1421. 旅の百十三日目 ~聖獣と赤ちゃんと龍・ザッカリア、空の朝始まり
朝も早くに北西支部に入ったイーアンが、厨房担当及び、早く起きて来た騎士たちに驚かれている頃(※姿が)。
馬車の朝も始まり、シュンディーンとミレイオはいつも通り、朝食の準備(※赤ん坊は座っているだけ)。
ミレイオが、焼いた肉を赤ん坊にちょいちょい食べさせて、食材を炒め始めた時、ドルドレンが来て挨拶をする。イーアンがいないと早起き、と言うミレイオに、ドルドレンも笑う。
「そう、ザッカリアも留守なのだ。ザッカリアの分も作っている?」
「え?そうなの?作ってるわ、ちょっと多いか・・・でも、もう火を通しちゃったね」
食べるやつには困らないから、まぁ良いけれどと、笑ったミレイオは首を振って、なぜザッカリアもいないのかを訊ね、昨晩の事情を聞き、少し止まる。
ミレイオが止まった理由が分かるので、ドルドレンも頷く。
「今、何人」
「俺もそれを思ったが。しかしビルガメスが相手である。そして奥さんも頑張ったが敗退」
「ええ~・・・分かるけど。前までなら、イーアンが不在の時は、男龍を呼んで、って話だったけどさ。今はシュンディーンがいるから、呼ぶに呼べないわよ。ザッカリアはこの子、平気なのに」
「知っている。イーアンはまだ、サブパメントゥ寄りのようだから、大人しくしている分には一緒にもいられる。だが、男龍は龍の中でも、ミンティンたちと同じような状態らしいし、うっかり呼ぼうものなら、シュンディーンが驚く」
小型の龍だとまだ平気そうだけれどね・・・ドルドレンも、側の座布団に座る赤ちゃんを見て『お前が怖いのは困る』と眉を寄せる。赤ちゃんは、お肉をむちゃむちゃ。
丸い頬っぺたを伝うよだれを拭いてやり、赤ん坊を抱っこすると、ドルドレンはオムツを替えに荷台へ連れて行った。
ミレイオは朝食の用意が殆ど済んだので、朝の空を見上げて考える。
「どういうつもりなんだろう・・・イーアンが強制的に馬車に戻らないように、ってのも、聞いたばかり。それ以上の質問は、答えもあやふやだったし。
頭数がないと、テイワグナの魔物は大変なんだけど。男龍には分からないか」
彼らは強いから、あまり気にならないのかも知れない。イーアンは、自分が引っ込められるのも、昨晩にザッカリアまで空に引き取られることも、どちらも反対したという。
「そりゃそうよね。でもそれでも、強行突破(※おじいちゃんはそう)。イーアンが言い返せないような、そうした内容なのかしら」
うーん、と唸るミレイオは、イーアンがハイザンジェルに帰った今日は、仕方ないにしても、『その後も未定の留守』を言い渡されていることが心配だった。
ザッカリアもすぐに戻らいないのではないか、と思うと。『困るわ。オーリンは居てくれるけれど』フォラヴもまだだし~、と頭を抱えるだけ。
そうこうしているうちに、皆もちらほら、馬車から出て来て、朝の挨拶を交わすと、ミレイオは皆に食事を渡す。
朝食の席では、ドルドレンから皆に『ザッカリアの留守』の話が伝えられ、ミレイオ同様の反応を見せる親方とオーリンが苦笑いしていた。
「ドルドレン。お前しか騎士がいないな」
「そう言ってくれるな。俺だって困っている」
親方の皮肉めいたからかいに答えた総長を見て、オーリンはちょっと笑ってから『まぁ。どうにかなるんじゃないの』と慰める。灰色の瞳はちらと龍の民を見て『どうして』と根拠を尋ねる(※不安)。
「フォラヴは、長い留守じゃないだろ?本人も、何日も空けるつもりじゃないような話だったし。シャンガマックは、すぐには来れないだろうが、一応、頼めば来るのは前と変わらない」
「だけどね、オーリン」
「最後まで言わせろよ。俺には、シュンディーンに都合の良い味方がいるぜ。そいつは忘れてる?」
