1387. 予告連続実現の朝・サブパメントゥ『沈黙の石』
「シャンガマック。朝食ですよ」
イーアンが仔牛の横から声をかけると、奥で何か答えてくれたようだが、聞き取りにくく、イーアンはもう一回『お食事を持ちましたよ』と仔牛に顔を寄せて、大きめの声で伝えた。
すると、何やらまた返事がされた後、聞こえなくて『何ですって?』と顔を寄せた、イーアンの真ん前で仔牛の横っ腹が開き、女龍は軽く顔を打った(※女龍『うおっ』て言う)。
「あ!すまない」
仰け反ったイーアンを見て焦ったシャンガマックに、イーアンは顎を擦りながら『大丈夫。私強いので』と、痛くはないことを先に伝える(※痛くないけどイヤ)。
「はい。これどうぞ。食べて」
「あの・・・いや。タンクラッドさんに食べてもらえるか?」
「あら、どうして。昨日の夜も半分しか食べませんでした」
「父が今。ちょっといなくて。俺もそう、腹が減らないというか」
差し出された皿を受け取らずに俯いた騎士に、イーアンは黙る。これか、と思う。親方が心配していた変化。
「ダメですよ。どんな時でも食べないといけません」
「うん・・・分かるんだが。本当に、喉が詰まっているくらいに。食べる気も起きない」
「食べる気が起きない?」
繰り返した女龍の、少し驚いたような口調に、シャンガマックはハッとして慌てて『違う、そうじゃない』と言い直す。
「そうじゃない。動いていないから、腹が減らないんだ」
「シャンガマック。あなた先ほど、お父さんがいないからお腹が減らない、と言いました」
「同じだ。動いていないし、父もいないし、特にその。今は本当に食べなくても良いんだ。タンクラッドさんはいつも腹が空いているし(※誤解)彼が食べても」
「タンクラッドは、朝一番で味見もしましたし、オーリンが来ないので、彼の分も食べています。脂身があったので、フォラヴにも脂身貰っていますから(←ひたすら食べる親方)」
「イーアン」
シャンガマックに『食べなきゃダメだ』と、やんわり皿を押し出すイーアンの背後から、名前を呼ばれ、イーアンは目が据わる。
親方予告第二段階。振り向いて、背の高い伴侶を見上げた。伴侶もじっと見下ろす。
「俺が話す」
「ドルドレン。私はまだ、シャンガマックと話しています」
「大丈夫である。聞いていた。途中からだが、彼はお父さんが心配で、食事も喉を通らない」
「それじゃ困るでしょう。ホーミットは強いです。きっとすぐに帰ってきますし、シャンガマックに食べさせたかどうか、気にしますよ」
「ホーミットの気持ちは分かるが・・・今は、目の前のシャンガマックの気持ちを察してやるべきではないか?彼は一ヵ月以上、ホーミットと寝食を共にしたのだ。
俺はシャンガマックが、20代の若い頃から見ている。彼を知っているつもりだ。俺が話すから、君は戻りなさい」
「ドルドレン」
そんな大袈裟じゃないでしょう、と言いたかったが、イーアンは伴侶の名を呼んで、黙った。『大袈裟じゃない』なんて言おうものなら、イーアンが気遣いが足りないように映るだけ・・・だろうなと感じた。
困ったように見つめる伴侶の目を見上げながら、『お皿は置いておきます』と言い、イーアンが下がろうとすると、伴侶はイーアンの腕を取って『食事はタンクラッドに』と皿を渡した。
思うことはあるけれど。溜め息をついたイーアンは、伴侶の渡す皿を引き取り、二人をちらと見てから下がった。
ドルドレンは、イーアンが馬車の荷台へ入った後、シャンガマックと話し込んでいた。
「タンクラッド、これどうぞ」
「機嫌が悪いな。有難う(※幾らでも入る)」
荷台に座るイーアンは、斜め後ろにいる仔牛とドルドレンに顔を向けて『ほんの数時間ですよ』とぼやいた。タンクラッドも食べながら『そうだな』と答える。
