1395. 懐かしのコロータ・バサンダの始まり
朝食中、本日の行動予定を話し合う。
食事の時間が遅くなったので、シャンガマックが仔牛に戻ったのを見送ったフォラヴは『バサンダも同席できるかも』と言い、彼を呼びに行った。
戻って来た妖精の騎士は、バサンダと一緒。
バサンダは、旅の仲間の誰よりも年上の姿に変わったが、衣服を毎日換えていることと、先日は、ある程度の長さで止まった髪の毛も切ったことで、弱々しい病み上がりの印象はなかった。
「シャンガマックがあんなに変わるとは・・・もっと落ち着いて全体を見れる性格だったのに」
その話題がひそひそと(※フォラヴに警戒)交わされていた食卓は、バサンダの登場により、話題を変えて明るくなる(※大切)。
「もう、歩いて平気なのか」
「無理しないで。近いところに座って」
皆が少し驚きながらも、彼を歓迎し、席へ誘導する。取り分ける料理の皿を見せて、フォラヴが『少し食べますか』と訊ねると、彼は頷いてお礼を言った。
「はい。昨日まで、気を遣ってもらって、私用の食事を頂いていました。でも普通の食事も始めたいです」
「そうですね。では、柔らかそうなものを。あなたのお皿に幾つか寄せますよ。お食事・・・そういえば」
取り分けながら、フォラヴは今になって気がついた。何かな、と首を向けたバサンダに、『今更で申し訳ありません』と前置きし、彼に『これまで何を食べていたのか』を質問した。
この質問には、皆も興味がある。バサンダの意識が回復した時には、既に食の好き好きを選べるような状態ではなかった。
改めて、バサンダ ――ティヤーの過去の人―― が、何を食べるのだろうと、一斉に彼を見た。
バサンダは皆が一度に自分を見たので、少し笑って『普通のもの』と答える。それから、バイラを見て、彼に『テイワグナの料理は今も変わらないのか』を訊ねた。
「あなたがいた『仮面の集落』が、もしこの辺の出身であれば。過去と変わったのは、運ばれてくる食材の多さです。料理は、今食べているものとあまり変わらないような」
バイラはそう言って、食卓を見渡す。西北、西北西に多い食事で、主食は粉生地。辛い漬物や、香辛料で包んだ肉を焼いたもの、野菜と豆の煮物は、代表的だと思うことをバサンダに話すと、彼も頷く。
「似ています。あの集落は、これほどの数はなかったです。畑がありましたから、そこで採れる物は食べました」
「バサンダ。ティヤーの話は?俺にティヤーの昔のこと、教えてくれたよ」
少し離れた場所にいたザッカリアが、思い出したように話を振る。夜、馬車で眠る前に教えてもらった、古い時代や外国の話を、ザッカリアは夢中になって聴いていた。
「君に話した少し、あれくらいしか覚えてないんだよ」
「それでもいいんだよ。皆にも教えてあげて」
側にいるフォラヴとバイラが、微笑んで見守る。寝台馬車の夜で、ザッカリアと話しているのを、二人も聞いていたから、それは良いかもと思う。
バサンダはちょっと考えて、『あのう』と額に手を当てる。少し困った顔。
「どうしたの?」
ミレイオの質問に、バサンダは顔を上げて『説明が難しくて』と苦笑いする。
言ってみて、とミレイオが笑顔で促したので、バサンダは手の動きを入れて、故郷の料理について話し始める。形が違う料理が多く、想像しづらいと思ったか、手でどんな感じかを教える。
その料理を想像し、親方とミレイオは顔を見合わせ『ティヤーで?』お互いに、確認するような素振りを見せた。見たことないな、と言う二人。
詳しい話はザッカリアに楽しそう。バイラも『同じ材料なのに印象が変わる』と感心する。
ドルドレンは風変わりな料理に引き込まれ、オーリンも不思議そうに『変わった食べ物だ』と呟いて、フォラヴも微笑み絶やさず話を楽しむ。
一人、イーアンだけは。目を丸くして、バサンダの説明する料理に驚く。
そのイーアンをちらと見たのは、親方。親方の顔が動いたので、イーアンも気がついて『あの』と言いかける。親方も可笑しそうに少し笑って『お前が作った、あれか?』と答えた。
「え。イーアンが作った?」
ドルドレン(←旦那)は知らない料理。またか!と親方を見ると、親方はイーアンから総長に目を移して『俺に食べさせてくれたことがある』と言う。ドルドレン、負けた気分。
「これ、メンじゃないか?バサンダの話しているのは」
「 ・・・・・メンです。だと思うけれど」
「何だ、メンって!俺は知らない!(※実は知っているけれど忘れてる:最初に知った日→411話参照)」
まぁまぁ、と笑うミレイオに宥められて、ドルドレンは『旦那なのに知らない』と悲しむ。
