1420. 久しいハイザンジェルへ ~龍速・女龍、北西支部到着
朝。目覚めの良いイーアンは、むくっと起きる。ボーっとしているものの、体内時計はお陰様で順調(※職業柄)。
まだ薄暗い・・・どころか、暗いけれど。
眠さも続かないので、恐らく3時くらいと見当をつけて、イーアンは静かに伸びをすると、枕代りの腰袋を着けて、クロークを羽織り、ふんわり白っぽく光るベッドを見る。
ビルガメスは仰向けで(←角ある)その奥に、ザッカリアと、人の姿に変わったであろうミューチェズ(※小さいから見えない)を感じる。
そっと立ち上がって、そーっと外へ出ると、イーアンは星々の美しい空を見上げ、翼を出して空へ飛んだ。
*****
イヌァエル・テレンの空の、どの辺から抜けようかと考えながらも、速度を落とさずにイーアンは飛ぶ。
久しぶりだから、忘れてるなぁと思う、夜空の抜けきらない紺色の空気を、白い6枚の翼が切る。
最初は、ミンティンと一緒にハイザンジェルから入って・・・と、思ったところで、慌てて止まる。
「そうですよ。うっかり一人で行こうとしていました。ミンティン呼ばなきゃ」
龍気がないじゃないですか、と一人で騒ぎながら、イーアンは『ミンティン来て~』と念じる(※空で笛は吹かない)。少しして、遠くの空からフワーッと白い光が飛んできて、イーアンは手を振る。
「すみませんねぇ。朝も早いのに」
いいよ、とばかりに側へ来て、青い龍はイーアンと並んだ。イーアンは龍の首に手を添えて、飛びながら目的地の話をしたところ。
ミンティンは『え?』と言った(※イーアン、目が丸くなる)。
「お前、今。え?って言いました」
青い龍は、ツーンと顔を背けると(※それ以上はない)、真反対に長い首を向け、そちらへ進み始めた。ハッとしたイーアンは急いで側へ寄り『ハイザンジェルはあっちでしたか』と、方向が違ったことを謝った。
「お前の方が、行き来は慣れていますものねぇ。私は最近、ハイザンジェルに行かないから、どこだったかと忘れて」
ミンティンの横で済まなそうに笑うイーアンは、自分を見た金色の目に『最初から頼めば良かった』と伝える。すると龍は、顔を背中に向けて、乗るようにと促した。
「あら。良いですか。それじゃ、お言葉に甘えて」
私、女龍なのにすみません・・・青い龍の気前の良さに感謝して、首元に跨ったイーアンは『助かります』と一安心。
青い龍は、少し速度を落として、イヌァエル・テレンの明け方前の空に、女龍を乗せて泳ぐようにのんびりと飛んだ(※目的地が分かったら急ぐ必要はない)。
飛びながら、イーアンは思う。
そう言えば。ミンティンたち『龍』は呼ぶと、二十~三十秒後には来てくれていた。あれ・・・何で?
