1386. 旅の百八日目 ~親方気がかり
※3/1~3/8日までは朝一度の投稿です。どうぞ宜しくお願い致します。
夜明け過ぎ。白んできた空に、煙が一すじ昇る時間。焚き火の匂いと、イーアンが料理を始めた音がする中。
馬車の間のベッドで、寝転がった親方は、上着を腹にかけ直し(←相方の翼ないから上着持ってきた)夜の間に帰ってこなかった、サブパメントゥ二人のことで、いろいろ考えていた。
ただ。ホーミットに関して言えば、そう簡単におかしくなるほどの存在ではないだろうから、そこまで心配はしていない。コルステインが戻らなかった理由は、きっと彼を療養させる(?)ため、側で見ていそうな気もする。
二人が戻らないことは、あれだけ強い相手だし、親方としては特別大きな心配ではないのだが。心配なのは『バニザット・・・心が』名を呟いた、その相手。
対象人物も状態も違うが、これについて『ドルドレン』を通し、親方は何度か感じたことを思い出す――
最初こそ気がつくこともなかったが、ドルドレンはイーアンに甘えていた時期がある。彼が男龍の試練を受けるまでの期間だったが、話を聞いたり、直にそうした状況を見たりで、親方としても怪訝に感じた。
彼女はあれもこれもと請け負うところがある為、本人の自覚がないまま、過労で倒れることもあった。
イーアンが倒れて初めて、ドルドレンは慌てるようなことが度々あり、その都度、彼なりに気遣うようにはなるのだが、自分が甘えたくなる時は、ついうっかりする・・・あの状態。
これには両者の性格の要素が影響するから、そんなに一方を下げる話でもないけれど。バニザットと似ていると感じたのは、ドルドレンもバニザットも『頼る相手』が出来たことでの変化。
バニザットはどちらかと言うと、フォラヴのように一人で行動する、しっかり者の印象がある。
とは言え、フォラヴと違うのは、フォラヴが全てを一人で抱え込む癖による動きであるのに対し、バニザットの場合は、『一人で動く方が、都合が良い状況が多かった』こと。
これは、取る行動が同じでも、発端がかなり違う。
フォラヴは思うに、家族的な相手が出来たとしても、あまり変わらない気がする。だがバニザットは、『一人が良い』わけじゃなく、『一人でも平気』なだけで、誰かが一緒ならそれは歓迎するのだ。
バニザットもドルドレンも、大家族育ち。ドルドレンは、馬車の民から、支部での団体生活。バニザットは、部族の集落から、支部で団体生活へ。
支部の中では個室で過ごすようだし、団体生活と言っても、家族的な感覚ではないが。それでもイーアンを始めとして、自分やミレイオ、オーリン、バイラとは精神的に構えて来たものが違う。
常に。どこかで守られている。それが、もし。
「うっかりな。べったりして、べったりし返してくれる、家族的な存在に出会えた場合。ああなるよな」
物心ついた頃には、周りに人がたくさんいて、その中で安心して暮らした思い出の方が勝る彼らは、知らず知らず、大人になって忘れかけていた幼少期の安堵を、同じような状態を作る相手に見るだろう。
・・・・・ホーミットもコルステインも、『べったり』はあるが、家族の思い出によるものではない。サブパメントゥの性質上、ああなるのだと、親方は理解している。
一番最初に、そうした愛情表現を見たのは、友達のミレイオだった。彼は、自分の愛する相手に、常にべったり。抱え込み、触れて、愛情を示していた。相手を守る為なら、どんな時でも豹変する。
ミレイオがサブパメントゥの住人だと知ったのは最近だが、その後、コルステインを知り、ホーミットに会い、コルステインの家族を見た後は、『サブパメントゥの性質で、あの愛情表現』と分かった。