口を挟もうとした総長に、龍の民は含み笑いで質問する。総長は少し考えてから、『あ、聖獣』と驚いたように声を上げた。皆もそれを思い出して、『そう言えば』とお互いを見る。
バサンダが分からなさそうなので、バイラが教えてあげると、面師はビックリした顔を向けて、オーリンに『そんなの(←聖獣)も来るんですか!』と叫ぶように訊き、オーリンは笑って頷いた。
「見たい、と言ったら不謹慎でしょうが・・・ああ!もう今日にもお別れなのに!」
惜しそうなバサンダに、オーリンはちょっと同情して『後で呼ぼうか』と提案。バサンダは申し訳なさそうに『いや、でも』と『出来れば』を繰り返していた(※聖獣見たい)。
「聖獣は確か。空の精霊の」
「空、だな。空、とは言わなかったなぁ。風と空気の精霊って、本人が言ってたが(←アンガコックチャック)。
まぁ、あの姿だ。『地上の空』担当なのかも。シュンディーンは精霊には相性が良いから、聖獣は丁度良いんじゃないか」
ドルドレンの問いに答えたオーリンは、赤ん坊を見てニコッと笑うと『良かったな。こんな時が来るなんて、俺も思わなかった』と伝える。赤ちゃんも、うん、と頷く(※何となく自分に良さ気な話に思う)。
「聖獣は、ガルホブラフみたいな龍は、平気なんだ。男龍とイーアンには苦手そうでも、聖獣にも龍の要素はあるような話だし(※1303話前半参照)」
でも、サブパメントゥはあまり得意じゃないような、とも伝えると、ミレイオは心配そうに赤ちゃんを見た。
「私はモロだけど・・・この子も、サブパメントゥの要素はあるのよ」
「うん、だからさ。離れて戦えば良いじゃないか。男龍が来るのは、シュンディーンに困るにしても、シュンディーンにしてみれば、聖獣は困らないだろ?聖獣が困る感じなら、俺が側にいさせるだけだ」
親方とドルドレンは、龍の民を見つめる。
以前もイーアンが、彼のことを『時々、妙に頭が回る(※失礼)』と話していたことを思い出す。
一件落着キャラ・オーリン。お手伝いさんの枠を越えて、自分たちを世話してくれる彼に、心強さを感じた(※いつもではない)。
この時。少し違う話なので黙っていたが。
ドルドレンは、シュンディーンがビルガメスに怯えていたのを思い出していた。
自分の首に巻いている、ビルガメスからもらった毛。最初こそ、シュンディーンは気にしていたが、風呂に何度か一緒に入っているうちに、ふと、気がついたことがある。
うっかりそのままにしていた首元の毛を、シュンディーンが気にしなくなっていることに・・・・・(※1345話中半参照)
親方の膝に座って、肉を満腹になるまで食べさせてもらった赤ん坊を見つめ、ドルドレンは考える。
彼は一体。本当に体質で龍が苦手なのか、その宿命に備わった本能的に恐れているだけなのか。
『サブパメントゥ寄りの龍なら大丈夫』―― その意味も分からないでもない。シュンディーンは、サブパメントゥの体を持っているわけだから。
でも、そうなのだろうか。彼はもしかすると、とんでもなく強い存在なのでは。
単に今は赤子の姿で、本能で龍を嫌がっているだけ・・・とは思えないだろうか。
もう一つ、ドルドレンが気になったこと。思い出したこと繋がりだが、シュンディーンのおしゃぶり代りになった『精霊の石』。
精霊レゼルデに頼まれて、シャンガマックが取りに行った『精霊の石』。
シュンディーンは、シャンガマックに一つ貰ってから、その石をずーっと気に入ってしゃぶっているが。
あの石は確か。
『石を彼女に近づければ、石は割れるでしょう』――
フォラヴはあの日、そう言ったのだ(※1184話参照)。イーアンは石に近づけない理由が、龍気で石を壊しかねないから、と。イーアンもフォラヴもそれを知っていた。
だが今はどうなのか。シュンディーンが受け取ってから、イーアンが側にいても、精霊の石は傷一つ負わない。