さすがに秒で移動はないだろう、と訝しく思うイーアン。男龍だって、そんなに早くは移動しない。この際、思い切ってミンティンに訊いてみる。
「あのですね。どうして龍たちは、地上で私たちが笛で呼んだ後、すぐに来れるの?」
ミンティンはちらっと見て、『さ~』みたいな首の振り方。
イーアンは知っている。ミンティンは出し惜しむのだ(※正)。だからここは諦めず、続けて質問。
「私は女龍でしょう?男龍たちも、相当な速さで移動します。だけど、何秒で地上の空には出ません。
一番速いのはファドゥと聞いていますが、それでも、地上に行くのに秒単位では無理ですよ」
どうして~? ミンティンの青い首をポンポン叩きながら、教えてくれ~と頼むイーアン。
ミンティンは懐かしいのか、背中にイーアンを乗せてまったりしているので、フフンと鼻で笑う程度の返事(※これも珍しい)。
じーっと待ったが、龍の答えはないので、イーアンも粘る。
どうも、ミンティンからすると『ハイザンジェル行には、早過ぎる出発』らしく、やけに伸び伸び飛んでいる・・・まぁ。それはさておき。時間もあるわけだから、もうちょっと食い込んで質問する。
「何か、龍にしか出来ないことはありますか?・・・あれ・・・でも。変ですよ。
ミンティンたちを呼んで、思いがけず男龍も付いて来た時。そうした時も、彼らは早く来ましたね・・・え。私が知らないだけ?」
質問しながら、イーアンは眉を寄せる。自分以外はもしや、何か高速移動の方法でも知っているのだろうか。
青い龍は瞼も閉じて、のーんびり夜明け前の空を泳ぐ。全然、気にしてもくれてない様子。
背中でうーんうーん悩む女龍。まったりのんびり、余裕気に飛ぶ龍。
空は少しずつ明るく変わり、夜の引き際くらいのイヌァエル・テレンで、ミンティンはようやく角度を変える。
悩んでいたために、周囲を見ていなかったイーアンは、この辺の下がハイザンジェルなのかと、急いで見渡した。
と思ったら――
体を、ぐぅっと包まれるような勢いで空気がすぼみ、ビックリしたイーアンはミンティンにしがみついた。その直後、イーアンが瞬きした目に映ったのは。
「ハ。ハイザンジェル。ハイザンジェルの空ですよ」
唖然として、眼下に広がる風景に目を見開いた。出てきたところは北西支部の上、雲の隙間から、遠くに北西支部と森、細い糸のように街道が見え、手前から奥にかけて山脈の森林。
「どうして。何をしましたか。今のは」
龍の背で、驚き過ぎて声が出ないイーアンに、ミンティンはちょっと笑った(※珍しい)。
――青い龍のサービス。女龍はまだ知らない、龍だからの移動――
ハイザンジェルの空もまだ夜明け頃。早過ぎる時間で着いたイーアンは、それよりも『どうして』『何で』『私だけ知らない』と喚いていた(※そして煩いから、降ろされる)。
騒いで、ミンティンに降ろされたイーアン。謎がいっぱい(※自分も龍なのに)の未消化で、とりあえずお礼を言って、龍を空へ戻す。
降りた場所は、北西支部より離れた森の中。
ミンティンなりに、気を遣ってくれたのか。ゆっくり考える時間を与えるように(※龍は聡い)若干、距離がある地点・・・イーアンは森の中を、支部へ向かって、てくてく歩く。
「変ですよ。始祖の龍の部屋でも、こんなの(←さっきの現象)出てこなかったです。ズィーリーも知らなかったかも。私も知らない・・・いやいや、違う。
始祖の龍が、男龍たちも生んでいるのだもの。始祖の龍は知っているのです。ズィーリはどうだろうか・・・彼女はあまり、イヌァエル・テレンに出入りしていなかったようだし」
ブツブツとデカイ独り言を言い、イーアンはてくてく。時々、木々の枝に角が引っかかって『こら!(?)』と叱ったりしつつ(※枝はそこにあるだけ)眉根を寄せて、腕組みしながら悩みに悩む。
「私、龍になって降りた時。最初の最初。男龍4人で支えてくれた、龍気と共に来たのです。
あれ、考えてみたら、私の龍気だけを皆さんが使っていたわけですよ・・・(※彼らは自分たちが支えたと言う)皆さん、地上に降りたことなかったんだから、どっちが使われていたのやら(※正しい指摘)。
今はホイホイ、龍一頭連れて、散歩みたいに来ますが。うーん。で、あの時も特に『すごく早く着いた』感じはなかった。
その後、タムズと一緒に龍に変わって、私とタムズとミンティンで降りた時。あれも・・・別に早く到着、って印象では。ビルガメスと降りた時もそうだし。