意外に思ったのが、男のサブパメントゥだった。ホーミットはバニザットを抱き寄せる。あの性格で?と驚いたが、次はメドロッドがロゼールを抱えた姿だった。
具合が著しく悪かったとはいえ、メドロッドもロゼールを、とても大切そうに両腕に抱えていた。
リリューは、女の要素が強いようだが、リリューのロゼールへの愛情表現も、コルステインそっくり。尻尾がある分、尻尾まで絡みつけてロゼールを離さない。
ミレイオがザンディを失った後の長い年月の末、イーアンを見つけた時。
最初から抱き寄せたり、顔を近づけたりする姿に『この性格だからこうなるかな』とは思ったのだが、これも実は、ミレイオらしいのではなく、サブパメントゥらしい行為だったのだ――
ここまで考えて、イーアンが動いた気配を感じたタンクラッドは、両手を組んで乗せていた頭を持ち上げる。それと同時に、馬車の後ろからひょこっと、白いのが覗いて目が合った。
「おはようございます」
「おはよう、イーアン」
「お味見。します?」
お?と笑顔を見せた親方に、ニコッと笑ったイーアンは、小さい声で『ミレイオがまだですよ』と理由を告げ、親方は喜んで起き上がり、味見をもらいに行った。
味見をもらいながら、タンクラッドはいつもこうしてくれることを褒め、喜んでいると伝えた。それから、少し。自分のこの感覚を、静かに感じてみて、やはりこれは彼らと違うな、と頷いた。
その親方の様子に、じーっと見ていたイーアンは『どうされました』と訊ねる。親方は仔牛に視線をちらと動かし『昨日』夜にあったことを教えた。
「え。ホーミットが。だから、お風呂に行かなかったのか」
「そうらしい。コルステインが地下へ連れ帰っているから、大丈夫だろうが。俺の心配は、残っている彼だ」
「シャンガマックですか?そうですねぇ。彼はホーミットが心配でしょうから」
「そうじゃないんだ。もうちょっと深い問題がありそうでな」
親方が何かに気がついているようなので、イーアンは続きを促す。頷いたタンクラッドは、イーアンにちょっと顔を寄せて『ドルドレンには言うな』と最初に注意した。
何のことかと思いきや、親方がぼそぼそと小声で話した内容は『あ・・・それで』とイーアンも理解する。
「私は当事者(?)でしたが、そこまでドルドレンに影響していると思わず、でした」
「うん、まぁな。お前の場合は、誰にでも同じように接するから。相手がドルドレンでも、基本は一緒で、伸び方が違うだけだ。俺にも、そうあってほしかった」
「そこは良いのです(※流す)。でも序に言っておきますが(※序必須)、そこそこあなたにも伸びはあったと思いますよ。私なりに気を遣いました」
「あのな。序、とか。そこそこ、とか付けるな。悲しくなる。今は俺の話じゃない」
『自分の意見、最初に言ったの親方のくせに』とイーアンは思うが、引っ張ると親方は面倒なので、とりあえず頷く。
「だから、こういうことで。ホーミットが無事に戻るまで、バニザットがどうなるやら。変化を察することも出来ないが、昨日の夜は子供のように見えた。30も半ばになる、男の顔とは思えないくらい、可哀相でな」
「あの目ですから・・・(※仔犬Eyes)。あれで泣かれたら」
泣いたんだよ、と溜息を落とす親方に、イーアンとしては、彼がどうシャンガマックの泣き顔に振舞ったのか、とても知りたくなった(※事態は深刻なのに)。
「とにかくな。ちょっと見ててやろうと思う。ホーミットは頑丈だろうし、ホーミットもバニザットが心配だろうから、きっとすぐに戻るのではないかと思うが、いない間だけな」
気にしている親方に了解し、もう一口、味見をあげるイーアンは、こんな話をするタンクラッドに『彼はお父さんなのね』としみじみ感じた。ドルドレンやミレイオの面倒見の良さとは、質が異なるところ。
