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魔物資源活用機構  作者: Ichen
護り~鎧・仲間・王・龍
141/2944

141. 王都の会議出席要請

 

「出来ない」


 ドルドレンが即答した。イーアンも驚いたものの、話を聞いてみようとは思えなかった。強引だと感じた。


「イーアンは北西支部の一員だ。彼女は単体ではない。彼女の動きは俺が管理している。イーアンには日々の仕事があり、納入先との契約も既に発生している」


 攻撃的な気配こそないが、黒髪の騎士はセダンカの申し出に瞬時に鉄壁を立ち上げた。セダンカは苦笑して『連れ去ろうというのではない』と答えた。


「セダンカ。あなたが何を考えてその言葉を伝えたのか、俺には分からない。しかしその意味が分かったところで、イーアンは連れて行かせない。俺がいる限りは無駄な話だ」


 敬語が消え、ドルドレンの灰色の瞳に冷えた光が宿る。イーアンの横に立ち、イーアンの肩に手を置いた。


「彼女は俺と共にある。他の誰も彼女を動かすことは出来ない」


「ホーズさん。ドルドレンの言葉のままです。私は、私たちの意思をないものとした、そちらへ伺う理由に従うことは選択肢にありません」



 ああ、とセダンカは笑った。困ったな、と言いながら机に両肘をついて両手の指を組む。


「これほど仲睦まじいとは。でも一緒に行ってもらわねばならない。ドルドレンも一緒で構わない。彼女一人でも会議への参加は可能、という意味だった」


『用件から話したのが、まずかったか』セダンカは少し視線を外して、ふむ、と一息ついた。


「経緯を話そう」



 セダンカはドルドレンに着席するように言い、二人を前に話し始めた。


 以前ここへ来て以来、セダンカが王都にいながら可能な範囲で、イーアンの動向を確認していたことを伝えた。

 足繫(あししげ)く騎士修道会の本部へ通い、北西支部の関連で報告書が上がっていないか見ていた。大型遠征はないものの、北西支部の近隣に出没した魔物退治の報告にイーアンの名前があると、その写しをもらった。

 また、事業計画として報告された、委託契約先の変更及び契約内容、南西支部の戦法講義報告も、イーアンの工房が発端にあることなどで、セダンカは大まかな流れを予想したという。 


 自分はイーアンを信頼に足る人物とみなし、今後のハイザンジェル王国の復興計画の一部に関与させたいと考え、騎士修道会直属の製作部門であることより、王都付属の企画工房とした改革機構でも立ち上げてしまった方が動きが良いのではないかと思った。


 この話を先日、会議で持ち出したところ、これまでの2年の騎士修道会による魔物退治資料と、イーアンが参入してからの北西支部の報告資料提出を求められた。全体の2年間と、一部の支部における一ヶ月の報告資料はあまりにも量に差があるが、内容を見た時、誰もがセダンカの言いたい事を理解した様子だったと。

 知る人は知る、といった噂に上っていた人物というのもあり、イーアンを会議に参加させ、直に話を聞いてみてはどうか、という流れになったらしい。



「このような話で、明後日の会議出席を求めている。明後日の会議は、王族は出席するが、会議自体の内容は深刻性もなく、議題は補正予算会議である。その一端であると思ってほしい。イーアンの存在を知る者は議員にいないが、私が推薦人の形で付くので、同行中は私が彼女の安全を保証する」



 セダンカの話は一度、ここで切られた。セダンカは二人を見つめ、返事を待つ。


 ドルドレンは納得いかない様子だった。

 イーアンも複雑な表情をしている。ドルドレンがイーアンを見て『イーアン。どうしたい』と尋ねた。



「私は『王都付属の企画工房』という、その内容を知りません。会議の中で私が何を話すにしても、その前提と求める結果が、私や騎士の人達の意図を汲んでいるかどうか分かりませんから、すぐにお受けできない気持ちです」


「要は、自分の意思のない話には参加できない、ということだな」



 ドルドレンが短縮する。イーアンは頷いた。セダンカは少し困ったように質問する。


「なぜだ。工房を立ち上げて魔物を活用するのであれば、規模が大きい方が予算も動きも楽だろう。イーアンが望んでいることは見えているつもりだ。


 騎士修道会付属で今後も続けると、先日の件のように愚鈍な連中が邪魔を入れるとも限らない。国が絡めば契約も幅が広がる。人員も優秀な人物を雇用して、仕事を増やす事もできる。それが理解できているだろうか」



