1403. のどかさと郷愁のお昼時間
次の町へ向かって、ゴトゴトと進む馬車の午前。
魔物にも出遭うことなく、徐々に疎らになる、森林の木々の間の道に、陽光が多く入って明るい。
ミレイオは、前の荷台に差し込む光に感謝する。暗くても見えるけれど(※出身:地下)。明るいと風景が輝くから、何気ない様子でも素敵に見えるのだ。
タンクラッドと赤ちゃんは寝台馬車の荷台にいて、荷馬車の荷台は、イーアンとオーリンだけ。
二人は最初、魔物の絵を描いていたが、次第に、違う絵を描き始めたようで、オーリンがイーアンの絵を覗き込んでは、指差して何やら質問し、イーアンがあれこれ答え、またオーリンの指先がずれ・・・を繰り返していた。
ミレイオも考え事をしながら眺めているだけだったので、何してるのかな~くらいにしか思わなかったが。
二人の動きが変わり始め、イーアンは絵を描くのをやめて、何やらいきなり。
『料理?』大鉢を引っ張り出したと思えば、粉を入れて、水を加えて練り始める。
そしてその横で、オーリンが弓作り用に積んでいる太い枝を選び、それを削り始めた。
女龍はせっせと生地を練っているし、龍の民は棒を・・・棒にしか見えないが、作っている様子。
イーアンはよく、平焼き生地を作る時に同じことをするので、昼用の平焼き生地でも作っているのだろうけれど。オーリンが『棒』を、急いで作っている感じが気になる。
そして棒の両端は細く、どうも両手で押さえるのか。時々、オーリンが両手を左右の細い部分に置いて、握りを確認するような動きを見せる。
「何あれ」
オーリンが削り始めて1時間もすると、イーアンに見せ、イーアンが笑顔で受け取っては、二人が楽しそうに会話。
いつもなら、普通に後ろまで聞こえる声で話すのに、聞き取りにくい小声・・・これも気になるミレイオ。
「あの二人が。笑い声の印象しかない二人が(※よく笑う)。何なの?」
訝しい顔つきで、ミレイオは『眺めていた』状態から『観察』に変わる。彼らは何をしているのか(※御者ヒマ)。
続いてオーリン、板を作る。『板・・・って。何で板』ミレイオの呟きは聞こえない。オーリンは、直径30㎝ほどの丸太を固定台に乗せ、それを斜めに切り始める。
馬車、傷つけるなよ!とヒヤヒヤしながら、ミレイオが見ているのなんて知りもせず。オーリンは馬車の中で、さっさと丸太から板を切り出した。そして流れるような動きで続く、やすり掛け。
イーアンはこの間、大鉢で生地を練っていたが、いつもよりもずっと長く、ずっと根気良く、手を動かしていた。
ふと気がつけば、捏ねていた手を鉢から出して、手首を振っている姿。疲れたのかなと(※龍、疲れないはず)思うほど、長い時間を練っていた気がする。
「何してるんだろ・・・あんなに練ったこと、ないと思うんだけど。棒と板は?何かに使うのよね」
独り言で首を捻るミレイオは、やっとこさ、イーアンと目が合う。女龍はニコッと笑って、ミレイオもニコリと笑顔を返すが、腑に落ちない(※ナゾ)。
ミレイオのモヤモヤは明かされることなく、馬車の昼休憩まで引っ張られる。
昼休憩の時間より少し早い時、イーアンは立ちあがって翼を出すと、パタパタと前の御者台へ飛んだ。
そして数分。イーアンがパタパタ戻って来て、そのすぐ後、馬車は道脇へ寄り始める。荷台では、切り出した木屑の片付けをするオーリンと、濡らした布をかけた大鉢を抱えるイーアン。
荷馬車は、昼に早い太陽の位置の下。林の中に広がる草むらへ。ミレイオは首を傾げながらも、後について林に入り、停まった馬車を下りた。
早速、気になっていた二人の所へ行き、急ぐように、昼食の支度をしている龍族の二人に質問。
「何か作るの?手伝おうか」
「ミレイオは今日は休んでいて下さい。オーリンが手伝って下さいます」
「え。オーリン、こいつ。料理しないじゃないの」
「するよ、一人暮らしだったんだぜ。いつも、出番がないから食ってるだけだけど」
ハハハと笑うオーリンは、ミレイオに『昼は待っててよ』と軽く追い払う。イーアンもニコニコしながら『挑戦するから、失敗する可能性もあって』と、成功しない時のため、ミレイオに言いたくなさそう。
「そうなの?まぁ。うん、じゃ。待ってるけど。側で見てちゃダメ?」
「ミレイオ、こっちへ」
焚き火を熾すオーリンと、板を水拭きするイーアンに訊ねたと同時。ドルドレンが前で呼ぶ。仕方なし、ミレイオはドルドレンに『はーい』と答えて、総長の側へ行った。
「何?今日、昼が早くない?」
「頼まれたのだ。滅多に出来ないことだから、少し時間をもらえないかと」
