1411. 昼食前相談・地下の住人、力の質・赤ちゃんの質
魔物退治は、後半に登場した空中竜巻で一気に加速し、不安定な魔物の群れはボロボロと竜巻に呑まれ、中で弾ける、瞬く星のような青白い光と青緑の光によって、気がつけば声一つ聞こえなくなっていた。
竜巻から離れた場所の魔物は、タンクラッドとドルドレン、ザッカリアが倒し続け、下降した魔物の、空中はフォラヴの銀の矢が迎え、魔物は銀粉に身を変えて消えた。
ほぼ地上まで到達することはなかったが、前半で馬車に向かった魔物は、バイラの精霊の剣が斬り落とした。
精霊の剣は、フォラヴの控えめな『弓矢』使用により無事。
剣は不思議な力を生み出し、飛び込む魔物を絡め取るように引き落としては、剣に触れるや否や、一太刀で幾つにも切り裂いた。
「終わりましたか」
馬車の後ろに立つフォラヴに、黒馬の手綱を引いたバイラは、大声で訊ねる。肩で息して、白金の髪を振り上げ、小さな溜息をついた騎士は振り向き、ニコリと笑って『多分』と答える。
「疲れました。久しぶりに連射です」
「以前も拝見しました。素晴らしい腕前です。そして誠もって、あなたにこそふさわしい、その素晴らしい弓」
バイラは心から『こんなに美しい引手と弓矢を見たことは、人生にない』と褒める。
信心深いテイワグナ人の賛美に、ちょっと恥ずかしそうに赤くなった妖精の騎士は、そーっと弓を背中に隠し『まだまだです』と、遠慮がちな微笑を向けた。
「素晴らしかったです。フォラヴもバイラさんも何て強い。何て勇敢なのか」
荷台から降りて来たバサンダが、はっきりした声で、二人の活躍を称え、頭を下げて『守られた感謝を』と伝えると、フォラヴも照れたが、さっきまで褒める側だったバイラも照れた(※自分は弱い)。
「私は、この体験を一生に活かします。私の仕事に、あなた方が現れますように!」
「そんな!お面にする気ですか」
驚いたバイラに、バサンダは感激した笑顔で頷き『はい』と元気よく答え、フォラヴは困ったように笑う。
「あ。ザッカリアですよ」
目端に映った、降りて来る風変わりな龍に手を振り、フォラヴはザッカリアの混合龍を側に呼ぶ。戻ったザッカリアを、じーっと穴が開くほど見つめるバサンダ。
レモン色の瞳で見つめ返した混合龍は、バサンダの視線に照れたのか、ちょっと顔を伏せ、その仕草にフォラヴが笑って顔を撫でた。
「あなたも漏れなく、彼のお面に変わります」
混合龍はビックリしたような表情で、妖精の騎士とバサンダを交互に見て、小さく首を横に振った。
「この龍が。ザッカリア?ザッカリアは龍になるんですか?イーアンのように」
「いいえ。彼女とザッカリアはまた違うのです。彼女は一人で龍の姿に変わりますが、あれは龍族だから。テイワグナの人々が『龍の人』と呼ぶ龍族は、そうしたことが出来ます。
彼の場合は・・・ザッカリアは、未知です。彼の龍と、彼のみ・・・かな。こうした素敵な変化を成しますが、理由は彼自身も知らないと思います」
「ザッカリアは、龍族ではないけれど、龍に変わるのですか?彼の龍は間近で見なかったけれど、少し最初と違いますね」
「はい。ザッカリアが混ざると、こうした不思議な美しさを伴う龍に。元々の彼の龍も、少し私たちが乗る龍と違うからでしょうね。そして、一度こうなると」
空へ戻らないといけませんね、と龍の顔を優しく撫でる。龍は頷いて、総長たちが戻って来る姿を見上げた。
「龍に同化したザッカリアは、自分一人で戻れないようなのです。だから、ちょっとの間。彼は不在決定」
ニコッと笑って、不思議そうな顔を向ける面師にそう教えると、フォラヴはザッカリアの首を撫でて『行ってらっしゃい』と空へ送り出す。
「ショレイヤとバーハラーが、あなたと一緒に戻るでしょうから」
うん、と頷く混合龍は、横に立つフォラヴとバイラに、一回ずつ、頭を擦り付けると、龍から飛び降りた総長たちに顔を向けてから、浮上。