えええ~~~? 男龍は使い分けしているのかしら~ 私だけが知らない気がしてくる~」
そう思うと、くさくさするイーアン。頭を振り振り、角がガンガン枝に当たり、『やめて』と枝に注意し、絡まった枝に『もう』と嫌そうに言うと、尻尾を出して枝を払い、森を抜ける。
――きっと。このことを、男龍に訊いても『まだ早い』で終わるのだ(※当)。何がまだ早いんだか、と思うが、反発しても負けに終わるため、結局は我慢の連続である。
あああ~・・・ いやぁね、と言いながら、イーアンはすっかり。忘れて。
草原を歩いている間も、夜明けが始まった清々しい光の中でも、龍たちの高速移動を自分だけ知らないことに気を取られ――
ザックザックと草原を歩き続け、ずーっと独り言(※普通の声量)で、文句にも不満にも似た言葉を吐きつつ、長い尻尾をばっちんばっちん左右に振って(※イライラモード)北西支部が近くなった時。
草原を抜けて歩いてくる明け方の訪問者に、真正面の正門から叫び声が上がった。
その声にびっくりしたイーアンは、『何?どうしたの』と慌ててキョロキョロ。魔物はいないはず、と焦っていると、わぁわぁ騒ぐ声と共に、1分後に誰かが門を開けた。
「うおっ!なん、な、え・・・イーアン」
「あら、クローハル。お久しぶ」
「え?イーアンだろ?イーアンじゃないのか」
「はい?」
門を開けるなり、後ろに騎士3人連れた隊長クローハルが、愕然としたように訪問者の風貌に釘付け。
イーアンは小さく何度か首を振って、眉を寄せた顔で『私ですよ。何を仰って』と言いかけ、ここでようやくハッとした。
ぐわっ!と、叫んだが、もう遅い。
自分は今や、立派な長い角二本を頭に抱え、人の体にはない白さの肌を持・・・『ゲッ!尻尾出してた!(←忘れてた)』自分の姿に慌てふためくイーアンに、10mほど離れた場所に立ち尽くす、クローハルと騎士たちは呆然。
「イーアンですよ。見た目は凄いことになっていますが(※態度で判断)」
「う・・・そうだな。彼女らしいと言うか。いや、だが。あれは一体」
「人の姿の龍、って感じですよね。絶対、人間じゃない(※そう)」
朝日に輝く長い白い尻尾・・・は、バッサバッサと、その辺の草を叩いて振り回され、頭の角を隠そうと(※ムリ)両手を当てて、しゃがんだり立ったり、逃げようとしたり、躊躇ったりと、その場で狼狽える姿(※滑稽)。
騎士の二人とクローハルは、一人でわぁわぁ騒いで『どうしよう』と取り乱すイーアンを見つめ、どうしてやれば良いんだろう?と考える。
騎士の一人は、イーアンと分かってすぐ、建物の中に駆け込んだ。その理由は。
ぎゃあぎゃあ、朝から元気なイーアン(※久しぶりなのに)を、ボーっと見ている隊長たち。その後ろから急いで走って来たのは、厨房担当に入っていたロゼール。
「イーアン!!来てくれたんだ!おかえりなさい!」
その声に、煩かったイーアンはバッと顔を上げ『ロゼール!』と笑顔で叫び返す。
「イーアン、良かった!朝早くて大変だったでしょう。どうして草原に。入って下さい」
「助かりました、ロゼール。私はうっかり、この姿であることを忘れていまして。クローハルや見張りの方たちが」
「何言ってるんですか!イーアンはイーアンじゃないですか。ちょっと角大きくなったけど、それだけですよ(※え~?)。尻尾、相変わらずカッコいいですね!」
「あ。ありがとう。ロゼールがいて良かった」
さぁさぁ、と満面の笑みで、背中を丸めて草原から出にくそうだった女龍を引っ張り出し、ロゼールは、イーアンの背中に手を添えて『今、朝食の準備しているんです』と教える。
「今日から厨房担当だから、丁度、俺が作ったお菓子もあって」
焼き立てですよ!と嬉しそうに言うロゼールに、救われた気分のイーアンは、心から感謝して『嬉しいですよ、有難う。頂きます』と返す(※尻尾ぶんぶん振ってる←喜)。
朗らかなそばかす笑顔のロゼールは、イーアンの片手を取って、背中に手を添え、まるで老母を支えるように(※息子に会いに上京したお母さん像)楽しそうに話しながら。呆気に取られているクローハルたちの横を通り過ぎ・・・そのまま支部に入って行った。
「尻尾もあるんですね」
「嬉しいのか、振ってましたが。犬みたい」
「尻尾まで生えた(※角と翼は認証済み)」
見送ってから、ボソボソと思うことを呟いて、見張り番の騎士たちと夜勤明けのクローハルも、門を閉めて建物へ戻った。




