1392. もつれた誤解の解き方
コルステインは、親方と一緒に町の外。
仔牛の横っ腹が開いた状態で、中に獅子とシャンガマック。シャンガマックは、覗き込むコルステインに気圧されるので、父の側にくっ付いていた。
その、海のように青い大きな目は、何も悪いことをしていないのに、何とも咎められるような光を含んでいる。シャンガマックは珍しく弱気になり、それを隠しながら、躊躇う返事をコルステインに返していた。
シャンガマックの返事を、直訳親方。コルステインはその都度、タンクラッドを見ては次の質問をし、親方は直に言葉で伝えていた。
獅子の機嫌が悪そうな顔には気がつくが、親方はコルステインと一緒(←最強)。ここは引かない。
そして明らかに。獅子と騎士の分が悪かった。それも、親方の安心材料の一つ。
遠慮なく、獅子に強気で(?)息子さんへの質問を繰り出し、とうとう言葉に詰まった息子さんに、獅子は前に出た。
「お前が何も言わなかったんだろ!」
吼える獅子に、直訳親方はコルステインの返事を即受け取り、『お前が聞いていない、と言っている』と伝える。獅子は唸る。猛獣の中でも異様に大きい獅子に唸られると、さすがに親方もちょっと怯む。が。
コルステインは親方を引き寄せ、自分の腕の内に入れると(※保護)獅子を睨む。
その睨む顔の、特異なこと――
時折、コルステインは家族相手にこの顔を向けるが、『お前は私に挑戦しているのかどうか』を問う目付きが見えると、気の強い獅子も黙る。
瞬きしない青い大きな瞳がぐっと見開かれ、感情を消して薄く開く唇が、猛禽類のついばむ嘴のそれに似て、下手な反応をしたら、すぐにやられる気がする、そういう顔・・・・・
その顔で、ぐーっとゆっくり頭を下げ、相手の顔に近づけて覗き込むコルステインは、間違いなく『サブパメントゥ最強』を知らしめる。
獅子は少し仰け反り、目を逸らさないにしても、嫌そうに眉間にしわを寄せた。
『よせ』
頭の中に伝えた獅子の声。コルステインは、仔牛の腹の枠に片腕の鉤爪を引っ掛けたまま、中に上半身を突っ込み、月光色の髪の毛を揺らして、緩慢にも見える動作で、左右に首を傾ける。
獅子の顔の、ど真ん前まで顔を寄せ、付きそうなほどに鼻頭が近い状態で、もう一度、大袈裟に見えるくらいの首の傾げ方をする。
この間、ずっと瞬きをしないでいるコルステインは『逆らうのかどうか』の答えをはっきりするよう、無言で問いかける。
『逆らっていない』
『お前。力。減る。する。消える。分かる?』
『そんなもの、俺が決める』
『お前。一人。違う。旅。仲間。一緒。お前。コルステイン。見る』
お前は一人じゃないんだと、コルステインは詰める。勝手なことを言うなとばかり、旅の仲間なんだから、お前の管理は私がするぞ、と告げる。獅子は唸って、目を逸らした。
『ホーミット。分かる?』
『ぐぅ・・・くそ。分かってるよ』
『イーアン。お前。守る。する。した。イーアン。悪い。無い。違う?』
『分かった、って』
『ホーミット。お前。ダメ。次。コルステイン。お前。消す』
『次は私が消すぞ』と予告を受けた獅子は、息切れ(※やりかねない以上、冷静は無理)。
二人の会話は、人間二人には届かず、遮断されているが、横で見ているシャンガマックは、父が脅威に晒されていることに戸惑う。でも、怖すぎるコルステインの迫力に、微動だに出来ない。
親方も、コルステインの片腕に寄せられているが、コルステインの首がゆっくりと傾げられるたび、弱々しくなる獅子に驚愕。
『分かる?ホーミット』
『分かった』
『うん。お前。これ。持つ。する。これ。使う。知る。する?』
分かった、と負けたのが伝わって、コルステインは威嚇をやめ、片腕に巻いていた鎖を見せた。腕を振って鎖を落とし、獅子に使い方が分かるか確認。