降りたタンクラッドとドルドレンは、自分たちを待ってから、外へ立った混合龍に『お疲れさん』『夕食前に戻りなさい!』と挨拶して見送る。
混合龍は、上で待っていてくれる、燻し黄金色の龍と藍色の龍に付き添われて、青空へ飛んで行った。
「ただいま~ 今のは?ザッカリア?」
次に戻ったミレイオが、片腕を赤ちゃんに添えて、馬車の後ろに到着。
空に消える龍3頭を見て、タンクラッドに質問し、タンクラッドが『ザッカリア』と答えると、二人はニヤッと笑う。
「じゃ。やっぱり」
「採りに行くか」
「行きましょ。この辺はないから、あっちね」
ザッカリアが龍になる→魔物を退治する→宝が落ちる―― この構図は、お宝好きな中年の脳に、早い段階で(※初回)刷りこまれた。
お疲れ赤ちゃんをドルドレンに預けると、ミレイオとタンクラッドは荷馬車に乗り込んで、両手にどっさり大袋を抱え『ちょっと行って来るから』と短く伝え、ボーっと見ている皆を気にせず、元気良く林の中へ走って行った。
「(ド)元気なのだ。戦ったばかりなのに」
「(フォ)宝がありますから。元気も回復したのでしょう」
「(バ)一回休もう、とは思わないんですね」
「(バサ)宝って何ですか」
荷台から質問する面師に、ドルドレンはハッとして側へ行き、まずは彼の無事を確認。彼は問題ないと安心し、ザッカリアの不思議な能力の一つ『お宝変換(※ってわけでもないんだけど)』を教えた。
「へぇ・・・いろんなことが。あなた方が乗った龍も?」
「俺たちの龍は、そうした力では、ないようである。あれはちょっと違うのか・・・あれ、とはザッカリアの龍のことだ。
バサンダは逢うことがないかも知れないのだが、イーアンと同じ龍族の一人に、ザッカリアの龍と近い力を持つ男龍がいる。彼は、とてもカッコ良いし、素晴らしく魅力的である」
「説明の中身が、違うのでは」
間髪入れずにフォラヴに突っ込まれ、ドルドレンは黙る。それから咳払いして、困惑していそうなバサンダに『男龍に似ている力がある龍、ではないかと思うのだ』とまとめた(?)。
戦闘後、こんな具合で雑談をしながら、中年組が戻るのを待ち、30分ほどで走って戻って来た、お宝付きの中年(※元気復活)を乗せ、馬車は再び出発する。
「町は見えていますが。まだまだ先なので、ちょっとゆっくり進みましょう」
荷馬車の前を進むバイラは、少し疲れた様子で振り向いて言う。ドルドレンも了解して、急がずに緩い下り坂を進むことにした。
お昼までの時間は、のんびりと、淡々と過ぎる。
バイラは自分の剣が、初めて『精霊の力と分かる使用感』の体験をドルドレンに教え、ドルドレンはとても興味深そうにそれを聞いた。
荷台では、ベッドで眠る赤ちゃんの横で、ミレイオが『これ、凄い良い金属かも』と興奮気味に、変換された宝を調べ、寝台馬車の御者をするタンクラッドも、前の荷台ではしゃぐミレイオに『後で御者を交代しろ』と気にしていた。
寝台馬車の荷台では、バサンダの好奇心と羨望により、フォラヴが掴まって、一念発起の面師に、丁寧に受け答えを続けて過ごした。
そして昼休憩。あっという間の数時間で、少し早いのではと誰もが思ったが、馬車を道の脇に寄せたドルドレンから『いつもより遅め』と言われた。
「本当だ。遅い。午前中に魔物退治でずれ込んだから」
「朝でしょ?まだ朝だったわ」
「かなり長い時間、戦っていたかも知れない。俺も体感時間が変だが、太陽の位置は真上を越えている。シュンディーンもお疲れ様なのだ。ぐっすり」
荷台に来たドルドレンが、調理器具を取り出すミレイオを手伝いながら話し、揺れるベッドで丸っちく眠る赤ん坊を指差す。
「まぁ・・・あれだけ仕事してくれたから。赤ちゃんだし寝るわよ」
「あれ。もう普通じゃない気がする」
最初から普通じゃないって言ってるじゃないのよ、とミレイオに指摘されたが、ドルドレンとしては『力の等級というか。別物』の意味。
