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魔物資源活用機構  作者: Ichen
魔物騒動の一環
1397/2964

1397. 観光気分・保護の話・バサンダの役目

 

 お昼頃。面の店が並ぶ通りの食堂に集まって、皆は昼食。

 タンクラッドたちは、ドルドレンたちと、人の少ない広い店内でお互いの報告もする。


 いないのはバイラだけで、バサンダも一緒。

 ただ、バサンダは『少しで良い』と空腹ではない様子から、一皿の料理を食べ終えた後、食事のお礼を言うと『ニーファの店で話の続き』と、食事も中頃、嬉しそうに出かけて行った。



「ニーファに面を見せたら、あんな感じで。あっという間に意気投合だ」


 店を出て、明るい昼の通りを急ぐバサンダの背中を見送り、親方はドルドレンに微笑む。ドルドレンも、話を聞いた限りだと、彼に早速新しい展開がありそうに感じて、嬉しく思う。


「歩いているのも。急いでいるのも・・・体に問題はなさそうだ」


 目で追ったバサンダが、斜向かいのニーファの店へ入るのを窓から見て、ドルドレンは安心したようにミレイオに言う。ミレイオも頷いて『関節が痛いようなことは言っていたわよ』とちょっと笑った。


「動いていなかったのではないから、筋肉が衰える範囲もそう大きくなかったのかも」


 イーアンがそう思うことを伝えると、ドルドレンは少し考える。それから奥さんに『自分がいきなり、30年後の体になったら、と思った』ことを伝える。奥さん、頷く。


「私も思いました。唐突に・・・30年間の年月を、この肉体に受け取るとなったら」


「イーアン。あんたはそれ以上、言わなくて良いのよ。バサンダは、本当に生き続ける運命だったのよ、私そう思うわ」


 また責任を感じそうなイーアンの話し方に、ミレイオが待ったをかけて止めてから、話を引き取る。


「ドルドレン。空で()()()()()()進めたのは、奇跡だわ。地上に戻ってからは、フォラヴが付きっ切りで癒してくれたでしょ?こんな事、ないもの。誰にも想像も出来ないことが、彼の人生に起こったのよ。

 男龍も言っていたようだけど、イヌァエル・テレンの龍気がある場所だったから、バサンダの体は、押し寄せる年月に耐えられたし、その後、妖精が癒してくれるなんて。

 これが奇跡以外の何? 私には、彼の運命だとしか思えないわ」


「そうだな・・・本当に。ミレイオの言う通りだ。彼は、この先も生きる必要があるのだ。だから、生かされたのか」


「『無事』にな。あの状態、かなり大成功の()()だと思うよ」


 黙って聞いていたオーリンも、口に匙を運びながら、総長に微笑んだ。ドルドレンも微笑みを返し、不思議な人助けに繋がった、自分たちの旅に感謝した。



 親方は軽く咳払いして、『ニーファが、バサンダの知識に()()だ』と冗談ぽく教え、最初からそう見えたから、自分たちは早々、退散したことも伝える。


「この町の案内図をもらってな。それで、あちこち観光だ。俺たちは思いがけず、観光客の午前だったな」


「それは羨ま・・・いや。うむ。そうか」


 ドルドレンが親方に答えようとして、フォラヴと目が合い、じっと見つめられたので、言うのを控えた(←買い物、退屈過ぎた)。


 何となく察する、二人の状態に、他の者は少し笑って『午後も特にすることはないから』一緒に回るか、と誘う。

 フォラヴも、ちゃんと布を買えたようだし、ドルドレンもそれは確認しているので(※もう一回は嫌)親方の誘いに喜んでお願いした。



 ――親方たちは、バサンダとニーファが話し始めて、すぐ熱中したため、早い時間で切り上げていた。


 店頭販売の軽食を食べ終わった5人(※軽食は芋だったから、赤ちゃんは食べなかった)。

 どうも、バサンダの可能性を感じる場面でもあるしと、後で迎えに来ることを伝えると、ニーファが急いで『町の地図です』と観光案内用の絵をくれた。


 表で町民に捉まっていた龍族二人も、ニーファや親方の声を聞き、思い出したように『せっかく来たんだから』とイーアンたちに名所を教えてくれ、そんなことで、馬車は観光に出発。手を振って、そこをサヨナラ。