フォラヴがああ言った日、警戒し過ぎたわけではない発言だっただろうに、それが今や、シュンディーンの手に収まっている石は、イーアンも忘れていると思える(※そう)くらい、近寄っても何ともない。
壊れない何かがあるとすれば、シュンディーン自体の力なのではないのか。
イーアンの龍気に怯え、ビルガメスに慄いた赤ん坊だが、彼が手に持っているだけで、彼に守られている石・・・シュンディーンの大きな力で龍気から守られている、とは思えないだろうか――
朝日を受けて、きらきらする茶色い毛先が、シュンディーンの、野の花のような淡い黄色の肌に生える。青い海のような瞳は大きく、瞬きするたび、日差しを受けて波打ち際のように輝いている。
朝日の中、ケロッとして光を浴び続けるシュンディーン。
ミレイオも『サブパメントゥとしては珍しい』と、自他共に認める独特な存在だけれど、彼もまた、そうなのではないか、とドルドレンはぼんやり考えていた。
それは、見た目や分かっている範囲の能力以上に。もしかしたら――
*****
朝食を終え、人数減少の対処を話し終え、旅の馬車が出発する。同じくらいの時間に、お空のザッカリアは、ミューチェズと遊びながら、ふと食事のことを思った。
「ビルガメス。朝の食事は?」
「食事。お前は食べるのか。食べたいのか」
「うーん・・・お腹は空かないけれど。いつも食べてるんだよ」
ビルガメスは少し子供を見つめてから、イーアンはここへ来ると食べないと教える。ザッカリアもそれは知っているようで、頷いて答える。
「オーリンは食べるんだよ。龍の民は食べるみたい」
「龍の子も食べる。だが、龍の子たちは、回すために食べている」
「龍の子・・・ミューチェズ?」
ハッハッハと笑った男龍は、ザッカリアとミューチェズの側に座り直すと、『俺の息子は男龍』と最初に言う。それから『ファドゥを知っているか』と訊ね、ジェーナイの親だと教えると、ザッカリアは笑顔を向けた。
「名前が時々、こんがらがるよ。でもジェーナイのお父さんは分かる。銀色の男龍」
「そうだ。彼は『龍の子』とした分類にいた。男龍のようではなく、人間に似た姿で、龍に変わる。だが、中間の地には行けない。ファドゥは、イーアンが来る前までそうだったが、イーアンが来て男龍になった」
ファドゥは食事をしていたことがあるから、食べたいと思うなら、ファドゥを呼んで任せる、とビルガメスが言うと、ザッカリアは考えた。
「いいや。俺も食べなくて平気」
「そうなのか。お前は龍族ではないが」
「いい。お腹空かないし、イーアンが食べないなら、俺も食べない」
俺のお母さんが食べないんだから、自分も平気だ、と言うザッカリアに、不思議な心境を面白く思ったビルガメスは、『それならそれで』と頷く。
だが、ここはおじいちゃん。
空の一族であるザッカリアを、家に招いていることもあるし、ちょっと楽しませてやろうかと考えた(※おじいちゃんは孫に甘い)。
「ティグラスに会いに行くか」
「え。ティグラスに会えるの?行く!」
よしよし・・・ビルガメスは、ザッカリアを片腕に抱えると、ミューチェズをザッカリアに抱っこさせて、二人を手で支えながら、早速、空へ飛んで家を後にした。
のんびり飛んだビルガメスが、一番先に向かったのは子供部屋。
子供部屋にミューチェズを預けると、出て来たファドゥ(※甲斐甲斐しく常勤)がザッカリアを迎え『一緒に過ごす?』と訊ねた。
「後でな。これから、丘へ行って白い汁を飲ませてやろうと思う。その後は、ちょっと用事で連れ歩く」
「そう。では、待っているよ。子供たちが遊ぶから、ザッカリアも来ると良い。今のザッカリアなら、この子たちに問題ないだろう」
今のザッカリア――
きょとんとするザッカリアに、二人の男龍は微笑み、ミューチェズを引き取ったファドゥは『またね』と挨拶して、中へ戻った。
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