1389. 赤ちゃん援護脱出
馬車の皆が昼食時を迎え、元気のないシャンガマックに同情を寄せるドルドレンが、彼の僅かな食欲(※健康成人男性だから、肉体は空腹を訴える)を消さないよう、一緒に食べてあげている時。
サブパメントゥに戻ったミレイオは、また墓標の前でぶつくさ言っていた。
「ごめんね。こんな辛気臭い、根暗な場所に連れて来ちゃて」
うちが良いよねぇ!と、シュンディーン相手に文句を言い続ける(※特に同意しない相手)。赤ちゃんはどこでも良い感じで、精霊の石をおしゃぶりに、抱っこするミレイオの文句を聞き流す。
「コルステインが探している物、って何だか知らないけれど。そんなの、どうして今探すのよ~ 明日とかじゃダメなの~?もー、帰りたい~」
話に聞いたところ、コルステインはどうも『探す。する』何かしらがあるようで、それが見つからないから、閉じ込めている間、見張りをミレイオに頼んでいるのだ。
「見張り、ったってさ。これよ、羽根。あ、あ~、ダメダメ。触っちゃダメよ。欲しいの?でもダメ。ばっちい(←失礼)かも知れないでしょ!あんたはそれ。石があるじゃないの」
『こんな、きったない土に刺さった羽根なんか触ったら、ビョーキになるわよ』と言い聞かせ、降りたがるシュンディーンをがっちり抱っこ。
「見せなきゃ良かった。見ちゃうと欲しくなるもんね。ダメよ、帰ったらもっと、きれいな羽根あげるから」
ダメダメ、と抱っこする腕を強くし、もの言いたげな青い大きな目を見て笑うミレイオ。『反抗しているの。でも、私相手に反抗したって無駄よ』衛生管理は大事なの、と首を横に振る。
「ああ。もう、本当。コルステイン、早く戻れ~」
戻って来てから、どれくらい経ったのか。いつもの地上での体感で言えば、多分1時間ちょっと。
シュンディーンがいる分、気が紛れていて楽ではあるが、ミレイオは『町。どれくらいで着いちゃうのかしら』の心配がある。
「面は預けておいたけれど。私だってもう少し、あの町で見たいのよ。何度も行く場所じゃないし、来年またね、って感じの話でもないし(※魔物退治の旅中)」
芸術的で、独特な文化が脈々と町に流れる、あの雰囲気。『珍しいわよね、貴重』思い出しながら呟いて、やっぱり早めに戻って、ちゃんと見たいと思う。
腕の中で諦めたように、再び石をちゃぷちゃぷする赤ちゃんに視線を戻すと、ミレイオは彼の頬っぺたのよだれを、よだれかけでキューッと拭い、『一緒に見ようね』と微笑んだ。
その時。耳に衝撃音をガンッと食らい、ミレイオはビックリして頭を下げ、目を固く瞑る。続けざまに『出せ!バニザットに会わせろ』の怒号が耳に響いて、ミレイオの怒りが爆発。
「煩い!」
耳がジンジンするミレイオは、頭を振って足元に怒鳴り、その声に抱っこされる赤ちゃんの目が丸くなる。
片耳を押さえたミレイオが歯を食いしばって、その手で赤ちゃんを撫でてから『ごめん。あんたじゃないの』と悔しそうに謝り、いい加減にしてよ!と足元に向かって怒る。
「さっきまで大人しかったのに!もう、本当嫌!これ、外す!」
耳に手を当てて、金具を取ろうとした時、ハッとする。『ない』え?と、耳を急いで撫でるミレイオに、耳に付けていた小さな輪の感触はない。他のピアスはあるのに・・・・・
「あれ?どこかに落ちたのか?・・・って、別に良いか。外れたん」
『なら』と続けかけて、赤ちゃんの手をふと見たミレイオは、サーッと血の気が引く。
赤ちゃんの片手に、おしゃぶり石。もう片手に小さな欠けた輪。赤ちゃんは石を持つ手を下げて、小さい鉤爪に摘まんだ輪を口元へ運ぶ。