驚いた獅子は鎖を見てから、コルステインを見上げ『お前。これを俺に』と言いかけ、コルステインが隣のシャンガマックにニコッと笑ったのを見て、全てを理解した。
『有難う』
うっかり―― ぽろっと。獅子はあっさり、コルステインに礼を言ってしまった(※完敗)。
コルステインは微笑み、ウシに突っ込んでいた上半身を下げると、タンクラッドを小脇に抱えて『使う。する』と最後に言って、そのまま去って行った。
宿に戻る時、霧の姿に変わってふわふわ進むコルステインは、親方に『イーアンどこ』と訊ねる。
『うん?空だと思うぞ。すぐには戻らないだろう。オーリンと一緒に龍気の回復に行ったんだ(←ってことにしておく)』
『イーアン。悪い。無い。コルステイン。言う。する』
『そうだな。お前が優しいから、イーアンはきっと、お前の言葉なら分かる』
『イーアン。怒る。する?まだ?』
『多分な。でもまぁ・・・ずっとは怒らないだろ』
コルステインも気にしているようだったので、親方は気を遣う。コルステインは、イーアンが戻って来たら、自分が話すから、親方が寝ていても起こす、と宣言。
苦笑いしながら親方は『いいよ』と答えておいた(※熟睡中でも関係なく)。
親方は思う。コルステインはプライドが高い。
自分がそのつもりじゃなかったことを、ホーミットが捻じ曲げた形になったことで、龍の機嫌を損ねたのは、コルステインにとっても腹立たしい出来事だったんだと分かった。
ズィーリーたちの旅路では、コルステインとホーミットは、ほぼ接点が無いようだった。だから名前さえ忘れていたらしかったが、今回は接点が増えて、コルステインはホーミットも、同じサブパメントゥとして管理しようと考えている。
そのため、昨晩相談された時、すぐにホーミットの状態を改善しようと動いたし、きちんと回復させておく責任も持っていた。
だが、ホーミットはバニザット会いたさに、コルステインの思惑も理解せずに出て来て、迎えに出たバニザットには抜けだらけの経緯が伝わり、先にコルステインから連絡を受け取って、行動に移したイーアンが非難された。
イーアンとしては、サブパメントゥの事情を承知したうえで、龍の自分が出来ることを選んだのに・・・とした具合。
コルステインに大方の話を聞かせた時、彼女の怒り方は見て分かるくらいだった。
以前、ロゼールに会いたがったリリューが、勝手に地上に来た時と同じように、突然、表情が変わったので、親方は急いで止め、自分と一緒に行くように、相手の話を聞くように、と説得した。
それで、こうして話が済んだところ――
『何のかんのあっても。コルステインは頂点なんだよな』
頼もしいもんだ、と呟いた親方に、青い霧はフワフワしながら、親方の自分への賛美に気がついて、ピンク色とか黄色とかに色が変わっていた(※喜)。
*****
イヌァエル・テレンでは、イーアンの話を一部始終聞いたオーリンが怒っていた。
オーリンは『100%イーアン側』。イーアンが馬車でドルドレンから告げられた連絡、そこから始まって、自分が迎えに行くまでの話には、オーリンも無表情(※一番怒ってる状態)。
「手伝っただけだろ。本来、触ったら消えるような相手に」
頷くイーアンは、ミンティンの横っ腹にだらっと寄っかかって(※態度悪い)むしゃくしゃした顔で舌打ちする。
「そうです。コルステインはロゼールを動かそうとしたけれど、時間も距離も無理があるから、ロゼールはギアッチ伝いに、馬車へ知らせてくれたのです。
馬車で動けるのは私くらい。ミレイオもタンクラッドもいますが、タンクラッドは単体で即動けませんし、ミレイオも疲れていました。
ドルドレンも、動きに関してはタンクラッド同様、龍が来るまで待たないといけないでしょう?それにドルドレンの力は、広範囲向きではないのです。