『このまま廃れたら立派な遺跡になるね』と(※失礼)皆が感動して褒め合うくらい、なかなか素晴らしい建築物や町の名所があり『普通に町を通過しなくて何より』の時間を楽しめた――



「じゃ。行くか。シュンディーンも寝たし。午前に回ったところは省くが、まだ反対方向に寺院があるようだから。そっちだ」


 親方は、丸まった赤ん坊を片腕に乗せて(※寝てる)立ち上がる。皆も食べ終えたので、席を立ち、会計を済ませて馬車へ乗り込む。


「『神殿』と『寺院』って違うんだよ。総長、知ってる?」


「よくは知らない。お前は知っていそうだな」


「タンクラッドおじさんに教えてもらった。これから行くところ・・・ここ。こっちの道。寺院があるんだって」


 ザッカリアは、荷馬車の御者台に座り、ドルドレンに地図を見せる。

 総長はふむふむ言いながら、道を確認して馬車を動かし、二台の馬車はゆっくりと、町外れの見所へ向かって、午後の通りを進み始めた。



 *****



 同じ頃、駐在団員に見せてもらっている資料を調べながら、昼食を摂るバイラ。片手に持った包み焼きを、一口頬張るごとに、資料のページをめくる(※仕事一本の男)。


「うーん。他にもありそうだよなぁ」


 モグモグしながら、お茶を飲んで飲み下すと、もう一口齧って、別の色の紙の束を引っ張り寄せる。


「施設の空き・・・これは去年か。去年の暮れから、この辺は人が減ったからな。年末の空き部屋が、まだそのままの可能性もあるか」


 ブツブツ独り言を落として、ページをめくっては、指先で上から下までゆっくりと辿り、場所と空き部屋の確認を続ける。


「あんまり遠いとなぁ・・・それこそ、魔物が出るから。魔物がいなければ、まだ」


 心配事が全部口に出ているバイラは、駐在団員が昼食から戻ってきたことに気がつかず、町内会館の事務室で、ああだこうだと言い続けたが、後ろで笑う声がして、ふと顔を上げた。


「あ。帰ってきていましたか」


「すみません、さっき。他に誰かいるのかと思ったら、バイラさんが一人で」


 ハハハと笑ったバイラは、食事の残りを口に押し込んで立ち上がると、駐在団員を手招き。側に来た彼に『資料なんですが』とモゴモゴしながら話す。


「カベテネ地区の地方行動部に新しい資料、ありますか?」


「これも・・・これと。これ、一番上の紙は最近のですよ。一応、最新の情報は交換で持ってくるようにしていますから」


「あ。では。この日付が最新?十日前に、ここに空き部屋があるのは」


 バイラの質問に、紙を覗き込んだ駐在団員は、少し考えて『どうだっけ』と顎に手を当て、何か思い出そうとしている。彼が何を言うのかと待っていると、彼はバイラを見上げて教えた。


「保護施設の空き部屋は、変更が届いていなかったら、そのまま更新されていますから。資料自体は10日前なんですが、もっと前に申告されている数だと思います」


「そうか。私も滅多に他の地域の施設の状況なんて、調べないから・・・じゃ、空いていない可能性も」


 バイラがそう訊ねると、彼も頷く。そして彼もまた『私も自分の担当地域だけですよ』と、他の地域の施設まで知らないことを打ち明ける。そんなものなので、二人で苦笑い。


「バイラさんたちの保護した、ティヤーの人ですか?本国に送らなくても良い、という感じ?」


「はい。彼は不憫な目に遭って、彷徨っていたので、国に帰るお金もなくて。

 私達が保護した時には、命からがら・・・ティヤーに戻るのも体力的に難しそうだし、テイワグナでまずは働いて、お金を貯めてから、帰国を考える段取りですね」


 保護した迷い人の説明に、駐在団員も眉を寄せる。


「テイワグナは魔物も出ているのに、身ぐるみはがされたなんて」


 どうも()()()()=『追剝』と決定したらしき、同情の眼差しを向け、自分も一緒に調べてあげたい、と言ってくれた。


 バイラはお願いして、自分たちは今夜も町に泊まるが、明日は移動すると伝えると、警護団員は『私が地方行動部に戻る方が、早いかも知れないから』と一筆書いて、バイラに渡す。


