1406. 別行動:海用乗り物船酔い・精霊の伝言話
ぐったりしているシャンガマックに、大男はとても心配していた。
ぐてーっとしているので、抱きかかえて顔を撫でて、大丈夫かとしきりに声をかける。
元気が戻らない騎士は、父の声を掛けられるたびに『うん』と答えていたが、そのうち微笑むだけになった(※訊かれ過ぎて疲れる)。
「お前がこんなに体力を失うとは。よほど、精霊の力に影響を受けたか」
そうじゃないよ、と何度も言っているのだけど。父は『息子のぐったり具合=精霊との時間が長引いた』と思い込んでいる。
――海用・スフレトゥリ・クラトリの体内で、気分が悪くなるシャンガマックは、体調が悪化する一方(※船酔い)。
全体像は見えなかったが、巨大なトカゲと魚を足したような姿をしているらしく、『イーアンの呼び出す龍の一派に似た(←トワォ)乗り物』とヨーマイテスは言う。
その大きさ、20m程度。父の話から『これでも小さいくらい』と分かった。他にもいるそうだが、小さい普通そうな奴を選んで連れて来たと(※普通ではない)。
巨頭の口は、尾を除く体長の、3分の1ほどもあり、短く太い首に、頭が埋まるような見た目で、丸太型の長い胴体には、大きな足鰭が付いており、尻尾は平たくて広い。
外側の皮は分厚くぶよぶよ、ぼろ布をまとった雰囲気があり、それらは千切れもせずにぶら下がる皮膚と、話していた――
そんな相手の体内にいるのだが、このスフレトゥリ・クラトリは泳ぐので、体内でも横にうねうねと揺れる。
シャンガマックは驚き過ぎたことに続いて、呑みこまれた直後の、この揺れで、一気に具合が悪くなった(※父には分からない)。
さすがに、迎えに来るために、気を遣ってくれた父に『この乗り物が』とは言えず、シャンガマックは父の問いかけに『精霊のせいじゃない』としか答えられない。
「お前の気力が薄れている感じはしない。きっと体が堪えているんだ(※それは乗り物酔いで)。可哀相だ。
もう少しで着くが、そこからは俺が運ぶ。今のお前が俺に掴まれるか、心配だ」
「どこに・・・下りるの。ううっ(※話すと吐きそう)」
「ああ、無理するな。頭で考えれば良い。喋るなよ。俺が言葉にしたから、無理させたな」
父は動揺していて、自分を責めつつ、息子を心配する。いろいろと人生初の体験が、めくるめく速さで押し寄せていて、ヨーマイテスも空回り。
頭の中に話しかけ、苦しそうな息子の様子に、今にも死ぬんじゃないかとオロオロしながら、太い両腕に抱え込んで悩む。
『行かせなければ良かった。こんなに体が弱るなら』
『お前が戻らないから、気にはなったが。ナシャウニットと同じ位置にいる精霊だから、お前が負けるとは思えなかった(※息子自慢)』
『ここじゃ無理だ。ズィーリーが遺した回復場に連れて行こう』
答えが間に合わない、朦朧とするシャンガマックは、父が後悔している言葉のあれこれを聞いているだけだったが、最後の方で何やら『治癒場』の名が出た気がして、ちらと目を開ける。
息子の眼差しを見逃さないヨーマイテスは、ハッとして顔を支え『分かるか?お前を一度、連れて行ったところだ。そこまで頑張れ』と・・・本当に瀕死の世話のように、励ます。
力なく微笑み、朝食以降、何も食べていなかったことに、感謝するシャンガマック。ちょっとでもこれ以上揺れたら、胃液が出そう。
僅かな頷きで『おえ』と漏らす声に、焦る父は『何も言うな』と気が気ではなかった。
具合の悪い息子を連れて。岩礁の横穴から地下河川へ入ったスフレトゥリ・クラトリは、その巨体が通過できるギリギリまで進むと止まる。
海から1㎞ほど離れた真っ暗な岩穴の中、ヨーマイテスは息子を抱えて下りた。
「戻れ。もう良い」
大男の命令で、スフレトゥリ・クラトリは水の中に沈み、大男は息子を抱きかかえたまま、黒しかない影の中を溶けるように動き、目指す回復の場に急いだ。
「近くまで来ているんだ。もう少しだ。覚えているか?あそこに湖があったことを。あの湖が、この水と繋がっている・・・影の中を移動しているから、近道だがな」
ぐったりと動かない息子を揺らさないよう、ヨーマイテスは細心の気を遣って、励ましながらどんどん進み、ズィーリーの治癒場付近で影を出る。
日は傾きかけていて、所々が木々の影に包まれた治癒場の周辺は、もうヨーマイテスが気にしなくても大丈夫なほど、薄暗かった。
大急ぎで、穴の開いた大岩の側へ行くと、息子に『着いた。中へ行け』と伝え、緩慢な動きを手助けしながら、治癒場の洞へ送り出した。
「足元に気を付けろ。転ぶな。滑るなよ。俺は行けない、気を付けるんだ」
「有難う・・・・・ 」
フラフラしつつも、少しずつ酔いも収まって来た重い体で、シャンガマックは力なく微笑むと、父がそーっと手放す腕をちょっと撫でてから、中に入った。その背中を見送る大男は、頭の中で何度も『足元に気を付けろ』を伝えた。
そうして、どうにかシャンガマックは助かった。
治癒場に入って、この気持ち悪さが治るんだろうか?と(※魔物傷専用と記憶していた)心配はあったが、ズィーリーの、時を越えた癒しの愛により、無事復活。
「有難う。助かった・・・魔物相手ではなかったが、こうして助けられたことに感謝する」
具合の悪さから解放され、青い光の中で暫し座り込んだ後、すっきりした体に戻って立ち上がる。深々と頭を下げてお礼を言い、シャンガマックは青い光の洞を後にした。
出てきた途端に、正面から抱え上げられ『もう大丈夫か』と、父の顔の真ん前で質問を受ける。
「大丈夫。有難う、助かったよ」
笑ってお礼を言うと、ヨーマイテスはぎゅううっと抱き締めて『良かった。死ぬかと心配だった』辛い心の内を打ち明けながら、どれほど心配だったかを態度で表す。
そう。態度で――
抱きかかえた息子に顔を寄せて、ぐいぐいと・・・シャンガマックの顔に擦り付ける父。
少なからず驚くシャンガマックは、『今までこれはしたことがないな』と、父の行動に凝視。
顔を顔に擦り付ける。いや、頭ごとに近いのか。そうしてぐいぐいするヨーマイテスの表情は、目を瞑っていて、何かに似ていると・・・ハッと思い出した記憶。
シコバもそうだった(←ヤマネコ)!
