1417. 帰国理由『龍図』
町も近づいて来た、夕方の野営地。
もう目と鼻の先に見える、ダマーラ・カロの町だが、『ここから後5時間前後』としたバイラの話に、丘の上から町を眺める場所で休むことにする。
「多分。道がちょっと・・・斜面の石や岩が落ちることが多いから」
馬の綱を枝にかけたバイラは、御者台から下りた総長にそう話す。
雨が降っていなくても、この山道は、割と崩れが目立つ分、落石を避けながら進むことになると、どうしても時間を食うだろうと伝えた。
「分かるのだ。それに雨も降った。ちょっと大きな落石は、ミレイオが消してくれたから良かったが」
「以前も、イーアンが龍の爪で刻んでくれましたね(※969話後半参照)」
「そうだな。本人は、鎌と箒くらいの感覚で、龍の爪を使うが(※刻んだら、ちゃっちゃと掃く)。
カヤビンジアでも、エライことしたのを覚えている(※1021話参照)。あれは実に・・・イーアンらしい道具扱いなのだろう」
あれ、って爪のことですか?と訊ねた警護団員に、ドルドレンは頷いて『あの日、バイラは仕事中で居なかった』と、実は内緒の話であることを前置きし(※親方と自分しか知らない)教えてあげた。
バイラの笑顔が驚いて固まったので、話を終えたドルドレンは焚き火を熾すミレイオの近くへ行くと、皆に話があるため、ちょっと夕食を長めに取りたいと伝える。
「良いわよ。もう出来るから。イーアンは帰って来るの?今日は来ない?」
「来るはずである。連絡して、彼女も呼んである」
「話したいことは、イーアンにも連絡済みってことね」
じゃ、汁物増やしとこうか・・・のんびり食べるなら、量を増やそうねと、ミレイオは鍋に湯を足して根菜を入れる。
ドルドレンは、その作業を見ながら『イーアンには別件もあるのだ』と呟いた。振り向いたミレイオに『話しが二つ』どちらも大事と言うと。
「そうなの?イーアンはもう一つの話を知らない感じね」
「知らない。これから知る。俺は、ザッカリアとバイラには、先に伝えたのだ」
「ザッカリア、そうよね。午後はあんたと一緒にいたから・・・楽器も鳴らなくて、珍しいなと思ったわ」
とにかく、食事時に話すからと、ドルドレンはミレイオに言い、了解してもらったので、他の皆にも同じこと伝えに行った。が。
「もう、話しちゃった」
「ザッカリア。お前って子は(※子供は普通)」
「ドルドレン、王から呼び出しか?」
荷台に腰掛けたザッカリアの横に座る親方が、片腕に抱っこしていたシュンディーンを、ドルドレンに渡す(※オムツ交換時間)。
オムツを替えるのは見たいと思わない、ザッカリア。ささっと、ミレイオの側へ移動した。
「何だよ、イーアンだけ?俺も行こうか」
シュンディーンのオムツを替え始める総長に、オーリンも荷台から下りて『ハイザンジェル行』の申請をする。ちらっと見た黒髪の騎士は首を振った。
「ダメ。オーリンまで居なくなったら、人数少なくなるのである。タンクラッドにも休暇を願われてるのに(※1401話最後参照)」
「休暇?タンクラッドが」
ちょこっと嫌味っぽい言い方の総長に、不意打ちを食らった親方が笑い、総長の代わりにオーリンに答えてやる。
「休暇ってほどじゃない。お前が前に話してくれた『龍の民の町の絵を見たい(※1346話参照)』と言ったんだ。その日に帰るか、分からんだろ?」
「ああ、あれか。そうだなぁ・・・でも。タンクラッドは入れないかも知れないぜ」
オーリンの返事に、え?と驚く剣職人。だが、その答えを貰う前に、夕方の空が激しい閃光に見舞われ、会話は強制的に終了する。
「帰って来たか」
大急ぎで赤ん坊のオムツを完了させ、慌てるシュンディーン(※逃げようとする)をタンクラッドに抱かせると、皆は顔を伏せて目を瞑り『男龍は眩しい』と困って笑った。
「ただいま戻りました~」
「お帰り!眩しい!」
「あらあら。そうですね、ビルガメス。もう良いですよ。また後で」
「せっかちなやつだ。まぁ・・・迎えに来るからな」
イーアンののんびりした挨拶に、いつもの『眩しい』の訴えをしたドルドレンは、頭上に聞こえた男龍の言葉で、彼があっさり帰ってしまうと分かり、ちょっと残念だった。
辺りはすぐに白さが引き、イーアンはパタパタと降りて来る。ミレイオが来て『毎度これだと、民間人が騒ぎそう』と笑った。
それから、『もう食事』とミレイオは伝え、皆は馬車の外へ出る。
バサンダは、ぎりぎりまで絵を描いていたらしいが、男龍の光に驚き、でも光で見えないことをとても惜しがっていた。
「後で迎えに来て下さるから。その時、もうちょっと光加減抑えて頂きましょう(※明度調整しない男龍)」
イーアンがバサンダにそう言うと『非常に類稀な機会』と、面師は有難がっていた。
そうして、ミレイオが作ってくれた早めの夕食を、それぞれが受け取る。ドルドレンは、話があるからと、皆に焚火を囲んで少し寄るように言い、『今日は二つの話をしたい』と切り出した。
「一つは、龍境船のこと。もう一つは、イーアンに帰国を告げる話」
「何ですって」
ミレイオとイーアンが同時に同じ言葉を言い、ドルドレンは目を丸くする。二人は顔を見合わせ『帰国って何だ』と総長に詰め寄った。