イーアンがね、とドルドレンも不思議そうに笑っている。ミレイオは、ドルドレンとバイラを見て『大人しく待ってろ、ってことね』と笑い、3人で寝台馬車の荷台へ。
丁度、馬車を下りようとしていた、タンクラッドたちを止めて、『龍族の二人が何か企んでいるから、呼ばれるまで行かないであげて』と伝えると、ザッカリアはうずうずしていた(※子供)。
「何する気なんだ」
面白そうに馬車から首を出して、焚火を見たタンクラッドに、ミレイオは午前の荷台で見た、彼らの行動を話す。ドルドレンは赤ちゃんを引き取って、オムツを替えながら『使うのかな』と呟く。
「棒。板。何だろう?」
「結構、大きい板よ。いつも使う、まな板より一回り以上、あるんじゃないかしら。棒は・・・ヨライデで調理器具に使わないから、私は思い当たらない」
ミレイオが両手を広げて教える大きさ。他の者はそれを見て、それぞれの記憶を探す。ドルドレンも、支部の厨房を思い浮かべて、思い出したことを一つ話した。
「ロゼールでもいればな。ピンときそうだが。そう言えば、ヘイズが前・・・ヘイズは北西の騎士で、厨房担当の頭みたいな男なのだ。料理好きで、知らない間に厨房勤務状態なのだが。
そのヘイズが、そんな大きさの棒を持っていた気がする。ただ、その棒を使った料理は、俺も思いつかないな」
「ハイザンジェルの料理じゃ、ないんじゃないの?」
ザッカリアが思いついたことを言うと、ドルドレンも『その可能性も』と頷いて、今度はバイラに振る。
「バイラ、何か思い当たるか」
「ええ?私に料理のことを聞かれても」
困って笑うバイラに、『それもそうか』と皆も笑う。
この時、バサンダは何か気がついたような顔をしたが、ちらと親方がバサンダを見た時、目が合い、自分と同じことを考えていると、互いに理解した。
静かに微笑んだバサンダに、親方も微笑みを返したが、言葉は交わさず、他の者があれこれと推測を話すのを、楽しそうに聞くだけに終えた。
焚き火を熾してから、約一時間後――
段々、親方の腹が鳴り始める。親方はもう、想像が付いていた。
出来るだけ顔に出さないように気を付け、普通の振りを決め込んでいたが、漂ってくる香りが、いつか嗅いだ匂いと分かってから、食欲が暴走する。
「お腹空いた」
ザッカリアも、焚火を気にして、ちらちらと見ている。ミレイオが笑って『もうちょっとよ』と我慢させ、ドルドレンもフォラヴも『楽しみ』と香りを喜ぶ。
「食事ですよ!」
不意に響く、イーアンの声。皆でわらわら、荷台を離れて、何が出来た?と笑顔で側へ行く。
焚き火には二つの鍋が掛かり、一つは多過ぎるくらいにも見える、湯を張った鍋で、もう一つは塩漬け肉と野菜がたっぷり煮込んである。
皆が見ている前で、イーアンは湯を張った鍋に、大きな網のような杓子を突っ込むと、引き上げた杓子に乗せた、細切りの生地を置いて揺すり、汁物用の容器に勢いよくバサッと入れる。
横に立つオーリンが、イーアンから器を受け取り、もう一つの鍋の汁物を掬って掛ける。
「バサンダ!バサンダ、最初に」
「ああ・・・・・ !」
オーリンが名を呼ぶと、親方の後ろから、目を丸くして見ていたバサンダが前に出て、驚きの声を上げながら笑顔で器を受け取る。
「作ってくれたんですか!」
「お味は違いますよ。魚は馬車に積んでいなかったから」
伸びないうちに、早く食べてと、イーアンに急かされ、バサンダは両手に持った器と突き匙に、深く頭を垂れたすぐ、熱い料理を食べ始める。
「皆も早く。伸びちゃうんですよ」
イーアンは皆にも声をかける。茹でた生地をザルに返すことの出来ない状況で、湯から麺を取り出すため、どんどん器に付けてオーリンに渡し、オーリンもどんどん、具と汁を注ぐ。
皆でがやがや、楽しそうに受け取ってはその辺に座って、急いで食べる。
イーアンとオーリンは味見をしているので、少しは落ち着いていられるが、自分たちの分を最後によそってから、かきこむように食べ出した。
はふはふ言いながら、皆で『初・メン』を食べ、塩と香味野菜と肉の出汁を楽しむ。
素朴で力強い味がぎっしりの汁物に、つるつるした細い生地が絡む。
初めて食べる『メン』は、細くても弾力があって、すする音に苦笑いするものの、少しずつ突き匙に巻いては、口に運び『面白い食べ方』と話す。
イーアンは、他の人が楽しんで食べている間に、一人、静かに器を抱えて食べる、バサンダに話しかける。
「バサンダ、コロータは魚の味でしょう?」
「はい・・・でも。有難う。とても美味しいです」
泣きながら食べるバサンダは、顔を覗き込む女龍に、笑顔が作れなくて、嬉しくて泣き続けた。イーアンもニッコリ笑って頷く。
「私の故郷も、海がありました。魚を茹でた汁をね、使います。焼いたり、干したりした魚です。