そこまで言うと、ちゃっちゃか焚き火を熾してやり、ドルドレンは『赤ん坊のオムツはどうか』と気にして、また荷台へ戻った(※寝ててもする可能性)。
タンクラッドも、荷台に乗ったまま。集めたばかりのお宝金属に早速、憑りつかれて(?)下りてこない。
バサンダに用事のあるバイラが、寝台馬車へ入ったのと入れ違いに、ミレイオの側にフォラヴが来た。
「お手伝いしましょうか」
「大丈夫よ。あるもので済ませちゃう。あんたと私は野菜の酢漬け付きだけど」
ハハハと笑った二人。『大型のやつらは肉で良いでしょ』とミレイオは笑いながら、昼食には多めの、肉の塊と、芋と豆を茹でる。
「ミレイオは優しいですね。皆が疲れたから、肉も多くしてあげて」
「んなつもりもないのよ。面倒なだけ。塩漬け肉って柔らかいから、塊でも齧れるじゃない。丸ごと茹でちゃった方が楽なのよ」
『芋も皮ついてるしさ(←洗ってない)』と、可笑しそうに言うミレイオに、フォラヴは『野菜の酢漬けは、種類が豊富で嬉しい』と特別感を喜んだ。
「これは?こっちは別の」
「ああ。バサンダとシュンディーンの。ちょっと塩抜いた方が良いでしょ?バサンダはまだ回復し切ってないし、赤ちゃんに『塩肉』は私が食べさせるの嫌なのよ」
小鍋にきちんと別に茹でてある、小振りな肉と豆。心なしか、豆も綺麗な感じがしたので(※差別)フォラヴはクスッと笑う。
ミレイオはやっぱり優しいんだなと思わされる、小さな日常。
そしてもう一つ、訊きたいこと――
「あの子は。シュンディーンのあの能力は。あなたの相乗効果?」
疑問を囁いた妖精の騎士に、ミレイオはちらと彼を見て首を傾げる。『そうじゃないと思うわ』正直に、それは言えると呟いた。
「私が力を出すと、シュンディーンもつられるのか、一緒に力を出すのよ。でも、私の力が抜けるような感じとか、そういうのはないの」
「サブパメントゥ同士、とか・・・上手く言えませんけれど、理由に」
話を聞こうとするフォラヴに、『ないわ』と首を振るミレイオ。妖精の騎士が聞きたいことは分からないが、今受けている質問は正確に答えてあげられる。
「サブパメントゥってさ。個人個人なの。基本はね。コルステインたちみたいな能力だと、お互いが混ざって膨大な力に変わったりするけれど、あれは体の特性もあるの。
龍の、お互いを支えて膨張してゆく・・・っていうかしら。彼女たちが『呼応』って呼んでいる、現象の変化みたいなこともないかな。
妖精はどうか知らないけれど、サブパメントゥは『力の質』は似ていても、元の姿が違うからでしょうね」
フォラヴに教えてあげた後、フォラヴが少し考えている様子なので、ミレイオは彼の次の言葉を待つ。
1分ほど黙っていた彼は、少し口を開きかけて、また言葉を呑みこんで。それを2度ほど繰り返してから、静かにミレイオに伝えた。
「私も。『自分の力』を探している最中なのです。
シュンディーンは、あんなに小さな体でも、自分の力を知っている気がして」
「やだ。比べないの!またあんたは、そうやって、すぐ」
「ミレイオ。聞いて下さい。私はもう少し、自分を知りたいのです。せめて、力の種類くらい・・・いえ、力の大きさでも良いから」
ダメよ、とミレイオは言う。お玉を置いて、フォラヴの肩を抱き寄せると、済まなそうに見上げる空色の瞳を見つめて、注意する。
「あんたは、あんたの、進む時間が来るの。分かる?まだ、ってだけ。焦らないで」
「はい。ですけれど」
「もう。『ですけれど』の続きはあるの?了承出来ると思えないけど、言いたそうだから、言ってごらん」
困った顔で、それでも『言いたいことがあるなら言え』と促してくれるパンクなオカマに、フォラヴはちょっと笑って『有難う』とお礼を先に言うと、続く気持ちを話す。ミレイオは眉を寄せて唸った。
「ああ。聞くんじゃなかった」
「いかがでしょう。ザッカリアが戻ってから」
「それ・・・夜に出る気?コルステインがいると思って」