「あのホーミットが、何日も倒れているわけがありません。今日中に帰って来ると思います。それなのに、心配は分かるけれど。人間じゃないのだから、シャンガマックもあんなに萎れなくても」
「お前も、そう思うだろ?俺も思う。あれは『依存』だ。『信頼』じゃなくて『依存』の方が、心の割合を占めている」
ドルドレンもそうだったな、とモグモグする親方に、イーアンは口拭き布を渡して『お顔に付いていらっしゃる』とつまんなさそうに教える。それから溜息をつき、揺れるベッドで大人しくしている、赤ちゃんを見た。
「シュンディーンは泣きませんね」
「度量が違うんだろうな。運命もあるから」
「シャンガマックは泣きそう」
「昨日は泣いた」
「あのホーミットが。確かに強いから、倒れて動かないとなれば、どれほどかとは思うでしょうけれど。単に、エネルギー切れって可能性も」
エネルギーって何だ、と遮られ『活力』とテキトーに答えるイーアンは、頷く親方を見ずに、思うことをこぼす。
「何日も帰らないなら、まだ分かります。でも初日で食べれないなんて・・・このまま、一日食べない可能性もありますよ」
「食べないだけじゃない。顔つき、ちゃんと見て来たか?親とはぐれた子供そのものだ。不安でしょうがない、って顔だ。あのくらい、依存が分かりやすい顔は久しぶりに見た」
親方の返事に、『久しぶり』の意味を訊こうとして口を開き、訊くのをやめて、イーアンは口を閉じた(※伴侶だ、と気づく)。やめたのにも拘らず、心を読むような親方は、最後の一口を匙で集めながら続けた。
「お前に会いたがった、ドルドレンがな。俺に馬車を預けて、ショレイヤで空に行った時も、あんな具合だ(※843話参照)。会いたいのと、縋るのは違うよな」
「意地悪、言わないで下さい。ドルドレンは、ちゃんと分っていますよ」
「今は、な。その時は分かっていなかった。心配の意味が、俺とドルドレンじゃ違ったんだ。ミレイオも同意している。皮肉なものでな、その時はバニザットも理解していた」
「今と違って」
そうだ、と答えた親方は、食べ終わった食器を引き取ろうとするイーアンに微笑み、『自分で洗うよ』と、水と灰を持って外へ出て行った。
「依存。私も、人のことは言えないけれど」
呟くイーアンは、知らずのうちに人が陥りやすい心理を思うが、『ホーミットがくたばるわけない(素)』ので、食欲が消えるほど打ちひしがれるとは・・・の気持ちに、また戻る。
とはいえ。親方が指摘した様に『依存中』なら、『信頼している通常があって、今が心配』と訳が違うのも分かる。
お皿を洗った親方が戻り、仔牛に屈めるドルドレンの背中をちょっと見てから、荷台に乗ると、自分を見ているイーアンに首を傾げた。
「俺がもう一つ、懸念を話したが。分かるか?」
「何でしょう。『ドルドレンが理解するとどう』って、あれですか?」
「そうだ。ドルドレンがバニザットに理解を示すと、俺たちが思わぬ方向の話を出しかねん」
そう言ったタンクラッドは、出発待ちが長引いている時間も気になる。赤ん坊が眠くなってきた様子なので、彼のベッドを揺らしてやり『寝てて良いぞ』と声をかける。赤ちゃんは石をしゃぶりながら、頷く(※分かってはいない)。
「もしかすると、お前の都合には良いかも知れんが・・・しかし、今はバサンダもいることだし」
ベッドを優しく揺らす親方が、赤ちゃんに話しかけるような独り言に、イーアンは眉を寄せた。『どういう意味ですか』と訊ねると、タンクラッドは指を下に向けて『こういう意味だ』と答える。
それじゃ分からないと、言い終わる前に、ドルドレンが仔牛の側を離れ、真っ直ぐにこちらへ来るなり『相談がある』と親方に話しかけた。
「何だ?」
「コルステインを呼べないか?事情を聞けたら・・・もしくはシャンガマックを、サブパメントゥに連れて行ってもらいたいのだ」