具合が悪かったのはシコバの方だったが、当時、看病してやったら、元気になった時、しきりに顔を擦り付けていた。
あれか!と、分かったシャンガマックは(※父=ネコ科)父の擦り付ける顔に照れながらも、よしよしと、豊かな髪の毛を撫でてあげ『心配だったんだね。大丈夫だよ』と安心させるに務める。
「大丈夫、大丈夫。俺はもう元気だよ。本当に心配させて悪かった」
「お前が死んだらどうしようと」
「大丈夫だよ。もう元気だ。ヨーマイテス、ヨーマイテス!あの、もう・・・ねぇ、大丈夫だって!落ちそうだよ、ヨーマイテス!」
胴体を抱えられている状態で、頭ごとぐりぐりされるので、段々、仰け反って落ちそうになる。
必死になっている様子に(←本能だから止まらない)可愛いような、不思議なようなで、笑い出しながらも父の頭を撫でては、せっせと安心させる言葉を聞かせ続けた。
ようやく、息子の丁寧な説得(?)により、心の平安を取り戻したヨーマイテス(※ボーっとしてる)は、自分の頭を抱えて、笑顔を向ける騎士を見つめる。
「魔法陣に戻る。獅子に変わるが、乗れるか」
まだ心配そうな聞き方で確認し、シャンガマックはゆっくりと、大きく頷いて見せ『全く問題ない』と答えた。
返事を聞いた獅子は、背中に騎士を乗せ、暗闇の世界を通って、我が家のような魔法陣へ戻って行った。
*****
魔法陣に着いた二人だが。日もとっぷり暮れる頃。ヨーマイテスは息子に食事を与えねば、と思う。その思いは息子に通じ(※遮断忘れてる)息子は『後でも』と止めた。
「その前にね。風呂に入りたいんだ。ファニバスクワンの話もしたい」
ええ?と思ったヨーマイテスだが、簡単に話を聞いてみると『海に浸ったから、体がベタベタで気持ち悪い』と言う。なので獅子は、再び息子を背中に乗せて、温泉へ移動。
風呂に入って、シャンガマックは衣服もすすぎ、体も塩を落とし、獅子の姿のヨーマイテスの、鬣も洗ってあげた。
「やっと。落ち着いた」
ニコッと笑った息子に、ヨーマイテスも微笑んで頷く。
毛をブルブルッと振って水を飛ばすと、飛び散った水飛沫に笑っている息子に、今日のことを話すように促した。
「二つあるんだ。一つは、ファニバスクワンの絵の事。最初に見たあの場所に、また行きたい。絵の覚え方を教わったから、もう一度、戻って見直したいんだ」
それからね、とすぐに大切な伝言を父に教える。内容を聞くヨーマイテスは、何か思い当たるように静かに頷いていたが、シャンガマックが話を終えた時、意外なことを口にした。
「ドルドレンに連絡しろ。今」
「え。今」
「シュンディーンは、あいつらと一緒に動く。目的地は、バサンダの件に続く先がないだろ。
ファニバスクワンが『連れて来い』と言ったなら、次の目的地は水辺だ」
「海、ってことか。海まで」
「海と言い切れないぞ。広い湖や、流れの絶えない川があれば、ファニバスクワンはそこも入っている可能性がある。
どこでシュンディーンを受け渡すか、それは分からんが、移動している最中かも知れない」
そうなんだ、と了解する。てっきり海だけだと思っていたが、父がよく知っていてくれて助かる、とこうした時に、心から尊敬する。
ヨーマイテスが言うには、『通過して見過ごすことはないだろうが、海と信じ込んで、突然手放すのもイヤだろ』としたことで、だから、先に水辺と意識するよう、伝えておけ・・・とのことらしかった。
じっと、父を見つめるシャンガマック。
獅子は息子が自分をじーっと見ているので、『何だ』と理由を訊く。息子は獅子に腕を伸ばし、ぎゅっと首を抱いてから『優しい』と一言(※獅子は照れる)。
「シュンディーンとの別れを、皆が急に驚かないように。それで今、伝えろ、と」
「あいつらの気味悪いくらいの慣れっぷりを見てるからだ」
父の皮肉な言い方に笑うシャンガマックは、うんうん、と頷いて『そうだね』と腰袋を手繰り寄せると、中から連絡珠を取り、早速、総長を呼んで報告する。
獅子は、息子の片腕を絡めてもらったまま、褒められた嬉しさをじわじわ味わっていた(※で、1分も待てないから邪魔に掛かる)。