イーアンと親方はすまなそうに笑いながら(※天然二人は、昼食よく一緒に食べた)今度はこっちが驚かれる側に回ったらしい、目を見開くバサンダに頷き、親方が先に教える。
「俺が昔、バサンダの故郷だと思う・・・ティヤーの、鳥の面を作る町へ行った頃。町で食事もしたが、今聞いたような料理はなかった。だから、意外だ」
「タンクラッドさん。私の話した料理は、家庭料理です。タンクラッドさんが、若い頃に出掛けたなら、私が国を出た時から、10年ほど後かも知れません。
小さな町で、人が来るにしても、外国の博物館から調査が来る程度でした。食事をする店も数えるほどだったし、ほとんど海産物で」
「そうそう。魚が多いな。後は丸い穀物だ。このくらいの粒で」
「はい。それが主食です。その穀物を粉にして、家では長く伸ばして茹でます。すぐに乾いてしまうし、作ったら茹でて時間を置けないから、家の料理だと思います。私は好きでした」
「名前は?料理の」
「コロータです」
「イーアン、コロータ。覚えておこう、ティヤーに行ったら食べるぞ」
『コロータ』と呟くイーアン。親方の言葉に力強く頷く。親方も笑顔で頷く。ドルドレン仏頂面。
あったじゃないか、麺! よしっ、と拳を握る女龍。
ドルドレンたちの世界に来て、初めて聞いた麺の存在。早くテイワグナ終わらせて(?)ティヤーへ行かねば!とさえ思う(※ごめんねバイラ)。
「今、話したばかりですが。家の料理だから、外で食べられていないかも知れません。それと、地方の料理だろうから、ティヤー全土ではないと思います」
遠慮がちに『ティヤーへ行っても食べられない可能性』を教えるバサンダに、イーアンはしっかり『大丈夫(?)』と返す。何が何でも麺を食べる。決意したんだ、と伝える。
バサンダは、女龍がどうも『コロータを作ったことがある』ような話も聞き、とても驚き、また『海神の女が、故郷のコロータを作って食べている』と喜んでいた(※庶民的信仰対象)。
この後も、バサンダの故郷の味を2つ3つ教えてもらい、皆は面白い話で楽しんだ。
ドルドレンだけは言葉も少なかったが、朝食が終わる前に、本日の予定を業務的に伝え、一行は朝食を終えてから、『今日も宿泊』を了解して、それぞれの行き先へ出発した。
ドルドレンとバイラ、フォラヴの3人は、町内会館へ。報告書作成と、駐在警護団員の話を聞きに出かけた。
職人組とバサンダ、ザッカリア、赤ちゃんの7人は、ニーファの店へ。
いつもならザッカリアも『騎士』なので、総長ドルドレンと一緒に動くのだが、今日に限ってはこっち側。理由が単純で、職人組は笑っていた。
「だって。フォラヴが『買い物する』って言うから。俺、前に一緒に行ったら、疲れた」
「フォラヴは長いからね。私が一緒に行っても良かったんだけど。今日はお面があるから」
ミレイオはザッカリアの訴えに同意してやり、頭をポンと撫でて『見て。お面、いっぱいあるのよ』と子供の興味を通り過ぎる店の窓に向けた。
御者台にミレイオとザッカリア。荷台に親方と赤ちゃんとバサンダ、馬車の横を歩くのは、イーアンとオーリン。
目立つイーアンだが、昨日、町の近くで龍に変わったり(※某お父さん事件)夕闇時に龍を呼んだり(※お空行)ちらほらすれ違う町の人には『龍の女がいる』とバレているから、良いや、と開き直っている。
バサンダは、朝食の時も見て気になっていた、小さな赤ちゃんの風変わりな様子に『この子は面白い!』と何度も親方に褒めていた(※まるで親御さんのように)。
荷台に置いた、ミレイオが持ってきた面。状態の良いのを選んだと、包みに入ったままだったので、親方はバサンダに、店へ着く前にバサンダの目でも選んでは?と見せた。
バサンダの表情が少し強張ったが、彼は頷いて、広げた布の包みの中にある10の面を目の前にした。
「これを。面師に見せるのですか」
「そうすると、年代が分かるんじゃないか、とミレイオは言っていたな」
「年代・・・集落の年代を調べるつもりで」
バサンダは、とても古い時代に制作されたそれを見つめる。自分が攫われた時にはもう、相当な年月を経た面ばかりで、今ここにあるものも同じ。
どうかな、と親方は呟いて、自分を見たバサンダに『そういう意味じゃないかも』と微笑んだ。
「年月に拘っているわけではないかもな。ミレイオは芸術家肌だから。職人だが、あの風体を見れば分かるだろう?バサンダにとって呪われた品物だが、ミレイオは文化や美術品を知ろうとする」
「私もその気持ちは分かります。ミレイオさんが危なくないなら、収集する感覚で保管してもらって良い、と思いました。使わないなら、良いんです。もう・・・誰も使う必要はないから」