フォラヴも妖精の力を出せば、私と似たようなことは出来そうですけれど、彼はまだ変身の回数が少なく、別種族相手に、力の加減が分からないのです。
これまでの経験から、すぐに広範囲に対応して、単体で行動できるのは私だけです。だから私は引き受けたのに。
そりゃ、魔物が出たと分かれば、龍気も増やして翼も尻尾も出ますから、その状態で触られたら騒ぐのも分かりますが、本当にすぐ、魔物が出て来たんですもの。急いで倒そうとするだけですよ、私は」
ふーっと息を吐き出す女龍。溜め息ではなくて、イライラ。オーリンもイライラする話(※軽く呼応)。
「尻尾で払ったら、吹っ飛んだとは言うが。俺だってこの体でイーアンに、翼で引っ叩かれているんだ(※1095話・女龍のお仕置きその①)。倒れる程度だぜ」
「何となく、根に持っていそうな聞こえですが、まぁそうです。そんな感じ。
ホーミットは飛ぶように駆けるから、私が向きを変えたのを見て、跳び上がってかわそうとしたのでしょう。だから余計に、吹っ飛びました(※結果)」
その後は、イーアン一人で魔物退治。ホーミットが近くに来れないよう、遠くへ飛ばさないといけないと思ったからの『尻尾はたき』だった、とイーアンは繰り返す。
「だって。ロゼールとやり取りしたドルドレンが言ったの、『ホーミットが今、戦ったり、大きな力を使うと次は危険』ですよ。ホーミット、分かってる感じじゃなかったけど」
「そりゃ俺でも、イーアンの行動になるな。分かってないで突っ込む相手に、話して聞かせる時間もないし」
仲悪いしね、と頷く龍の民に、イーアンもちらっと見て頷く。
「絶対『行かないで下さい』って、言ったところで止まらないですよ、あの性格だもの。まして、私が言うなら尚更。
彼なりに、『魔物を見つけたから倒してやろう』とは思ったのだろうけれど」
そして。ここからが、長い。
先に全体あらすじを伝えただけで、オーリンも怒っている状態なのだが、詳細説明が始まってからは・・・それまで側にいたミンティンもガルホブラフも、よっこらせと立ち上がって移動した(※龍はネガティブな人嫌い)。
龍族の二人は、龍の島で話しているので、二人が気がつかないうちに、全ての龍がかな~り離れた所へ行ってしまった(※皆、ネガティブ嫌い)。
こうした話は、話せば話すほど。言葉にすればするほど。どんどん、感情の濃度を増すもので。
二人の会話をそのまま続けると、非常に長引くため、一体何が起こっていたかを女龍視点で解説。
――魔物を倒して戻ったイーアンは、馬車の後ろにいる仔牛近くに、シャンガマックがいるのを見つけた。
シャンガマックとホーミットは一緒だろうから、と側へ行って、『さっきですね』と尻尾事件(※というほどでもない)のことを説明しようとした。
が、近づきつつある距離も半分ほどで、シャンガマックが『なんて事を』とイーアン目掛けて怒鳴ったと思ったら、いきなり緑と金の風が噴き上がり、飛んでいたイーアンをはじく。
びっくりしたイーアンが『誤解している』と気がつき、それを言おうと体勢を立て直し、急いで降りようとしたところで、獅子が出て来て、仕返しのように女龍に飛び掛かった。
その跳躍力。さすが獅子、と感心する余裕はなかったが、とんでもない距離を跳ね上がり、女龍のクロークを爪に引っ掛けた。
驚くのとイラっとしたのとで、イーアンはクロークを引っ張り、獅子を尾で払い落とした。つもりが、間一髪、獅子は尾に触れることなく、身を翻して着地。
愛する病み上がりの父を、二度に渡り、尾で叩こうとしたのを見たシャンガマック。激怒して『何の真似だ!』と攻撃二段階目を発揮。それが精霊の旋風で、浮かぶイーアンを金の礫が襲ったので、イーアンはもう我慢しなかった。
