1394. 旅の百九日目 ~朝の説教
この朝。イーアンたちは、7時前に宿のホールに集まった。
朝食は7時半以降にしてもらい、7時丁度に来たシャンガマックは、ホールに入るなり、全員の姿があることに、少したじろいだ。
「おはよう。シャンガマック」
総長に挨拶を受け、席を示されたシャンガマックは挨拶を返して、椅子に座る。バサンダ以外の全員がいて、シャンガマックは自分を見つめている女龍と向かい合う。
「俺に話があると」
「そうらしい。先に俺から少し伝えておこうと思う。俺はお前を理解しているが、しかしイーアンは、別視点で話す。これについて、俺とイーアンはほぼ話し合っていない」
シャンガマックに答えたのは、ドルドレン。
夜に戻って来た奥さんから『明日の朝』の話を短く聞かされ、少し抵抗してみたものの、奥さんの威圧が龍気の圧力として伝わり、黙った(※旦那は負けを察する)。
そこまで言えないけれど(※言うのも恥ずかしい)。
とりあえず『自分はシャンガマックの味方ではある』ことを、やんわりと前置きに、心なしか不安そうな部下に『頑張れ』と、視線で励ましを送ってから、イーアンに話を頼んだ。
「皆様に、朝一番でこうした話を聞かせますのでね。重い話題にしても、サクッと軽く(?)。さっさと済ませますよ。
シャンガマックの行動について、私は思うことがありました。昨日の出来事。そして、コルステインが間に入って下さった夜のことも話します。オーリン、私もう怒っていません」
さっと龍の民を振り向き、横に座ったオーリンに『だから怒らなくて良い』と無言で合図。黄色い瞳がちょっと動いて、『いいよ』と返事を戻した。
「はい。ではね。お伝えしますよ。昨日の流れ」
イーアンは、蒸し返すのも嫌だったが、大事なことだからと、念を押して、話し出す。
出来事の発端は、シャンガマックがホーミットの弱り方を心配し、コルステインに頼んだ、一昨日の夜から始まった。
コルステインが責任を持つと決めた動きは、弱り切ったホーミットを回復させることと、もう一つ。
シャンガマックと一緒に地上に居られるよう、今後に危なくない処置をしようと配慮したこと。
まずはホーミットに、通常の状態まで回復させる必要があると判断し、閉じ込めた。その間に探しておこうと、広大なサブパメントゥのどこかにある『処置用アイテム』を見つけに、コルステインは出かけた。
だが、出かけている間の『見張り』を、はっきりしたことを知らないミレイオに頼んだため、ミレイオも来てはくれたが、うっかり連れて来たシュンディーンによって、事態は思わぬ方向へ展開。
サブパメントゥに危険を齎しかねない状況を生み、それによって、息子会いたさ、ホーミットは脱出。
逃げ出した獅子が、完全に回復していないことも分かっているコルステインは、明るい時間に外へ出た獅子の限界を懸念し、連絡のつくロゼールに、何とか獅子を止めるよう頼む(←ムリ)。
驚いたロゼールが馬車へ連絡。それをドルドレンからイーアンが受け、イーアンは龍で動ける範囲ならと引き受けた。
片や、事情を把握していない獅子は、出て来たところで魔物を察知。
倒してやるか、と向かったが、同時に気づいて動き出したイーアンに見つかり、会話が無理な急ぎの状況上、尻尾で吹っ飛ばされて遠ざけられた。
ここからは勘違いと誤解の時間。そして、夜が来て、誤解はコルステインによって解かれた。
この話を繰り返されている間。シャンガマックは顔を下に向けていた(※皆を見れない)。
皆も言葉が出ない。隣り合う相手には、思うことを言えるが、それぞれ感じる部分も異なるし、ある意味、蚊帳の外だしで、観客状態。
当事者イーアン、シャンガマック、この二人の話にも思えるけれど。イーアンはここから続ける。
