして、もう一度そう言うと、感動しているように黙った。


 レモン色の瞳が涙で光るのを見たビルガメスは、大きな指でちょっと彼の目を拭いてやり、自分を見た子供に『お前の心を打ったか』と嬉しそうに頷く。


「だって。今も一緒なんだよ。俺もイーアンとそうだったら良いけど。いつかは死んじゃうから」


「俺の母も死んでいる。だが一緒にいることは変わらない」


「イーアンもそうなら良いのに」


 女龍を母親代わりにしているザッカリア。そう話を聞いているから、ビルガメスの微笑みも深まる。ザッカリアは龍族ではないし、人の体を持った宿命がある、空の一族だが。


「お前を大切にしてやろう」


「ありがとう。俺も、龍族の皆が大切だよ」


 ミューチェズとかジェーナイとか、と続ける子供に、ちょっと笑った男龍は『帰ったら遊べば良い』と答えて、『暫くは()()にいるんだから』・・・と教えた。



 そして、話している間に、ティグラスの住む川の上に来た二人。外には、彼の龍、・ピレサーがいて、近づく男龍を見上げて見ていた。


 降り立ったビルガメスとザッカリアを見たピレサーは、じっとザッカリアを見つめる。


「側へ行くと良い」


「あの。でも。この子は、俺に怒っていない?」


「どうして。怒っていないだろう」


 だって顔が、と怯む子供の背中を支え、『顔』と呟いてピレサーを見るが、ビルガメスには分からない。


 ピレサーは『クルルルル』と小さな声を喉の奥から出すと、前に一歩進んで、ザッカリアに近づく。ドキッとするザッカリアは、後ろに下がろうとするが、男龍の手が背中に添えられて下がれない。


 困ってしまって、『怒っていそうだよ』とビルガメスに言うが、男龍は可笑しそうに『そんなことはない』と教えるだけ。


 そうしていると、家の中からティグラスが出て来て、来客の二人に目を丸くして笑顔で挨拶した。


「ビルガメス!来てくれたのか。有難う。ザッカリア、俺を覚えている?前に会ったティグラスだ。ドルドレンの弟」


「ティグラス、助けて」


「うん?何を」


 捲し立てるように挨拶したティグラスに、困っているザッカリアは、すぐに頼む。驚くティグラスに、ビルガメスは笑って、ピレサーに怯えていると話すと。


「ピレサーが怒ってるみたい?それはないよ。顔が、怒ってるみたいな顔なんだ」


 前に来た時、ちゃんと見ていなかったザッカリアは、今回初めて真正面からピレサーを見た。ピレサーは、ワシのような顔をしているので、正面から見ると睨んでいるよう(※718話前半参照)。



「大丈夫だよ。ピレサーは怖くない。少し大きいけど、優しい。ザッカリアに似ている匂いがするから」


「俺に。似ている匂い。ピレサーと俺?」


 ティグラスは、そっと背中を押すビルガメスから、ザッカリアを引き受けて、彼の手を持ったまま、ピレサーに触らせる。ザッカリアは怖い気持ちもあったけれど、触ったら少し落ち着いた。