バサンダは一つ、面を手に取ると、正直な気持ちを話した。親方は了解し『伝えておく』と約束した。
そうして、ニーファの店へ馬車は到着。
近所の並びも店は開き始めていて、朝一の旅の客に挨拶をする。
歩いてる『龍の女』は貴重なので(?)町の人は、龍の女に話しかけ、横の男(※オーリン)も龍になるのかと、珍客に質問攻めで、二人が店へ入るのを遮られる。
この二人は徒歩だったから、仕方ない・・・ということにして。
タンクラッドは、シュンディーンに布を深く掛けて隠し、抱っこ。ザッカリアもシュンディーンの側に来る。ミレイオとバサンダが、面の入った包みを持って、出てきたニーファに挨拶をした。
「いらっしゃい。彼は?」
明らかに顔つきがハイザンジェルとも違う、と分かり、ニーファはバサンダを見た。と、同時に、表の通りが騒がしいので、そっちも見て『え!龍の女?』と驚く。
「昨日もいたのよ。荷台に」
「ええ?荷台に龍の女が?本当ですか!」
「うち、ちょっと変わってるのよ。旅の仲間って言うか・・・彼、バサンダ。ティヤーから来たの」
ころっと話を変えるミレイオを見上げたニーファは、苦笑いで『ミレイオも変わっていると思ったけれど』と頷いた。それからバサンダに笑顔で『私はニーファです』と握手。
「ティヤーから、こんな山奥のテイワグナへ。よく来てくれました」
「バサンダは気の毒にね、追剥に遭ってさ。それで荷物も何にもないんだけど」
さらりと『追剥に遭った』ことにしたミレイオの説明で、バサンダはちょっと驚いたが、何も言わなかった。
同情するニーファは、『テイワグナは物騒』とお詫びを言い、これからどうするのか?と、話の流れで訊ねる。
「警護団に相談しているの。金目の物も全部ないから、当座は保護対象かもねって話しているのよ。でもバサンダは、めげていないわ。ね!」
「はい。私には技術も経験もあるから。テイワグナで仕事を探します」
「仕事。技術。魔物が出るのに、帰国しないんですか?」
バサンダはちょっと笑って『いろいろあって』と濁してから、若い面師に『自分も面師だ』と教えた。それから持っていた、遥か昔に作ったティヤーの面を見せる。
「これは・・・あなたが?」
「そうです。随分前の作品ですが。これだけは見つかって」
詳しく言えなくても、嘘ではない範囲で答えると、ニーファは渡してもらった鳥の面を両手に持ち、その作りと技術を呟きながら『初めて見た』と目を開く。
「実物は初めてです。ケルメシリャーナじゃありませんか?この作り。この嘴。あの・・・海の」
「知っていますか?本当に?ケルメシリャーナじゃないです。この形は、クットゥリーリャと言います。ケルメシリャーナをこの国で聞くなんて!」
ミレイオは話しが見えない。どうもニーファは、お面の造詣が深い。一つの文化に通じる人だと思っていたが、この伝統的な面作りの範囲を越えた知識がある、と分かる。これはもしや、と希望が生まれた。
ミレイオより年上のバサンダは、若い面師に『よく知っている』と褒めるが、バサンダの数日前は、何十年も経たとは言え。それこそ、ニーファより若かった感覚と状態なので、バサンダとしては『年上のニーファ』として目に映っている状態。
無論、ニーファから見れば、自分の親の兄弟くらいの年齢の男性に褒められているため、謙遜しては照れてを繰り返す。
二人の面師が、時を越えて話をしているんだ・・・と思うと。
何とも人生は謎めいて思いがけない幸運を与える。ミレイオは感慨深い気持ちになり、手に持っていた包みをそっと下に置くと、二人にさせようと、店の外へ出た。
店の窓の辺りに、タンクラッドとザッカリア、赤ちゃんがいて、『店内に入るのは呼ばれてから、と思っていた』と話した。
ミレイオは、今、彼らが二人でお面の話をしていると教える。タンクラッドも、中をちょっと見て微笑むと『そっとしておくか』とミレイオに言った。
ミレイオも頷き、暇そうなザッカリアに『軽食、売ってるわ』と、離れた場所を指差す。
「店屋の店頭だわね。揚げ始めて良い頃合いじゃない?イイ匂いする。どうする」
「食べる」
「よし、食べよう。あんたは?朝食、ごっそり食べてたけど」
子供の即答に笑顔で頷き、ミレイオはタンクラッドにも訊く。
「食べる。シュンディーンも食べるだろう(※赤ちゃん、分かってないけど頷く)。あいつらも」
タンクラッドが顎で示した龍族は、まだ町民の世間話に付き合わされていて、それを見て笑ったミレイオは『とりあえず全員分、買うか』と了解し、子供と一緒に軽食を買いに行った。
お面の店屋では、バサンダが生き生きした顔で、若いニーファの笑顔を向けられて話をしていた。