「最初に断ります。ドルドレンの『家族愛』。意味は分かります。でも関係ないですよ」
「何?」
「それはそれ。問題は行動を取った理由じゃないのです。行動を何と比較して選んだのか。そこが問題」
イーアンは淡々と語る。仲間同士で攻撃する意味。理由。旅の目的。
話を聞いているシャンガマックは、段々と表情が険しくなり、自分がまるで『旅の目的を無視している』ように言われていることに、腹立たしそうな顔を向けた。
「俺をここに呼んだのは、皆の前で、俺が間違いを選ぶほど、感情に左右されたと言いたかったのか」
「他に何がありますか。大事な親でしょうが『親の前では、誤解で私を傷つけても良い』と、今もあなたは態度で示しています。あの時、誤解かどうかも、確認しなかったでしょう」
「夜にそのことは」
「あ~、ちょっと。これは私、イーアンの言葉に賛成だわ。
あんた、どうして今怒ったの?それは感情でしょ?ホーミットが、あんたのために謝ったそうだけど、あんたは、アイツの気持ちより、今・・・自分優先しているわよ」
ミレイオが口を挟む。明るい金色の瞳が龍みたいで、シャンガマックは少し睨んだ。
「ミレイオがシュンディーンと一緒に降りたのも、事態を速めた理由の一つだ。父が出るためには、シュンディーンの力が動いたんだから」
「あらやだ。私と赤ちゃんのせいにもする気?どんだけ、あんた変わっちゃったのよ」
驚いたミレイオが呆れたように、鼻で笑う。親方は抱っこする赤ん坊を見て『お前に言われてもなぁ』と嫌味をそのまま、赤ん坊への同情に乗せる。
これにはバイラも眉を寄せて『ミレイオのせいじゃないですよね』とシャンガマックを見た。
騎士はバイラに顔を向け『理由の一つ、と言ったんです』せい、なんて言っていない、と強調。警護団員の訝しそうな顔から目を逸らし、シャンガマックはイーアンに訴える。
「俺の行動は、確かにあなたを攻撃した。だが、旅の意味を問われるほど、俺は理解しないと思わないでもらいたい。何のために皆から離れて、力を育てた1ヵ月を過ごしたと思ってる?
この仲間の中で、魔法使いがいないからだ。俺しか出来ない。
俺のことも考えず、今回のことだけで、まるでのめり込んだ親子愛のみっともなさのような言われ方は、これ以上、耐える気もない」
一気にそう言った騎士は、さっと立ち上がり、怒りを隠そうともせずに、食卓を離れようとした。
だが、彼は数歩動いた時、体が石のように固まり、うっと呻いて、その場に立ち尽くす。
止めたのは、フォラヴ。
皆もいきなり止まった、不自然な姿勢のシャンガマックに驚いたが、続けて立ち上がった妖精の騎士に、彼が何かをしたと理解して、見守る。
妖精の騎士は、静かに友達の側へ行き、自分より少し背のある彼の顔を見上げる。
驚きと苛立ちを籠めた漆黒の瞳を、澄み切った空のような瞳で見つめ、悲しそうに囁いた。
「あなたは私に。何と仰いました。あれは上辺?」
フォラヴの静かな、悲しみの滲む声。相手はものも言えない。
言い返さないのではなくて、妖精の力で封じられていると、皆が気がつく。フォラヴは皆を気にせず、目の前で石のように固まる友人に続ける。
「何のことか、お分かりですか。私は『海の水』を分離する際、あなた方に手伝って頂いた。
その時、間違いを指摘され、それを恥じらった私は、大人げなく、小さな嫌味を言いました。それについては自覚があります。失礼をしました。
その時。あなたは私に怒りました。大切なお父さんを引き合いにした、失礼な私の一言に、このように返したのです。
――俺が『お前の危険を取り除いている事実』より、小さな恥じらいを優先して、俺の父を侮辱するような、嫌味なことをするな。フォラヴ、お前はそんな嫌な男じゃないはずだ――
そうです。その通り。私は言い返せませんでした・・・そして、あなたはどう?