 ピレサーの金色の瞳は、他の龍よりも少し明るくて、ザッカリアを見つめながら、何度も首を傾げる。


「俺は()()じゃないよ」


「そうだよ。でもピレサーが()()()()んだ。だから似ている」


 素直なティグラスは、龍の声なき声を聞く。そして、疑うこともないので、そのまま伝えた。


 驚きと不思議で、少し息が上がるザッカリア。ティグラスとピレサーを交互に見て、『似ているの』と呟く。

 その様子を面白そうに眺める男龍は、フフッと笑うと、話を変える。『ティグラス、お前に』話しかけ、自分を見た彼に、伝えることがあるから来たと言う。


 彼はすぐに了解し、男龍とティグラス、ピレサーとザッカリアは、川に近い草の上に座った。


 イヌァエル・テレンの午前。柔らかい日差しを受けながら、オパール色の大きな男龍は、イーアンが持ち帰った『龍境船』について、ゆっくりと話し出した。



 ビルガメスが話し終わった後。少しの間、ティグラスは喋らなかった。


 途中、何度か口を挟んで質問したり、聞き直したりしたが、話が終わると彼は何か気がついたか、特に何も言うことはなく、ただ大きな男龍を見つめる。


 ビルガメスも、横に座った男の胸中を聞こうと、その沈黙の時間に付き合う。日焼けした、ドルドレンに似た顔は、青と鳶色の瞳を向けて、『次に自分は何を伝えるべきか』を考えているふうに見えた。



 ザッカリアも静かに二人の側にいて、自分の真横に座る、ピレサーの滑らかな毛が生える足を撫でている。

 ピレサーは、獅子のような体を持っているから、手足も龍のものではなく、とても動物的だった。


 オーリンの呼ぶ青い聖獣に似ているけれど、ピレサーの方がずっと特別な印象があり、ザッカリアは、大きな6枚の翼を持つ龍のピレサーと、自分・・・に、何の繋がりがあるのだろうと、それに意識が囚われ続けている時間。


 不意に、ティグラスが口を開き、沈黙は終わる。


「ビルガメス。有難う。俺は今日も探しに行く。でも俺が見つけるのは、()なんだな」


「ふむ。お前は何かに気がついたのか」


「そうじゃない。船の形は誰かが混ざるから動くんだ。誰かはザッカリアかも知れないし、違う空の」


「そこまで。ティグラス。お前は充分知っている」


 話し出すと、思っていることを全部口にするティグラスに笑い、大きな男龍はさっと彼の口に手を当て『もう、それで良い』と微笑む。

 大きな手が唇に触れ、驚いたティグラスは、じっと目の前の輝く肌を見つめて、そっと両手で掴む。


「ビルガメスの手はとても大きい。何て綺麗なんだろう。何て強い手だろう」


「ハハハ。ニヌルタがお前を好きな理由が分かる。お前は正直だ」


「綺麗な肌の色。俺とは違う。透き通る男龍は、水辺の空のようだ」


 ありがとうと囁いて、ビルガメスは、ティグラスが両手に包んだ手を、ゆっくりと引き抜くと、話題が変わったことを気にもしない彼の頭を撫でた。

 ティグラスは嬉しそうにニッコリ笑って、『また来てくれ』と言った。


「また会いに来よう。お前に会うと楽しい」


「俺も楽しいよ。ニヌルタは毎日来るけれど、他の男龍も来れば良い。俺は待ってる」


 ニヌルタの子・ファタファトもとても可愛い、と無邪気な笑顔を向けたティグラスに、ビルガメスは背を屈めて顔を寄せ『俺の子も連れて来てやろう』と微笑んで約束した。


 ティグラスはそれを合図のように頷き、笑顔のまま、すっと立ち上がる。ビルガメスも立ち、こちらを見たザッカリアに『子供部屋へ戻ろう』と伝えた。


 ザッカリアはピレサーを撫でてから見上げ、『また会おうね』と言うと、ピレサーも頷き、ザッカリアの体は、ビルガメスに抱えられた。



 男龍が飛び立つと、ティグラスとピレサーも空に上がる。

 反対方向へ体を向け、手を振ってお別れした後、ビルガメスは子供部屋に向かう少しの間で、片腕に乗せた子供に訊いた。


「ティグラスの返事を聞いていたか」


「ううん。ちゃんとは聞いてないかも・・・ごめんね。俺、ピレサーと似ている、ってそればっかり気になった」


 ザッカリアの返事に、フフッと笑って『そうか』それならそれだ、と男龍は面白そうに呟いた。


 子供部屋は目と鼻の先で、ゆっくり飛んでもすぐに到着し、ビルガメスとザッカリアは、この後はずっと子供たちとファドゥと一緒に過ごした。

お読み頂き有難うございます。

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