ミレイオの遣り切れなさそうな質問に、フォラヴの顔が少し俯く。心配してくれる様子が母親のようで、笑ってしまいそうな騎士は、小さく咳払い。
その様子に『止められたと思ったのか』と、気にしたミレイオは『ダメとは言ってない』急いで付け足す。
「ダメじゃないのよ。でも、そうやって気にしては、妖精の世界にちょくちょく」
「ええ。調べてもまだ・・・答えが見えてこなくて。でも調べるキッカケをこの前、見つけました。時間切れでしたが」
うーん・・・唸るミレイオは、ドルドレンたちに相談してからにしろと答える。
旅の仲間に、ちょいちょい不在が増えるのも困るし(※皆さんよく散る)フォラヴの場合は『自信がない』ことから不安定になる気がして、それも心配。アギルナン以降、彼はすぐに、単独行動に移るようになった。
フォラヴはじっとミレイオを見つめていたが、『総長にも話してみます』と微笑むと、お昼になるまでの短い時間、馬車の荷台に入った。
妖精の騎士の、どこか儚げな寂しさを湛える顔に、ミレイオは彼の背中を見送ってから溜息をつく。
「あの子もねぇ・・・相当な力を持たされた運命じゃないか、とは思うんだけど。じゃなきゃ、あんな・・・ビックリするほど、綺麗な妖精の姿にならないでしょうし。
シャンガマックの動きも止めた。今日だって、バイラに気遣ったのか、弓矢だけで応戦して。
『もっと力がある』って、どこかで分かっているからこそ、歯痒いのかしらね」
シュンディーンの威力。それは、ミレイオも度肝を抜かれた。だから、あれを見たら、気が急くのも分からないでもない。
「フォラヴったらね。自信ついたんだな~と思ってると、すぐまた、ああなっちゃう。やっぱり『もっともっと、自分は上に行ける』って、本能で知っているからかも。焦るのかなぁ」
でも―― とも思う。
フォラヴは忘れているのか。それとも、そこは意識していないのか。
「シュンディーンは、シャンガマックに加護を与えた、大きな精霊と同じくらいの精霊が親なのよ」
それも、異質中の異質・サブパメントゥ生まれ。光の中をものともせず、闇の中で回復も出来る。もう一つ、ミレイオが気づいたことも・・・それも含めたら。
「あの子、龍にだけは、本能的に引いてるみたいだけど。それ抜かしたら、ほぼ最強なんじゃないの」
昨日の午後、揺れるベッドで眠っていたシュンディーン。
彼の手に持つ、おしゃぶり代りの『精霊の石』が突然光り始め、その眩しさに驚いた皆が、一旦、馬車を停止して慌てた事態があった。
結果から言えば、何でもなくて。煌々と薄緑色の光を放った、清い眩しさの中、赤ちゃんはケロッとして目を覚ましたし、何も変わっているところはなかった。
昨日の時点では、ミレイオの胸中に『シュンディーンはもう、迎えが来ちゃったのかも』の不安が過ったのだが、その後も馬車は普通に進んだし、過ぎゆく風景に水辺もなく、その不安は薄れたのだが。
「だけど。もしかして。もしかすると。今日の、あの竜巻。あれを起こせるだけの補充だったのかも」
聖なる光は、赤ちゃんの精霊の力を補充するための、親からの計らいではなかったか――
そう考えると、サブパメントゥでも回復して、大精霊の光でも力を増やせる存在、ということになる。
強ち、考え過ぎには思えない、この気付き。
ミレイオは誰に言うこともなかったが、シュンディーンの凄さも改めて認識すると共に、この存在を比較にするフォラヴに、少々焦り過ぎのような気がしてならなかった。
お昼はこの後、すぐに始まり『のんびりし過ぎた』と焦るドルドレンが、皆に『早めに食べ終わろう』と促して、旅の一行は、何とも忙しないお昼を済ませて出発した。
午後の風は涼しく変わり、馬に跨ったバイラが、背後の山々を気にして『雨が降るかも』と何度もつぶやいていた。
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