私のところでは、この生地を『メン』と呼びました。作り方は幾つかあるけれど、これは、伸ばして切った生地を茹でました」
「はい。同じです。私が話した、あの作り方も。伸ばして使う」
本当に有難う、と頭を垂れるバサンダに、イーアンも、もらい泣き。ちょっと涙ぐんで『私もコロータの話を聞いたら、食べたくなった』と冗談めかして笑った。
少し離れた場所で、ドルドレンと並んで食べる親方は、切り株の上に座らせた赤ちゃんに茹で肉を与えては、自分のメンを食べる。あっという間に食べ切りそうで、残っている汁物と平焼き生地が、第二回目待機。
「バサンダの喜びは、きっと想像以上だ」
タンクラッドの呟きに、ドルドレンも頷いて『テイワグナに住む、と言っていたから』きっと故郷の料理は諦めていたかも、と答える。
もしティヤーの人が、テイワグナにお店を出していても、近い町でもないと、滅多に食べることもないだろう、と二人で話す。
「メン。こうやって作るのだな」
焚き火の側に置かれた、大きめの板と棒を眺め、匙に巻いて引き上げたメンを、しげしげ見つめるドルドレン。
それを見たタンクラッドは『俺の家で作った時は、引っ張って伸ばすと、言っていたぞ(※302話中半参照)』と、今、食べている麺とは、形も違うことを教えた。
ドルドレンは、彼の親切が天然であることを指摘しないで『そうなんだ』と流しておいた(※旦那の前で、奥さんの料理の話をする男=天然)。
皆が楽しんで食べている時、ミレイオもメンを味わいながら『今度作るところ見ておこう』と決める。
荷台で二人が作っていたのは、この料理の準備だったのかと、ようやく分かり、モヤモヤ昇華。
「バサンダの話で被ったのね。フフン、あの子らしいわ」
イーアンは優しいものね・・・ミレイオは思い遣りの料理を、また一口食べて呟く。
――ミレイオが『イーアンは優しいから』と思った、この昼食。
実のところ、優しいイーアンの発想ではなく(※優しくないわけでもないが)偶然だった。
午前。荷台で、魔物の絵を描いていた二人だったが、ふと、イーアンが呟いた一言『コロータ、かぁ』の名前で、オーリンが反応。
『コロータのこと。イーアン知ってるんだろ?』
タンクラッドは食べたらしいじゃないか、と聞いたオーリンに、イーアンは料理の説明をして『バサンダの故郷は海の地域だから、きっと私の育った環境(←日本)と似たようなお味では』と話すと、オーリンも『食べてみたいな!』と始まった。
どんななの?と、詳しく訊ねるオーリンに、紙の端っこを使って、どんぶりに入った麺の絵をササッと描き、これがメンで、これがおつゆで、味はこんな感じと、教えてあげたイーアン。
興味深そうに聞いていたオーリンは『コロータの説明と似てる』頷きながら女龍を見て、『作れそうじゃないか』・・・意欲的な眼差しを向けた。
イーアンも『作れる場所があればそうしたい』ことと、『でも道具も要るんだ』と、必要なものがないことを答える。
オーリンはそれも聞きたがり、メンの作り方と、使う道具も教えてあげたら、オーリンは黄色い瞳で女龍を見つめ『道具の絵』描け、と言う。
描いてやると、すかさず寸法の質問が来て、返事に戻った返事は『代用でこれはどうだ』の提案。
彼がやる気満々、と分かったイーアンは『道具があれば、お昼に似たものが出来るかも』と控えめに(※自信はない)圧されるように伝え、それを聞いたオーリンは即、行動に移った。
麺が出来なくても、すいとんでも良いわけで・・・完成を期待しないイーアンは、万が一のために、生地を使う別のお昼も考えながら、麺用の生地を、一生懸命練った次第――
横で涙顔のまま。丁寧に食べて、一口ずつ噛み締めては、ニコリとするバサンダを見て。
上手く出来て良かった、とイーアンは思う。オーリンが食べたがったから、やってみようかとチャレンジした。
本当は、麺の湯切りをしたかったし、一人分ずつ茹でたかった。馬車の昼食にしては、大量の水を使うのも、実は遠慮もあった。
麺のぬめりはしっかり取れず、茹で上がった麺も思い通りの硬さではなかった。お湯も沢山使ったし・・・幾つも、足りないことを気にするのだけれど。
バサンダが一緒にいる時間は短い。こうして今日、改善が気になる出来でも、充分喜んでもらえたなら、作って良かったと思える。
ちょっと顔を上げると、フォラヴとザッカリアの側で食べているオーリンと目が合い、イーアンは彼に感謝の会釈を見せた。オーリンはニコッと笑って頷く。
昼の時間は、いつもより早く始まったから、食事時間も少しゆっくり。
思い出と穏やかさも含んで、それぞれの心に残った、お昼の一時。




