1404. 別行動:再び、ファニバスクワンの元へ
※ここから3話ほど、シャンガマックの別行動の話です。
深い鬣に包まれ、心の底から安心して、じっとしている褐色の騎士。
出発からずっと。思う存分、『落ち着き』に浸る(※これを甘えるとも言う)。
「バニザット」
「何だ」
「お前。同じ姿勢だが。疲れないのか」
「疲れない・・・気持ちいいよ」
そうか、と頷く獅子は、自分の鬣に埋もれて幸せそうな息子が、2時間近く同じ姿勢なので、大丈夫なんだろうかと気にした。寝ていても少しは動くのだが、今は全く動きゃしない。
「横になろうか」
「ん?横になってくれているよ。どういう意味」
「だからな。仰向けというか。お前、俺の背中にそうしてずっといるから」
「俺は大丈夫だ。ヨーマイテスが動きたかったら、それでも良いけれど」
「俺は気にならない。お前が気になる。寝てたって、寝がえり打つぞ」
獅子に指摘されて、笑うシャンガマックは、ぎゅーっと獅子の首を抱き締めて、せっせと頬ずり。
「大丈夫だ。ヨーマイテスの鬣は暖かくて気持ちが良い。大好きなんだ」
「大好きなのは結構だが(?)。体勢が気になる」
そう?と褐色の騎士が顔を向け、獅子は困ったようにちょっとだけ体を揺すると、息子は腕を解いた。解いた隙に、獅子はどてっと横倒しになり(←スフィンクス状態だった)『こっちの方が楽だろ』と気を遣う。
優しい父にお礼を言って、シャンガマックは再び両腕を獅子の首に絡ませると、ぎゅーっと抱き締め『こんなに大好きな相手に会えて、俺は幸せだ』と笑顔を向けた。
父は最高に幸せだが、息子の、解放されたような見事な甘えっぷりに、これで良いのだろうかと懸念もある。
「お前の甘え方が。最高潮のように感じる」
「だとしたら、恥だろうか。それともヨーマイテスが嫌か」
「そんなこと言うな!思わない。ただ」
「何」
「何でもない」
黙ったヨーマイテス。少し息子をそっとしておくことに決めた。息子は答えていても、瞼を閉じた笑顔のまま。全く、気分を変えていないよう。
シャンガマックは、子供の心同様に遠慮なく、全開で甘えている状態。
それは、彼が以前に話した、部族での思い出、『シコバ』と名を付けたヤマネコにしたように、可愛がって、大事にして・・・を今、デカイ獅子相手に再現している具合。
本人も、『どうしてこんなに、子供の頃に似た心境が胸を占めているのか』。それは少し不思議だったが、総長がイーアンに甘えたように(←参考)自分もその甘えの部分を、学びの過程上、実感しているのだろうと判断し、受け入れていた。
片や、そんなこと分からないヨーマイテスは、眉が寄る(※分かりにくい)。
これは・・・俺が獅子だからなのか。人の姿だったら、ここまでしないのか。
息子はきっと、動物が大好きだから、動物染みた俺の姿に(※まんま、獅子)子供時代を乗せている気がする。
そっとしておこう、と決めたわけだし、目的地に到着するまでは、このままでいてやろうと考えるが。それにしても、息子の甘えっぷりは子供の如く。『あったかい』『気持ちいいな』『大好きだ』『何て可愛いんだろう』(←これが一番気になる)・・・を呟き続ける。
目が据わった獅子は、息子の満面の笑みと安心そのものの安堵の息、それの合間に挟まる『可愛いなぁ(※本音も全開)』の言葉を聞き続け、目的地までじっと耐えた(※これも人生初)。
こうして。昼も過ぎるまで、この状態(※かれこれ5時間)で過ごした挙句・・・目的地に着いたと知ったヨーマイテスが、横倒しのまま『着いた』と呟くと。息子は即答。
「もうちょっと。このままが良い」
ねだるように言われた。獅子、悩む(※相当このままだぞ、と思う)。
「あのな。お前が好きそうな」
「俺はヨーマイテスが一番好きだ」
「そうか」
そう言われては、動くわけに行かない。悩みながらも嬉しいヨーマイテスは、うーん、うーん、唸りながら、どうしたもんかと考える。幸せそうな息子は、ぎゅうっと絡ませた両腕を解こうとしない。
「バニザット。俺もお前が一番好きだ」
「ああ・・・有難う。とても嬉しいよ」
「それでな」
「俺はヨーマイテスと、いつまでもこうしていたい」
黙る獅子(※息子に弱い)。何も言えなくなる方法を、とことん実施する息子にお手上げの状態で、停まったウシの体内に留まる時間。
この状態で10分後。ヨーマイテスは、キリがないからと意を決し(※大袈裟)息子に何も言わず(※言うと覆される)メキメキ、体を人の姿に変え始めた。
あれよあれよという間に変わる、獅子から人への姿に、息子も少し驚いたように体を起こして離れ、じっと変化を見守る。
ヨーマイテスが大男に全身を変えた後、息子を見て『お前には悪いが、外へ』と言うと。息子は微笑んだまま、近寄って両腕を伸ばし、父の首にしがみ付いた(※父、照れる)。
「バニザット。外へ出」
「うん。出る。でも、こうしていられたら有難い」
「あああ~~~・・・・・ 構わんが」
嬉し困りのヨーマイテス。人生初の甘えられ方に、悩みに悩んで(※ある意味シアワセ)貼り付く息子を抱えると、そのまま外へ出た(※息子34才子供返り)。
外は海。出て来た場所に吹き渡る風を受け、シャンガマックはビックリして外を眺めた。