完全に誤解されている上、聞く耳持たない相手に『ふざけやがって』と怒鳴ると同時、人の大きさで龍に変わったイーアンは、金の礫を残らず消し去り、咆哮高らか、鎌首もたげて仔牛に向かって突進。
慌てたシャンガマックが急いで結界を張る。獅子も驚いて、息子の結界に逃れるが、この時、騒ぎの悪化に焦った親方が、時の剣を使って龍気を吸い取った。だが、『時の剣』を使っているので、精霊の結界も一緒くた。
イーアンもシャンガマックも、時の剣に力を取られ、悔しさ収まらないまま、イーアンは龍から人の姿へ戻り、シャンガマックは獅子に『仔牛に入って』と叫んで、吸収され続ける力を止めた。
この後。(やめれば良いのに→)シャンガマックは空にいるイーアンに『自覚はないのか』の訴えを叫ぶ。父を危険にさらしたんだぞ、と続けたが、それを聞いたイーアンは怒鳴り散らして降りて来て、『ロゼールまで巻き込んでおいてそれか』『こっちは助けてやったんだ』と咬みつく勢いで迫った。
騒ぎを止めようと、ドルドレンが部下を仔牛に押し込み『逃げろ』と命じ、降りて来た怒り狂う女龍は、親方が羽交い絞めにして荷台へ引きずり込んだ(※尻尾で、びたんびたん叩かれてた)。
こうしたことで、仔牛はトコトコ、走って逃げて(※そして町の壁の外)尻尾でぐるぐる巻きにされているタンクラッド(※とばっちり)を解放するため、ドルドレンはイーアンに『シャンガマックはお父さんのことで冷静ではない』と宥めた。
とは言え、伴侶の言葉でも納得いかないイーアンは、親方を解放したものの(※親方お疲れ)私は悪くないはずだと訴える。
が、ここでドルドレン。『でもイーアンは強いのだ。叩くのはやり過ぎでは』と言ってしまう。
ムカー!!!っと来たイーアンは、『ドルドレンまであんまりだ!私は攻撃されたんだ』と言い返し、ビックリしたドルドレンは、ミレイオによって逃がされ(※それで一緒に荷台へ)それを追いかけようとしたイーアンは、フォラヴやザッカリアまで出て来て止められた(※『バサンダが驚く』『イーアン、怖いよ』)――
「あのさ。今日、良いんじゃないの。戻らなくて」
戻ったら、俺も頭に来てどうなるやらと、呟いたオーリンに、イーアンはじっと夜空を見つめ『どうしましょうね』と答えた。
「総長は謝ったんだろ?総長とは拗れてないしさ」
「まぁ。ドルドレンは・・・そうですね。滔々と『家族愛』を話しているくらいですから。うっかり、ああ言うのも、分からないでもないので」
「じゃ、今夜くらい。夜は、コルステインも来ているだろう」
「その、コルステインが気になる。コルステインは、私が怒った話を聞いていそうで」
満天の星空の下で、イーアンはオーリンに顔を向けると『コルステインが頼んだことです』と困ったように、最初の件に戻る。
「それは。コルステインが、君に」
言いかけたオーリンに、イーアンは頷いて、うーんと唸った。『あの方は純粋だから』きっと私が怒ったことを気にするだろう、と思う。
「そうか・・・なら、タンクラッドとは連絡つくだろ?連絡して、気にしないでとかさ、言えば?」
そうですねぇ~と答えつつ。イーアンは腰袋を見る。ぼんやり・・・光る腰袋。
ハッとして、だらんとしていた体を起こし、腰袋を開けると、親方の珠が光っていた。急いで手に取り応答する。すると親方は『戻ってこい』と命令。
『コルステインがお前に話があるそうだ。あのな、何も言うな。コルステインは気にしている』
『あ・・・やっぱり』
『ホーミットのことも、方はついたぞ(?)。コルステインが直にな』
イーアンはそれを聞いて、ちらとオーリンを見た。オーリンは黄色い瞳でじっと見て、首を傾げる。その傾げ方が、何となく理解してくれていそうなので、イーアンは親方の命令に了解した。
連絡珠をしまった後。龍族の二人は再び、地上の空へ戻った。
お読み頂き有難うございます。