「ドルドレンは、バニザットが凹んでいたら、どうするだろうな」
「彼はどうかしら?そっとしておくとは思うのですが。ドルドレンとシャンガマックは、上司と部下なので、そうした付き合い方はそのままでは」
「お前がドルドレンを見てられるなら、そうしてくれ。ドルドレンは情も厚いが、バニザットと同じような境遇で成長したから、きっと話を知れば理解を示す。その理解は、俺たちの思わぬ方向へ向かうかも知れない」
そんなことはないでしょう、とイーアンは驚いたが、親方は『一応』と念を押した。二人で話していると、ミレイオが地下から上がって来て、赤ちゃん付きで挨拶を交わす。
タンクラッドが赤ん坊を抱っこして、イーアンが『もう煮込んでいるだけ』とミレイオに教えると、ミレイオは済まなそうに笑った。
「ごめんね、遅くなっちゃって。ちょっとサブパメントゥが荒れててさ」
笑っている顔が、少々、困った事態であると告げていて、赤ちゃんを抱っこした親方と、鍋を混ぜるイーアンは顔を見合わせる。
ミレイオは。そんな二人を見て苦笑いし、もう一言続けた。
「私。今日はまた、抜けるかも・・・呼ばれたら」
朝食の時間。ミレイオはあまり多くを話そうとせず、そのため、皆もそれ以上は訊かなかった。
『サブパメントゥで何かあった』ことは分かるが、何があったかまでは言わないので、何となく・・・見当はつくものの、それ以上は暗黙の了解だった。
オーリンは空で休んだ前日の夜。
まだ来ておらず、朝食時間に来ない場合、『出勤遅い』のが常なので、彼の分の朝食は別に用意するとして、バサンダの分を皿によそって、残りは親方にあげた。そしてお片付け。
バサンダの食事は、昨日もそうであったようにフォラヴが運び、その際、洗濯物もミレイオに持たせてもらう。
「今日。また替えるでしょ?私がもしいなくても、カゴに入れておいて。ちょっと汚れ方が気になるから」
ミレイオはフォラヴにそう言うと、すっと眉を寄せて耳を触り『うーん』と唸ってから『行ってくるわ』の一言と共に、立ち上がった後ろの、木々の影にある地面から地下へ戻ってしまった。
「これ。シャンガマックの分か?」
イーアンが片付けていると、伴侶が覗き込んで調理器具の横に置かれた皿を見て訊ねる。
そうです、と答えると『俺が渡してくる』と皿に手を伸ばしたので、イーアンはさっと止めた。怪訝そうな灰色の瞳。じっと見つめる鳶色の瞳。
「どうして?」
「私が運ぼうかと」
「イーアンは片付けているのだ。俺は手が空いている」
「大丈夫です。シャンガマックに言っておくこともあって」
「何?伝えるよ」
いいの、いいの、と目を逸らす奥さんに、ドルドレンは何となし怪しむ。そしてもう一度、手を伸ばそうとして、奥さんにさっと遮られたため『何があるの』と眉を寄せた。
「ドルドレン!来てくれ、オムツ交換だ」
その時、親方の声がして二人は馬車の荷台を見る。親方は至って自然体で手招きし、片腕の乗せたシュンディーンが、ぼえーっとしているのを見せた。
ドルドレンはちらと奥さんを見たものの、いそいそとオムツを替えに移動。親方はドルドレンにシュンディーンを渡しながら、イーアンを見て微笑む。イーアン、了解(※何か後ろめたいけど)。
イーアンが片づけを急いで済ませようと思ったところで、バイラが来て『やっておきますよ』と笑顔で続きを引き受ける。
バイラは出発準備が済むと、毎朝こうして片付けも一緒にしてくれるので、こちらは本当に自然体(※親方は違う)。
有難う、とお礼を言って、イーアンは伴侶がオムツを替えている隙に(?)お皿を持ってシャンガマックの仔牛へ急いだ。
お読み頂き有難うございます。