「わー!ダメよ、そんなの!貸しなさい、口に入れちゃダメ!」
大慌てで、赤ちゃんの手を掴むと、ビックリしている赤ちゃんの小さな爪から輪を取ろうとした。が、外れない。
「え?!何で?あらやだ!」
赤ちゃんは取ろうとして取ったわけではなく、ミレイオが触った時に、ミレイオの手から滑った輪の欠け部分が、赤ちゃんの手に当たったため、彼の小さな指先の、さらに小さな鉤爪にぴちっと嵌ってしまっていた。
焦るミレイオは、赤ちゃんの爪に嵌った亀裂の幅が、丁度ぴったりと分かり、何とか取ろうとする。でも赤ちゃんは爪をグリグリされるのが嫌で、困った顔で手をきゅっと丸める。
「シュンディーン!危ないの、それ。そんなの食べたら大変よ!貸して、手を見せて」
「んんん」
「嫌だと思うけど、我慢よ!痛くしないから!」
「んん!んんん」
「シュンディーン!あんたが持っていても、何があるか分からないのよ!食べてもダメだし」
赤ちゃんは頑張って嫌がる。手を握り締めて、ミレイオが開こうとする手を頑なに握り、お腹にくっ付けて体も丸める。
「これ、ダメなんだって!体曲げないで。危ないかも知れないのよ!」
丸まった赤ちゃんは、本当に円形。丸っちくなって防御態勢。ミレイオも困る。腕の中で、毬状になって頑張るシュンディーンに『本当に危ないの』と何度も頼むが、赤ちゃんは顔も上げない(←警戒)。
ほとほと困ったミレイオが、毬状の赤ちゃんを両手に持ってくるくる回し、一番取りやすそうな(※ほぐしやすいとも言う)のはどこだろう?と探していると、不意に赤ちゃんの体がビクッと動いた。
「あ、くすぐったかった?」
ごめんね、とミレイオが抱っこし直そうとした途端―― 赤ちゃんは目をパッと開けて、足元に顔を向け、次の瞬間、青緑の光がブワッと噴き出す。
「ぎゃあっ!シュンディーン!」
びっくりしたのはミレイオ。赤ちゃんの体が青緑色に光り、それは白さを伴いながら、暗闇の世界にぐんぐん精霊の風を巻き上げる。
ハッとして急いでしゃがみ、今にも吹き飛びそうだった羽根を慌てて押さえると、ミレイオは片腕に乗せた赤ちゃんに『いきなりどうしたの?ダメよ』と大声で頼む。
「シュンディーン、どうしたの!力を使わないで!ここはダメよ、皆がやられちゃう!」
ミレイオはどうして良いのか、咄嗟のことで思いつかない。
赤ちゃんの精霊の風は、彼を中心にびゅうびゅう吹き荒れるし、サブパメントゥはそこら中で金切り声が上がり、振動も全体から生じ始める。
地上に上がりたいが、羽根が!と思うと、手で押さえているこの羽根が、手を浮かせた瞬間、飛ばされるのは目に見えているので、どうしようもない。
「ヨーマイテスはもう少し回復しないとマズイって、コルステインは言っていたけど。これじゃ。あいつが出た方がマシ」
サブパメントゥの世界に異常な音が響き渡る。精霊の強力な力と光が、サブパメントゥの侵されないはずの領域を揺さぶる。
「ダメだ!シュンディーンを出さなきゃ」
そう言いかけた時。物凄い勢いで、コルステインたちの気が近づいてくるのを感じ、ハッとして顔を上げる。
「コルステイン!」
早く!と怒鳴った直後、コルステインたちの猛烈な青い炎が、こっちに向かって(※攻撃)迫るのを見て、ミレイオは『消される!』と目をむいて一瞬で知る。
その時、赤ちゃんもコルステインたちの方をさっと見た。
これと重なり、ミレイオの手が浮いた羽根が吹き飛び――
舞い上がる黒い羽根。青黒い大量の火炎放射が届く3秒前。ガガンッと、轟音を立てて地面が割れ、同時に中から獅子が飛び出した。