 セダンカの質問は、イーアンには響かなかった。ドルドレンも少し憐れむような視線でセダンカを見つめる。


「私が何を望んでいらっしゃるのか。どうしてお察しなのでしょうか」


「それは報告を見ていれば自ずと分かる。君は騎士たちの働きを有意義に変えようとしているだろう」


「セダンカ。その有意義とは何だ」


 ドルドレンの言葉に、セダンカは自分を見据えた灰色の瞳を見た。頭を振って『そのままだ』と困惑しながら答える。


「倒した魔物を使うことで、戦いを有利にする道具を作るのだろう?」



 ――イーアンは遠征に同行させた折、倒した魔物を見て、その特性を利用し、騎士のために使う方法を考え始めた・・・・・ 確かドルドレンは、あの日そう言っていた。その知恵は魔法ではなく、かつて世界に轟いた名声を誇るディアンタの学問と同じレベルだ、と。


 彼女の正体は不明だが、彼女の活動を報告書で読む以上、本当にそうした知恵を持ち、またドルドレンの話したように魔物を活用する道具作りを進めている。だから契約を新たにし、事業計画を立ち上げて動き始めたのではないのか。それなら国が協力する規模の拡大は願ってもない提案のはずだ――



「ホーズさん。その理解では半分です」


 黙っていたイーアンは、セダンカの言葉に続きがないと分かって答えた。『半分?』とセダンカが訊き返す。

 ドルドレンはイーアンの手を握り『俺が続けても良いか』とイーアンに訊いた。イーアンが頷いたので、ドルドレンはセダンカに説明した。



「せっかくの気持ちは分かる。だからこそ、ちゃんと理解してもらおう。イーアンはセダンカの知らない世界を知っている。それは俺たちと共に戦闘に参加しているからだ。

 俺たちが傷つくのも死に向かうのも、彼女は見ている。だからこそ、有利に戦う事のできる方法を懸命に悩み、生み出すのだ。それは利益や、物品の出来の満足よりも先に、戦う仕事に就く者を守りたいという、小さな一人の熱い想いから生まれている。それが分かるか」


 ドルドレンの言葉に、セダンカは眉を寄せた。『そのくらい分かっている』と短く答える。


「セダンカの言う、国家付属はその思いをどこまで守れるのだろうか。王都は魔物の恐怖とは無関係だ。それは構わん。だが一歩外に出たら魔物がいつでもそこら中にいるこの国で、一人でも多く、一日でも早く、人々の危機を救いたいと奔走する気持ちは、王都に閉じこもっては机上の論理と共に薄れる」



 セダンカは何も言えなかった。

 馬鹿にされているわけではないし、恐怖を知らないと撥ね付けられている訳でもないが、自分には確かにその経験がない以上、それ以上を言い返すことが出来なかった。



「俺とイーアンは話し合い、今後、国に絡もうとは考えている。魔物を満足のいく形で活用した、と確信した時、国に買い上げてもらうことで、貴重な名産として輸出の対象に変えて行く日も来るだろう、と。

 だがそれまでには幾つもの乗り越えるべき壁があり、それを越えるためにイーアンは、日々、朝から晩まで眠る暇を惜しみながら努力している(※夜はいちゃつくので大袈裟に)」


「ドルドレンが話してくれたことが全てです。私は王都に移る気はありませんし、国家の企画として、この動きを拡大するには、まだ押さえておかないといけない点が幾つもあるため、時期早々の話であるように思えます。それに」



 イーアンがドルドレンを見た。灰色の瞳が優しそうに細められるのを、イーアンは微笑んで見つめた。


「ここから離れたら、私はドルドレンたちと一緒に遠征へ行くことも、お手伝いする事も出来ないです」


 だから無理、とイーアンは笑った。ドルドレンもイーアンの肩を抱き寄せ『そう、無理だ』と笑った。セダンカが言葉を探して悩んでいると、扉がノックされて『ダビです』と声がした。


 来客がいても気にしないで、イーアンは『どうぞ』と鍵を開けた。ダビは客がいることに気がついて『大丈夫ですか』とイーアンに確認したが、イーアンは普通に『お茶淹れましょう』と茶器を出している。