「私が戻って、調べられる範囲で役立ちそうな資料をまとめておきます。お金もないんじゃ、支援金申請も出しますよね?外国人で、身元の保証が利かないから、幾つか手続きに必要なものは準備しますよ」


『地方行動部に着いたら、自分を訪ねてほしい』ことと、『もし留守だったら、今渡した手紙を誰かに見せて』と彼は協力の姿勢を見せた。


「宜しくお願いします。ある程度、準備が進んでいると全然違うから助かります」


 バイラは心からお礼を言い、この午後は、施設の空き部屋に伴い、バサンダの保護と自立支援方策のあれこれを相談した。



 *****



 暗くなり始める店内では、若い面師が持ち込みの古い木製面に屈みこんでいた。その横には、彼の親くらいに見えるバサンダが立ち、彼の様子を見ている。



「バサンダさん。いつ・・・立たれるんですか」


「あの。そうですね、きっと。明日には」


「明日。そうか・・・ミレイオも立ち寄ったと話していたから」


 ニーファは机に屈めていた背を伸ばし、自分と同じくらいの身長のバサンダに、少し躊躇うように顔を向けた。


「あのう。相談があるんですよ」


「はい。これですか?」


 集落の面を集めて持ち帰った中から、ミレイオが選び、その中からバサンダが更に選んだ、幾つかの面。

 ニーファに見せた後、彼は憑りつかれたように、古い面について知りたがった。


 貸してほしいのか。譲ってほしいのか――


 バサンダは、彼が持ち主なら大丈夫かもと思っているので、譲るにしても、注意はするが、そのまま渡して構わないと考えていた。


「ええと。そうなんですが」


「ニーファさんが」


「あ、ちょっと待って下さい。まだ、時間は平気ですよね。もう一杯、お茶を淹れます」


 言い難そうな若い面師に気を利かせ、バサンダが先に言おうとすると、ニーファは彼を止めて、お茶を淹れに台所へ入った。



 ニーファがお茶を入れている間に、バサンダは面の一つを手に取る。


 この面が、狂った運命の中心に、いつも在った。手放したい気持ちも、しかし、作り手独特の未練もある、困った相手。


 両手に持った面は、龍の面。横にあるのは精霊の動物。隣が鹿で、隣にあるのは鳥。バサンダが使っていた面は、馬車に置いて来た。ここに持ち込んだものは、集落の人間のもの()()()


「もう・・・誰も使わない。()()()()()のだから」


 生き残ったのは自分だけ―― 胸に多くのものが行き交う中、バサンダは溜息をついて、面をそっと机に戻す。


 ニーファには、まだ話せない内容で教えていないが、この面は恐らく、この現在においても、力を発揮するだろう。


 バサンダが繰り返し、気がおかしくなりそうなほど、数え切れない回数を見た、傷ついても体が蘇る、あの力。もしくは、面のそれぞれに託された、大いなる力に()()()()()


 どちらにしても、安全ではない。だが、ニーファに聞けば、彼ら現代の面師が作る面もまた、力の幅は狭いにしても、同じような要素があると分かった。


 ニーファは面を被って、その力を見せてくれたし、バサンダは彼の『面と力』についての考え方も、聞かせてもらったので、彼なら、きっと管理出来ると思う。



「これを()()。何か、面師の仕事に近いものを、聞ければ良いけれど」


 呟いたバサンダの声は、静かな店内に少しだけ響いた。カチャと音がして、ゆっくり奥を見ると、お茶を運んできたニーファが笑顔を向ける。


「すっかり暗いですね。この店は、立地が影になる所だから。反対側の店だったら、まだ明るかったのに」


 通りを挟んで影になります、と仕方なさそうに笑い、『ちょっと早いけれど』とランタンを灯す、若い面師。彼は淹れたばかりの、香り立つお茶を来客に渡し、自分もお茶を飲む。


「バサンダさん。相談が」


「はい。何ですか?」


「この面のことなんですけれど、ここまで古いものは町に残っていません。それと、バサンダさんが教えてくれた作り方。それも、寺院にちょっと残っている程度の内容です」


 ニーファの前置きに、バサンダは丁寧に耳を傾ける。ランタンの明かりに照らされた、机の上の古美術品を見つめ、そっと指で段差を撫でるニーファは、少し間を開けてから、一息吸いこんだ。