海なのだが、そこは洞窟の中で暗く、ヨーマイテスにも都合が良い。海面より、少し高い場所にある洞窟は、暗がりを保ちながら、外で打ち寄せる波の音と潮風に満ちる。
「海・・・ここに、何かが?」
「そうだ。お前が用事、ってところだな。俺じゃない」
「俺?俺が何を」
「バニザット。お前がここまで俺を愛してくれることは、本当に幸せだ。だが、ちょっと下りろ(※説明しにくい)」
困ったように言う大男に少し笑い、シャンガマックはちょっと甘え過ぎたかと『ごめんね』と謝って、抱えていてもらった腕を下りた。
それから、父が『そこから、外を見てみろ』と明るみを示した、洞窟の外。青空と、真っ青な海が上下半分に見える洞窟の入り口に近づき、表をきょろきょろと見渡した。
「海しかない・・・が。これが俺の?」
「その海の中に、お前の用事だ。行って来い」
「え!海の中?飛び込めと言うのか」
「この前は飛び込まなかっただろ」
父の一声。『この前』と聞き、シャンガマックはきょとんとしたものの、すぐに気がついて『ファニバスクワン?』思い出した精霊の名を口にする。
「そうだ。お前の話だと、ファニバスクワンはお前に石を渡した(※1182話参照)。それがお前を導く」
暗がりから出ない父の助言に、さっと腰袋を見たシャンガマック。腰袋を開けて、幾つか貰って来た石を一つ取り出し、澄んだ黒の、うっすら青緑に見える欠片を見つめる。
「どうやって使うんだろう・・・あの時、この石が『再び水を割る』ようなことを話していたが」
「バニザット、放れ」
「え。でも、放ってしまったら。もし水が割れても、真下に目的地があるわけでは」
「ファニバスクワンは精霊だ。そのくらい、どうとでもする」
ヨーマイテスに教えられ、そんなものなのかなぁ?と思いつつ。意外とこれまでも、ざっくばらんで物事が進んでいるのを思い出し、『じゃあ』と洞窟の外に広がる海へ、目一杯、腕を振って石を投げた。
びゅー・・・んと飛んだ石は離れた海面に、ぽちゃと落ちる。そして波はそのまま揺れており・・・・・
「どうかな」
「待ってろ」
「もし。これで俺が行けるとしたら、俺はどうすれば良いんだろう」
「それは俺が教えることじゃないな」
振り向いて質問する息子に、フフンと笑うと、ヨーマイテスは指をゆっくり、息子の背後に向けた。
自分の後ろを指差されたシャンガマックは、その指の動きに合わせて、海を振り向く。そしてビックリする。
「わ。割れてる。本当に」
「行って来い。俺はここで待つ」
洞窟から、先ほどの石が落ちたあたりまでの間。目の前の海は真っ二つに割れていて、下を見ると洞窟のある岩の下部がむき出しになっており、そこから傾斜して、10~15mほどのなだらかな斜面を下りるように海底が見えた。
「高さがあるだろ。ゆっくり行けよ」
「凄い!行って来る!」
シャンガマックの顔が、冒険心に染まってパッと明るくなる。わぁ!と喜んだ声を上げて、騎士はひょいと飛び降りると、斜面に足が着くなり、跳ねるように走り出した。
暗がりからは見えないが、ヨーマイテスは両手指を合わせて、元気一杯、息子の走る姿を見送る。
「ゆっくり、って言ったろ」
目の前の不思議現象に負けた気分を味わいながら、さっきまでの俺への『大好き』はどうなったんだ、と大男はぼやいた。
そんな父の、複雑な胸中はさておき。
むき出しの海底の砂を、撥ね上げて走り抜ける褐色の騎士は、冒険と浪漫に胸が躍る(※子供一直線)。
「ファニバスクワン!俺は世界に散らばる『ファニバスクワンの絵』を、全部見るんだ。父がここに連れて来たということは、ファニバスクワンの絵があるのでは」
自分の学びが何であるか。それはまだ見えてこなくても――
「俺が俺である以上。俺の最高を目指す。俺は―― 」
両脇に立ち上がって割れた海の壁に、両腕を広げて、指先に水をはじきながら、笑いだす褐色の騎士は、走る足を更に速める。
「俺は、精霊の加護を持つ、バニザット・ヤンガ・シャンガマック。精霊とサブパメントゥを繋ぐ、『大地の魔法使い』!」
フォラヴが教えてくれた、ぞくっと鳥肌の立った、あの呼び名(※1401話参照)。大地の魔法使い!それが俺の行き先、到達点。きっとそうだ!と胸の奥が、魂が確信した。
走り続ける行き止まりが見えて来た、真正面。シャンガマックの投げた石が、ぽつんと砂の上にあるのが見える。
その石の向こうは、もう海の壁の行き止まり。シャンガマックは走りながら、両腕を真上に振り上げると、一瞬で精霊の風を引き起こして、自分の体も吹き飛びそうな勢いで、石に向かって放出した。
その顔は満面の笑み。自分が何者か、言葉では知らなくても、全てを星が導き、全ては精霊の円陣の中で、自分は引き寄せられている。
「シャンガマック―― 」
「はい!来ました!」
精霊の真緑の風が、石を包んで海の壁の中に竜巻を起こす。それと同時に、吹き上げた海水の中から、一度聞いた精霊の声が、褐色の騎士の名を呼んだ――
大声で叫んで返す騎士は、瞬く間に降り注いだ海水の渦の中に引き込まれ、割れていた海は、あっという間に水が落ち、元の姿に戻った。
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