伴侶の言葉に、イーアンは固まった。親方が『下を指差した意味』を理解し、親方と目が合って、彼が『な』と言った具合に瞬き。
親方の三つめの予告が現実になろうとしていることに、イーアンは項垂れた。
*****
その頃。ミレイオ。腕組みしながら、サブパメントゥの墓標の前で仏頂面。
「嫌だわ。この辛気臭さ。大っ嫌いよ」
ぼやきながら、ひょうひょうと恨めしそうに吹き抜ける風に揺れる枝を払う。『うざいわよ』咳払いして、花も葉もない枝を振り回す木を睨む(※木には通じない)。
「全く面倒臭いったらないわ!ちょっと大人しくするくらい、出来ないのかね」
あーあ、と盛大に舌打ちして、首をゴキゴキ回したミレイオは、コルステインが来るのを待つだけ。交代でコルステインが来るまで、ミレイオはここを動けない。
「もー・・・馬車が出ちゃうじゃないのよ!出るのは良いけど、地下にいたら、何時間経つか分からないから、困るのに!」
馬車が出ちゃう、出てもいいけど、と。よく分からない文句をわぁわぁぼやき続ける、この時間。
ミレイオがコルステインを待つ場所は、旅に出る前に一度立ち寄った、『ホーミットの墓』。それまで、親父の名前もろくに知らなかった。興味もないから、別にそれは構わないが。
「う~・・・面倒。ニーファが待っているのよ。彼に『仲間と行く』って言ってあるし、イーアンが昨日、一個持って帰ったお面の・・・そうよ、大量に午後引き取ったから、あの中から良さそうな状態の選んだりしなきゃ。ここから上がる前に、家寄っておくか。忘れてたわ」
『出る前に、あれしてこれして』と腕組みしつつ、ぼやいてブツブツ。ハッとしては『早くしろ~!』と待たされていることにイライラ。ミレイオは忙しく、待機していた(?)。
*****
同じサブパメントゥでも、墓標の下では、獅子が何度も吼えていた。
吼えるだけ吼え、飛び上がっては天井にぶち当たって、罵声を浴びせかけ(←天井)、何度も力を使おうとしては、遮られることを繰り返す。
「ちくしょう。バニザット!バニザットに呼びかけることも出来ない」
バニザット!! 獅子の息子を呼ぶ声は、土の中の空間で消える。押し込められたこの場所で、体は回復しつつあるが、出ることが出来ない。
「俺が回復したかどうか?!そんなもん、俺が分かるんだから放っておけ!ちくしょう、出せっ!」
――気がついたら、サブパメントゥの中。驚いて、いつ自分が入ったのかと頭を動かした途端、コルステインが現れて、『まだ』と言い放った。
何がまだなのか。何があったんだ、と事情を聞いたら『お前。まだ。ダメ』と返って来た。
言いたいことが分からないので『とりあえず出るぞ』と一言聞かせたら、いきなり押さえ込まれ、ここに放り込まれた。
ここは『沈黙の石』。サブパメントゥで、最も強く、最も濃い、サブパメントゥの気が溜まる場所。そして、サブパメントゥ以外のどこにも通じない、孤立した場所でもある。
ヨーマイテスの城、狭間空間に抜け出ることも出来ない、唯一、面倒な性質。
だがそれは、今回のように『閉じ込められてしまった以上は』の話で、普段は閉ざされることもない。
閉ざすのは、このサブパメントゥで、一番強い力の持ち主だけが、出来ること=コルステインのみ。
弱るだけ弱ったサブパメントゥが、集中的に回復するための場所で、他から遮断して、存在を保つために使う。
こんなことだから、そもそもこの場所は、何かを『封じる』目的もない。
コルステインさえ動かなければ、別に誰がどう使用するにしても、何も起こらない(※『高気圧酸素カプセルホテル』的な場所で、鍵を外から締められた状態)のに――
「おい!出せ!コルステイン!!いい加減にしろ!」
喚いても怒鳴っても、蓋をされた空間から出ることは出来ない。擦り抜けることが不可能なこの場所に、ヨーマイテスはガァガァ吼え叫んでいた。