「落ち着きなさい。俺もふざけた話だと思うが、相手が重要文化財(?)だ。序に王が(※王は序)受け渡しのウンタラカンタラと」
「王。ウンタラカンタラ?重要参考品とは何ですか」
今から話すから・・・ドルドレンは、奥さんの嫌そうな顔にちょっとホッとして(※行きたくないの嬉しい)ギアッチ経由の手紙の話を教える。ミレイオの眉間に、描いたようなシワが刻まれ『何それ』と首を振る。
「何なのよ。送れば良いじゃない。ロゼールが動けるんだから(※外国までお遣い)」
「うむ。ミレイオの意見は尤もである。しかし、甘ちゃんだからか(※王)そうならなかった」
「フェイドリッドにも・・・まぁ、都合があるのでしょう。重要文化財となると、さすがにロゼールに『持ってって』と気軽に渡せないだろうし」
悩むイーアンは、目を瞑って額を掻き掻き『この姿で行くのか~(※悩み①)』と行くのを躊躇っていた。
ミレイオも匙を口に運びながらも『すぐ?今日とか明日に来い、って?』それは、いくら何でも急じゃないの!と怒っている。
「せめて、フォラヴが戻ってからなら~・・・うーん。ハイザンジェル往復、何時間なんだろう~(※悩み②)
王様の用件も、30分とは行かないだろうし~(※国宝受け取り30分は無理)」
業務的な女龍は『行く方向で』考える。ロスタイムは欲しくない。だが、往復以外でのロスタイムが生じそうで、それが一番心配(※王との会話=ロスタイム)。
夜ならコルステインが居てくれるけれど、夜に王様に会いに行くのも変だし(※自分が嫌)、伴侶たちに呼ばれても、すぐに戻れる距離ではないから、本当に万が一があった時、どうしたものかと困る。
「今夜、ではない。とりあえず、ギアッチも『今日中にイーアンに伝わる』と話しておいてくれるから」
悩む奥さんに、ドルドレンもすぐ出発しなくていい、とは言うが、イーアンとしても微妙な餌。
「でもそれ。明日とか明後日とか。そのくらいの短さでしょう?」
「むぅ。そう言われると。俺もツラいのだ。王様都合だから、ほぼ命令みたいなものである」
「『国宝管理』、毎年あるのですね。知らなかったけれど(※知るはずない王様事情)」
――王様の言うところでは。
地下宝物庫のお宝(※庶民的表現)は、毎年、専門の人が状態管理の記録を付ける時期があると言う。
代々伝わるものも沢山あるし、保存状態は好環境で世話されている、お宝ちゃんたち。
とは言え、あんまり古い時代の産物などは、やはり劣化に伴い、崩壊が見られることから、修復に出すことも珍しくないとか。
王様はこの『お宝調査(※ちょっと違う)』の際、同席するらしく、数日前から続いているこの時間で、見たことがない織物を見つけた。
毎年、調べていて、数も状態も管理されているはずの宝物庫に、これはあっただろうか?とお宝管理の学者に訊ねると『別の宝物の下にあった』そのために見つけられなかったと、答えが戻る。
『別の宝物』は、大きな石のタイルを並べた絵。その下に敷かれた板は二枚だったらしく、破損していた板を修復に回したところ、二枚の板の合間に入った、中の布が取り出された経緯。
思いがけず、発見されたため、品の時代や状態等、丹念に調べることもあり、すぐには国宝の枠に入らなかった一年間を経て、この古い織物は、今年『重要文化財』扱いから、『国宝』へ登録する流れ。
そもそもは去年の話で、去年のこの時期に修復に出す手前まで、王様も現場に立ち会うが、それ以降―― 古い布の発見 ――は知らなかった。
龍の笛だけで頭がいっぱいだった王様。他の宝物を気に留めることもなく。
宝物庫に入っては『イーアンは元気だろうか(※誰よりも)』と笛を愛でては、寂しがっていた、皆が旅に出てからの数ヶ月。
最近の立ち合いで、ようやく知った古い布の存在に、何とも奇妙な地図が織られ、また、崩れそうで崩れない、不思議な強い糸による作り、布に織られた地図には、龍のように見える生き物が幾つもあったことから、もしや、と勘づいた。
王様はそれを管理の学者に話し、これはもしかすると、龍の誰かが遺したものかも、と伝えると。
『まだ国宝の記録に加えていない遺物のため、もしも殿下の意向で手放すなら、それは可能』と答えを貰う。
学者も、龍と騎士修道会の活躍に、とても感謝している一人なので『この話を大きくしないうちに済ませては』と提案した。
王様と学者が見つめた、一枚の古い織物。
それは、今だからこそ見つかり、今だからこそ、必要な誰かの手へ届くために、静かな宝物庫にあるよう。
王様は『この布は、イーアンに渡さなければ』と呟く。そうとしか思えない、そんな不思議な直感を受け取っていた。
そして、王様に与えられた期間は、4日間――
「とした話のようだ。国宝に登録されては、ホイホイ渡すことも出来ない。だが今なら、イーアンは国民にも通じる、龍その人。
王は、その古い織物を『龍図』と手紙に記していたようだ」
伴侶の口にした『龍図』。その言葉に、イーアンはビルガメスの言った『この時』と同じ感覚を感じた。
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本日も朝1度の投稿です。夕方の投稿がありません。
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