次の瞬間、ミレイオとシュンディーンは獅子の口に銜えられ、そのままサブパメントゥを脱出。
真下が青黒い火の海に化した、恐怖の地獄絵図を後に、3人は疾風のように地上へ駆け上がる。赤ちゃんは地面が割れた時には、力を消していた。
「よくやった」
口に銜えた赤ん坊に、獅子は褒める。ミレイオの腕に抱き締められている赤ちゃんは『んんん』と答える。
ミレイオは生きた心地がしなくて、何も言葉が出ず、そのまま連れて行かれた(※コルステイン一家に殺されかけた)。
サブパメントゥでは、数秒で駆け上がって消えた獅子を見上げ、コルステインたちが人の姿に変わり、それぞれの顔を見合わせる。
精霊の力を確認した5人は、やめさせるために攻撃をしたが、地面が割れたのとほぼ全てが同時に終わり、精霊の力も消え、獅子も逃げたので『あれは精霊じゃなかったのか』と、後から気がついた。
コルステインは、炎の届く数秒前に、相手がホーミットとミレイオ、小さいの(※赤ちゃん)と分かり、緩めた。
だが炎は、5人全員で放出していたため、いきなり消えるものでもなく、彼らが消えた後に一瞬間、辺りは火の海に変わり、すぐに落ち着いた状況。そして今、コルステインが『小さいのの力』と教える。
『シュンディーン。子供。分かる。ない』
なぜ力を出したか知らないが、シュンディーンは子供だから分かっていないと思う、と伝えるコルステイン。
『壊された場所があるぞ。許すのか。何であんなのが来たんだ』
メドロッドが怒っているので、コルステインは少し考え、『ミレイオ。シュンディーン。一緒。する?』(←知らない)だからじゃないの、と答えた。
マースとゴールスメィがその辺を回り、戻って来て『消えた者はいない』と教える。リリューも怪訝そうではあるが、コルステインの話を知らないので、そもそもの話を聞いて、何となく黙った。
『それは、コルステインが頼んだから』
ゴールスメィの一言で、皆が同じ反応。コルステインは、うん、と頷く。
『これ。ホーミット。渡す。する。待つ。だから』
コルステインが手に巻き付けた、一本の鎖。それを見た他の4人は、暫し見つめてから『どこに在った』と訊ねる。
あっち、と指差すコルステイン(※テキトー)。
皆がそちらに顔を向け、それからまた鎖に目を戻し、コルステインは、ホーミットにこれを渡すつもりで待たせていた、と理解した。
『ホーミット。大変。サブパメントゥ。少し。ダメ。戻る。すぐ。ない。する。これ』
ホーミットの状態はとても危険だったと判断した、コルステイン。なまじ、力を回復しても、あれではすぐにまた減るだろうと感じたと言う。
そのため、ホーミットがバニザットとずっと一緒に居るのも見ているし、鎖を持たせてからにしたかったと・・・皆に教えた。
他の4人は、今回のことは危険だと感じたけれど。コルステインなりの気遣いによる結果、と分かったので、誰を責めることもやめた(※心は広い)。
コルステインは毎晩、地上に行くのだから、その時でも良いような気がしたが(※皆思う)。
コルステインとしては、自分たちが動けない時間帯にホーミットが上がって、また戦ったりしたら『次は手遅れになる』と思ったようだった。
『渡しそびれた。そうだな?』
『そう。戦う。無い。大丈夫。でも』
コルステインの優しさ。コルステインの家族は理解して、残念そうにするコルステインに『ホーミットが死んだら、それはそれ(※『運命だよ』的な感じ)』と慰めた(?)。