イーアンが話したことは、『あなたの危険を取り除いている事実』ではありませんか?小さな恥じらいは、あなたの今どこに?あなたはそんなに嫌な男ではありませんでしょう?」
「ぐぅ・・・・・ 」
「お返事が出来ないのは仕方ありません。私が未熟です為、あなたの体を止めるに、命を生かす以外の全てを固定しました。
でもどうでしょう、瞼は動かせますか?1度下げれば『肯定』。2度下げれば『否定』とします。いかが?」
イーアンたちは見守りながら、妖精の騎士の力に、内心怯える。言わないだけで、この人何が出来るんだろう?と、すごく不安になる力を見せている現場。
妖精の騎士は、静かに、丁寧に、対照的な野性味溢れる姿の友人に、そっと問い続ける。
「シャンガマック。よくお考え下さい。あなたはお父さんのために、イーアンに魔法の力をぶつけました。
誤解を解くことも出来たはず。何より先に、魔法の力と怒鳴り声より『どうして?』と無害な一歩を選べました。でも選ばなかったのは、なぜですか?
あなたは、皆の中に魔法使いがいないことと、魔法を使えるのはご自分だけと仰いました。
その魔法は、魔物相手に使うものではなくて?魔族に追われた私を助けた魔法は、なぜ空の女龍に向けられました?彼女は魔物?騎士修道会に入ってから、一途に皆を、血まみれになりながらも先頭に立って守った彼女は、今のあなたには、小さなことで攻撃できる相手?
お父さんを慕うのも守るのも、私は何も言いません。でも。私にも言わせて頂きたい。
『私があなたの危険を取り除いている事実より、小さな恥じらいを優先して、私たちの大切なイーアンを侮辱するような、嫌味なことはしないで下さい。あなたはそんな嫌な男ではありません』でしょ?」
妖精の騎士は、言いたいだけ言うと、微笑む。その涼しい微笑みは、いつも変わらず。
痛いくらいに突き刺さるシャンガマック。まさか自分の言葉を丸のまま、こんな恥さらしの状況で繰り返されるとは(※それも2回)。
フォラヴは同情するように、白い手を伸ばし、友達の頬を優しく撫でて『返事を』ときつく呟く。
シャンガマック、完敗。これ以上、恥を晒すのも耐え難い。父への侮辱ではない、今回の件。
昨日、コルステインに質問攻めにされた(←正確には翻訳親方)時と同じ、言いようのない『やってしまった』感がムクムクと蘇る。
震える瞼で、静かに一度。ゆっくりと瞬きをし、それから、目の前で見つめ続ける、迫力の妖精に許しを願う。
妖精は微笑み、小さく頷くと『お分かりでいらっしゃる』と満足そう。
「私に許してほしそうに見えます。あなた方のように、頭の中で会話出来たら良いのですが。
私には悲しいかな、そんなに素晴らしいことは出来ません。ただ、あなたの自由を戻してあげるくらいしか」
ちょっと大きめの声で(※皆に聞こえるように)物語のように流れる話しかけ方が終わる前。
シャンガマックの体が、糸が切れた操り人形のように、がくんと膝から崩れた。
ビックリする本人と、食卓に座っていた仲間。慌てた総長が走り寄って『大丈夫か』と部下を起こす。
「総長ったら。大丈夫ですよ。私は止めただけ」
シャンガマックが答えるより早く、冷ややかな声が頭上から降って来て、部下の胴体を抱えて起こす総長は、妖精の騎士に怯える眼差しを向けた。
フォラヴは可笑しそうにコロコロと・・・鈴のような声で笑い、席に戻ると、イーアン(←凝視してる)にニッコリ。
「シャンガマックも、あなたのことは好きなのです。今回はちょっと、感情的でした。でももう理解したはずですから、どうぞ私に免じて許してあげて下さいませんか」
「はい」
素直に頷いた女龍に、フォラヴは殊更優しく微笑むと、じーっと大きな青い目で見ているシュンディーン(←ビックリ中)の側へ行って、『あなたが悪いわけ、ありませんもの』と微笑みかけた。
フォラヴは怒っていたんだ―― 皆がそれを知り、口数少なく、間もなく運ばれてきた朝食を食べ始める。
シャンガマックも、何が言えるはずなく。朝食を包んでもらってから、『俺は父と食べます』とだけ言うとそそくさ出て行った。
お読み頂き有難うございます。