「バサンダさん。最初にミレイオが話していたけれど。ティヤーの人なんですよね?」


「え。そうです。でも」


「戻るんですか?そのうち・・・お金は取られてしまったようだけど、お金を貯めたら」


「いや。どうだろう。私が戻る家がないかも」


『戻るのか』の質問に、一瞬、顔を俯かせ、ボソッと正直に答えてしまったバサンダは、慌てて口に手を当てる。さっと若い男を見ると、彼は真剣な顔で頷いた。



「事情はいろいろ、おありだと思います。私は訊きません。でも、もしテイワグナにいるつもりがあるなら、この面の制作を見せてもらえませんか」


「は・・・え。はい?見せるとは」


 バサンダは戸惑う。面の制作は、何日で済まないことくらい、ニーファも知っている。木から選んだら・・・そう、午後の間、事細かに説明した通りで言えば。



 ――この集落の面の作り方をそのまま、用いたら。何年もかかる代物。


 面に合う木を選んでから、切り倒し、乾かし、削って、水を馴染ませ・・・また乾かし、粗方を終えたら、寝かせ、その間に色を作る。

 仕上がるのは、一つに3年の時間を使う。


 工程の間に、何度も祈る儀式を挟むのと、籠めた霊力が宿るのを待つ期間もある。そこまで使って狂信的にも見える没頭で作られた面だからこそ・・・この特別さを持つ。


 ニーファが頼む『面の制作』は、一体どういう意味で言っているのか――



 戸惑った顔の初老の男に、ニーファは一度咳払いして、喉を潤すように茶を飲むと、しっかりと彼に伝える。


「衣食住は、私の工房で良ければ。生活費は、一緒に仕事をしてもらうことになると思うけれど、私に、この作りを教えて下さい。あなたしか知らない。あなたは外国の人なのに、この町の()()()()()()伝統の昔を知っていました。

 私はあなたに会えた、この導きを無視することが出来ないんです」


「ニーファさん。私は。どこの誰かも、素性も分からないのに」


「分からないから、何ですか。私は代々、面師の家に生まれました。少しずつ、作る人も減っています。私は結婚していないから、後継ぎも居なくて、親は気にします。私もそれは心配ですが・・・・・


 でも、私は本当のところ、もっと見聞を深めたいんです。

 作る人がいなくなるのは困るし、私の家にだけしか伝わらない技法もあるため、ここを離れるなんてことは選べないけれど。まして、今は魔物まで出るようになって、身動きがもっと難しくなりました。

 博物館へ旅に出るのも、無事の保証が言い渡せない以上、行くわけにもいかないです」


「待って下さい、私の知識はあなたにそこまで」


「それは私が判断します。いいえ、判断したんです。あなたも面師だから、分かると思います。自分の、()()()()の作品を遺したい気持ち。私はそれを求めても、今以上のものが無ければ生み出せないです」



 一世一代の作。その言葉を出されては、バサンダも黙るより外なかった。自分もそれに憧れて、若い職人時代に、世界のお面を見に出かけたのだ。


 半開きの口で黙った初老の面師に、ニーファは机の上の面を一つ手に取ってから、自分の顔とバサンダの顔の間にそれを持った。


 面に刳り貫かれた口から、双方の目が覗く。目だけしか見えないお互いは、今、間を隔たせる一つの古い面によって、繋がる。


 それを、ドクンと揺れた心臓の鼓動で、バサンダは『運命』を感じた。ニーファも同じように、ドンと揺らした心臓の一叩きに、静かに頷く。



「稼げる仕事じゃないですが」


「稼ぐなんて考えもしません」


「教えてください。この面が遡る時間を」


「私が役に立つなら」


 時を越えて、二人の面師は約束を交わす。バサンダは、今度の運命の翻弄には、嬉し涙が流れた。

お読み頂き有難うございます。

バイラが一人、片手に包み焼き、片手で資料の昼食風景スケッチ。字幕にして映画風にご紹介。



挿絵(By みてみん)




彼の昼食はこちらです。



挿絵(By みてみん)



カレーパン・チックな軽食です。具の中身は、日本人懐かしや、のカレーの具。

これを一度チーズに巻いて、パン生地で包んで揚げたもの。

パン粉の衣はありませんが、お味は近い。

異世界テイワグナでも、こんな感じの軽食はあるのです~



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