「ダビに手を貸してほしいのです。だから午前はダビを工房に出勤させてもらえませんか」


 イーアンがドルドレンに訊くと『どうぞ』とドルドレンは冗談めかしてイーアンに笑いかけた。『彼は工房の作業員でもある』とセダンカをちょっと見て言った。


「何か急ぎです?それとも新作?」


 ダビは既に来客を無視してイーアンに用件を訊ねた。『シャンガマックの鎧を・・・私は胴を作りますから』とイーアンがお茶を注ぎながら言うと、『ああそう。じゃ私は腕ですね』と話を拾った。


「ということは昼までに終わらせたいわけですか。シャンガマックに午後一で来させましょう」


 ダビが繋いだので、イーアンは嬉しそうに笑みを深めて『お願いします』と〆た。



 ――嫌だ。この疎外感。俺が全然いない。この二人の脳波に俺が存在できない何かが生まれている――



 ドルドレンは、ダビの分のお茶を淹れ終わったイーアンをひしっと抱き寄せる。置いていかないで、とアピール。

 先ほどまで取り付く島のないほどに毅然としていた男の変わりように、セダンカが目を丸くして、総長の悲しげな訴え行動に驚くが、他の二人はよくある日常の1コマなので気にしていない。


 腰に貼りつくドルドレンをそのままに、イーアンは動きにくそうに机の横に腕を伸ばして『これなんですけれど』と鎧を引っ張り上げ、ダビがお茶を飲みながら『ああ、良いじゃないですか。後ちょっとですね』と普通に会話している。


『もう少しこの幅があると、万が一部品が動いても』とイーアンが指差した場所を見たダビは、ちょっと考えて『それは1・・・いや両端だから2あれば良いという』と呟く。

 特にダビを見もせず、イーアンも『そうですね。2は要るんじゃないかしら』と鎧を見つめる。『じゃ、お茶飲んだら』とダビが言うと『ええ』で答える。


 ――何がお茶の後にあるのか。何が2なのか。何が、ええ、なのか。ドルドレンにはさっぱり分からない。二人の間には、自分が決して見る事のできない花園ビジョンがあることしか分からない。ツライ。俺は総長で、俺は君の旦那さん。それなのに。



 ドルドレンが辛そうに目を瞑り、イーアンの腰に回した腕をきつく絞っている。『ちょっと動きにくい』と小声で呟きつつも、イーアンはドルドレンをくっつけたまま、後ろの棚に向けて体を捻り、重ねた手袋を取ってセダンカとダビに見せた。

 動きにくい、と注意されても、母に貼りつく幼子のように微動だにせず離れない総長。



「そうそう。これの試着をしようと思っていましたので、後で」


「じゃ、ロゼール引っ張ってきますか。客人もご覧になると楽しいでしょう」


 ダビが繋いだのでイーアンは何もその後言わず、『ええと。私の手袋もあるので』と棚に振り向く。『それ、イーアンのですか。ロゼールにも使わせて効果を見ましょう』とお茶を自分で(※自分の分だけ)注ぎ足してダビが提案している。



 この異様な状態をセダンカはじっと見ていた。


 イーアンとダビは、どうも製作に関して話が進むと、全く他人を気にしないらしい。ドルドレンは、自分の知っている姿と真反対の甘えん坊であることらしいのも理解した。


 彼はイーアンが大好きなのだ、とよく分かったが、部下とイーアンの仕事は邪魔しないのも、総長の意識が働いているからか。苦痛の表情で、決して相手にされないイーアンの腰に貼り付き続けている。



「とりあえず。私は今日はこちらで工房の様子を見学させて頂こう」


 無視され始めたセダンカが声をかけると、『ええ。どうぞ』とイーアンが微笑んだ。ダビはお茶を飲んで挨拶もせず、自由にどこかへ出て行った。



「私がもしも会議に出るのであれば。ドルドレンと一緒に向かいます。ですから、私たちの話には、先ほどのドルドレンの説明を最初にお願い致します」


 私たちの意思ありきでしたら、そこに国がどのように協力して下さるかの相談も出来ましょう、とイーアンはセダンカに告げた。ドルドレンはダビが消えたので、貼りつくのをやめて姿勢を正した。


「イーアンの言うとおりに会議で話せるのなら、向かおう」



 この変わり身は、と思いつつ。セダンカは驚きを隠して、唾を飲み込み、頷いた。とりあえずはイーアンが会議に出席可能。その段階は済んだことに安心して。




お読み頂き有難うございます。

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